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砂まじりの茅ヶ崎サウンド研究本、発売によせて。 (本ができるってすごい)

今日、急に思い立って、はじめてnoteの記事を書いてみます。
縁あってある本の制作に少しだけ参加して、一冊の本が完成することの喜びを味わうことができました。
そこで、本の紹介と感想文を兼ねて、今の思いを書いていきます。

ぼくらの茅ヶ崎物語 日本のポップス創世記 茅ヶ崎サウンド・ヒストリー』という音楽研究本が、2019年7月30日に発売されます。

神奈川県茅ヶ崎市は、サザンオールスターズの桑田佳祐さんの出身地として有名ですが、もちろん加山雄三さん、尾崎紀世彦さん、ブレッド&バター、直近だとSuchmosにいたるまで、多くのポップス音楽の作り手を輩出している不思議な土地柄として知られます。
その茅ヶ崎と日本ポップスの不思議な縁をまとめて発信したのが、宮治淳一さんを中心としたプロジェクトである2017年発表の書籍『茅ヶ崎音楽物語』と映画『茅ヶ崎物語』です。

宮治淳一さんは、サザンオールスターズの桑田佳祐さんと同じ茅ヶ崎生まれの同級生で学生時代から音楽好きの友人同士であり、実はなんと「サザンオールスターズ」の名付け親でもある人です。

そして現在はワーナーミュージック社にて洋楽編成の仕事を担当されながら、日本有数のレコードコレクターとしてご自宅をライブラリーカフェにしているという、まさに公私ともに音楽ファンの理想形を体現されたような方です。

宮治さんが著書『茅ヶ崎音楽物語』で提示した茅ヶ崎と音楽をめぐる不思議な縁について、もっと探求しようというファン有志の活動として『ぼくらの茅ヶ崎物語』の編者となる釈順正さんが、2017年にこの本につながるプロジェクトをスタートさせました。
それが「湘南ロックンロールセンターAGAIN」で、この命名は、1970年代中頃に宮治さんを中心に桑田さんらが参加した音楽活動「湘南ロックンロールセンター」の意志を継ぐというテーマで、宮治さんの公認で名付けられたものでした。

当初から本を出す計画がありましたが、どちらかというと、茅ヶ崎や湘南から生まれる音楽を、懐古趣味でなく次代につなげようといった取り組みのように思います。実際にライブイベントなども開催している活動です。
そして発足から約一年半にもおよぶ調査、執筆期間を経て完成したのが、この度発売される新刊『ぼくらの茅ヶ崎物語』です。

宮治さんの『茅ヶ崎音楽物語』のテーマを前提に、日本ポップスの発信地としての茅ヶ崎の特異性を、膨大な資料や関係者による証言などの一次情報によってまとめた壮大な音楽研究書です。
本の厚みは224ページにも及び、さらに文字サイズ9〜10ポイント3段組なので、一般の単行本と比較するとかなりの情報量があります。

本書の企画者であり、編者である釈順正さんもまた茅ヶ崎の出身で、本業は僧職として仏教学の研究に従事されており、その学術的アプローチと音楽ファンとしての熱量が、この圧倒的な情報量につながったのは間違いないはずです。大量の資料と文献にあたり、情報を精査するのが研究者の心情なのだと思います。

私も、貢献度はわずかではありますが、この本の編纂委員会のメンバーとして参加させていただきました。
2017年のちょうど映画『茅ヶ崎物語』が公開された直後くらいの時期に、その頃はまだ何も決まっていない状態で話をいただいたことを覚えています。きっかけはサザンオールスターズのファンであり、かつ洋楽邦楽問わず色々な音楽が好きという共通項から、偶然な出会いで関わらせていただくことになりました。まさかちょっとした話から、本当に発売される本が完成するなんて、当時の私としては思いもかけませんでした。

そして昨日、完成した本を送っていただいて、合計で4時間くらいかかって、なんとか大まかに読み終わったところです。
読みどころはたくさんあるのですが、自分なりの目線からいくつか紹介させていただきます。

まず、サザン好きの私にとっては、「湘南ロックンロールセンターと桑田の時代」はわくわくしながら読みました。サザンがデビューする前の大学生時代に桑田さんが参加し、宮治さんを中心とする仲間が音楽活動をしていた様子がOBの方々の証言と当時のチラシや写真によって追体験できます。


宮治さんお手製のチラシもかわいいですね。
桑田さんは「バカでかい声とカンフーダンスが売りもの」と紹介されており、すでにその後のパフォーマンスを予感させます。こうした学生時代の桑田さんが感じられる、一級品の資料となっています。
サザンファンは全員、もうこれは必携でしょう!

