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考えることと悩むことを混同していないだろうか

考えることと悩むことは違うのだとぼくは何度も書くが今ひとつ伝わらない。

そういったことに「不満」があるからぼくは考えるが、悩んだりしない。

哲学は悩みの解決ではなく、むしろ悩みから遠ざかるものだ。

悩まなくてもいいことに悩む人も多いが、哲学の思考があればその悩みは消えることも多い。

また、考えればいいことを記憶しようとする人も多いが、そんなことをしていたら悩んでしまうのではないか。

そもそも哲学は「不満」から始まるが「不安」から始まると悩みに直結する。

考えることは自動的に行われているはずなのだが、その根本原理を理解しようとすることが大切だ。

巷で言われる哲学の話は、ほとんどが日常生活に必要がなくても生きていける。哲学の知識を覚えなくても生きていける。
そんなものに悩みや不安の解決を求めたとしても解決はしないのだ。

考えることの動機は何だろう。

簡単なことを難しく言いたがる人もいるが無視だ。

難しいことをさらに難しく言うのは哲学研究者の仕事だ。

考えることは難しいことを単純にして、迷いなく実践するためのものだ。

人生哲学じゃない。実践のための哲学だ。

なんかややこしいことばかり言っている話を見聞きすると「もうええやん!」と叫びたくなる。使えない話だからだ。

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