アイルランドの異教的伝承「マグ・トゥレドの戦い」⑩(¶121~¶138)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「マグ・トゥレドの戦い」(Cath Maige Tuired) をここに掲載していきます。

【前回】

前回は、戦を前にしてトゥアサ・デー・ダナンが最後の会議をする場面でした。

今回は、ついにトゥアサ・デー・ダナンとフォモーレ族とがぶつかります。トゥアサ・デー・ダナンは魔法によって優位に立ちますが、フォモーレ族はそれを潰し、激しく血を流し、殺し合います。互いの陣営の名だたる者たちも斃れていきます。


¶121
それから毎日、フォモーレ族とトゥアサ・デー・ダナンとの間で、隊列が並べられたが、しかしその戦場には王侯の類はおらず、獰猛で尊大な者たちのみしかいなかった。

¶122
フォモーレ族は、ある一つのことに驚嘆した。彼らの武器、つまり投槍と剣は刃こぼれする。また彼らのうち死んだ者は、翌日に戻ってくることはない。しかし、これはトゥアサ・デー・ダナンには当てはまらないのだった――なぜならば、彼らの武器が刃こぼれしても、鍛冶師ゴヴニュが働き、剣と投槍と槍を作るため、翌日には元に戻るからである。ゴヴニュは槌の三振りでこれらの武器を作ることができた。また木工職人のルフタは木を三回削ることで槍の柄を作り、三度めで仕上げ、柄の受け口に穂先を差し込むことができた。穂先が鍛冶師の傍らにある時、彼は受け口を柄に向けて投げ、そしてそれははめ直す必要がないのであった。そして金銀細工師クレーズネは三振りで鋲を打ち、槍の受け口をそこに投げ、そしてそれは角度を直す必要がないのであった。そしてそれらはそのようにして一つになるのだった。

¶123
そこで傷ついた戦士たちに熱を吹き込み、再び輝かせるのは、次のようなことだった。ディアン・ケーフトとその二人の息子、一人の娘、すなわちオフトリウル、アルメズ、ミアハ、がスラーネという名前の井戸に呪文を唱えていた。彼らはその中に重症を負い、気絶した者たちを投げ込んでいた。彼らの傷は、井戸を囲んだ四人の医者の呪文の力により、元通りになった。

¶124
そしてそのことはフォモーレ族にとっては痛手であった。そのため、彼らは一人の男を選び、トゥアサ・デー・ダナン軍の偵察と足止めのために送り出した。それはブレスを父に、そしてダグザの娘ブリーグを母にもつルアザーンであった。なぜならば、彼はトゥアサ・デー・ダナンの者の息子であり、孫だったからだ。すると彼は、鍛冶師、木工職人、金工細工師、そして井戸の周りの四人の医者の仕事ぶりをフォモーレ族に伝えた。彼は〈技芸の神々〉の一人、ゴヴニュを殺すために再び送り出された。ルアザーンはゴヴニュに槍の穂先を求め、その鋲を金工細工師に求め、その柄を木工職人に求めた。彼らはそれを言われたとおりに与えた。武器を研いでいたのは、フィアンラッハの母クローンという女で、ルアザーンの武器を研いだのも彼女だった。すなわち、槍は母方の親族からルアザーンに渡されたのであり、エーリゥで今でも糸巻き棒を「母方の槍」と呼ぶのはこのことからである。

¶125
ルアザーンは槍を手にすると向き直り、ゴヴニュを傷つけた。彼は槍を引き抜き、ルアザーンに投擲した。すると槍は彼を貫いた。そのため彼は、フォモーレ族の王宮にいた父親の目の前で死んだ。彼の母ブリーグは、息子の許へ行き、息子のために嘆き悲しんだ。最初は声をあげて泣き、終わりにはすすり泣いていた。慟哭と泣き声とがアイルランドで耳にされたのは、これがはじめてのことだった。(ところで、このブリーグは、夜間に合図をするための笛を発明したブリーグである)

¶126
それからゴヴニュはあの井戸まで行き、傷をすっかり元通りにしてもらった。フォモーレ族にある戦士がいた。その名前はオフトリアラッハ、インジェッハ・マク・デー・ドウナンの息子、つまりフォモーレ族の王子である。彼はフォモーレ族に言った、一人一人がドロヴェース川(現在のドロウズ川。アイルランド北西部、メルヴィン湖から発し、北西岸へと注ぐ)から石を持ち運び、アハズ・アヴラ平野(「リンゴの野」の意?)にあるスラーンの井戸――マグ・トゥレド平原の西、ロッホ・アルヴァッハ湖(現在のアロウ湖、マグ・トゥレド平原の近く)の東にある――に投げ込むべきだと。彼らはそこへ行き、一人一人が石を井戸に投げ込んだ。このため、その石塚は〈オフトリアラッハの石塚〉と呼ばれているのである。またその井戸の別の名前はロッホ・ルヴェ(「薬草の湖」)という。なぜなら、ディアン・ケーフトがエーリゥに生えていたあらゆる薬草をその中に投げ込んだからである。

¶127
さて、今大きな戦いの時が来て、フォモーレ族は野営地から進軍し、精強で打ち破られることのない隊列を編成した。首長も職人も、全員が胸に胸当てを、頭に兜を、幅広の槍を右手に、厚く鋭い剣を腰帯に、堅い盾を肩に、身に着けていた。この日フォモーレ族の軍団を攻撃することは、「崖に向って頭を殴り飛ばすこと」、「蛇の巣に手を入れること」、「火に顔を近づけること」のようであった。

