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【短編小説】末継将希について

幼馴染・今野悠汰の証言

「お久しぶりです。前に会ったのは、俺らが小六のときでしたっけ。ほら、あの頃は俺と将希まさきが同じゲームにハマってて、よくお家にお邪魔させてもらってたんスよね。五回に一回くらいの頻度で将希のお母さんが作ってくれたクッキーが美味しかったの、よく覚えてます。懐かしいなあ。
 ……この度は、御愁傷様です。今日は、将希の話を聞きたいってことでしたけど、具体的にはどんな話を聞きたい感じですか? ……将希の最近の様子、ですか。
 そうですね……俺から見た将希は、ずっといつも通りでしたよ。社会人になってからも、偶然家が近いこともあって、お互いの家を行き来したり、一緒に遊びに行くくらいには交流があったので、それは自信を持って言えます。
 ああでも、将希に彼女が居た間は、流石に控えましたね。なんか、出かけた先で命を助けたのがきっかけで付き合うことになったとか、そんなことを言ってたのを覚えてます。今日日、そんな出会いかたってあるんだって、驚きましたよ。話を聞いてた感じだと、結構上手くいってると思ってたんですけど、去年くらいに別れたって言ってからは、以前と同じように俺と遊ぶようになりましたね。
 彼女と別れたからと言って、別段調子を崩してる様子はなかったですよ。そりゃあ、人並みに落ち込んではいましたけど。だけどあいつは、普通に働いて、たまに俺と遊びに行ったりしてっていう、普通の生活をしていたと思います。だから俺自身、どうしてあいつが自殺したのか、見当もつかないっていうか……。
 俺が最後に将希に会ったのは、三ヶ月くらい前ですね。仕事終わりに駅前に新しくオープンした洋食屋で合流して、あいつは大盛りナポリタンを食べてました。……ピーマン? ああ、なんかちょっと前から食べられるようになったって言って、普通に食べてましたよ。
 そのときの会話、ですか。ええと……主に仕事の愚痴でしたよ。特に、後輩から言われたことを気にしてるようなことを話してました。なんて言ってたかなあ、確か……『末継すえつぐさんはあらゆる可能性を考え過ぎです。そんなの、ほとんど杞憂に終わるんだから、わざわざ私に共有せずとも結構です』……だったかな。それと、『知ったような口を聞かないでください』って言われたとも話してたかな。
 ほら、将希って昔から心配性っていうか、世話好きっていうか、お節介っていうか。他人の面倒を見るのが好き、みたいなところがあるじゃないですか。俺も昔、学校帰りに川の近くを歩いてたら、遠くから走ってきた顔面蒼白の将希に腕を引っ張られて、『川に落ちたら危ないだろ』って言われたことがあります。確かにあの辺は滑りやすかったですけど、落ちたわけでもないのにそんなことを言うなんて、ほんと、心配性ですよね。たぶん、後輩ちゃんに対しても、そういうところが出ちゃったんじゃないかと思うんですよ。あれの所為で、将希はやんわりクラスから浮いてるところがあったから。本人は気にしてない――というか、その現状をやけにすんなり受け入れてたみたいですけど。
 俺ですか? 俺も別に気にしたことはなかったです。というか、俺があまりにズボラなんで、将希のそういうところには結構助けられてきた感じです。
 最近だと、半年くらい前に、俺が転職を考え始めた矢先に将希から連絡があって、『この会社は良い噂を聞かないから、絶対にそこへは行かないほうが良い』なんていう、よくわかんないアドバイスをしてきたんですよ。んで、調べてみたら、会社のホームページとか求人情報はホワイトっぽいんですけど、あれこれ口コミとかを調べていくとブラックもブラック、弩級のブラック企業っぽくて、俺、笑っちゃいました。おかげでちょっとは調査能力みたいなのも身につけられたんで、良い会社に転職することができたんスけど。え? 将希も転職を考えていたのかって? 考えてたんじゃないんスか? だから俺にああいうアドバイスができたんだと思います。
 ああ、そうだ。俺、その洋食屋で会ったとき、将希からお姉さんに、伝言を預かってたんだ。小六以来会ってないのに、なに言ってんだって思って話半分に聞き流してたんですけど、まさか本当に会うことになるなんて、まるであいつには未来が――ああ、はい、伝言の内容ですよね。
 『ごめんなさい』。
 これ、俺には理解できなかったんですけど、お姉さん、将希と喧嘩でもしてたんすスか?」

