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僕はおまえが、すきゾ!(1)

僕は優作が好きだ。だけどそれは別に愛してるとかじゃない。よってカミングアウトしている訳でもない。
スキゾフレニア、僕の病名だ。精神障がいなのだ。僕の頭の中で、コップに入った水が表面張力で膨れ上がり、それが飽和量を超えて、溢れ出す。脳みそが頭から溢れ出すように、だ。何も考えられず、何も行動出来ず、頭からは脳みそが溢れ出すのだ。そして同時に、ポップコーンを僕は作っている。ポップコーンは見事に弾け、ポンポンと音を立てる。音が立たなくなって、ポップコーンは完成する。
だが、袋を開けてみると、銀紙の底にこびり付いている茶色いポップコーンのなりそこないがある。それは底を掘っていけば、幾つも幾つもある。それは頭のバグと一緒なのかも知れない。
その症状は10人いれば10通りの症状があるので、僕と一緒の病気だとしても、一緒の症状では無い事も多い。
僕は、高校一年生の時に、今の病気を発症した。その為に高校一年生の時は、丸々一年間、学校を休学した。
その時の僕は、外の景色を見る余裕も無く、
僕と同い年の若者が青春を謳歌しているのを羨ましがる元気も無かった。
別に孤独が嫌だった訳じゃない。一人で行動するのも何ら苦になっていた訳じゃなかった。
病気の当事者が抱える悩みは人それぞれだったが、僕は一人教室で孤独でいて、皆の視線が僕に向けられるのが、辛かった。だから僕はいつも皆の視線から逃れるように、一人で教室の隅にいた。
他の生徒からは「兄貴!」という呼ばれ方をしていたが、留年したのに同級生からそうやって慕われるのは、はっきり言って僕は悪い気はしなかった。僕のそんなご満悦状態を打破したのが、松下優作だった。彼は僕の事を「なあ武田」と声を掛け、机の上に滑り乗った。
「お前、馬鹿にされてるだけだぞ」。
この先、僕と親友となっていく男だった。こいつはふた昔以上前に流行った学ランの下に真っ赤なTシャツ、紫の短めの靴下を履き髪型はリーゼントといった不良だった。
僕は慌てて席を立った。その僕を追い掛けて優作は僕に着いて来た。彼から逃げるのに必死で昼からの授業を欠席してしまった。
彼との出逢いはそんな風に始まった。
彼にはよく、昼ご飯の購買のパンを買ってくるように10円を渡されたが、僕はそれを、ことごとく断った。彼は諦めずに、僕に10円を毎日渡し、そして僕は毎日彼から貰う10円を貯金箱に入れた。あとで分かったのだが、それは彼なりのコミュニケ―ションの手段だと分かった。
彼と共通の趣味が出来た。それは映画だった。
彼とはその頃から、授業を抜け出し、映画を二人で観に行った。
僕は彼を好きになっていった。高校で一人ぼっちだった僕を救ってくれた優作。
僕は優作の事が好きになった。 
だけどそれは、別に愛してるとかそんなんじゃない。よってカミングアウトをしている訳でもない。
僕は彼に高校生活をエンジョイしてもらいたいと、SF映像研究会、略して映像研に入部した。その時の顧問が鬼の鬼頭、映像研の顧問だった。
映像研には顧問の鬼頭を含めて部員(鬼頭は顧問なので、正確にはカウントされないのだが)、三人しかいなかった。
だけども、映像研に入った事で、そして僕のお陰で、彼は留年してもグレる事なく、高校を無事、卒業出来た。
それも何もかも僕の働きあっての事だった。

僕は今ほど買ったビールをナップサックに仕舞い、ハマーのマウンテンでペダルを踏み込んだ。僕の愛車ハマーはアスファルトを飛び跳ね、走り出した。前後輪に装着されているサスペンションが元気よくしなった。
僕が今から向かう先は、優作のアパート。
優作と週に一度の、映画鑑賞の土曜日だった。
この映画鑑賞の約束は、僕と奴が別々の道を歩み始めてからも、変わらず続いていた。
僕は高校時代の映像研のお陰で、ロボット工学に興味を持ち、その研究をする為に、地元の技科大を受験して見事にスベった。
優作は映像研のお陰で、映画を自分の手で作ろうと思い、映像専門学校に通おうとし、両親にその旨を告げたが、学校のお金は自分で出すようにと言われて、一年間学校のお金を貯める為に映画館でのアルバイトをする事になった。
僕は予備校に通う日々を送り、優作はアルバイトに勤しみ、そして毎週土曜日には、二人で集まって一人暮らしを始めた優作のアパートの部屋で、映画を観た。
優作のアパートには、ベッドと冷房と冷蔵庫が備え付けられているワンルームマンションだった。
部屋には、テレビが一台、しかも32型のフルハイビジョンテレビが備え付けられていた。
そのハイビジョンで毎週、優作と僕は映画を観るのだ。
僕は優作のアパートへと急いでいた。
途中の赤信号でマウンテンバイクを止めた時、
首に掛けた防水ホルダーのスマホに着信があるのに気が付いて、スマホを手に取って見た。
「今日は中止。絶対来るな!」
LINEのメッセージにはそう書かれてあった。時間は2時間前だ。
「今さら何だよ~」
頭を抱えたところで青信号になった。
僕はLINEのメッセージも無視して、ペダルを踏み込んだ。
2時間前になって理由も無くドタキャン?そんなのあるかよー、そう思い、僕は奴の家に何が何でも行ってやろうと思った。

僕は優作のアパートの前に着くと、駐輪場にマウンテンバイクを停めると、優作の部屋のある二階の一番奥の部屋へとすぐさま走った。
あいつめー、あいつめー、僕は奴に何て言ってやろうかと、そればかりを考えながら、優作の部屋へと向かった。
僕は優作のアパートのドアノブを握り、ドアを開いた。優作が一人暮らしをしてから、毎週この部屋に来ているから、インターフォンなど無用でドアを開けるのが習慣になっていた。
フライパンで何かを炒める音がする。
何だ、ちゃんと酒のつまみ、つくってるんじゃないか、僕はそう思い、靴を脱ぎ、部屋に上がり込んだ。
「何であんなLINEしたんだよ。訳によっては、許さんぞ」
そう僕は言いながら、キッチンを覗いた。
そこには、僕の顔を驚きの表情でマジマジと見ている女子が居た。
「あ、あの……」
と、奥の部屋の引き戸が開いて、優作が顔を出した。奴は僕の顔を見ると、すぐさまこう言った。
「お前、LINE見てないのか?!今日は、絶対来るなって言っただろうが!」
僕はその言葉より、今自分が置かれている状況を優作に尋ねたかった。この女はだれなのか、どうしてこの女と今、ここにいるのか、と。
「あの、初めまして、古賀朝子と申します」
朝子と名乗る女はフライパンを置いて、僕に向かってそう言って、頭を少し下げた。
僕は古賀朝子に向かって、多分、少しどもりながら、自分の名前をボツリボツリと名乗ったのだろう。
お見合いしている僕と古賀朝子を見兼ねて、優作が頭をクシャとやって言った。優作が頭をクシャっとやるのは、奴が困っている時だ。
「しょうがない、古賀さん、宏人、入ってよ」
古賀朝子と名乗る女は、優作の言葉巧みな話術に誘導されるように、リビングに入って行った。そして優作は僕に向かって、一言も発する事なく、リビングに来いと顎をしゃくり上げた。


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