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《短編集》くせもの果物 ~Funny Fruit~

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果物をテーマにした不思議な物語を9編収録したマガジンです。 文学フリマなどの同人誌即売会イベント向けに冊子の制作していたものを、このご時世からnoteのマガジンでも公開しようと思…
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記事一覧

真っ赤な悪魔

 コン!  額に衝撃を受けた。  痛みはさほど強くはなかった。だが重みのあるその一撃に、俺は反射的に「イテッ!」と言葉を発し、その場所を手で押さえた。 体を起こし、周囲を見渡す。手近なところにリンゴがひとつ転がっていた。 赤く艶やかなリンゴだ。あまりに発色がいいので作り物かと思った。だが実際にもってみると、この重みと爽やかな香りから察するに、どうやら本物のようだ。  こいつが俺の安眠を妨げた犯人か。気持ちのよい夢を見ていたはずなのに、お前がいたずらに落下してきたせいで

瓜女神

「センセー! 茨木(いばらき)センセーってばー! もぅ待ってくださいよぉー!」  若い女が二人、険しい山道を歩いている。ひとりはスレンダーな幼顔の女。スキップでもするかのように軽快に進んでいく。もうひとりはグラマーで端整な顔立ちの女。沼地を進んでいるかの如く、幼顔の女の遥か後ろを歩く。 「遅いよ、北海(きたみ)ちゃん。そんな調子じゃ日が暮れちゃうよ」 「ふぇ~ん! センセーは何でそんなに元気なんですかぁー!?」 「元気に決まってるでしょ! 何十回もしてきた私からのラブ

さくらんぼ兄妹

 隣どうし あなたとわたし さくらんぼ  そんな曲が小さい頃に流行っていた記憶がある。俺もよく、馬鹿のひとつ覚えで口ずさんでいた。  曲名、何だっけ? 他のフレーズもアーティストの名前も顔もまったく思い出せない。 『なぁ八恵(やえ)、お前は覚えてるか?』 「覚えてるけど教えない」 『何で?』 「そのくらい『口で』聞けばいいでしょ? 何でわざわざ『こっち』で聞いてくるわけ?」 『さっき買ったイチゴ大福で口の中がいっぱいなんだよ』  はぁ~、と粗っぽい溜息をついて

兆しの木

 昔々の大昔、人類が誕生する以前のこと。宇宙の彼方から巨大な果実が地球に飛来した。  それは緑豊かな大地に墜落した。植物や獣、周囲のありとあらゆるものを広範囲に渡って吹き飛ばし、大地に深く広いヘソを作った。  果実は半分ほど土に埋まった。無論、それには手足はおろか生命すらないからに、そこから動くことはない。未来永劫、その場所に留まることとなる。  ほどなく多種多様な虫や獣が果実に接近してきた。果実が放つ甘い香りに誘われてやってきたのである。  自身のからだの数百倍も大

一期一会

 杤木真(とちぎ まこと)は自他ともに認めるイチゴ好きだ。  一日三食必ず二パックのイチゴを食すのはもちろんのこと、シーズン中は三日と開けずイチゴ狩りを堪能し、イチゴの名のつく新商品が発売されれば迅速に網羅し、甘くないレビューを述べる。それが高じて、利き酒ならぬ「利きイチゴ」さえできるようになった。  真は自宅アパートのリビングで険しい顔をしていた。彼の目の前のちゃぶ台の上には、目にもおいしそうなイチゴのショートケーキがひと切れある。これは都内某所で限定百五十食、それも年

化けの皮(1/4)

「先生! バナナはおやつに入ります?!」  立花(たちばな)は鋭く手を上げ、大声でそう言った。それを聞いた児童たちは大笑いした。  六年生にもなってそんな幼稚な質問をしてくるか。まぁ、お調子者の立花にとってはテッパン中のテッパンなのだろう。かく言う俺も、そんな馬鹿馬鹿しい質問をした覚えがある。それゆえに模範解答も心得ている。 「おやつには入らないから、好きなだけ持ってきていいぞ」 「えっ、マジで?」 「ただし、バナナは潰れやすいからな、立花のリュックの中がバナナまみ

化けの皮(2/4)

