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パワハラ死した僕が教師に転生したら 10.過大な利益追求圧力、ノルマ

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 教師の5回目の社会の授業。
 教卓に両手を置き、生徒達の顔を眺めている、落ち着いた表情の教師。
 右手で白髪の多い髪を抑え、ゆっくりと息をしてから、教卓に手を戻し、話し始める教師。
 
「今日の授業からは、集団と階層の中にある、人間がもともと持っている悪意や暴力性を解放する要因について、説明して行きます。今日の授業で説明するのは、一つ目の要因、株主からの過大な利益追求圧力です。そう、一部の株主や社長は、果てしなく利益を求めます。終わりなき貪欲、綺麗な言葉で言えば、会社に対して無限の成長を求めている、ということです。毎年、同じ額の利益では絶対に我慢できないのです」と教師が言う。
 
 大げさに両手を胸の前で握ってみせ、それを前後にゆすりながら、熱を込めて「もっと、もっと、もっと・・・・・欲しい、欲しい、欲しい・・・・・そう、いつも、モア、モア、モア、なのです」と言う教師。
「ぷっ・・・・・先生はどこか、欲求不満、ですかあ?」と愛鐘が大きな瞳で微笑みながら甘えるような声で言う。
「え?・・・・・そんなことはありませんが・・・・・」と教師が少し赤い顔で答える。
「・・・・・はぁー、このクソダリィ授業、いつまでやんの?俺、もう帰りてえなぁ」と冬司がこけた頬をかきながらボソッと言う。
「・・・・・帰ってもいいのですよ」
「いや・・・・・帰りませんから・・・・・もっと、もっと、もおーっと、授業を続けて下さい」と笑いをこらえながら冬司が言う。
「パラノ野郎、もっと、もっと、もおーっと激しく、授業を続けてぇぇぇぇぇ!」と拳を握り曲げた両腕を胸の前で交互に上下させて大声で言う鳥居。
 深いため息をつき、半笑いで鳥居を見つめる教師。
「セクハラと洗脳はノーモアでお願いします」と文香が冷たい表情で言う。
「うー・・・・・上からマウントと押し付けも」と優太が言う。
 
「・・・・・はい、それでは、もおーっと、続けます。それで、そういう株主や社長のいる会社の労働者には、多くの利益を稼ぎ出すよう、階層の上から下へと、常に強い圧力がかけられるのです。
 それで、多くの利益を得るには、世の中に受け入れられる、多くの人に売ることができる革新的な商品やサービスを発明する、イノベーションといいますが、これが理想的ではあるのです。古い例えになりますが、例えば、僕やみなさんが当たり前に持っているスマホ、これはイノベーションで多くの利益を得た典型的な事例なのです。こんなものは昔はなかった、みんな携帯電話を使っていたのです。でも、携帯と比べ画面が大きくなり、タッチスクリーンで直観的に操作が出来て、どこにいてもネットを見られるし、音楽を聴いたり写真を撮ったりと色々なことが出来て、とても便利で、誰をも楽しませてくれた。方向音痴の人も、ナビゲーションアプリを使えば、目的地に迷わず行けるようになった。それであっという間に誰もがスマホを買うようになり、巨額の利益が生まれたのです。
 こういった、便利だったり、みんなを楽しませてくれたり、みんなが抱えている問題を解決してくれる新しい商品やサービスを発明できれば、爆発的に売れて、多くの利益が得られる可能性があるのです」と教師が淀みなく言う。
 
「・・・・・発明?・・・・・みんなが抱える問題?」と首を左右にかしげる優太。
「そうです、例えば、誰もが抱えている問題を解決できる発明です」
「・・・・・うー、それは・・・・・巨大なウソ発見器?・・・・・マウント野郎探知機?・・・・・欲求不満者捕獲器?・・・・・洗脳してくるヤバイ人警報器?」と優太が言う。
「いや、それは全部済だろ、その後にどう解決するかが問題だ」と冬司が言う。
「・・・・・いっそうロボ教師に取り換える?・・・・・ん?・・・・・パワハラ探知器は?」
「は?」と冬司が怪訝そうな顔で言う。
「こういうのがあれば、前世のアトム先生もパワハラで死しないで、転生もなくて、ここにはいない。みんなの問題は解決」と優太が明るい表情で言う。
「・・・・・僕はそんなにみなさんの問題なのでしょうか?それに、もう転生済みなのですが・・・・・」と真顔で訊く教師。
「かなりの問題です」と文香が言う。
「・・・・・でも、どうやってパワハラを探知すんの?」と冬司が訊く。
「それは、会社の人は腕時計型の装置をみんな着ける、この装置がみんなの言動をいつもネットに送る、それでAIがパワハラかどうか判定する、とか。これを色んな会社に売れば・・・・・」と優太が得意げに言う。
「・・・・・そんな利益を生まないものを買う会社があるのか?」と颯太が冷たい口調で言う。長い前髪の奥の切れ長で端正な瞳は何も見ていない。
「うー・・・・・そうなの?」と優太が訊く。
「・・・・・だいたいその装置は作れるのか?幾らかかる?」と颯太が言う。
「うー・・・・・分かんない・・・・・」
「・・・・・そうなのです、革新的な商品やサービスを作ることは難しいし、それを作るためにお金がたくさん要る、そもそも買ってくれる人がいなければどうにもならない。だから、イノベーションで大きく稼ぐのは理想的だけど、現実には、とても難しいのです。
 そうなると、今、既にある商品やサービスを売る、そして、労働者を限界までこき使うことで多くの利益を得る、という方向に行きやすいのです。そして、そのための緻密な仕組みを作り上げるのです」
 