元カノ・現岡真奈香の証言

「事前にメッセージでもお伝えしましたけど、あたし、去年将希と別れてから連絡を取ってないんで、あんまり話せることはないと思いますよ。そりゃあ、その、将希が死んだことには、お悔やみ申し上げますけれど……。
 将希との出会いですか? ……。一人で買い物に出かけた先で、彼があたしを助けてくれたのがきっかけです。その日は風が強くて、将希が助けてくれなければ、あたしは落ちてきた看板の下敷きになって死んでいたと思います。お礼に食事に誘って、そこで意気投合して……って感じです。いえ、話すのを躊躇ったのは、別に変な意味はなくって。ただ、なんか漫画みたいな出会いかたじゃないですか。あたしの友達には、それで結構笑われたので、お姉さんも笑うのかなって思ったんです。お姉さんは、笑わないんですね。
 ……ふうん。やっぱり、将希って昔からそういう感じなんですね。それならやっぱり、あたしのことなんて、特別大事ってわけでもなかったのかもしれませんね。あたしが猛アタックして、それに折れただけだったのかも。
 いえ、将希はとても良い彼氏でしたよ。いろんなところに連れて行ってくれたし、あたしの好物はひとつも漏らさず覚えてくれたし、価値観も似通ってたから、あたしと一緒に一喜一憂してくれたし。出会いかたが出会いかただったからか、将希はなにかと過保護なところがありましたけど、それだけあたしのことを大切にしてくれてるんだなって思ったら、悪い気はしませんでした。別に、束縛が強いわけじゃなくて、本当に些細なことでも気にかけてくれったっていうか。外を歩くときは必ず将希が車道側に回るとか、そういう感じのやつです。週末にお互いの家で過ごすようになっても、その居心地の良さは変わらなくって。だからあたし、結構本気で、このまま将希と結婚するんだろうなって思ってたんです。
 別れた理由? 浮気ですよ。
 初めて行く場所なのに、前に来たときはどうのって話をし始めたり。あたしと居るのに、ずっと周囲をきょろきょろ見回してたり。果ては、ヒマリとかいう知らない女の名前で私を呼んだんですよ。本っ当、最低。将希は『ヒマリとは決して君が想像するような仲の子じゃない』って謝ってきましたけど、じゃあどういう仲の子なのか説明してよって言ったら、黙りこくったんですよ? それでなにを許せるっていうんですか。だからあたしたちは別れたんです。それ以降は、知りません。連絡先は全部ブロックの上で削除したので。そのヒマリって子とよろしくやってたんじゃないですか? え? あたしと別れてから、誰とも付き合ってなかった? それじゃあ、向こうにもあたしのことがバレて、どっちからも振られたんじゃないですか?
 ……は? ピーマン? そういえば、あるときから急に食べられるようになってましたね。どうしたのって訊いたら、『俺もいつか父親になるかもしれないし、いつまでも子どもみたいな好き嫌いをしてちゃいけないもんな』なんて言ってましたけど。
 そういえば、将希がピーマンを食べられるようになったの、浮気を疑い始めた頃からかも。そうそう、それも違和感のひとつでした。好き嫌いが変わったんじゃなくて、嫌いな食べ物をいくつも克服していたんですよね。浮気相手の料理がよっぽど美味しかったのかな……。あーもう、今思い出しても腹が立つ!」

