アイルランドの異教的伝承「マグ・トゥレドの戦い」⑧(¶84~¶93)

私が翻訳したアイルランドの異教的伝承「マグ・トゥレドの戦い」(Cath Maige Tuired) をここに掲載していきます。

【前回】

前回は、ルグが神族トゥアサ・デー・ダナンの王となり、そしてトゥアサ・デー・ダナンはフォモーレ族との戦いに向けて作戦会議を行いました。

今回は、ダグザが女神モーリーガンと交わったり、フォモーレ族を偵察に行って粥を食わされたり、フォモーレ族の王の娘と交わったりします。


¶84
ダグザは北のグレン・エディン谷に家を持っていた。戦の〔起こる?〕サウィンの近くの、その日から一年後、グレン・エディン谷でダグザに会う〔予定の〕女がいた。コナハトのウニウス川*1が、南で轟々と鳴いていた。

そして、ウニウス川のコランの地で、彼はその女が洗濯をしているのを見た。彼女の片足は川の南岸のアロズ・エッヘ(すなわちエフニェッハ*2)に、もう片足は北のロスコンに置かれていた。九束の髪の房が頭から垂れ下がっていた。ダグザと彼女は言葉を交わし、そして交わった。「恋人の寝床」というのが、このときからその浅瀬の名前となった。ここで言及された女性とは女神モーリーガンである*3。

¶85
それから彼女はダグザに言った、フォモーレ族はマグ・ケードネ平原(最初の平原)に上陸すると。そしてダグザはエーリゥの〈技芸の神々〉を召喚し、ウニウス川の浅瀬で自分に会わせるべきだと。そして自分はシュケードネへ行き、フォモーレ族の王、その名をインジェッハ・マク・デー・ドウナン、を破壊し、その心臓の血とその勇気の腎臓を抜き取ってしまうと。それから両手いっぱいの血を、ウニウス川で待つ軍勢に与えると。このインジェッハ王の破壊のゆえに、「破壊の浅瀬」の名がある。

¶86
それから、〈技芸の神々〉は言われた通りにし、フォモーレ族の軍勢に対して呪文を唱えた。

¶87
それがサウィンの7日前、そして彼らは互いに別れた、サウィンの前日にエーリゥの人々が再び集まるまで。全軍で6かける30かける100人、3分の1のそれぞれが2かける30かける100人から成っていた。

¶88
それから、ルグはダグザをフォモーレ族のところへ遣わした。敵の調査のため、そしてエーリゥの人びとが戦場に到達するまでの時間稼ぎのため。

¶89
それからダグザはフォモーレ族の野営地に行き、停戦を求めた。彼の求めは聞き入れられた。フォモーレ族は彼に粥を差し出した。それは彼を馬鹿にするためであった。なぜならば、粥は彼の大好物だったからである。彼らはダグザのために王の持ち物であるこぶし五個分の深さの大釜をいっぱいにした。4かける20シェスラ*4の量の新鮮な乳と、同じ量の小麦粉と脂肪を入れた。そして山羊と羊と豚を入れ、いっしょにゆでた。そしてそれを地面の穴に流し、粥を食べつくさなければ殺すと彼に言った。腹いっぱい食べてしまえば、ダグザがフォモーレ族の名誉を風刺できないためである。

¶90
彼は自分の匙を手に取ったが、その匙は男女の恋人が横になるのにぴったりな大きさがあった。その中には、塩のきいた豚の半頭分と、豚の脂の四分の一が入っていた。

¶91
ダグザがこう言ったのはそのときであった、「これは美味い粥だ。もし肉の質が味に見あっていたらの話だが」と。しかし、匙を口に突っ込みながら彼はこう言った、「しかし『肉が悪いからといって食事がダメになるわけではない』と昔の人も言っているからな」

¶92
最後には、曲げた指を穴の底のカビと土の間に差し入れた。それから、粥を腹いっぱい食べたため眠り始めた。その体の上に乗っかった腹は、屋内用の大釜と同じくらい大きく、フォモーレ族はそれを見て嘲り笑った。

