【短編小説】魔法使いになりたかっただけ その6【連載】

『―――へ。

 いきなりこんなものが送られてきて、あなたはとても戸惑っているだろう。まずは私がこれをあなた宛に書いた理由から書き始めようと思う。あなたは私のことを一番良く理解してくれていると私は思っているから。

 私達がまだあのどうしようもない田舎にいた頃に、何度もあなたに私の理想の世界の話をしたのを覚えている?こんな世界じゃダメだって、もっと便利に、そうまるで魔法のような世界になって欲しいってずっと私は言っていたと思う。当時の私は本当にあの田舎が嫌いだった。不便すぎて時間の無駄が多いのが嫌いだった。そんな風に思っていたからあなたにあんな話をしたのかな、と思っている。

 その話をあなたは馬鹿にすること無く聞いてくれた。高校生にもなって魔法が使いたいなんて笑われそうなものだけれども、あなたは笑わなかった。とても救われた。ありがとう。

 結論から言うと私は、魔法を手に入れた。

 かつて上京したての頃の私は感動しっぱなしだった。東京は何もかもがキラキラしていると感じた。交通網の発達により、時間を無駄にしているのを感じさせないような、とても便利な世界だった。ここが私の求めていた世界なのだと、あの時は思った。

 でもそうじゃなかったのだろうね。

 二年、三年と東京で過ごすうちに、私はその便利な世界に慣れてしまった……言ってみれば飽きてしまったことに気がついた。相変わらず電車が来るのは時間はかかるし、買い物に行くのもスーパーまで赴かなければならない。そんなことから始まり、私はやはり田舎にいた頃の私に戻っていった。ここが、私の理想の世界ではないと。どこか別の便利な世界に行きたいと。

 いつの間にか社会人になっていた私は日々の仕事に追われていた。それでも心の腐敗は止まらなかった。これ以上どうしたら私は私の理想の世界に行けるのか。そればかりを考えていた。田舎にいた頃は東京に行けば、大きな街に行けば解決するものだと思っていた。しかし今はもうどうしようもない。

全てがつまらなく思えてしまった私は、ある夕暮れに公園のベンチに一人座っていた。

 何をするわけもなく、ただただぼんやりと。寒い秋風が地面の落ち葉をさらっていく。そんな時に出会ったんだ、彼女に。

 一人で座っていた私に彼女は話しかけてきた。どうしたのですか、と。若い女の声だったよ。幻聴かとも思ったが、不思議と違和感はなかった。寧ろどこか知っているような気すらしたね。

 私は顔を上げずに、この世界には無駄が多すぎると言った。何をするにも何かをしなければならない。事を起こすに一つのステップが必要なのか意味がわからない、と。

 すると彼女は、確かにそうですね私もそう思います、と返してきた。そして、そんなに無駄を省きたいのならば、あなたに魔法をさし上げましょうか? と続けてきた。

 はて? と思ったね。さすがの私にも胡散臭く聞こえたよ。でもね……でもね、なんとなく信じてみる気になったんだ。それは気の迷いでもあったとは思うし、どうせ白昼夢でも見ているのだろうと思っていたのかもしれない。

 私が、どうしたらいいんだと聞くと女は、目をつぶってあなたが魔法をイメージする上で、一番と思うものを思い浮かべて下さいと言った。だから私は思い浮かべたよ、あのステッキを。同封されていたであろう「魔法少女プリティ」のステッキさ。あれが私の魔法の源だからね。

 どれくらいかな、そのまま目をつぶっていたのは。気づけば辺りは真っ暗だった。もちろん目の前の女は消えていた。そして家に帰り、押し入れからあのステッキを半ば冗談で引っ張りだして振ってみたんだ。

 そうして私は魔法を手に入れたのさ。

 嬉しかったよ、自分が魔法使いになったんだ。

 私の手に入れた魔法はすごかった。ステッキを振るだけで何でも出来た。家の片付けはもちろん料理や洗濯買い物など。全てステッキを振れば遂行される。終いには、もうひとりの自分を作って会社にも行かせた。

 これだ、と私は思ったね。これが私の求めていた便利で無駄のない生き方だと。

 そのうちステッキを振れば何でも出てくることに気がついた。食べ物、服、雑誌、本、ブランド品、なんでも。これさえあれば一生私は困ることはない。そうして私は家から出なくなった。会社もやめた。毎日ステッキを振って出てきた食べ物を食べる。テレビや雑誌を読んだりして眠い時に寝る。そんな生活が一年は続いた。

 そこで私は真理に到達してしまったのさ。こんな生活つまらない、とね。わかりきっていたとは思うのだが。

 一切無駄なものがない生活。それがどれほど無意味なものかを感じた。便利であるということと、無駄がないというのは意味が違うんだなと思った。

 私達人間の生活は、無駄で出来ている。例えば毎日仕事に出かけ、朝から晩まで働いて帰ってくる。そんなのもし金が腐るほどあったら無駄なんだろうな、と思った。でも違うんだ。無駄から心が生まれ、無駄であると感じるからこそ人間は生きているのだと。

 そう考え始めてしばらくした頃、私は久しぶりに外に出た。行き先はあの女と出会った公園だ。同じベンチで、一人で俯きながら座っていた。

 そこで再び彼女に会った。

 彼女は、魔法の使い心地はいかがですかと聞いてきた。私は下を向いて黙っていた。

 私が答えないとみると、彼女は、実はあれは未来の家具なんです。ほら振るだけでなんでもできたでしょう、あれは未来の力なんですよ便利でしょう、と言った。

 私は、まだ黙っていた。

 お気に召したようですね、と彼女は言い残すとそのまま姿を消していった。

 なんだか今までのことが全て夢のように感じられた。もう彼女の言うことが本当なのか嘘なのかどうでも良かった。このステッキを捨てるか、一生使い続けるか、どちらかで悩んでいた。

 いや、何度も捨てようとした。だが、そのたびにその便利さに再び溺れてしまう。もうこの魔法無しでは、私は生きていけないみたいだった。

 だから私は、このステッキの力で消えることにした。私が消えれば、もうこんな事で私が悩む必要はないと思ったから。

 私は今この最後のノートを書いている。あなただけには私のことを覚えていてほしいから。私の一番の理解者と信じているから。

 そしてこの魔法の力はあなたに託す。どう使うもあなた次第。でもできれば……いや、やっぱり好きにしてくれ。そのことに関して、私があれこれ言う資格はないから。

 さて、これを書き終わったら私は消えようと思う。あの魔法のステッキの呪縛から解き放たれるのがこんなにも幸せだとは……。両親には適当にごまかしといてくれると嬉しい。

 それではまたどこか出会えるなら。

 さようなら。                        玲子』


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