小説「光の物語」第120話 〜王都 6 〜
ディアルはダンスフロアの中央をゆっくりと横切り、ナターリエと踊る若者の肩を軽く叩いた。
「代わってもらえるかな?」
迷惑そうに振り返った青年は王子の姿を見てぎょっとする。
「で、殿下・・・?はい、もちろん」
ディアルは微笑んで頷き、ぽかんとするナターリエの手を取ってなめらかに踊り始めた。
周りで踊る人々も驚きの表情を浮かべている。
部屋の隅から見ていたマティアスは思わぬ展開に目を剥いた。
あいつは何をやっているんだ?
アルメリーアの方を見てみても、彼女は女官と話しこんでいる。
気にもならないというのか?
昼に挨拶した時は、以前と変わらず夫婦睦まじい様子だったが・・・。
マティアスは踊る二人に視線を戻した。
緊張していたナターリエだが、ディアルに導かれて踊るうちにだんだんと笑みを浮かべはじめた。
ディアルは踊りもうまいし話もうまいし、それ以外にも女性を夢中にさせる魅力をすべて備えている。
その気にさえなれば誰でも望む相手を陥落させることができるのだ。
今もその通り、思い入れたっぷりに微笑みかけられたナターリエはぽうっとなってしまっている。
一体あいつはどういうつもりだ?
曲が変わったが、ディアルはパートナーを代えずにナターリエと踊り続けている。
彼女の崇拝者たちも王子が相手では割り込みのしようがない。
彼女を引き寄せる仕草や体を近づけるさまは、ディアルをよく知るマティアスの目にはなんとも意味ありげに映る。
マティアスの心中は嫉妬と怒りで今にもはちきれそうだ。
一体何のまねだ?
ナターリエは身を固める必要があるとあれほど言っていた張本人が。
まさか彼女を妻公認の愛人にでもしようというのか?
表向きの結婚だけさせて宮廷に留め置いて?
そう思うや、マティアスはダンスフロアを突っ切って彼らに近づいていた。
マティアスの姿を認めたディアルは足を止め、にやりとした笑いを浮かべる。
「どうした?」
その笑みを見た瞬間マティアスははっとした。一杯食わされたようだ。
しかし今更のこのこ戻るわけにもいかず、どすの利いた声で言葉を絞り出す。
「代わっていただけるかな?」
「お望みとあらば」
ディアルはあっさりとホールドを解き、彼女の手をマティアスに渡す。
そしてナターリエに微笑みかけ、「アーベルのばあやの近況が聞けてよかった。私からよろしくと伝えてくれ」と言った。
「は、はい・・・」
王子と踊って夢見心地のナターリエにもう一度微笑むと、ディアルはアルメリーアのところへ戻っていった。
マティアスはそんな彼女をしっかりと引き寄せ、歯噛みしながら踊り始めた。
してやったり。妻の元に戻ったディアルはにやにやを抑えきれなかった。
「間違いないな」
女官のかげから様子を伺っていたアルメリーアも、そんな夫に苦笑しつつ答えた。
「どうやらそのようね」
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