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小説「光の物語」第113話 〜手紙 11 〜

「臨時の診療所はもう閉鎖できそうだな」
マティアスはシエーヌ各地から届いた報告書に目を通しながら言った。
「はい・・・あなた様のご手腕に領民はみな感謝しております」
おだててくる重臣にマティアスは作り笑顔で応えた。


流行病の当初にはマティアスのとった対策を大袈裟だと非難し、陰口を叩くものも多かったのだ。
だが過ぎてみればシエーヌは他のどの地方より小さな被害ですみ、彼らもその適切さを認めざるを得なくなっていた。
「あなた様がこの地においででしたのは天の恵みです」
「まことに・・・」
家臣たちのお世辞にマティアスは内心苦笑したが、表向きはただ静かに座っていた。




会議を終えたマティアスは庭に出て遠い山々を眺めた。
峰はまだ白いままだが、ふもとではもう雪解けを迎えようとしている。
大雪と流行病とで大わらわだった冬もそろそろ終わりそうだ。


「あ、マティアス様」
庭を掃除する子供たちが彼の姿に頭を下げる。
下働きの子たちの中にも患者はいたが、幸いにして死者は出ていなかった。
「やあ。みな元気か?」
尋ねられた子供たちは嬉しそうに頷いてみせる。
マティアスの気さくさと見事な手腕に子供ながら心酔しているのだ。


「弟はまだ家で寝てますけど、もう大丈夫そうです」
「うちの姉さんも」
彼に聞いてもらおうと皆口々に近況を話す。
こうして子供たちになつかれるのは妙な気分だが、マティアスは意外と楽しんでいた。


「マティアス様がナターリエ様と結婚して、ずっとシエーヌにいてくださればいいのに」
少し年長の子の発言にマティアスは目を丸くした。
周りの子たちも同調しだす。
「そうだよ、それがいいよ」
「マティアス様とナターリエ様とで領主になって」
「おいおい」
マティアスは苦笑して子供たちをいさめた。
「妙なことを言い出すものじゃない。ナターリエ殿が聞いたら気を悪くするぞ」
そう言ってみても子供たちの勢いはおさまらない。


「そしたらナターリエ様もお幸せになるよ。ずっとお可哀想だったもの」
「可哀想?それは母君がいた頃のことか?」
子供たちは一様に頷く。
「いっつも怒鳴られてたし」
「時々こっそりお庭で泣いてらして、可哀想だったんです」
「それに子供の頃からの女官に全員暇を出されちゃったんです。亡くなった奥方様から」
「・・・女官に?なぜ夫人はそんなことを?」
マティアスはベーレンス夫人が王城の小間使いに乱暴を働いていたことを思い出す。


「よくわからないけど、妬いたんだろうってみんな言ってました」
「暇を出された子たちはみんな『ちゅうぎもの』で、ナターリエ様と仲良しだったから」
「夫人はナターリエ様を思い通りにしておきたかったんだって」
そういう行いをする人間のことはマティアスもよく知っていた。知りすぎるほどに。
辛い子供時代を思い出して陰鬱な表情になる。
まったく、人間の下劣さには限りがないな。


「マティアス様、ごめんなさい・・・怒ったんですか・・・?」
黙り込んだ彼に子供たちが心配そうに聞く。
マティアスはふと我に帰って子供たちに笑みを向けた。
「違うよ。心配しなくていい・・・」
一番小さな子の頭を撫でながらマティアスは穏やかに答えた。

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