見出し画像

遠隔を近接に変える技 ─ 「美コミュニケーション術」(2)

執筆:美術家・山梨大学大学院 教授 井坂 健一郎

超感覚的知覚(Extrasensory Perception)のはたらきを遠隔教育システムに生かす

遠隔教育システムを利用した美術の授業は、なかなか難しいと言われています。
それは、遠隔での視覚と聴覚のコミュニケーションのみでは、美術の授業で使用する材料の質感や臭いなどの触覚、嗅覚を通した共通理解を求めることが難しいからです。

題材によっては味覚を伴った造形もあるのですが、それも無理です。

遠隔教育システムが広がり始めてから、多くの教師があらゆる手段で工夫しながら授業を進めていると聞きます。
複数台のカメラを使用して、多角度から物事を伝えるという授業方法もよく目にします。

私自身も遠隔教育システムを使っているのですが、ある時、別の視点でこのことを考えるようになりました。

それは、触覚、嗅覚、味覚で伝えることができない代わりに、視覚、聴覚を充実させていくのではなく、いっそ五感すべてを放棄して、第六感、あるいは超感覚的知覚(テレパシーもそのひとつ)を鍛えるというものです。

では、どのようにして超感覚的知覚を鍛えればよいのでしょうか。

このことの実験を大学生を対象にした遠隔教育システムの中で試みました。

それは、利用できる図像、映像、言語を用いた「問い」を最小限で投げかけます。
その「問い」から各学生の記憶を呼び覚まします。

「問い」には色々あり、絵の授業の場合でも絵や美術全般のことは一切問いかけません。

「好きな食べ物は?」 「好きな音楽は?」 「好きな場所は?」 「好きな服は?」
などなど。

そのような「問い」に、人は自分のこれまでの人生を振り返ることをします。

その「振り返り」の際、楽しかったこと、嬉しかったこと、苦しかったことなどが浮かびます。

そして、「これからも、もっとこうしよう」とか「あの時、ああすれば良かった」などを思い、次のアクションに活かしたり、次の場面が生まれていきます。
もちろん人により、その対処法は違います。

私は、その対処法を助長させるような「問い」を投げかけます。
最終的には、自分自身でその「問い」から「振り返り」、そして「対処」することができるようになります。

実は、それが人間にとっての「表現行為」なのです。

美術は単に「造形表現」ではなく、人間生活のあらゆる場面での「表現行為」を考えるきっかけをもたらすのです。

「問い」が生み出した「記憶の風景」

さまざまな「問い」から記憶を呼び覚まして絵に表した「記憶の風景」を、前回の拙稿に続いて紹介します。

◎学生D(男子)の作品(水彩) 制作時間:3時間

画像4

【学生D(男子)のコメント】
私が描いたのは地元の香川県の屋島山頂からの高松の景色です。私は屋島の麓に住んでおり、幼い頃から毎月2回は山に登りこの景色を見ていました。
今回の遠隔授業中の井坂先生の問いにより、私の記憶の片隅にあった香川の風景が、山梨にいる私の眼の前にすごいスピードで現れました。
機械を通さずにバーチャル画像が見えたことに驚き、それを絵に表しました。

◎学生E(女子)の作品(水彩) 制作時間:3時間

画像4

【学生E(女子)のコメント】
井坂先生からの問いに「好きな場所は?」というのがあり、私に真っ先に浮かんだのが子供の時に高台にある小学校から田んぼを見渡した様子でした。
田んぼ一枚一枚、色が少しずつちがうこと、それが季節によっても変わることが好きだったことも思い起こされたので、一枚一枚色を変えて塗りました。そうしたら、自分がタイムマシンに乗って、故郷に帰ったような気になりました。

◎学生F(女子)の作品(水彩) 制作時間:3時間

画像5

【学生F(女子)のコメント】
井坂先生の問いから、高校の修学旅行で行った台湾の風景が頭に浮かびました。それは、修学旅行のバスの中から一瞬見えたものです。見たときに、赤い光に照らされていた風景が綺麗だなと思い印象に残っていました。