 教卓に手を置いたまま淡々と授業を続ける教師。
 
「その典型的な例としては、営業マンに対する過酷なノルマと、それを達成させるために営業マンを追い込む仕組みです。みなさんは営業マンがどういう仕事をする人か、知っていますか?」
「うー、それは・・・・・勝手にピンポンして、一方的にベラベラしゃべる、よく来る変なヤツ」と優太が迷惑そうな顔で言う。
「そんなことを言ってはいけません。大人はみんな大変なのです」と教師が真剣な顔で言う。
「・・・・・?」と優太が首をかしげる。
「・・・・・それで、営業マンとは、正確には、商品やサービスを買いそうな人と会い、その素晴らしさを伝え、それを欲しい気持ちにさせて、商品やサービスを売るという仕事をしている人です。
 みなさんが買うゲームやマンガ、これを売りに来る営業マンはいません。ネットやテレビで広告して、欲しいと思った人はネットやお店で買うのです。一方、例えば、車とか、家とか、マンションとか、こういう何百万、何千万もするものを売るには、営業マンが必要です。高いものですから、それを買おうと思っている人に詳しい説明をして、十分に納得してもらわないと、買ってもらえないからです。それに、広告をして待っているだけでは、ライバルの会社の営業マンが先に売ってしまいます。だから、利益を得ようと思えば、営業マンが、ライバルの会社より先に、その商品やサービスを買いそうな人と会い、どんどん売って行く必要がある。競争に勝たなければいけないのです。
 それで、営業マンを雇えば、営業マンへ支払う給料の分、会社の利益は減ります。けれど、営業マンの活動により商品やサービスがたくさん売れて、会社の売上が大きく増えるので、結果として、会社の利益も大きく増えるのです」
 
「そして、営業マンにはノルマが課されます。ノルマというのは、車を何台売れ、家を何件売れという、あるいは、いくら売れという数値目標です。それで、営業マンに課されるノルマが過酷な業界と言えば・・・・・」
 
 右手を青白い額に当て、しばらく考えてから、授業を続ける教師。
 
「・・・・・うーん、住宅関係・・・・・例えば、アパート建築の業界でしょうか。地主を訪問し、空地にアパートを建てて貸せば、毎月、家賃収入が入ってきますから、アパートを建てませんか、という営業をするのです。
 この業界では、大きい会社は各地に支店を設け、各支店が地域に密着して営業を行います。階層は、第一階層が社長、第二階層が取締役、第三階層は関東、中部、近畿といったエリアを統轄するエリア部長、第四階層が各エリアにある支店の支店長、第五階層はそれぞれの支店の各営業課の課長、第六階層が課長の下の営業マン、と言った形でしょうか。
 そして、営業マンのノルマは、その年度の会社全体の利益目標を細分化していく形で決められます。まずは、社長が会社全体の利益目標を勢いで、どかん、と決めます。この利益目標は、毎年、モア、モア、モアなのです。昨年と同額では欲求不満なのです。そして、この会社全体の利益目標が分割されて各エリアに割り振られ、各エリアの利益目標が分割されてそのエリアの各支店に割り振られ、各支店内では各営業課に割り振られ、営業課内では営業マンに割り振られるのです。こうして、各営業マンが稼ぐべき利益、すなわち売らなくてはならないアパートの件数や金額が決まるのです」
 
