ケルト神話・アイルランドの伝承あらすじ集⑤:鮭の話

みなさんこんにちは。 この一連の記事は、普通ではなかなか触れることの難しいケルト神話(アイルランドの伝承)の、あらすじだけでも簡単に読めるようにしてみようという試みです。既に書いた記事はマガジンの方から一覧をご覧になれます。

前回は鳥に関する物語をいくつか紹介しました。同じく生き物ということで、今回は鮭に関する二つの話の話をご紹介します。

鮭はアイルランドで特別な生き物と見なされており、〈知識の鮭〉とされる鮭を食すと、この世ならぬ知を授かるとされています。また力強く川を遡上し滝を登る様子のためか、クー・フランの主な技として〈英雄の鮭跳び〉というものがあります。鮭について少々の解説を行った記事もありますので、そちらも併せてご覧いただければと思います。

今回紹介するのはフィアナサイクルの『フィンの少年時代の功業』、神話サイクルの『トゥアン・マク・カリルの物語』の二つです。

前者はフィアナサイクルの中心的英雄フィン・マックールの生まれ育ち、そして若かりし頃に打ち立てた偉大な功績を物語る話です。知識の鮭を食べたため親指を噛むことで叡知を得られるという性質は、この話に由来します。

後者は『侵略の書』のパルソロンの一族で唯一生き残り、その後アイルランドの全てを見た男の物語です(あらすじ集①参照)。彼はいくつかの動物に転生しながらキリスト教の世まで生き永らえるのですが、その最後に変身した生き物が鮭なのです。


『フィンの少年時代の功業』

フィンの少年時代の数々の功績を語る物語。元々はシンプルな筋書きだったものが後に様々なエピソードを付け加えられたと思わしく、特に重要な出来事は、フィンの父クウァルの世代に起こったフィアンの長の座の争い、幼きデウネがフィンという名を名乗るようになった経緯(別々の二つの出来事が語られる)、狩人としての成長、知識の鮭を食べたこと、父の奪われた財宝袋を取り返したことである。また後半は妖精と関わる一続きらしいエピソードだが、妖精・異界と関わる話が多いのがフィアナサイクルの特徴である。

様々な地名が出てくるが、これらは(全てではないかもしれないが)実在の土地である。例えばこの物語の中に出てくる〈アヌの両乳房〉はマンスター地方にある二つの山である。アヌは大地女神であり、 モーリーガンやダヌと同一視される。 後者はトゥアサ・デー・ダナンという神族の名前の元となったとも言われる女神である。

かつて、あるフィアン(戦士団)の長の座の争いがあった。長の座を争っている1人は、トレンモール(「強く大きい者」)の息子クウァル、すなわちフィンの父親であった。クヌハの戦いで敵方として戦ったのが〈歪み首〉のモルナ、そしてその息子アイドであった。アイドの片目は戦いの間に傷つき、ゴル(「片目」)と呼ばれるようになった。クウァルの財宝袋を持っていた男がクウァルに最初の傷をつけ、(直接明言されてはいないが)財宝袋を奪い逃げた。さらにゴルがクウァルを殺した。

さて、敗死したクウァルの妻ムルニャは妊娠しており、生まれた子はデウネと名付けられた。二人の女戦士がムルニャのもとにきて、デウネを連れて行き、スリーヴ・ブルーム山の森の中で密かに育てた。モルナの息子たちをはじめ、クウァルの息子には多くの敵がいたためである。デウネが六歳の時、母ムルニャが彼に会いに来て、彼を胸に抱きしめて撫でた。このおかげで彼は狩りができるようになるまで成長した。

ある日デウネはリフィー平原に一人で行った。砦で若者がハーリングをしていた。デウネは競争とハーリングで挑戦した。次の日行くと砦の四分の一が彼に挑戦した。次の日には三分の一が、最後には全員が挑戦した。デウネは全て勝利した。砦の男がデウネの話を聞き、その名前と容貌を聞いた。若者たちは「美しい(finn)見た目の若者だ」と言ったので、彼はフィン、フィン・マックール(フィン・マク・クウァル、すなわちクウァルの息子フィン)と呼ばれるようになった。

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