フランスの「黄色いベスト」ーー森千香子氏の分析を読む

▼フランスで起きた「黄色いベスト」運動、と聞いて、すぐ連想したのは1968年の「5月革命」であり、「三国志」でおなじみの「黄巾(こうきん)」の乱だ。しかし、もちろんそんな単純な比較では何もわからない。

2018年12月8日付の産経新聞では、〈今月1日、パリでは各地で放火や略奪が横行した。7日付仏紙フィガロの世論調査では59%が「不安だ」とする一方、77%が抗議運動の続行を支持した。〉と書かれているが、なぜ不安なのに続行せよというわけのわからない心情になっているのか、この記事にはその理由は書いていなかった。

▼「黄色いベスト」運動はいまも毎週土曜に続いている。かつてない出来事である。全国紙で、筆者が読んだかぎりでは、社会学者の森千香子氏の分析が面白かった。2018年12月20日付の朝日新聞から。

見出しは〈生活苦と閉塞感 黄色の怒り

〈ベストを身につけた人々の抗議活動は「ジレジョーヌ」(黄色いベスト)運動と呼ばれ、11月17日に仏全土約2千カ所で28万人を動員後、毎週土曜日に続いている。〉

▼抗議運動には年金生活者や女性の姿が目立っているという。「黄色いベスト」の暴力行為が日本のテレビでは大きく報道されたが、フランスは、なんといってもフランス革命を起こしたお国柄である。それはどんなお国柄なのか、を知る手がかりとしては、「自由、平等、友愛」という合言葉が有名だが、その直後に続く「さもなくば死を」の一言が重要だ。

「自由、平等、友愛、さもなくば死を」。この合言葉の恐ろしさをリアルに感じられる本としては、手軽なところでアナトール・フランスの『神々は渇く』や、ディケンズの『二都物語』をオススメします。政治革命の恐怖と残虐さを堪能できる。

▼森氏は1993年、今から四半世紀前に社会学者のピエール・ブルデューが指摘した〈福祉の対象ではないが、苦しみを抱える「内側で排除された人たち」〉という切り口を重視する。

〈農民、鉄鋼労働者、郵便局職員、商店経営者、ソーシャルワーカー、教師……。仕事はあるが評価されない、勉強しても将来に希望がない、「貧困層」ではないが生活は苦しい。現状維持が精いっぱいだが、現状自体が耐えがたい。そこにあるのは自分の運命を自分でつかめない閉塞感だった。

 ブルデューたちが25年前に描いた「内側で排除された人たち」と「黄色いベスト」は重なる点が多いというのが私の見方だ。(中略)(黄色いベストが訴えている)税金には反対だが、公共サービスを支持するーー一見矛盾するような主張にも一つの論理がある。大統領官邸の食器代50万ユーロや大臣の住居費など、政治家の高額な出費は許せないが、社会保障などの公共サービスはしっかり維持してほしい。そこに矛盾はない。〉

▼具体的には、燃料税を引き上げる、というフランス政府の決定が「黄色いベスト」の引き金を引いた。この政策は、車社会になっている町々の人々の生活を直撃する。

〈車なしで生活できない地域は、郵便局の窓口が減少したり、病院が閉鎖されたりする地域でもある。暴力行為などの報道にもかかわらず支持が高いのは、同じ不安を共有する人が多いからだ。〉

▼この文脈で「同じ不安」とは、「内側で排除された人たち」が感じている不安と大きく重なる。「仕事はあるが評価されない、勉強しても将来に希望がない、「貧困層」ではないが生活は苦しい。現状維持が精いっぱいだが、現状自体が耐えがたい。そこにあるのは自分の運命を自分でつかめない閉塞感」という人々が、とても多くなっているのだ。

これは、日本社会にとって他人事(ひとごと)だろうか?

▼「黄色いベスト」がいまいちわかりにくいのは、特に「新しい問題」が起きたからではないからだ。では、何が起きたのか。以下の森氏の解説にわかりやすく書かれてあった。

〈税制が不公平だという批判は新しくない。サルコジ時代の不正献金疑惑、オランド時代の予算担当相の脱税疑惑など、税金スキャンダルは後を絶たない。だが富裕層の「節税」を助ける政策が次々と行われ、その一方で「一般人」には来年から源泉徴収税が導入される。そこに燃料税の引き上げが発表された。この点に関して言えば、マクロン仏大統領は何かを抜本的に変えたのではなく、この30年の政策の流れを堂々と加速させただけだ。

▼似た運動として、やはり「5月革命」を想起するが、〈1968年5月のように学生や若者中心ではない。95年12月の国鉄ストのように労組の影響力もない。代表するスポークスマン不在で一部に移民差別の動きもあった〉という。あの熱狂的な「5月革命」とも次元が異なっている。

東京堂書店に置いてあったフリーペーパー「オヴニー・パリの新聞」の2018年12月15日号に、具体的にどういう要求が出されているのか整理されてあった。

この運動は都市周辺や農村部の、ふだん物を言わない人々が自主オーガナイズで行動する点が前代未聞だ。多様な職種、年齢層、意見の男女が参加し、代弁者を特定できないが、中産の下〜低所得層の実生活に根ざした共通の要求は何より、社会的不公平の是正だ。環境政策が名目の増税を、車なしには生活できない庶民に課す一方、航空機燃料、大企業や銀行には増税しない不公平。燃料税の一部(2019年度は19%)が政策にあてられると知って政府の欺瞞に怒った人々は、マクロンが撤廃した連帯富裕税の復活を要求した。また、電気・ガスを公共部門に戻す、郵便局や産院、学校など農村部から消える公共サービスの充実、正規雇用の増加など、社会福祉政策の強化を主張。一般民衆の声を政治に反映させよ、という直接民主制の要求も重要な点だ。極右ポピュリズムとの比較が頻繁になされるが、それよりむしろLFI(服従しないフランス)の政策綱領「共通の未来」との共通点が目立つ。マクロンが体現する富裕層エリートの特権と、庶民に対する侮蔑への民衆の反抗という面で、この運動に革命的な要素を見ることもできる。〉

中産の下〜低所得層の実生活に根ざした共通の要求は何より、社会的不公平の是正だ」という一文が、ブルデューの指摘した〈福祉の対象ではないが、苦しみを抱える「内側で排除された人たち」〉と重なり合う。

▼じつに多種多様な要求が、継続的になされているわけだ。21世紀の日本では想像もつかないことだが、これらの抗議運動には高校生がたくさん参加している。

〈6日は学生組合の呼びかけで全国で300の高校が生徒によって封鎖され、700人が一時的に身柄を拘束された。パリ郊外のマント・ラ・ジョリでは高校生たちが投石や車の放火に及び、151人が身柄を拘束される事態となった。〉(「オヴニー・パリの新聞」から)

トランプ大統領がアメリカの諸問題の「原因」ではなく「結果」だという論理が、この「黄色いベスト」にも当てはまるだろう。「黄色いベスト」は今のフランス社会が抱える諸問題の発火点ではなく、ひとつの帰結である。

結果を揶揄(やゆ)しても原因は解決しない。30年単位で見て初めて見えるものごとがある。日本では最近「失われた」何年という言い方がすっかり定着したが、こうした「固定化」されてしまった物言いでは見えないものがとても多い。今年も、見えないものを見えるようにするメディアの論理や知恵を探したい。

(2019年1月6日)

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