千葉工大が見せた科学者の矜持
2022年5月、創立80周年を迎えた千葉工業大学が、各朝刊に全面広告を出しました。
紙面いっぱいに「すべての科学者に告ぐ。」と特大の赤文字。
その下部には、「‥最先端の技術が、他国の軍事力を凌駕するため利用される。命を救うための研究が兵器に応用され、いとも簡単に人命を奪う。戦争によって、技術革新は進んでゆく。その葛藤に我々は苦しみ続けてきた。」と、現代に生きる科学者特有の苦悩を吐露。
続いて、「しかし、科学者たちよ。今こそ声を上げるべきだ。すべての技術は人間を幸福にするため生まれ、世界に平和をもたらすためにのみ生かされるべきだと。」、と結んでいます。
科学と戦争の不可分の歴史
今さら言うまでもなく、科学の発展と戦争とは不可分であり、戦争が科学の発展を促し、それが翻って戦争関連技術の高度化に寄与してきた歴史があります。
原子力発電が原爆技術の援用であることはよく知られたところですが、火力発電で使用されるガスタービンも、同様に軍用技術の援用に端を発します。
太陽電池は当初宇宙開発の中で生まれましたが、その宇宙開発自体、軍事は大きなモチベーション。
コンピュータ開発も弾道計算目的であったし、GPSも兵士や軍車両のナビゲーション、ミサイル誘導が目的でした。
このように、科学技術発展の原動力として軍事的需要が背景にあったのは事実です。
抵抗した科学者
しかし、キャノングローバル戦略研究所・研究主幹の杉山大志は
と述べ、非軍事・民生目的の科学技術発展の展望に大きな可能性を見出しています。
その昔、理化学研究所の仁科芳雄博士の元に日本陸軍は原子爆弾の開発を要請。
「二号研究」と称し研究は進められました。
しかし仁科は、日本が原爆を開発することは不可能であることを分かっていました。
まず原料となるウラニウムが手に入らない。
濃縮もできない。起爆させるメカニズムも設計できない。
何度も督促を出す陸軍将校をだましながら仁科は「研究」を続けました。
なぜか?
それはまず第一に、有能な研究者の卵たちを研究に従事させることで彼らを戦地に送らずに済むこと、そして第二に、その研究を通じて将来の理論物理学の発展の礎とすること。
国際法に反した日本の戦争遂行
第一次世界大戦で威力を発揮しその非人道性のため世界的に使用抑制の動きのあった毒ガス、ハーグ条約を批准した日本はこれを使用することはできないはずでした。
しかし軍内の「統帥綱領」では、作戦立案の基本として攻勢第一主義と意気高調、つまり先制攻撃と精神主義の重要性を説き、兵力で劣ることを認めつつそのギャップを埋めるために戦闘だけでなく追撃、上陸作戦でもどんどん毒ガスを使うことを推奨していました。
戦争論の古典であり名著、クラウゼヴィッツの「戦争論」は、「攻撃は脆弱で防御は強力」とするが、「綱領」は攻撃第一主義に思いっきり振っていた。
ところで、この綱領には、前線に軍事物資や食料などを送る兵站線確保のノウハウはなく、現地調達という名の略奪を基本としていました。
これでは現地住民の反感を買うのも当然です。
また機械化部隊が主力となった第二次大戦の現状にあって、機動の考え方はなく、戦車部隊や航空部隊には地上の歩兵部隊を掩護する従属的な地位しか与えられませんでした。
徒歩の行軍を基本とし、その貧弱な移動能力を「上下一心、飽くまで目的を遂行せんとする熱烈なる気魄(きはく)」に求めるという、これまた精神論。
この綱領は参謀などごく一部の高級指揮官しか見ることができず、戦後は廃棄されました。
国際法上違法であることを、みな分かっていたのです。
このような日本軍が原爆を手にしていたら、どうなっていたでしょう。
科学の問題は複合的
仁科の手許からは多くの人材が輩出しており、その中にはノーベル物理学賞受賞者・朝永振一郎が含まれます。
戦後日本の理論物理学、特に素粒子論の発展は目覚ましく、その中に仁科の影響を受けなかった人物はまずいないと言って良いでしょう。
少なくとも仁科の作戦は成功したと言えそうです。
杉山の言う通り、科学技術の発展と戦争は密接に結びついてきた歴史があるし、技術のどこが軍事でどこが民生と、はっきり線引きはできないかも知れません。
科学の成果をどう活用するか、政治を含めた運用サイドの問題としても、国民全体で大いに考えていかなくてはなりません。
疑似科学とホンモノ科学との線引きが難しいように、グレーな領域というのは科学の問題にはつきものです。
だからこそ、科学者の矜持として、人類の幸福のため、世界を平和にするために科学は存在することを高らかに宣言することに意味がある、と私は思います。
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