¶93
それから彼はその場所からトラーフト・エヴァ浜へ向かった。その戦士は、腹のあまりの大きさゆえに、歩き回ることが難しかった。彼の外見は見るに堪えないものだった。彼は肘の関節まで届く頭巾をかぶり、灰色っぽい褐色のチュニックが、尻の突き出た部分までを覆っていた。車輪がついた、先端が分かれた棒を引きずっていた。それは運ぶのに8人がかりの重さで、その引きずった跡は、五大国の境界となるに十分な大きさだった。それゆえ、その溝は〈シュリフト・ロルゲ・アン・ダグジ〉、すなわち「ダグザの引きずり跡」と呼ばれるのである。彼の長い男性器はむき出しであった。馬皮のサンダルを履き、毛は外に出していた。
彼が歩き回っていると、前方に極めて美しい娘が見えた。彼女はたいそう美しい髪をしていた。ダグザは彼女を欲したが、腹の大きさのために叶わなかった。娘は彼を嘲り、娘は彼を倒した。彼は投げ飛ばされ、地面に尻から落ちた。彼は怒りに満ちた眼差しで彼女を見て言った、「何の用だ、娘よ、儂を道に投げ飛ばすとは?」
「あなたの背中に乗り、我が父の家に連れて行ってもらうため」
「お前の父親は誰だ?」
「私はインジェッハ・マク・ジェー・ドムナンの娘」
彼女は彼を再び倒し、彼の周りの溝は彼の腹からの排泄物でいっぱいになった。彼が背中に乗せるよう、彼女は彼を三度風刺した。彼は言った、彼をその名前で呼ばない者は誰でも運ばなくてはいけないのが彼のゲシュ(禁約)だと。「お前の名前は?」と彼女は聞いた。
「フェル・ベン」と彼は答えた。
「あなたには過ぎた名前だわ!」と彼女は言った。「立って私を背に乗せなさい、フェル・ベン」
「実はそれは儂の名前ではない」と彼は言った。
「それではお前の名前は?」
「フェル・ベン・ブルアッハ」
「立って私を背に乗せなさい、フェル・ベン・ブルアッハ」
「実はそれは儂の名前ではない」
「それではお前の名前は?」
彼は全てを彼女に伝えた。彼女はすぐに続けて言った、「立ち上がって私を背に乗せなさい、フェル・ベン・ブルアッハ・ブロギル・ブロミゼ・ケルバズ・クィク・ロリグ・ブィルク・ラヴィル・ケルケ・ジー・ブリグ・オラシルビス・アスゲン・ンベセ・ブリグテレ・トリー・カルビズ・ロス・リムィリェ・リグ・スコドゥベ・オブセ・オリスベ。〔文意不明〕。立ち上がって、私をここから連れていけ!」
「儂を風刺すること、これ以上なきように」
「それは難しいでしょう」
それから、腹から糞便が出るに任せた後、彼は穴から移動した。そのために娘は長いこと待たされる羽目になった。それから彼は立ち上がり、娘を背負った。そしてベルトの中に三個の石を入れた。そしてその石は順番にベルトから落ちるのであった。そしてベルトから落ちていたのは彼の睾丸であったとも言われる。娘は彼に跳び乗り、彼の尻越しに彼を叩いた。すると、彼女の〔服が脱げ〕体毛があらわになった。ダグザは彼女を手に入れ、二人は愛し合った。二人が愛し合った場所は、トラーフト・エヴァル岸に残っている。
そこで娘は彼に言った、「お前は決して戦に行くことはない」と女は言った。
「儂は絶対行く」とダグザ。
「行くことはできない」とと女は言った、「私が、お前が渡るあらゆる川の浅瀬の河口の石となるからだ」
「そうなるだろう」とダグザは言った、「しかしお前は儂の邪魔をすることはできない。儂はあらゆる石を力強くまたぎ、儂の踵の跡は全ての石に永遠に残るだろう」
「そうなるだろう、しかしそれらはひっくり返され、お前に見えることはないだろう。お前は私を跨いでいくことはできない、私がシーにいるテスラの息子たちを呼ぶまで。なぜなら、私は大きなオークの木になり、全ての浅瀬に、そしてお前が進む全ての道に生えるからだ」
「儂は行く」とダグザ、「そして儂の斧の跡が全て〔の石〕に永久に残るのだ」(それゆえ、〈ダグザの斧跡〉と言われる)
それで彼女は言った、「フォモーレ族がその地へ行くのを認めなさい。エーリゥの者どもは皆ひとところに集まっているのだから」と。さらに彼女は言った、彼女はフォモーレ族を邪魔し、フォモーレ族に呪文を唱え、そして杖の必殺技を奴らに食らわせ、彼女一人で敵勢の9分の1を倒すと。


*1 現代のアンシンUnshin川。スライゴー県にある。
*2 かつてアイルランドに存在したトゥアス(小邦)。s.v. Wikipedia, Corann, 2019/09/18
*3 モーリーガンは大地母神的要素も持っており、単に恐ろしいだけではなく、愛する男には利益をもたらす。このような二面性はアイルランドの女神に広く見られる。
*4 sesra:量の単位。


【続く】

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