日本語の練習ーー日本原子力発電に学ぶ

▼日本語の練習になるニュースがあった。2019年1月8日付の朝日新聞1面トップ。見出しは

〈事前了解 原電が当初説明/東海第二新協定/「合意得るまで再稼働できぬ覚悟」/原電、「事前了解得る」否定 本社に回答〉

どういうことか。

肝(きも)は、この見出しにある「説明」は、「文書」ではない、ということだ。記事をみてみよう。

〈日本原子力発電(原電)・東海第二原発(茨城県東海村)の新安全協定が結ばれるまでの経緯が公文書で明らかになった。原電は運転延長の申請期限直前、地元6市村の要求に沿って再稼働の事前了解を盛り込んだ協定案を提示していた。だが朝日新聞が新協定に事前了解を得るとする内容が含まれるかアンケートすると、地元6市村はあると答え、原電はないと回答。当時と異なる姿勢に転じている。〉(比留間陽介記者)

▼原電の村松衛社長は「自治体の合意が得られるまでは再稼働できないという覚悟」と発言し、自治体側が「合意形成は実質的に事前了解という解釈でよいか」と尋ね、村松社長は「そのとおりです」と答えたという。

▼どういうからくりなのか、くわしくは社会面の記事を読めばわかる。具体的には太字にしたところ。

〈昨年秋アンケート その後の取材に原電ーー「了解得る仕組み」であり事前了解含まず〉

〈アンケートは昨年10~11月、原電や6市村に実施。「(協定に)原子力施設及び関連する施設の増設や変更、延長運転や再稼働に関して事前了解を得るとする内容は含まれているか」との設問に対し、原電は「いいえ」と答えた。

 原電はアンケート後の取材に対し、新協定で6市村それぞれが事前協議を求めることができる権限を担保し、原電は必ず応じる重い義務を負っていると説明。納得するまでとことん協議を継続することで「実質的に事前了解を得る仕組み」であり、6市村から事前了解を得るという内容は含まれていないと回答した。

 一方、6市村は同じ設問に「はい」と答えている。〉

▼要するに、原電は、この新協定は「了解を得るための仕組み」ではあるが、自治体から「事前了解」を得なければならないものではない、と答えているわけだ。両者は似て非なるものだ。

ポイントは、冒頭の見出しにあった「説明」も、村松社長が口にした「覚悟」も、「そのとおりです」という返答も、すべて「話し言葉」だ、ということだ。いわゆる「口約束」にすぎない。「書き言葉」ではない。

▼「文書原理主義」が進むと、こういうことになる。

「言った」ことよりも「書いた」もの、書類のほうが権威があり、法律上、有効であり、信頼されるようになったのは、人間の歴史上、ごく最近のことだ。

文書主義は国と国との外交交渉の大前提だし、民主主義の基本なのだが、このケースはどうか。裁判になった時に勝てるかどうか、おそらく原電はこれで敵に勝てる、負けない、と判断したのだろう。

文書がすべて。話し言葉は目に見えないし、記憶は必ず消える。残るのは書き言葉の記録のみ。

▼「了解」と「事前了解」との間に横たわる奇妙な理屈そのものは、珍しいものではない。もちろん日本だけでしか通用しない論理でもない。

今回の原電が使ったような日本語は、日本人に対してであれ、これから来日する外国人に対してであれ、日本語を教える人たちにとって、こういう美しくない日本語もあるのだということを教える、いい教材になるかもしれない。

覚えておいて損することはない。

(2019年1月8日)

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