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言語聴覚士の印象 ー教師か カウンセラーか

失語症のある人は,言語聴覚士のことをカウンセラーあるいはコーチ(life coach)とみており,構音障害のある人教師(teacher)とみている.こんな報告があります(欧米での研究より. *1  ここではパーキンソン病による構音障害).

教師が何かを教える人,カウンセラーが悩みを聞き,問題解決のための支援や助言をする人(明鏡国語辞典)だとしたら,言語聴覚士にはそのどちらの役割もあります.
しかし,言語聴覚士のなかには「教師」というイメージに,なんとなく違和感を感じる人もいるだろうと思います(*2).

ただ私も,子どもさんと発音練習をするときは(象をジョウと発音するなど,特定の音が未習得のケース),「先生の真似をして言ってください」のように自然に自分のことを先生と呼んでいます.
年下であることや,相手がまだ知らない発音の動作を「教える」のでそうなるのでしょう.

一方,失語症や運動障害性構音障害(dysarthria,ディサースリア)は脳卒中などの後遺症で高齢者に多いため,人生の先輩に対して,また脳血管障害や,言語・コミュニケーション障害のような大きな出来事を経験した方に,言語聴覚士が自分のことを先生と思うことはありません.
それなのに,構音障害のある人には教師というイメージをもたれているということです.

いずれにしても,言語聴覚士に対するイメージは,そのサービス内容を反映しているのだと思います.当事者の方が,言語聴覚士に期待するものと,言語聴覚士が提供しているサービスが一致していればいいと思います.

失語症と運動障害性構音障害

失語症,運動障害性構音障害と言語障害の種類が違えば,支援内容も異なります*3).
ただどちらも,それまで当たり前にしてきたことばでの日常のやりとり,コミュニケーションが難しくなりますので,言語機能あるいは発声発語機能面のリハビリだけでなく,心理・社会面への支援が行われています.

私は構音障害を主な研究領域としています.構音障害のある人の心理面および社会参加への支援アプローチの研究は,以前から欧米を中心にあり,さらに増加傾向にあります.
2001年に制定されたICF 国際生活機能分類はまさに医学モデルと社会モデルを統合した「生物・心理・社会的アプローチ」を用いており,それが研究,臨床実践を加速させたといえます.

ただ,失語症のほうは,ことばの表現面だけでなく,理解面の問題も併せ持ち(*3),より複合的なコミュニケーション上の困難が起こりうることから,心理面,社会面への支援の具体化は進んでいると感じます.
日本国内でも,地域での会話パートナー養成講座や,平成30年から全国の都道府県で始まった「失語症者向け意思疎通支援者養成事業」など社会的支援が拡がっています.

教師かカウンセラーかという印象の違いは,失語症では,このように言語機能面に加えて,コミュニケーション面への支援がより具体化されているのに対して,運動障害性構音障害では発語機能面への支援の比重が高いことを反映しているのかもしれません.

「どんな専門家がいい専門家ですか」

福島の原発事故後に開かれたフォーラムでのこの問いかけに,参加者は「一緒に考えてくれる人」と答えたそうです(朝日新聞,2015年4月16日 折々のことば).
言語聴覚士が,一緒に考えさせてもらえる人であるために何が必要か,常に考えていきたいと思いました.

*1 ここでは,パーキンソン病を原因とする構音障害の場合.この報告では,言語聴覚士による支援は主に発声,発音練習であったとされ,これらは対象者にあまり肯定的には捉えられていなかったということです.

*2 師ということばは,先生と生徒の上下(師弟)関係もイメージさせます.しかし最近は,学習ではなく学修と書き,受け身ではなく主体的な学びを重視するようになり,よりフラット(対等)な協力関係に移行しつつあると思います.

*3 失語症は話す(単語を選び,文を組み立てて表現する),聞く(相手が言ったことばを理解する)の両面に難しさが生じます(言語=languageの問題) .
これに対して,構音障害のある人では主に発音,発声することが難しく(話しことば= speechの問題),文を作り表現することや,相手のことばを理解することは可能という違いがあります.

<文献>
Worrall, L. et al.: The evidence for a life-coaching approach to aphasia.  Aphasiology, 24: 497-514, 2010
Yorkston, K. et al.: Speech Versus Speaking: The Experiences of People With Parkinson's Disease and Implications for Intervention.  American Journal of Speech-Language Pathology,  26: 561-568, 2017
綿森淑子:失語症リハビリテーションの最近の動向とICF.人間と科学 県立広島大学保健福祉学部誌,6: 5-16,2006


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