そして、編さん委員会メンバーによる力作が「茅ヶ崎音楽年表」です。
加山雄三さんの誕生からサザンデビュー後の紅白歌合戦までの40数年をまとめた年表であり、加山雄三担当、尾崎紀世彦担当、ザ・ワイルド・ワンズ担当、歌謡曲担当など、メンバーの専門性を活かしてまとめられた総力の結晶です。

様々な事象を時系列で整理することで、見えるものがあります。
例えば、1968年、桑田さんが中学生になった頃、茅ヶ崎にあのダイクマができていたり、ブレッド&バターが結成されていたり、加瀬邦彦さんがタイガースに楽曲提供したり、アルバム『加山雄三オン・ステージ』が出ていたり。バラバラの事象が組み合わさって、時代の空気感が感じられるのです。

そして、この本には、多くの関係者の方が協力され、様々な証言が収録されています。
宮治淳一さんをはじめとした70年代当時の音楽仲間の方々、1970年代の加山雄三さん再ブームの火付け役である音楽ディレクターである新田和長さん(しかも「海は恋してる」のザ・リガニーズのメンバーなのです)、昭和歌謡研究のトップランナーである鈴木啓之さんや中村俊夫さん、さらにザ・ワイルド・ワンズの島英二さん、ブレッド&バターの岩沢二弓さん、石黒ケイさん、ヘルマンH&ザ・ペースメーカーズの岡本洋平さんといった茅ヶ崎から音楽を創ってきた当事者の方々まで、そうそうたる面々が参加されています。

個人的に印象に残ったのは、岩沢さんのインタビューの中で「湘南サウンド」という言葉が、実はユーミンの発言にあったのでは、という回想部分。確かにその可能性はありそうと思いました。
ユーミンの感性の鋭さは、みんなが思っている共感をつかまえる天性のキャッチーさであり、湘南サウンドという漠然としたフレーミングを不意に言葉にしていても不思議ではない気がしました。

編纂委員会メンバーの執筆陣のなかにも、加山雄三愛にあふれすぎて茅ヶ崎に移住した20代の国木田甚一さんや、ザ・ワイルド・ワンズの魅力にしびれた現在女子高生の山下めぐさんなど、他の追随を許さない強者たちが揃っています。その愛ゆえに、深く掘り、熱く伝えようとする思いが、誠実で豊かな文体にも表れていると思うのです。
例えば、山下さんはザ・ワイルド・ワンズだけでなく同時代の邦楽洋楽をふくめて10代とは思えぬ確かな時代考証でウキウキと語り、国木田さんは現代の若い世代だからこそ深く共鳴した加山さんの魅力をストレートな言葉で表現してくれます。
「そうさ何かにこらなければダメだ
 狂ったようにこればこるほど
 君は一人の人間として幸せな道を歩いているだろう」
と歌ったのは、新田和長さんがディレクターを務めた、ムッシュかまやつさんの名曲『ゴロワーズを吸ったことがあるかい』でした。
何かに凝って追求する人からは、喜びと躍動感を感じます。
彼らは生き生きとして、感性豊かで、人生を深く味わっている人たちです。
今回のプロジェクトでの素晴らしい成果の一つが、国木田甚一さん、山下めぐさんといった、感性あふれる稀有な才能が参加したことだと思います。

そんな、たくさんのすばらしい記事にまぎれて、執筆陣の末席になぜか私も参加しました。
担当したのは「タイトルや歌詞に茅ヶ崎が登場するポップス」のレビューです。元々は自主制作本への寄稿のつもりで書いた記事なのですが、この頃はまさか一般流通される本に掲載されるとは思っておらず、ただただ驚くばかりです。
20代の頃、広告制作の勉強のためにコピーライター養成講座に通ったことがありまして、ふつうの説明文だけ先生に褒められたことがあります。なので、説明文だと思ってがんばって書きました。
製作途中に出版社よりジャケット写真の掲載許可が取れないという連絡がありましたが、音楽の紹介はやっぱりジャケット画像を見せたいという思いで、深夜のテンションで30枚の絵を描きました。
アイドルの人があまりかわいくなくて本当にすみません。そして多くの記事がある中で、この章をカラーページにしていただき、ただただ恐縮です。


掲載位置は一番最後なので、音楽番組だったらトリみたいに見えて、読後感を左右してしまわないか非常に心配です。(というか、本書の主題と若干ズレがあるので途中に差し込めなかったと思いますが)
気持ちとしては、本編終了後のおまけコラムとして読んでいただければ幸いです。
最後に「勝手にシンドバッド」の紹介で締められたのが、つじつまが合ったようでせめてもの救いです。やっぱりサザンあっての茅ヶ崎なので。

一応、私も編纂委員会のメンバーでしたが、この度発売するこの本の実制作にはほとんどタッチしておらず、この本のプロトタイプだった自主製作版のほうがもう少し関わらせていただきました。(下図右が2018年発行の自主製作版)