◎学生G(女子)の作品(水彩) 制作時間:3時間

画像6

【学生G(女子)のコメント】
祖父母の家のトイレは、幼い私にとってとても怖い場所でした。今は怖くないので、私の気持ちと連動して残っている、まさに“記憶の”風景です。なんだか薄暗くて、狭くて、トイレの中に吸い込まれたり、何かにさらわれたりするのではないかと思っていた記憶を絵で表したいと思って描いてみました。

◎学生H(女子)の作品(水彩) 制作時間:3時間

画像8

【学生H(女子)のコメント】
生まれ育った故郷の大好きな部分が目の前に現れました。実際は、海の中に大きな煙突があるわけではないし、海が丸いわけではないですが、私が生まれた町で一番存在感があるのは紙工場の大きな煙突で、また、山と海の距離が近いのは他ではあまり見られません。南には四国山脈の大きな山の連なりがみえ、北には瀬戸内海の広がりが頭に浮かんだので、それを大げさに描きました。
テーマを広く捉えて表現してよいという説明が井坂先生から授業の中であったため、そのままの風景を描かなくていいんだと感じたときに、すごく想像力が広がった体感があったのが面白かったです。


◎学生 I(男子)の作品(水彩) 制作時間:3時間

画像9

【学生 I(男子)のコメント】
私は一つの瞬間ではなく、習慣を一つの絵で表現しようと思いました。描いたのは小・中・高と続けてきた登校という習慣です。私は家にいることが億劫であったため、学校に行き友達と過ごすことがとても好きでした。そこで、記憶として残る家と外という自身にとって相反する二つの局面を一つに表すことができる登校の場面を描こうと思いました。
言葉にすれば長くなる内情を、色という情報を媒介として表現できることがよくわかりました。

タイムマシンに乗って授業時間内にタイムトリップする

上記の作品は、全員が同時間帯にそれぞれの環境下で描いてもらったものです。
遠隔授業ですので、私が授業時間内に加筆指導することはできません。

これらの学生は、山梨県内の出身者もいれば、他の都道府県の出身者もいます。他の都道府県の出身者は山梨県内で一人暮らしをしている人がほとんどです。

生まれ育った環境がそれぞれ違う学生達が記憶を呼び覚まし、同時間帯に意識を空間移動させ、さらには時間移動もすることによって、今まさに目の前に広がっている風景として体感しています。それを画用紙に水彩絵の具で表したものが上記の絵なのです。

その場に行って見て描いたのではありません。もちろん普通に考えれば時間を遡ってその場所を見てくることはできません。

ただ、私からの「問いのタイムマシン」に乗ることにより、時空間を旅する「タイムトリップ」ができたわけです。

彼らは、絵を専門に学んできた学生ではありません。
そして絵を専門に学ぶ大学に入ったわけでもありません。

でも、専門家である私の目から見ても、かなり優れた表現を一瞬にして摑むことができています。

今回、あえて五感をはたらかせないことによって、超感覚的知覚を使い、さらに創造力を養うことを目的としました。

何も予備知識がないからこそできることもあり、さらには素直な心を持つことが創造力を生み出すことにつながります。

それを発動させるのが、超感覚的知覚によるコミュニケーションであると言えます。


・・・・・・・・・・

【井坂健一郎(いさか けんいちろう)プロフィール】
1966年 愛知県生まれ。美術家・国立大学法人 山梨大学大学院 教授。東京藝術大学(油画)、筑波大学大学院修士課程(洋画)及び博士課程(芸術学)に学び、現職。2010年に公益信託 大木記念美術作家助成基金を受ける。山梨県立美術館、伊勢丹新宿店アートギャラリー、銀座三越ギャラリー、秋山画廊、ギャルリー志門などでの個展をはじめ、国内外の企画展への出品も多数ある。病院・医院、レストラン、オフィスなどでのアートプロジェクトも手掛けている。2010年より当時の七沢研究所に関わり、祝殿およびロゴストンセンターの建築デザインをはじめ、Nigi、ハフリ、別天水などのプロダクトデザインも手がけた。その他、和器出版の書籍の装幀も数冊担当している。
【井坂健一郎 オフィシャル・ウェブサイト】
http://isakart.com/

この記事は素晴らしい!面白い!と感じましたら、サポートをいただけますと幸いです。いただいたサポートはParoleの活動費に充てさせていただきます。