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【長編小説】陽炎、稲妻、月の影 #36

第5話 呻く雄風――(6)

 次の日も、事態は悪化の一途を辿っていた。
 ポルターガイスト現象は増加し、空気の澱みに耐え切れず意識を失う生徒も出てきた。ほとんど紙一重な状況で授業は通常通り続けられているが、生徒にも不安の色が強く出てくるようになってきている。もうあまり時間の猶予はない。
 死者の魂の通り道にある、境山高校。
 その土地の空気を清浄化して守ってきた土地神。
 どうにかして場の浄化だけでもできないものかと、昨日から今日にかけて、あれこれ試してみたものの、全て無駄な足掻きとなって散っていた。相変わらず、俺は無力な幽霊もどきのままである。
「急な話で申し訳ないのですが、大規模な浄化作業及び封印の決行日は、明日になりました」
 そうして陰鬱とした気分で迎えた放課後。
 その最終下校時刻間際になって、第四資料室に俺たちを呼び出したハギノモリ先生は、開口一番にそう言った。
 協力者に声をかけ、この学校まで来てもらうことを考えると、決行日は早くても来週だと思っていた俺は、きっとわかりやすく驚きを顔に出していたのだろう。先生は苦笑気味に、
「長生きしてると、伝手もそれなりに多くなるんですよ」
と言った。
「それで、先生。大規模な浄化作業と封印って、具体的にはなにをするんですか?」
 早速本題に切り込んだアサカゲさんに、先生は持参した大判の紙を机に広げた。そこには、この学校の敷地内の見取り図が書かれている。
「学校側に掛け合って、明日の午後は休校にしてもらいました。三限目が終わったら、全校生徒と全教職員を帰宅させます」
 そうして先生の語った計画は、次の通りだ。
 まずは、今回協力してくれる霊能力者たちを、学校の敷地をぐるりと囲むように配置し、円を描くように結界を展開させていく。学校全体を囲い込んで〈よくないもの〉を外に漏れ出さないようにできたら、第一段階は完了だ。
 次に、結界内で浄化を行う。
 ただ、今回の場合、あまりに空気の澱みが濃く、結界による浄化だけでは状況は解決しない。広範囲の浄化は、ある程度までは一掃できても、漏れは出てしまうらしい。
 それを逆手に取って、敢えて〈よくないもの〉の逃げ道を作るという。
 清浄な空気を嫌う〈それ〉らを意図的にグラウンドへ誘い込み、集まってきた〈よくないもの〉を全て封印してしまう――というのが、作戦の大筋だ。
「ねえ先生、徐々に結界の強度を上げて〈よくないもの〉を祓い切ることってできないの?」
 ふと思い浮かんだ疑問を、俺はそのまま投げかけた。
 〈よくないもの〉を敷地に閉じ込め、任意の場所にまで追い込めるのであれば、そのまま除霊してしまったほうが、話は早いだろうに。何故もう一段階、封印という手段を踏む必要があるのだろう。
「結界はあくまで外に出さないことに重きを置いたもので、浄化は副次的なものに過ぎないから、というのが率直な答えです」
 先生からの回答に、アサカゲさんが、それに、とつけ加える。
「現時点でこれだけ猛威を振るってる〈よくないもの〉は、今も増長し続けてる。霊能力者の力量にもよるが、〈これ〉を除霊できるのは、限られたごく一部の人間だけだろうな。今回の場合は、封印が一番安全で確実――ですよね、先生」
「はい、朝陰さんの言う通りですね。時間をかければ、力のある霊能力者も、人数自体も増やせるでしょう。しかし、それを待っていては、先にこの土地が駄目になってしまいます」
 つまり、学校を続けていく為には、明日決行する以外にない状況というわけだ。
 それほどにぎりぎりな状況で、ここまで手配をし終えている先生の辣腕ぶりには、頭が上がらなくなる。
「先生、オレはどの辺りに配置されるんですか?」
「朝陰さんにお願いするとすれば、ここです」
 そう言って先生が指差したのは、グラウンドだった。
「〈よくないもの〉と直接対峙するぶん、危険な場所ではあります。ですが、貴方の霊力、霊術の得手不得手、それから、七月の中庭での件をこの目で見ている僕は、貴女が封印役に適任だと考えます」
 ただし、と先生は続ける。
「強制はしません。朝陰さんも、僕にとっては守るべき生徒の一人ですからね。朝陰さん、貴女には、他の生徒と同じように帰る選択肢だってあるんです」
 あくまで、アサカゲさんは先生の手伝いという立ち位置だ。
 彼女には、不参加を表明する権利も理由も、十二分にある。
 しかし。
「なに言ってるんですか、先生」
 アサカゲさんは不敵に笑って、言う。
「参加するに決まってるじゃないですか。封印役、オレに任せてください」
 その言葉に、先生は眉根を下げ、
「ありがとうございます、朝陰さん」
と言った。
 オレも心の中で、彼女にごめんとありがとうを告げたのは、誰にも内緒である。

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