¶128
フォモーレ族の軍勢を鼓舞している王たちと首長たちは次の面々であった。バロル・マク・ドッド・マク・ニェード、ブレス・マク・エラサン、トゥレ・トルドブレッハ・マク・ロボシュ、ゴルとイルゴル、ロスケンロウ・マク・ロウグルーニグ、フォモーレ族の王インジェッハ・マク・デー・ドウナン、オクトリアラッハ・マク・インジッハ、オウナとバグニ、エラサ・マク・デルバイス。

¶129
一方で、トゥアサ・デー・ダナンは立ち上がり、ルグを守るために9人の従者を残し、戦いに加わった。しかし戦が始まってから、ルグは一介の戦車戦士に扮して従者たちの目を逃れ、そしてトゥアサ・デー・ダナンの戦列の最前に躍り出た。そして激しく無慈悲な戦いが、フォモーレ族とエーリゥの者たちとの間で行われた。ルグはエーリゥの者たちを鼓舞した、隷従の憂き目をこれ以上見なくて済むように。なぜならば、父祖の地を守って死ぬ方が、これまでのように隷属し搾取され続けるよりもましだからだ。ゆえにルグは呪文を唱えた。片足立ちになり、片目をつむって、エーリゥの者たちの周りをまわりながら。(以後文意不明)

¶130
彼らは大きな鬨の声をあげながら戦場に向かった。それから彼らは共に来たり、そして互いに殴りあった。

¶131
多くの美しい者たちが、死の家畜囲いのなかで地に伏した。大いなる虐殺があり、多くの倒れ伏した墓があった。傲慢と恥とが肩を合わせて。激怒と憤怒があった。若き戦士達の肌を流れる血の流れ夥しく、恥の故に危険へと突撃すると、大胆な男たちの手によって切り刻まれる。激しい音がなり、英雄たちと戦士たちの集団が槍と盾と体を守り、他の者たちは彼らを槍と剣で殴りつける。戦場全体で鳴る音もまた大きかった。戦士たちの雄たけび、盾の立てる騒音、剣や象牙製の柄の剣が放つ輝きと鋭い音、カタカタ、ガタガタいう振動音、槍や先分かれした槍の唸る声、武器が砕ける音。

¶132
お互いに殴り合うにつれて、彼らの手の指先と足とは、くっつかんばかりになっていった。また、兵士たちの足下の血の滑りやすさのために、彼らはつまずき続け、そのため彼らは座っているあいだに首を落とされた。血みどろの、血まみれの、血なまぐさい、何もかもを傷つける戦が巻き起こり、敵が手に持つ槍の柄は赤く染まっていった。

¶133
〈銀の腕〉のヌァザと、エルンマスの娘マハは、ニェードの孫バロルの手にかかって斃れた。カスマイルはインジェッハの息子オクトリアラッハの手によって地に伏した。ルグと〈突き刺す目〉のバロルが戦場で向き合った。バロルが持つのは破壊の邪眼だった。それは戦場以外ではけして開かなかった。それは四人の男が磨き上げられた取っ手を持って、棒を瞼に突き刺して瞼を持ち上げなければ開かないのだった。その目に見つめられた兵士は、たとえどれだけ大勢の兵士がいたとしても、戦士たちに抵抗する力を失ってしまうのであった。その眼は毒を持っていた。というのも、彼の父が従えていたドルイドが魔術を行使していた。バロルがやって来て、窓から外を見ると、すると魔術の煙 *1が作用し、彼の眼にその魔術の毒が宿ったのだった。そして、彼はルグと戦場で対峙した。(以下ルグとバロルのやり取りが続くが、文意不明)

¶134
「俺のまぶたを持ち上げろ、ガキども」とバロルは言った。「そうすれば俺と話しているあのおしゃべりな男を見てやれる」

¶135
バロルの瞼は眼から持ち上げられた。ルグは投石器で石をそれに向けて投げつけた。するとバロルの眼は頭の中を後頭部へ向けて突き抜けていき、バロル自身の軍勢がその眼に見つめられた。バロルはフォモーレ族の軍の上に倒れ、9の3倍の人数の兵士がその側で死んだ。そしてバロルの頭はインジェッハ・マク・デー・ドウナンの胸の上に落下し、彼の口から血が噴き出した。

¶136
「我が詩人の〈半緑〉のローッホを呼べ」とインジェッハは言った。(彼は地面から頭頂部まで半分が緑色なのだった。)彼はインジェッハのところに来た。「見つけ出せ、これを俺に投げたやつを」
(以下文意不明)

¶137
エルンマスの娘モーリーガンが来た。そして彼女はトゥアサ・デー・ダナンに力を与えていた、彼らが激しく痛烈な攻撃をしかけられるように。彼女は次のように呪文の詩を唱えた。「王たちよ、戦に立ち向かえ!(以下文意不明)」

¶138
それからすぐに戦いの幕が開き、フォモーレ族は海に落とされた。オグマ・マク・エラサンとフォモーレ族の王インジェッハ・マク・デー・ドウナンは相打ちで死んだ。


*1 : 原語はfulacht「料理」であり、魔法の薬の調合のような行為が想像される。


【続く】

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