 週明け、クラスの雰囲気がどこかピリピリしていた。  朝のホームルームをしようと俺が教室に入った時、いつもならだらだらと席に着いている彼らが、強力な磁石に吸い寄せられたかのように一瞬で着席した。これまで幾度となく注意してもそんなことは一度もなかった。さらには出席を取っている間、彼らの視線がチラチラと特定の人物に集まっていた。大場と笹倉だ。  笹倉は酷く機嫌が悪そうだった。艶のいい唇がわずかに尖っていたし、出席の返事も普段よりも大分低い声だった。一時間目の理科の授業の際も、

化けの皮(3/4)

「昨日の動画見た?」 「見た見た! メッチャ面白かったよな!」 「先生、テレビつけてよー!」 「ジャンケンポン! あっち向いて、ホイ!」 「だあぁ、また負けたぁ!」 「先生バナナ食べていいですかー?」 「り、理科室!」 「釣り」 「り、り……リス!」 「すずり」 「もー! さっきっから『り』ばっかり!」 「先生、隣郷(りんごう)君が車酔いしたみたいです!」  移動中のバスの車内というのはどうしてここまで混沌としているのか。こちとら五時起きして学校に来て

化けの皮(4/4)

「わぁ、ホント久しぶりー! 元気してた?」 「お前ぇ背デカくなりすぎだろ!」 「やっぱ地元はいいよな」 「このカルパッチョ、めちゃくちゃウマくね!?」 「俺まだ酒飲めねぇんだよ」 「来月の選挙行く?」 「あんたそういうとこ全然変わんないねぇ」 「すみませーん! ウーロンハイとカシオレも!」  新成人になった教え子たちはみな、すっかり垢抜けた姿をしていた。だが一度口を開けば、あの頃と何ひとつ変わらない、明るく賑やかな俺の教え子たちだった。胸が熱くなった。どれだけ

あるミカン

 コタツにミカン。これ以上に最強な組み合わせは他にないだろう。  コタツに猫? 可愛いがまだ物足りない。  コタツに鍋? 悪くないが俺は料理ができない。  コタツにアイス? 大福アイスは際どいが、やはり邪道だ。  コタツにお茶? 合うけどお茶では腹は膨れない。  コタツに煎餅? 欠片がボロボロとこぼれるから掃除が面倒臭いし、もとよりそこまで好きじゃない。  コタツにプリン? どっからその発想が出てきた。  コタツにカレー? わざわざ合わせなくてもいい。  コタ

麒麟と檸檬

 ボクは半年くらい前、三年ほど勤めていた配送業を辞めました。過労で仕事中に事故ったからです。その原因は全部、勤務先の先輩だった果渕(かぶち)にあります。  あいつは最低な人間です。代引き用の釣り銭をちょろまかしたり、朝まで呑んでいたのを理由に自分の担当地区の荷物をボクに押しつけたり。極めつけは、ボクが休みの日に朝から僕を呼び出して、僕に仕事をやらせて自分はパチンコをしていたことです。  はい、あいつのことは心の底から恨んでいました。すぐにでも復讐(ふくしゅう)してやりたか

¥200

粒ぞろいヒロイン(1/2)

 校舎の片隅、散り始めた桜の木の下で、葡萄茶色(えびちゃいろ)のブレザーを着た二人の生徒が向かい合っている。ひとりは鼻筋が通った、癖っ毛の強いハーフ顔の男子。もうひとりは長い髪を赤いシュシュでひとつ結びにした女子。ハーフの男子が先に待っており、今しがた赤シュシュの女子がやって来た。  「菊池紫苑(きくち しおん)さん」  ハーフの男子はフルートのような優美な声で相手の名前を呼んだ。そして芝居がかった素振りで彼女へ手を伸ばす。 「あなたのその愛くるしい笑顔を俺だけのものに

¥150

粒ぞろいヒロイン(2/2)

 覚えのある匂いが鼻をついた。覚えのある黒いランドセルや小物などが目についた。胸の奥からジワジワと懐かしさが込み上がる。だがそのせいで、麗司はより大きなショックを受けた。  部屋の奥のベッドの上に少女がひとり横たわっていた。稔里だ。丸い顔。太めの眉。低い鼻。そこまでは麗司の記憶の中の稔里と一致していた。だが、肌は青白く、腕や頬は極限まで肉が削げ落ち、長い髪はボサボサでまったく艶がなかった。  麗司は噛み切らんばかりに唇を強く噛んだ。変わり果てた稔里の姿を直視することができ

¥150