粒ぞろいヒロイン(1/2)
校舎の片隅、散り始めた桜の木の下で、葡萄茶色(えびちゃいろ)のブレザーを着た二人の生徒が向かい合っている。ひとりは鼻筋が通った、癖っ毛の強いハーフ顔の男子。もうひとりは長い髪を赤いシュシュでひとつ結びにした女子。ハーフの男子が先に待っており、今しがた赤シュシュの女子がやって来た。
「菊池紫苑(きくち しおん)さん」
ハーフの男子はフルートのような優美な声で相手の名前を呼んだ。そして芝居がかった素振りで彼女へ手を伸ばす。
「あなたのその愛くるしい笑顔を俺だけのものにしたい。俺と付き合おう」
一時の間があった。紫苑は苦々しい笑みを浮かべた。
「……ごめん。夜長(よなが)君とはちょっと、ないかな……」
「おい麗司(れいじ)、いい加減マイナスオーラ出すの止めろ。せっかくのラーメンがマズくなるだろ」
眼鏡をかけた小柄な男子生徒は言った。彼の眼前にはテーブルに突っ伏したハーフの男子がいる。彼からは目視できそうなほどの黒く淀んだ雰囲気が漂っている。
「それが傷心した親友にかける言葉かよ」夜長麗司は力のない声で言った。「もうちょっと慰めの言葉かけてくれたっていいだろ」
「友情よりラーメンの方が大事だ」
そう言って眼鏡の男子は平打ちの縮れ麺を一気に啜った。麗司は灰色の溜息を吐き出した。
「路規(みちのり)ぃ〜、豊(ゆたか)が冷てぇよ〜」
「ん〜、とりあえず早くラーメン食べたら?」
麗司の隣に座る、路規と呼ばれた男子生徒は言った。癖っ毛で細身の彼は困った表情を浮かべている。
「せっかく豊君が奢ってくれてるんだし、麺だって伸びちゃうよ?」
麗司は下唇をヌッと出した。だが直後に腹の虫が鳴った。魚介ベースの芳しい醤油スープの匂いに鼻をくすぐられる。ほどなく起き上がってラーメンを食べる。ひと口食べただけで目が潤んだ。
「……今日の枡勝(ますかつ)のラーメンは一段とウメェなぁ……」
「そうだろ、そうだろ」
「麗司君、煮卵食べる?」
「頂きます」
「ならば俺はチャーシューをくれてやろう」
「ありがたき幸せ」
ほどなく三人は店を出た。好きな漫画やゲームなどの話をしながら、日没後の道を駅に向かって歩いていく。進むにつれて人通りが増え、賑やかな雰囲気になった。
腹が満たされた麗司からはマイナスオーラはもう発せられていなかった。だが顔には不満の色が現れている。
「あぁあ、こんなイケメンの告白を断るなんて、紫苑さんも見る目がないよな。三十過ぎても独身だったら今日のこと絶対に後悔するぞ」
片側式のアーケードを歩きながら麗司は言った。その声には明らかな苛立ちが含まれている。自転車を押しながら歩く豊と路規は顔を見合わせた。互いに口をへの字に曲げる。
「お前さ、毎回そんなんだからフラれるんだぞ」
「そんなんって何だよ」
「だから、その負け惜しみだよ。そういうのが女子の耳にも入ってくるから、印象悪くなってフラれるんだよ」
麗司はムッと唇を尖らせた。「負け惜しみなんかじゃねぇよ。どっからどうみても俺はイケメンだ。そして女子はみんなイケメンが好きだ。なのに俺はフラれる。ということはフッた女子の目が節穴なんだ」
「その理屈で言うと、その節穴な女子に告白してる麗司君も節穴なんじゃないの?」
「馬鹿言うな。俺はどっからどう見ても非の打ち所がないイケメンだろ」
「じゃあなんで女子は誰もお前に告白してこないんだ? モテるならひっきりなしにくるだろ」
「そんなの決まってる。みんなシャイなんだ」
揺るぎない麗司の言葉に、豊と路規は首を横に振った。
「例えそうでも、お前はもう少し自重しろ。新学期になってからもう何回フラれてんだよ」
麗司はアーケードを見上げながら指を折り始める。
「二組の黄本華菜(きもと かな)ちゃん、三年の高岡墨恋(たかおか すみれ)先輩、一年の奥山(おくやま)ルビィちゃん、同じクラスの案芸妃(あんげい きさき)ちゃん、それから――」
「もういい!」豊は麗司の言葉を遮った。「とにかく、お前みたいな節操のないやつと付き合う女子なんているはずがない。自重しろ」
「馬鹿か」麗司は立ち止って振り向く。「ウチの学校には魅力的な女の子が山ほどいるんだぞ」
「まぁ、元女子校だから女子多いよね」
「男子の三倍いるからな」
「それなのに彼女たちの誰にもアプローチしないなんて、そんなの男の恥だ。見目麗しい女子たちに失礼だ」
「いやだからそういうことじゃ――」
「レイくーん!」
今度は豊が言葉を遮られた。三人は同時にそちらを向く。
女子がひとり、道路の反対側で大きく手を振っていた。ほどなく彼女は近くの歩行者用信号が赤になりそうなことに気づき、横断歩道を大急ぎで渡ってこちらにやって来た。
絵に描いたような美少女だった。
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