この本は、記事のデザイン・レイアウトまでを含めて、編纂委員会の中で製作されています。私もデザインに関わる人間ですが、自主制作版を作る初期の段階では、データ製作用ファイルのひな型を作ったり、本文書体や基本レイアウトの設定などのアイデアを出しました。
宮治さんの著書『茅ヶ崎音楽物語』の装丁を手がけた IT IS DESIGN の伊丹さんのデザインが昔から好きだったので(アメリカのサンセリフ体の使い方に影響を受けました)、そのスマートな感じを意識して、完成した新しい本にもその雰囲気が残っていてうれしかったです。
(ちなみに、Macデフォルトの「游ゴシック」は、商用の本文書体としても全然使えます。おすすめです!)

そして、この本の装丁を実際に形にしたのは、田崎亜美さんというデザイナーがお一人で仕上げています。この本はとにかく相当な情報量なのですが、本文224ページにもわたる膨大な量のデザインワークは、これは本当に大変な労力です。情報量の多さをフォローする適度な余白があるすっきりと読みやすい紙面デザインです。田崎さん、本当におつかれさまでした! 

ところで、内容だけでなく、表紙デザインの写真もいいですね。
茅ヶ崎の象徴として有名な烏帽子(えぼし)岩を中心に、松の木ごしに寂寥感のある砂浜が映し出されています。暗い波が寄せる海には、まるで生死の境界のような得体の知れない力を感じてしまいます。

裏にはなんと、松田聖子さん「SWEET MEMORIES」が使用された1980年代のビールCMでもおなじみのキャラクター「パピプ ペンギンズ」が特別出演しています!  パシフィックホテルを背に歌っている姿がかわいいです。

ペンギンたちの当時のCMが見れます。

胸に染み入る夏の恋、在りし日の恋を回想する海の物語は、この本で描き出している茅ヶ崎サウンドの感覚と共通しているところがありますね。
「パピプ ペンギンズ」が縁あって、この本のキャラクターになったのも、茅ヶ崎の不思議な導きのなせる業なのかもしれません。

企画発案、編者である釈順正さんをはじめ、関わった多くの方々の熱意が、この一冊の本に結実しています。
微力ながら私も制作に関わらせていただいて、一つの本の完成を自分ごとのように感じることができました。
一冊の本を生み出す背景にある、熱意だったり、生き様だったり、直接に人そのものが感じられたことが良い経験でした。当たり前ですが、本を作るのは大変なことです。
世の中にある色々な本やWeb、様々なコンテンツも、きっと関わった人々の思いの結果に違いありませんが、そのどれにも負けない、2019年のある人間たちの熱量がこの本に凝縮されています。

『ぼくらの茅ヶ崎物語』を多くの人に手に取っていただきたい!!

サザンオールスターズが好きな方、桑田さんについて初出の情報もあります。必携です!
加山雄三さんファンの方、ポップス界における加山さんの直接間接な影響が分かります。必携です!
ザ・ワイルド・ワンズファンの方、当時のエピソードを今にありありと描き出しています。必携です!
全書店の方、夏にぴったりの湘南サウンド、加山雄三さん、グループサウンズ、サザンオールスターズなどの関連本と共に多面的な展開が可能です。至急品揃えをお願いします!
全図書館の方、次世代への財産である日本ポップス史における一大研究を今すぐに所蔵すべきです。全国必須です!
そして、全ての音楽ファンの方、かつてないジャーナリスティックな湘南サウンド研究本です。一家に一冊、必携です!

最後に。この本に参加できる機会をいただき、ありがとうございました。
個人的には、サザンを好きになり音楽を好きになり人生が豊かになった、サザンの40周年を機にその恩返しを形にできたのかなと、一方的に感じています。もしかしたら、桑田さんもこの本を読んでくれるかもしれません。

30代はじめの頃、趣味を共通する歌謡曲ファンの友人から「好きなことはもっと発信したほうが良い」と言われ、それから少しずつ自分の趣味を発信する機会をつくっていったような気がします。
今回の本のプロジェクトに参加することになったのも、自分が好きなことを発信したことがきっかけでした。

好きなことを楽しみ、発信することは、自分や他者に新しい機会や変化をもたらします。文化や芸術の豊かさは、ごくごく個人的なポジティブな発信から始まると思うのです。
というわけで、多くの人が喜びを発信し、楽しい人生を送ってくれることを願います。

長文をお読みいただき、ありがとうございました。
ぼくらの茅ヶ崎物語 日本のポップス創世記 茅ヶ崎サウンド・ヒストリー
シンコーミュージックより発売中ですので、どうぞよろしくお願いいたします!

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