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雨の日の人混み、ぶつかってくるおじさん

6月、季節は梅雨である。
連日の雨。傘を差して歩くのは億劫だから、みんな自然と屋根のある道を選ぶ。よってアーケードの人口密度は平時よりあがる。

密集する人の頭
肌にまとわりつく空気
誰かのずぶ濡れの傘があたって泣きだす子供

私の前を歩いていた恰幅のいいおじさんが、唐突に踵を返してもと来た道を戻りだす。
おじさんと私の距離は5mほどしか離れていない。
ぶつかる!
おじさんの方向転換にはなんの前触れもなかった。
脇道へそれるでも、なにか思い出したようなそぶりを見せるでもなく、まるで水泳選手がターンをするような確信に満ちた動作だった。
オイッと思った時にはもう目の前まで来ている。おじさんはぬりかべのようにでかい。体重90kgはある。身長150cmの私がぶつかったら怪我をするのはどちらか、言うまでもない。

でも考えてみたらおかしくないか。
おじさんの行動は予測不可能だったのだから、私にはなんの落ち度もない。

しかしこういう時、私は今まで100%道を譲っていた。それでも避けられずぶつかった場合、120%平謝りしていた。
相手が避けるまで動かないとか、ぶつかられたら怒るとか、してもよかったはずなのに!
梅雨の熱気にあたられたのか。私の中で歴代のぶつかり事故への怒りが、爆発した。

止まれよ、オッサン!

私の舌が「と」と発した瞬間、おじさんの体がはじけとんだ。
パンパンにふくらんだ風船を針でついた時のようだった。
おじさんのチョッキのボタンが下腹から順番にみるみる飛んでゆき、パァンと豪快な破裂音がして、赤や緑の紙吹雪が空一面に舞い上がった。

ハッとした時にはおじさんはキレイさっぱり消えていた。
商店街の人々は、平然として通り過ぎてゆく。
私はというと、あまりのできごとに呆然と立ち尽くしていた。

さっきまで泣いていた子供が、しゃがみこんで何かを熱心に拾い集めている。
私もそれにならってかがんで見た。
おじさんが残していった紙吹雪だ。
紫色の紙片は、ちょうど今朝見た紫陽花の色によく似ている。美しい。

立ち上がると、視界はスッキリとしていた。
アーケードの向こうに空が見える。

雨はあがったようだ。

私は紙吹雪を握りしめ、アーケードの終わりを目指して足取り軽やかに歩き始めた。

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