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劇場で待つその人の脚は長い(エム)


「脚が6メートルある!」
あえて大袈裟なスケールで表現するのがしっくりくる。そんな対象に初めて出会ったのは2018年の暮れ、私が10年ほど追いかけている劇団☆新感線の『メタルマクベス disc3』公演中でした。

2006年に新感線と宮藤官九郎が初めてタッグを組んだ『メタルマクベス』。言わずも知れたシェイクスピアの『マクベス』を現代風にアレンジした物語で、劇中でロックバンドが生演奏するという音楽に特化した作品です。初演から12年の時を経て、キャストと演出を変え、disc1・disc2・disc3と題し3作連続上演されました。

そこで出会ったのが「脚が6メートルある」、長澤まさみ演じるマクベス夫人です。初演や他のシリーズとの違いは、ずっとスカートだった夫人の衣装に初めてパンツスタイルが採用されたこと。
たったそれだけ?と思われるかもしれませんが、あの衣装によって"脚が長い"印象が強く残ったのです。脚が長く見えると、こんなにかっこいいの!?  舞台映えはもちろんキャラクターの存在感が桁違い。
当時、仲間内では「脚が6メートルある!」「股下100メートルだ!」という賞賛が毎日飛び交ったほどのインパクトでした。すでにめちゃくちゃです。

「魔法」の長い脚

長澤まさみの夫人によって脚の長さの魅力に気づかされた私は、ほぼ同時期、とくに脚の長い男が好き!と確信させられる作品に出会ってしまいます。
『スリル・ミー』。「出会ってしまった」としか言いようのない衝撃を受けたミュージカルで、福士誠治演じる"彼"のスーツの脚は10メートルありました。

同2018年に上演された新感線の『修羅天魔~髑髏城の七人 Season極』で福士さんのファンになったのですが、その時は脚の長さなど意識もしませんでした。
熱血お調子者の三枚目・兵庫役だったせい?衣装がこんな※画像参照 だったから? いや、スーツ姿なら、『修羅天魔』後にあった朗読劇で見ているんですよ。そのときはただかっこいいとしか思わなかったのに……。

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どうして『スリル・ミー』で初めて「この人、脚が10メートルある!」と衝撃を受けたのでしょうか。
おそらく、あのとき初めて演劇がかける「魔法」の存在に気づいたのだと思います。
魔法には三つの要素が必要です。
まず、役者の「身体性」が感じられる空間にいること。これは舞台上で物語と共に役者の肉体が躍動し、ときに汗や涙を流しながら感情を表現することです。思わず客席に座る私の身体が動いてしまいそうなほど、その動きで五感に働きかけてくる。朗読劇は本を読む光景が中心のため、どれだけ役者が近くとも魔法に必要な「身体性」は薄かったようです。
次に「衣装」。スーツはあらゆる男性を引き締めて見せる魔法の服ですよね。
最後にもっとも重要なのが「役」! "彼"は自らを"超人"と名乗り、気弱な幼馴染を巻き込んで完全犯罪を企てます。普通なら殺人の共犯者になるとは思えない幼馴染が抗えないカリスマ性を持つ"天才"、その表現こそが魔法です。つまり、"彼"という役が元より長い脚を10メートルに伸ばして見せたのです。
あの脚は組むときに客席を巻き込んで高慢になぎ倒している脚だ。脚の長い男、最高! "彼"の言動自体には嫌悪のような怒りのようなものを感じつつ、うっとりと舞台を見つめる自分がいました。


脚が20メートルの男

福士"彼"によってそんな偏愛を確信した私は、2019年秋、今度は脚が20メートルの男に出会います。
日本初上演された田代万里生・平方元基出演のミュージカル『ストーリー・オブ・マイ・ライフ』。出演者は二人だけなのに、上演回により役を入れ替える挑戦的な試みがなされた作品です。

「お前も脚10メートル族だったのか!」
平方元基演じるトーマスが重苦しげな黒のコートを脱いだ瞬間、現れたスーツ姿。たしかに脚が10メートルあったのです。
平方さんがスーツのよく似合うスタイルの良い方というのは、おそらくファンの方の間では周知の事実だったかと思います。
でも、いままで観たどの作品のどの役でも感じず、役替わりのアルヴィン役ですら感じず、”カリスマ作家 トーマス・ウィーヴァー”の造形で、初めてぴったりとはまったのです。やはりこれも田舎から都会へ出て洗練され、ベストセラーを飛ばし作家として成功した"カリスマ"という人物表現が、彼の脚を実際よりも長く伸ばしたのでしょう。
ちなみに、この回では脚が10メートルだと思いましたが、別日に3階席から観て「この角度から見下ろして、あんなに長く見える脚……20メートルはある」と確信しました。訂正してお詫びします。

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たとえば、一人の役者が一つの演目で青年期から老人までを演じたりすると、その身体が物理的に伸び縮みして見えるときがありませんか?
同じ人間なのに、全く違う人物に見える演劇の魔法。きっと私が魅せられている「脚の長い男」は、そういう魔法が見せる夢なのです。
役者と役が噛み合って「脚の長い男」の造形を取ったとき、頭の中に響くのは「脚が10メートルある!」というシュプレヒコール

その号令に早く完全降伏したい。「脚の長い男」に劇場で会える日が、今は待ち遠しいです。

【今回の「偏愛」を語ってくれた人】 エム twitter

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