 指先を顎にあて、しばらく考え込んでから、授業を続ける教師。
 
「アパート建築の業界では、最低限の売上ノルマは・・・・・そうですねえ、今だとアパートを年2、3件、売上では1億から2億ぐらいでしょうか、ひと昔前はこの倍くらいでしたが・・・・・これは最低限の、クビにならないと言う意味のノルマで、実際には、もっと売るよう求められます。売れる営業マンには更に高いノルマが課されます」
「うー、でも、年2件くらいなら、なんとかなるんじゃ?」と優太が言う。
「いいえ、これでもかなり難しいのです。この業界では、年に1件も売れない営業マンがたくさんいるのです」
「・・・・・本当?」と優太が訊く。
「ええ。支店には地主と思われる人の住所リストが一応あります。それから、門構えとか庭の広さから地主と思われる家がある。そこに行って、ピンポンするのです。でも、何百回とピンポンしても、ほとんどが門前払いです。優太さんが言ったように、変なヤツ扱いされて、全く話を聞いてもらえません。何百回も変なヤツ扱いされ、ひたすら拒絶され続けると、とても傷つきます」
「・・・・・私、そういう仕事、やりたくありません」と眉をひそめて文香がつぶやく。
「うー・・・・・俺も、嫌。楽しくない」と優太も言う。
「・・・・・そして、それでもピンポンを続け、ようやくアパート建築に興味のある地主に会えたとしましょう。でも、その地主がアパートを買うお金を持っているか、あるいは、アパートを買うお金を銀行から借りられなければ駄目なのです。そうでなければ、アパートの代金を払ってもらえないからです。
 さらに、これらの条件を満たす地主と会えても、アパートを建てる決心をし、契約してもらうまでには、何度も何度も地主を訪問し、アパートを建てるメリットを説明し続け、不安を拭い去るという地道な作業が必要です。心変わりしそうな様子が見られたら、すぐに飛んで行って、説得しないといけません。
 それから、何千万もの買い物をする人は、高いものを買ってやるんだから少しは無理を言ってもいいだろう、と考え、営業マンに対して横柄になります。だから、休日に地主に呼び出されて訪問したら、アパートと全く関係のない自慢話や家族への愚痴を何時間も聞かされた、といったことが起こります。でも、地主の気分を害してアパートが売れなくなったらここまでの苦労が水の泡です。だから、地主の話を我慢して最後まで聞き、『今日は楽しくて勉強になるお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました』と笑顔で言わないといけません。孫が遊びに来るから掃除を手伝ってくれと言われたら、休日だろうと飛んで行って一人で掃除をして、『最近体がなまっていたので良い運動になりました』と御礼を言わないといけないのです」
 
「・・・・・人と人とは対等ではないのですか?・・・・・私、その仕事、とても無理・・・・・」と文香が顔を歪めて言う。
 
「ええ、こういう仕事ですから、普通の人は2、3百回のピンポンで心が折れる、動けなくなってしまうのです。そこで、そういう営業マンをコントロールする、追い込む仕組みが必要となってくるのです」
 
 白髪交じりの髪をかき上げ、一息置いてから、授業を続ける教師。
 
「営業マンには能力差があります。売れる地主を見分ける能力や、地主に気に入られる能力、地主を説得しアパート建築を決断させる能力、これらの能力に差があるのです。そして、能力の高い営業マンは一握りです。
 一方で、能力の低い営業マンでも、より多くの地主を訪問すれば、アパートを売れる可能性はそれだけ高まる。一回当たりの訪問に対しアパートを売れる確率が一定だとすれば、訪問回数を増やす程、売れるアパートの件数は増えます。
 そこで、訪問回数にも厳しいノルマを課すのです。一日に、新規訪問40件、再訪問5件を必ず達成する、といった、成し遂げるのに夜中までかかるような訪問ノルマを課すのです。
 そして毎朝、営業会議を開き、営業マンに前日の訪問ノルマの達成状況を報告させます。前日の訪問ノルマが未達成の場合、未達の原因と改善策を報告させます。そして、今日の訪問ノルマの達成、そして売上ノルマの達成を皆の前で誓わせます。
 それから、各営業マンは支店を出て、夜まで訪問を続けます。昼は仕事で家にいない地主も夜には帰ってくる、そこで、夜にも訪問するのです。そして、夜の訪問が終わり、支店に戻り、その日の訪問件数や脈のある地主の状況を営業日報にまとめ、翌朝の営業会議で報告する。これを毎日繰り返させる。こういう仕組みで営業マンを追い込み、1件でも多く訪問させ、1件でも多くアパートを売らせるのです」
 
