恐怖感情の進化論
二種類の思考パターン
人間は、進化の過程で二つの思考過程、すなわちファスト思考とスロー思考を保持するようになりました。
ファスト思考は、思考というより直観という言葉がその性質をよく表しているかもしれません。
感情に直結しており、無自覚・自動的に素早く(ファスト)生じる思考です。
これに対しスロー思考は、熟慮、論理的思考、理性などに直結し、意識的・意図的に行う遅い(スロー)思考です。
※ちなみにファスト思考、スロー思考の命名者は、ノーベル賞経済学者のダニエル・カーネマンです。
ファスト思考は危険回避術
人類は数百万年にわたるその発展の歴史において、身の危険を減ずるためのファスト思考を身につけました。
アフリカの草原で草むらにひそむ獣の気配を察知して、すぐに逃げの行動に移れるように知覚とその後の行動のとり方が進化しました。
草むらに隠れる動物の顔のようなものを素早く認識し(視覚)、動物の足音やうなりをとらえ(聴覚)、そしてそのにおいを感じる(嗅覚)など、それに対応した知覚とファスト思考が発達しました。
三つの点の配置次第で顔に見えてしまうシミュラクラ現象は、素早く顔を認識し対応できるように進化した過程で得られた認知機能です。
接地極付きのコンセント、パッと見顔に見えたりしますよね、あれが視覚のファスト思考。
視覚では可視光という電磁波の一種、聴覚では音波を捉えており、これらはどちらも「波動」。
波動としてのふるまい、つまり「反射」、「吸収」、そして「回折」をします。
回折というのは、障害物を越えて回り込む性質。
障害物の大きさが波長と同程度かそれより小さい時に顕著になります。
川の中に立っている木の杭の近くに石を投げると、波紋は杭の後ろ側にも回り込みますよね、あれが回折。
可視光の波長は400~800ナノメートル(ナノメートルは1000万分の1センチメートル)で、私たちの身の周りにある物体よりはるかに短いため、可視光の回折をほとんど感じることはありません。
パソコン画面の前に猫が来ると邪魔なのはそのため。
それに対しヒトの可聴域の音波の波長は大体1.7センチメートル~17メートル。
これだと、机の上に乗るような小物サイズからビルなどの建造物までカバーできるくらいの波長域があります。
だから、猫がいてもパソコンから出る音は聞こえるし、街を歩いているとき建物の陰で見えない電車の音が聞こえたりするのですね(反射の効果もありますが)。
恐怖心は生存の母
こうして考えると、物陰にひそんでいる敵の気配をいち早く察知して逃げる行動に移るには、視覚よりも聴覚の方が有利と言えそうです。
もちろん、実際に目で確かめるよりは勘違いの可能性は高まるでしょう。
しかし命を落とすよりはずっとマシです。
神経科学者のジョゼフ・ルドゥーによれば、視床内の聴神経核と小脳扁桃内の恐怖感情を起動する部分が直結しているらしい(1)。
進化の過程で、身を守るための聴覚の活用が、恐怖感情を通じて高度化したのでしょう。
聴覚は視覚より周囲の変化に関する情報をいち早く取得でき、視覚で十分な危機判断材料を得る前に最善策をとれるよう、感情を発動させるのです。
(1)J. LeDoux, "The emotional brain", (Simon & Schuster, New York, 1996)
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