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【短編小説】首さがし

 その足軽には、首が必要だった。
 へし折れた脚を引きずり、彼は槍をきつく握りしめる。

 先刻、敗走した敵方の将が、山奥へ逃げ込んだと小耳に挟んだ。
 これ幸いとばかりに、足軽は折れかけた心を奮い立たせ、槍を杖にして山の方へと転がり込んだ。無論、落ち延びた敵将を探し、討ち取るためだ。

 草むらに身を隠し、人の気配を探る。
 敵の気配を探り、息を殺し、感覚を研ぎ澄ませて獲物を待ち構える。

 この脚では、足軽が生きて帰ったところで一家の荷物であろう。死に損ないとして、寝床に伏して余生を無念と屈辱と共に生きねばならない。
 だが、首を取ればどうだ。確かな武功があればどうだ。
 満身創痍の体を動かしているのは、もはや執念のみだった。

 首だ。敵の首さえあれば、武功になる。褒美が出る。
 武功があれば、手負いの身だとしても、喜んで迎えてもらえる。褒美さえ出れば、妻子は飢えずに済む。

 ──首はどこだ。おれには首が要る。

 身につけた具足が重い。
 豆が潰れて血が滲み、槍の柄がぬるりと滑る。
 折れた脚ががくがくと震え、草むらに倒れそうになる。

 ──首だ。敵の首はどこだ。落ち延びた敵はどこにいる。

 槍を杖にしてふらふらと彷徨ううち、足軽は前後不覚に陥っていた。意識は朦朧とし、記憶もまばらになっていく。

 ──おれには武功が要る。褒美が要る。……だから、首が要る。

 方角も、時間もわからぬまま、進んでいるのかも戻っているのかもわからぬまま、傷の具合もわからぬまま、彼は歩み続ける。

 ──首だ。首。首はどこにある。

 やがて、わらじに何か、丸い塊がぶつかった。
 指で触れると、飛び出た軟骨が引っかかる。
 地面にぶつかって折れてはいるが、これは……鼻だ。

 ──ああ……首だ! 首! 首があったぞ!

 手にした槍を放り捨て、足軽は歓喜に打ち震えた。
 生首を両手で掲げる。
 彼の視界が、首のない自らの体を映した。

「ああ……なんだい。おれの首か」

 鼻の折れた生首が、残念そうにぼやく。

「これじゃあ……武功にゃならねぇなあ……」

 無念の呟きを最期に、首のない体は草むらに崩れ落ちた。

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