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短編小説集

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短編作品をまとめました。 全て無料で読めます。
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記事一覧

【短編小説】殉死

 まず、私は人間が好きだ、という前提からお話しましょう。

 多くの人間に興味があり、他人の幸福を自分のことのように喜び、他人の不幸を自分のことのように悲しむのが私です。
 いかにも善人のように思える性格ですし、実際、周囲の人々の中には私を善人と誤解する方も大勢います。

 けれど、そうではありません。
 いいえ、私の性格面が善人である可能性はあります。
 そうだとしても、私の「存在」が私の愛すべ

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【短編小説】業火

【短編小説】業火

「マッチはいかがですか?」

 少女は、食い扶持のためにマッチを売る。
 ほとんどが見向きもしないか、または冷やかしてくる。糧になるほどの額を稼げないことなど、わかっていた。

「全部売らないと、お父さんに怒られてしまうんです」

 瞳に涙を浮かべ、声をかけ続ける。

「……あ」

 ふと、通りすがった恰幅のいい紳士の袖に縋り付く。

「お願いします!ㅤマッチを買ってください。お母さんが病気で、お

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【短編小説】首さがし

【短編小説】首さがし

 その足軽には、首が必要だった。
 へし折れた脚を引きずり、彼は槍をきつく握りしめる。

 先刻、敗走した敵方の将が、山奥へ逃げ込んだと小耳に挟んだ。
 これ幸いとばかりに、足軽は折れかけた心を奮い立たせ、槍を杖にして山の方へと転がり込んだ。無論、落ち延びた敵将を探し、討ち取るためだ。

 草むらに身を隠し、人の気配を探る。
 敵の気配を探り、息を殺し、感覚を研ぎ澄ませて獲物を待ち構える。

 こ

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【短編小説】あなたが美しかった頃

 どこか遠い時代、遠い国でのお話。

 戦火のさなか親を失った子らを救い、聖女と呼ばれた修道女がおりました。
 これはそんな聖女が、まだ見習い修道女だった頃の物語……

 その頃は、街の至るところに険しい顔をした衛兵がおりました。隣国との戦争が近く、街中の空気は自然とひりつき、人々の営みにも暗い影を落としました。
 修道院の付近にも武器を持った衛兵が毎日のように佇んでいて、修道女たちの噂話の種は、

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【短編小説】Er war verdorben.

 私は墓守の家に生まれ、死んだ。そして、若いうちに死んだ私には子がいなかった。
 墓守の役目は皆が嫌がる。だから、私は死んだ後も墓守を続けることにした。

「こら、墓場で遊ぶのはやめなさい」

 今日も遊び回る子供を諭しに行く。
 子供は好奇心旺盛で、すぐに墓場で追いかけっこだのかくれんぼだのを始める。怖くはないのだろうか……と思ったが、怖いからこそ面白いのかもしれない。

「あっ、ちょっ、頭はや

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【短編小説】もう遅い

 僕は、愚かな男だった。そして最低の夫であり、最悪の父だ。

 一時の色香に惑わされ、僕は家庭を捨てた。愛人宅を帰る家とし、何年もの間、本来の家庭から目を背け続けた。
 ……金の切れ目が縁の切れ目。いつまでも続くかのように思われた景気は泡のように弾け、僕が業績不振に陥るや否や、愛人は姿を消した。
 今更悔いたってどうしようもないし、過去は取り戻せない。謝ったって許されるようなことではないと理解して

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