小説「光の物語」第117話 〜王都 3 〜
「マティアス様・・・」
久しぶりに会うナターリエは、マティアスの記憶にあった目立たない少女とはまるで違っていた。
以前の彼女はいつも暗い色のドレスを着て、髪形も飾りもどちらかといえば地味だった。
だが今は装うことを楽しんでいるようで、その効果は絶大だ。
白に近いクリーム色のドレスは彼女のきれいに結った黒髪をひきたたせ、その肌を飾る宝石とともに上品な色香を放っている。
なにより彼女の表情には再会の喜びが溢れ、その事実は彼の心を芯からなごませた。
「・・・お元気そうですね。それに実にお綺麗だ」
彼の賞賛の眼差しはナターリエを幸福で満たす。
今日のマティアスの参上をアルメリーアに聞かされていた彼女は、うんと気合を入れて装ったのだ。
テレーザに相談しながら着るものを整えるさまはちょっとした大騒ぎだった。
もちろんテレーザにもマティアスへの気持ちは内緒だけれども。
「シエーヌ領主と管理者の久々の再会だね」
マティアスの後ろからディアルが声を掛ける。
「ナターリエ嬢もシエーヌの近況が気掛かりだろう。庭で詳しく話してやってはどうかな?ナターリエ嬢の求婚者たちには少し待ってもらって」
朝からの雨はちょうど上がり、空は少しずつ明さを増してきていた。
「では、少しばかりお付き合い願えますかな?」
マティアスのおどけた言い方にナターリエは微笑む。
だが彼の内心は早く彼女を男たちから引き離したい気持ちでいっぱいだった。
「しばらくお手紙を差し上げられなくて・・・」
庭に出たナターリエはそう切り出した。
「実は、修道院にいる子が流行病にかかってしまって・・・一時はとても危なかったのです」
「それは・・・」
事情を理解したマティアスは驚くと同時にほっとする。
サロンに入った時に彼が見た光景・・・ナターリエが三人の男に囲まれて談笑していた・・・は、彼の心を波立たせるに十分だったからだ。
少なくとも意中の誰かと忙しい冬を過ごしていたのではなかった・・・その事実にマティアスはなぜか安堵する。
だが彼女の姿のこの変わりようは?
「大変なことでしたね。今はその子はもう?」
「ええ、元気にしていますわ・・・慈善病院の皆様にとても良くしていただいて」
言葉を切ったナターリエはマティアスをまぶしそうに見上げて言う。
「シエーヌのこと、ありがとうございます。犠牲が少なくてすんだのはあなたのおかげですわ」
気持ちのこもった言葉にマティアスは心打たれた。
彼女の黒い瞳は優しさと誠意に満ち、見つめられると胸が熱くなる思いがする。
「いや・・・皆が病を防ごうと気をつけてくれたおかげですよ」
柄にもないと思いつつ照れ笑いする。
「いいえ、あなたのおかげですわ・・・それに、マティアス様もご無事で本当にようございました」
彼女のそばで心地の良い声を聞くうちに、マティアスはささくれ気味だった気持ちが癒やされていくのを感じた。
「あなたも」
低く答える彼の声にナターリエは気恥ずかしいような喜びを感じた。
「それで・・・」
何かを言いかけた彼女が不意に絶句し、目を丸くしてマティアスの背後を見上げている。
彼女の視線を追って振り返ると、雨上がりの空に大きな虹が浮かんでいた。
その見事さにマティアスも言葉を失い、二人は並んで空にかかる光彩を眺める。
「・・・驚きましたね」
しばしののちマティアスが発した言葉にナターリエも小さく頷く。
「ええ・・・なんて綺麗なの・・・」
嬉しそうに呟く彼女にマティアスは優しい笑みを返し、二人はふたたび無言で虹を見上げた。
「最高の雰囲気だな?」
サロンの中からその様子を見つつ、ディアルは妻に小声で告げる。
「何を話しているのかしらね・・・」
隣のアルメリーアもどきどきしつつ見守る。夫にはまだ話していないが、ナターリエは多分・・・。
「彼女が求婚者に囲まれてるのを見た時のマティアスを見せたかったよ。平静を装ってはいたが、苛立ってるのがありありだったね」
サロンの人々も虹の出現に気付き、浮かれて庭へ出始める。
「あなたがそう思いたいだけではなくて?」
「こら」
からかわれたディアルは笑って妻を抱き寄せ、空にかかる鮮やかな虹を彼女とともに眺めた。
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