 無表情の教師が話し続ける。
 
「この業界の営業マンの給料は、基本給が低く、売ったアパートの件数や金額に応じて高額の歩合給が上乗せがされる一方、一年で1件も売っていない場合は低い基本給が更に下がる、といった形が多いのです。だから、誰もが必死に訪問回数を増やさざるを得ないのです。
 そして、ノルマを課され、追い込まれているのは、上の階層、支店長や課長も同じです。支店長はエリア部長から追い込まれ、課長は支店長から追い込まれ、それぞれの利益目標が達成できなければ責任を問われ、給料や階層を下げられます。だから、支店長は課長を厳しく追い込み、課長に利益を出させないといけない、課長は営業マンを厳しく追い込み、売上ノルマを達成させないといけない、そのために訪問ノルマを達成させないといけないのです」
 
「このように、いつもノルマで追い詰められ、圧迫されていると、人間はおかしくなってきます。起きている間中、それから夢の中でも、ノルマが頭の中にある。常にひどい緊張状態にあり、プレッシャーが重くのしかかり、ノルマ達成のための長時間労働で疲れ切り、やり切れない状態になる。それでもやり切れない自分を無理矢理に抑え込んで状況に適応しようとする。その結果、自分の中に膨大な怒りと憎しみ、そして、虚しさが蓄積される。
 そうなると、人間の心の中のリミッターが外れる。抑えられていた悪意と暴力が剥き出しになってしまう。そして、悪意と暴力が向かう先は、自分より弱い立場の人間なのです」
 
 教卓に両手を置いて、しばらくうつむいた後、授業を続ける教師。
 
「現実に、こういった会社の営業マンは、悪意と暴力にさらされることが多いのです。吊るし上げと言って、ノルマ未達の営業マンは、毎朝の営業会議で、皆の前で罵倒され、謝罪を要求され、時には殴られもする。毎日それをやられることもある。毎朝、『一件も売れない営業に生きてる意味あんのか、消えろ、死ね』『一件も売れないヤツは会社に給料に返せ』『一件売れるまで休めると思うなよ』と怒鳴られてから、ひどい気持ちで営業に出ていくのです。密室に連れ込まれて指導される、延々と叱責されたり、暴力を受けることもあります。
 こういうことで気合を入れてやっているつもりかもしれませんが、既に限界まで働いている人にそんなことをしても、その人を痛めつけるだけで、成果にはつながりません。
 ただでさえノルマで追い詰められて極限状態にいるのに、そこに悪意と暴力も加わってくる。だから、吊るし上げられ続けた営業マンが自殺してしまうこともあります」
 
「・・・・・あのピンポンの人達って・・・・・こんな目にあってるの?」と優太が恐る恐る訊く。
「こんな過酷な会社ばかりではないですが・・・・・でも、一部の会社ではそうです。大人の世界には色々と問題が多いのです」
「うー・・・・・発明が・・・・・要る?」と訊く優太。
「・・・・・そう、発明が必要なのです」と答える教師。
 
「・・・・・もちろん世の中の株主や社長の全てが、こうやって労働者を追い込む訳ではありません。適度な利益で満足する人もいるし、労働者がある程度頑張れば、それで納得する社長もいます。利益がなくても、労働者に給与が払えれば十分という社長もいます。
 でも、大きな利益を得るために労働者を追い込むことに特化した社長はいて、社会では優秀な経営者と呼ばれていたりします」
 
「・・・・・追い込まなくても売ってくる営業マンが、いったいどれだけいる?」と突然に颯太が冷たい口調で訊く。
「・・・・・それは・・・・・そうなのですが」
「売れない営業マンは吊るし上げと減給で勝手に辞めていく、それで新しい営業マンを入れる。売れる営業マンには高い歩合給を払って定着させる、そういう仕組みは何もおかしくない。売れない営業マンを甘やかして、給料を払い続ける方がどうかしてる」と颯太が言う。
「・・・・・」
「・・・・・その自殺した売れない営業マンも、そういう会社だと分かって入ってきたはずだし、嫌なら辞めることもできた。死んじまう前にそういう選択ができたはずだ」と颯太が蔑むような口調で言い放つ。
 
 颯太の瞳をじっと見つめる教師。その感情を失ってしまったかのような虚無の瞳が教師を捉えている。
 
「・・・・・本当に・・・・・そうでしょうか?」
「・・・・・」
「辞められない事情がある人もいるし、責任感が強くて踏ん張ったり、退職をためらったりしているうちに、状況に飲み込まれて、そうなってしまう人もいるのではないでしょうか?」
 
 ひどく長く感じられた沈黙の後、颯太が虚ろな瞳をそのままに「・・・・・ふうん」と言う。

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