同僚・近原依莉の証言

「……。
 …………。
 ………………。
 ……その、うう、ぐすっ……本当に、申し訳ありませんでした。
 ……え? なにに対して謝っているのかって、その、それは、私の末継先輩への態度が悪くて、それが自殺に繋がったことについて、追求しにいらっしゃったのではないのですか……? 違う、とは……?
 ……。先輩のご友人の証言は、正しいです。確かに私は三ヶ月前、先輩に対してそういった発言をいたしました。……いや、ええと、本当に不快に思われたりしませんか? 本当に? それなら喋りますけど……。
 先輩は元々思慮深くて、普段からよくいろんなことに気づく人でした。それは業務上のミスだったり、職場の人間関係の機微だったり。本当に、どうやったらそこまでアンテナを広く張りながら仕事ができるんだろうって不思議に思うくらい、よく気のつく人でした。私自身、それで何度も助けられたこともあって、とても感謝しています。
 ……だけど、それが毎日のように積み重なっていったらどうなると思います? 例えるなら、小学生が毎日親から早く宿題やりなさいって言われてるような気分になるんです。私が動くよりも先に先輩は私の動きを予想し、失敗する可能性を危惧して声をかけてくるんです。その所為で、私はだんだんと自信がなくなっていきました。常に正解がわかっている人の隣で仕事をするのって、だんだん精神が擦り減っていくんですよ。先の失言は、その思いが我慢しきれなくて、口をついて出てしまったものです。改めて、誠に申しわけありませんでした。深く反省しております。
 ……普段の先輩の様子、ですか。さきほども申し上げた通り、仕事はとてもできるかたです。それこそ、異常なくらいミスをしない人でした。だけど、先回りが過ぎて、周囲からやんわり避けられていたと思います。理由は、たぶん、私と同じかと。そんな調子だったので、先輩とは仕事の話はしても、プライベートなことはなにも話したことがありません。休憩時間中も、一人で何処かへ行って食事をしていたみたいですし。
 先輩が亡くなった日も、いつも通り出勤されて、いつも通り定時で退勤されました。ただ、ここ一ヶ月ほどはなんだかいやに疲れているようにも見えまして……。業務が立て込んでいるわけではない時期だったので、体調が悪いのだろうと、うちの課長が有給取得を勧めてたみたいなんですけど、大丈夫だって言って断ってたみたいです。
 あの……先輩って、自分が犠牲になれば良いと思ってる節があった感じがするんですが、お姉様から見てもそうですか? 昔からああいう感じだったんでしょうか? いえ、その、なんとなく、訊いておきたくて。先輩、自分はミスをしませんけど、他人のミスはしれっと被る傾向にあったので。私にはそれが、自己犠牲の精神というよりかは、そうすれば一番簡単に場が収まると思ってるみたいな振る舞いに見えて……いえ、今のも失言でした。忘れてください」

