真夜中のパラレルワールド
夜中の3時。誰かが、僕の足を触っていたんです。
ただ触っているだけではなく、足の位置を微調整している。まるで新人のアパレル店員が、残業をしてマネキンの手の角度や服のシワに何度も手を加えるみたいに、足の位置を誰かが微調整しているんです。僕はお嫁と二人暮らしで、お嫁はいつも左側で眠っています。
彼女は、その寝室に蚊が飛んだり、大雨や雷や地震や悩みごとがあったり、夜中にお腹がすいて「なんか食の扉開いたよなぁ」って僕に話しかけてこない時以外はだいたい熟睡しています。すると、誰が僕の足をさわってるんだろう。だれが微調整なんてしてるんだろう。という問いが生まれるわけなんです。
人類が誕生するのと同時に誕生した「問い」
なぜなんだろう、どうやったらいいんだろう、そうやって石器や冷蔵庫やマカロンやすき焼きが生まれました。「問い」は常に人類と対になっているのです。
相変わらず誰かが僕の足の位置を微調整し続けます。とてつもなくゆっくりと顔をあげて足の方を見ます。問いが生まれたなら、確認したくなるのが人類なのです。
あれっ、部屋の様子が違う。窓がない。いつもは足元側に窓があって、カーテンがある。その窓もカーテンもない。おかしい。そして足元に何かの影が見える。それもおかしい。その影は足を触っている。それもさらにおかしい。
窓がなかったり、足を触られていたり、いつも鍋の端からはみ出て焦げるマロニーの長さだったり、いろいろと疑問はあります。なんらかのタイムリープ的な現象なのか、パラレルワールド的なものなのか。十円玉とかを確認すれば、昌治元年とか刻印されとるパターンのやつじゃないのか。「問い」はつきぬまま、とりあえず足を触っている誰か知らない人に向けて、僕は口を開いたのです。
「なんなん?」と。
すると、
「あんたこそなんなん、なんで足がこっちにあんの?」
影は答えました。お嫁の声で。
あぁ、なるほど。僕は180度回転して寝ていた。
お嫁の顔のそばに足がある。窓もカーテンもあるはずもない。お嫁は僕の足が邪魔だったようで、足を遠くへ遠ざけようとしていた模様。アパレル店員の正体は彼女だった。
もしかしたら僕は夜中にトイレかなにかに行って、その帰りにそのままの向きで布団に倒れこんだのだのかもしれません。ごめんと小さく呟いて、くるりとまわりいつもの向きで横になりました。昌治元年どころか、心霊現象でもなんでもなく、ただの寝相だったなんて。
ふぅ、これにて一件落着ですわい眠れない。なんで、180度も回転したんだ。もしかすると、いつもは360度とか回転しているのかもしれない。たまたま今日は回転の途中に足を微調整されて、回転失敗したのかもしれない。
回転したのであれば、どちら向きに回転したんだろうか。横の回転も考えられるし、でんぐり返しのように起き上がって回転して、うつ伏せからさらに仰向けに回転した可能性もある。その場合、回転とねじれが起こっている。浅田真央ちゃんはすごいな。謎は深まるばかり。
あんたは寝相が良かねぇ、とおばあちゃんは言ってくれていたのに、本当は生まれてこのかた回転し続けてきたのかもしれない。あの夜行バスのなかでも、国際線の座席の上でも、ぼくはプロペラのように回転していたのかもしれない。おばあちゃんごめん、僕、誰にも気づかれずに回ってたみたい。
ところで先日、とある人と話していたら、
「子供ってねぇ、すごいですよ、部屋の隅で寝かしてたら、反対側の角までころころ転がっていくんですよ。子供の寝相ってすごいですよねぇ。」
ということを聞いた。おむすびころりんばりに部屋の隅まで転がっていくのだという。熟睡したまま。
そして、調べてみると、子供の寝相が悪いのは、実は悪くないということが判明したんです。子供は、浅い眠りと深い眠りを大人よりも多く繰り返していているので、深い眠りから浅い眠りに切り替わったときに寝相が変わるらしいのです。
寝る子は育つといいますが、もっと言えば寝る子は転がるわけです。そして僕は回るわけです。寝相が悪いことは、寝相が良いということなのかもしれません。
いま、お嫁が起き出してきたので、ことの顛末を訊いてみました。
すると、格言を言うかのように、どや顔で、
「気づけばそこに足があった」
と、答えました。
上手くもなんともない。
謎は深まるばかり。
もしサポートして頂けた暁には、 幸せな酒を買ってあなたの幸せを願って幸せに酒を飲みます。