見出し画像

決戦は日曜日、勝負服は特殊紙箔押しPP加工(87)


今回の企画テーマが「偏愛」と聞いて、同人誌を作る行為なんて「偏愛」そのものじゃないかと思わずにはいられなかった。

私は普段仕事でもよく似たことをしているのに、同人活動に全力で勤しんでいるオタクである。
現在は某有名ゲームアプリと某ラップのジャンルに身を置きつつ、イベントのない日々に寂しい思いをしながら進まない原稿と睨み合いっこをしている。

憧れの始まり

「偏愛」そのものの同人という世界でもずっと恋焦がれているのが「装丁」だ。装丁とは広義で本のカバー、表紙、見返し、扉、帯なんかのデザイン…人間で言うところの顔とか外見である。

画像1

左上:フルカラーカバー/トムソン加工/表紙に箔押し黒
右上:フルカラー+蛍光インク
下:墨+ 蛍光インク/ 箔押し黒

紙替え、表紙加工、箔押しやトムソン、特色インク ……言い出したらキリがない。とにかく作家のアイデアと日々進化する印刷技術によって、同人誌が美しく飾られていくのが大好きだ。

初めて本の外側に興味を持ったのは、小学生の時に購入した『魔法騎士レイアース』のコミックだった。装丁のことなど何も知らないのに一目で「特別」な本だとわかった。
まず、表紙の紙から違う!触るとツルツルとしたビニールっぽい質感で、美しいイラストは光沢のあるみずみずしい輝きを放っていた。(おそらくPP加工)表紙の内側、いわゆる表2-3にもカラーのイラストまで入っていて、「な、なんなんだこの本……!」と衝撃を受けた。
作品の魅力だけではなく、この「特別」な本の外側を揃えて並べたい! と、宝物を手に入れたような気持ちになったのだ。

それからはや20数年。CLAMPの本に憧れていた小学生は、装丁への憧れを趣味で楽しむようになった。多い時は二ヶ月に1冊のペースで新刊を出す立派な同人ジャンキーだ。


ドキドキする本ができるまで

出したい同人誌の内容が決まると、まず印刷所のオプションのページを見に行く。この時間が同人誌を作る作業の中で一番楽しい人は私だけではないだろう。印刷所のホームページはどれだけ見たって飽きない。
ただ、どんなに装丁が好きだからって、この装丁がしたいから同人誌を描く……ことをしないのが密かなこだわりだったりする。あ、でも時々やっちゃうな……。あくまでもそういう姿勢でいたい。

同人装丁には予算、原価、締切、部数……しがらみはたくさん出てくる。1 つ装丁のオプションを追加すれば印刷費は跳ね上がり、締切は早くなる。それが2つ3つと増えるとなおさらで、その金額を工面するために、早割りを目指す。そしてまた締切が早くなる。完全に地獄ループだ。
その段取りをすべて自分で考えて実行しないといけない。寝る間を惜しんで、原稿をやりながら……。加工をプラスする分、作業も増える。寝不足で頭が回らずともミスは許されない。
ただ、脱稿までどんなに辛くてもイベントの日の朝、スペースに届いた段ボールを開く瞬間、ドキドキしながら完成した同人誌を手に取ったときの悦びといったら! 作る過程の辛さやしんどさは全て過去の話になってしまうのだ。
装丁にこだわらず同人誌を出すより何倍も大変なのだけれど、何故かめちゃくちゃ楽しい。やめられない。楽しくない?ドMなんだろうか。


同人装丁推し作家

人の同人装丁を見るのも楽しい。この人の考える装丁が好きという推し作家さんは、何年経ってもジャンルが変わってもずっとずっと追いかけてしまう。
自分では考えもつかない組み合わせや、デザインやアイデアにはもちろん嫉妬もする。その嫉妬も込みで色んなものを見てインプットをして、あれもやりたいこれもやりたいと思う欲望が次の本へと向かう原動力になっている。

私の発行スピードでいくと、年に大体5~6冊。その中でもスケジュールを考えれば装丁にこだわれるのは1~2冊。ジャンル変動の可能性も含むとその1~2冊だってどうなるかわからない。
そう考えると、自分のやりたい装丁を全てやり遂げるのに何年かかるんだろう……。多分無理だろうな。やり切る前にまた印刷技術が進歩して、やりたいことが増えてしまうのだから。よく生き急いでいると言われるが、自分でもそう思う。


わたしだけの特別な宝物

今でこそ同人ジャンキーとなった私だが、忘れられない装丁がある。

同人を初めて数年。バレンタインをテーマにした同人誌。今でいうところの明治ザ・チョコレートのパッケージみたいな表紙にしたかった。学生で予算もほとんどなかったが、やれる範囲でありったけの好きを詰め込んだ
段ボールに使われているザラザラとした風合いのクラフト紙に、特色1色刷りという普通のカラー印刷では表現できない色合いの出るインクのこげ茶でイラストを印刷した。 そして、そのタイトルにつやつやと輝く金の箔押しを施したのだ! 箔押し加工はこれが初めてだった。
出来上がった同人誌は描いていたイメージとは少し違ったけれど、自分で選んだ紙、インク、特殊加工に感動した。初めての箔押し部分を何度も何度も指で触ってはニヤニヤが止まらない。
「あぁ、これがわたしだけの特別な宝物だ」
今だったらもう少しイメージ通りのものが作れる気がする。そういう成長がわかるのもいい。


同人は仕事ではない。ただ好きだからという理由でお金と時間をかけて行う狂った趣味だ。
同人誌の表紙だってタイトルさえあれば本として刷り上がる。
にも関わらず、装丁にこだわる。より多くのお金と時間をかけて、どうしても作りたいとただただ好きな加工を追い求める。
同人という好きが凝縮された世界での、最も自己満足……エゴの塊みたいなものじゃないかと思っている。だからこそ何よりも愛おしい


そんな事を考えながら今日も真っ白な原稿へと向き合う。
早く今のコロナが収まって、またイベント会場で思い思いに飾られた「特別」な同人誌を手に取れますように。

【今回の「偏愛」を語ってくれた人】 87 twitter

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?