姉・末継梓未の考察

 将希は昔、神童と呼ばれていた時期があった。
 勉強は、小学生当時にして高校生の領域まで難なく理解しており。運動も、先生から『身体の使いかたを熟知している』と評価されており、実際、いくつも記録を残していた。
 しかし、それはあくまで過去形の話である。
 将希が神の子であったのは、小学校中学年ほどまでだった。
 あれほど天才と持て囃されていた将希の才能は、周囲が動揺するほどの速度で鳴りを潜めていき、小学校を卒業する頃には、ただの凡人に成り下がっていた。無論、両親は将希のことをひどく心配した。しかしどれだけ検査をしても、異常はどこにも見られず。本人が対して気にしていないこともあり、晴れて将希は凡人の人生に軌道修正を果たしたのだった。
 中学も高校も、地元の公立高校を選び。大学だけは必死に勉強して、国立へと進学していた。あの神童が必死に勉強をする姿というのは、こう言ってはなんだが、ひどく滑稽に見えてしまったのを、今でもよく覚えている。
 結局、将希がああなってしまった理由は、今をもってわかってない。そういえば、彼の成績ががくんと落ちる直前、酷い悪夢に魘されていたような気がする。隣の子ども部屋から、耳を塞ぎたくなるほど悲痛な悲鳴が聞こえてきていたのは、確か、そんな頃だった。しかし、悪夢に魘されたからと言って、神童が凡人に成り下がるものだろうか? どんな悪夢をみたのかを本人に訊いてみたこともあったが、彼は私の手をぎゅっと握って安堵したような表情を見せただけで、夢の内容は頑なに話そうとはしなかった。
 そうして社会人になる頃には、どこにでも居る若者になった将希は、きっと平均的な評価をされていたのだろう。後輩の近原ちかはらさんの話を聞いて、それなりに優秀で、同時に、周囲からは疎まれていたことからも、将希は相変わらずなんだと思った。
 将希には、友達と呼べる人間が極端に少ない。それは今野こんの君や現岡うつおかさんも言っていたことに通ずるわけだけれど。将希は、狭く深く人間関係を作る傾向にあった。自分が大切だと思う人にはとことん優しく、それ以外の有象無象には極端に無関心。まるで、自身の手の届かない範囲には興味を持たないようにしているような態度だった。
 そんな将希の狭い交友関係の中で、姉である私も、彼の数少ない遊び友達のような枠組みに入っていたのだろうと思う。
 私と将希は、昔からよく一緒のゲームで遊んでいた。私が大学進学を機に一人暮らしを始めてからは、オンライン上で通話をしながら一緒に遊ぶことも少なくなかった。私は昔から要領が悪く、仕事でもミスを繰り返してばかりだった。そんな日はこうしてゲームに没頭することで、現実から離れることができ、ゲームの腕前だけは順調に上達していった。
 将希が自殺した日。
 恐らく最後に彼と話をしたのは、私だ。
 あの日も、平日ど真ん中の夜だというのに、私たちはオンラインゲームに興じていた。その日遊んでいたのは対戦型のゲームで、緊張感溢れるバトルを幾戦も繰り返していた。楽しいね、悔しかった。そんな言葉を繰り返しながら遊んでいると、いつの間にか日付が変わっていたのである。楽しい時間はあっという間だった。
 私がそろそろ寝ようか、と提案するよりも先に、将希は『自販機でジュース買ってくるから待ってて』なんて言い残して、離席してしまった。
 一人暮らしをしている将希の自宅には、何度か行ったことがある。マンションのすぐ目の前に自販機があったことを確認していた私は、すぐに戻るだろうと考え、ゲームの待機画面を眺めながら待っていたのだが。
 十五分経っても、将希は戻って来ず。
 三十分が経った頃、スマホを鳴らしてみたが、反応はなく。
 警察に連絡しようか迷っているうちに、私は寝落ちしてしまったのだった。
 愚かな私の目を覚ましたのは、母からの着信だった。
 今までに聞いたことのない憔悴しきった声音で、母は、将希が飛び降り自殺を図り、亡くなったことを伝えてきた。
 場所は、どちらかといえば私の職場に近い場所だった。深夜のうちに飛び降り、明け方に新聞配達の人に発見されたのだという。
 目の前が真っ暗になって、くらくらして、チカチカした。
 だって将希はほんの数時間前まで私と話していて、自販機に行ってくるから待っててと言い残して行ったのだ。それがどうして、飛び降りて死体で発見されてしまっているのか、私にはわけがわからなかった。そもそも、どうして私の職場近くを選んだのか。将希の住む自宅からあそこまでは、それなりに距離があるはずだ。将希の生活圏内に、飛び降りに適した高層ビルがなかったから? わからない。なにもわからない。
 『ごめんなさい』。
 三ヶ月前、将希が今野君に託した私宛の伝言。
 将希は、そのとき既に自殺を考えていたということなのだろうか。こうなることも想定の内で、だからあんな伝言なんて頼んだのだろうか。
 わからないことばかりで、頭の中が騒がしい。ずっと気持ちが落ち着かない。いろんな人に将希のことを訊いてみたけれど、この煩わしい状態が変わることはなかった。
 あの日まで、自殺することを考えていたのは私のほうだというのに。弟に先を越されてしまえば、下手に身動きが取れなくなってしまった。
 弟が亡くなり忌引休暇を取ったこともあり、休み明けの私は、わかりやすく遠慮と配慮が施された。これまで泣きたくなるほど山積みだった仕事は半分になり、周囲の人間はなにかと私を気にかけ相談に乗ってくれるようになった。
 そうして少し落ち着きを取り戻した頃、私は転職した。
 転職にノウハウのある今野君に手伝ってもらい、かなり環境の良い職場に移ることができたのだ。身の丈にあった業務量に、正当な評価、適切な休日。将希の自殺をきっかけに、なにもかも順調に進み始めたのである。
 まさか、と思う。
 同時に、考え過ぎだ、とも。
 いくら将希が先回りを得意としていたとして、そんなことをする意味がわからない。それではまるで、将希が私の死んだ未来から来たようではないか。時間は不可逆だ。人生をやり直すことは、絶対にできない。
 死人に口なし。
 どういった理由があって将希が自ら死を選んだのかは、永久に闇の中だ。
 そうやって私は、考察することを止めた。

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