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「私のウェディング映像史」

「The Early Phase I」(2010)

僕が初めてデジタル一眼と呼ばれているカメラを購入したのは2010年の終わり頃。機種はその年の10月末に発売されたばかりのパナソニック「GH2」。それまではソニーの業務用ビデオカメラ「Z1J」を長らく愛用していたが、デジタル一眼という未知のカメラを手にすることで僕のウェディング映像は新しいフェーズに移行したと言えます。その頃は国内同業他社の作例などほとんどネット上で公開されておらず、今では当たり前のYouTubeやFaceBookも日本でのサービスが始まったばかりでした。他社の作った作例を観る機会もなく、自分の作るムービーがどの位置にあるのかすら把握できない状況。まだ自分の作品に対するフィロソフィーも確立しておらず、ただただ自分がグッとくるものだけを頼りに案件をこなしてく日々を送っていました。

前年にフリーランスから法人化したタイミングで「そういえば海外のウェディングムービーの市場ってどうなってんだろう?」という素朴な疑問が浮かび、Vimeoのムービーを片っ端からチェックしていきました。最初はフィリピンのチームの作品がいくつか引っかかったのだが、あまりにもハイクオリティーな作例の数々に度肝を抜かれた。Same Day Edit (セイム デイ エディット=撮って出しムービー)という言葉を知ったのもこの時でした。そしていろいろ調べるうちに、あのstillmotionに辿り着いたのです。まだ彼らがビデオカメラを使っている頃でした。知らないうちに世界のウェディングムービーは凄いレベルになっていました。「井の中の蛙がボコボコに打ちのめされた」これが正直な感想。それからというもの海外の情報をリサーチしては、日本がこの分野でかなり遅れているという現実を突きつけられることになるのでした。

とにかく何か手を打たなければと、焦る気持ちでデジタル一眼カメラ「GH2」の導入を決める。とはいえ初めてのデジタル一眼だったため、運用方法が全く分かりません。とにかくビデオカメラでやってたときの運用思想をそのまま継承する形でスタートしてみました。高倍率のズームレンズを付けたGH2を精度の悪いスライダーに乗せてぎこちなくスライドさせてみる。スライダーも選択肢が少なく、アルミを切り出したDIY的な商品をアメリカから取り寄せました。ビデオカメラとは勝手が違うので最初は戸惑いましたたが、とにかくトライアンドエラーを繰り返しながら経験を蓄積することを最優先事項としました。ビデオカメラからデジタル一眼に機材を変更したことで、OUNCEのウェディングムービーは結果的に新しい局面を迎えることになるのでした。

*GH2で撮った初期の作例 (2011/04)
Panasonic GH2 / HD 14-140mm / 7-14mm / 14mm / F2.5 ASPH.
Cinematographer : Park Hiroshi Lee


「The Early Phase II」(2011)

デジタル一眼でのウェディング撮影を始めて数カ月、GH2の特徴が色々と見えてきました。まず当時主流の「Canon 5D Mk2」よりボケにくいということ。一眼とビデオの違いの大きな特徴の一つに、被写界深度の浅さによる立体的質感があります。これがGH2には厳しかった。これじゃビデオカメラの被写界深度と大して変わらない。そこで便利だが被写界深度が深い大口径ズームレンズを捨て、F0.95という明るさのNOKTON 50mm単焦点レンズに変更してみた。すると驚いたことに、このレンズはめちゃくちゃボケまくったのです。俺の欲しかったのはこれだよ、これ!と歓喜したのもつかの間、ズームレンズ(ビデオカメラ)の時と同じ運用思想で撮ったら全く上手くいきません。ズームと単焦点では、全く異なる考え方で臨まなくてはならないことをこの時知りました。そしてここから単焦点レンズ一本での運用方法を試行錯誤しながら探求していくことになります。ビデオ時代に培ったウェディング撮影のノウハウをきっぱり捨てて、海外の作品を参考にしながらひたすら単焦点レンズによる映像制作の経験値を積み上げていくことになります。

*初期の一眼ウェディング撮影から4カ月後に作ったコーポレート作例(2011/09)
Panasonic GH2 / NOKTON 25mm F0.95 / Panasonic 7-14
Cinematographer : Park Hiroshi Lee / Natasha Iwata
Lighting : Domingo Ito


「Ozu and Hollywood Theory I」(2012)

デジタル一眼「GH2」と単焦点レンズ「50mm F0.95」の組み合わせをメインに、単焦点による単焦点のための撮影理論を模索する日々は続きました。まずは模倣すべしということで、海外のウェディングムービーにいかに近づけるかばかり考えていたように思います。「追いつけ追い越せ」と海外の作例を貪るようにVIMEOで閲覧していたとき、ある事に気が付いたのです。そもそも日本人の結婚式を映像で表現するのに、海外の映像と同じ表現手法を用いることに意味があるのかと。日本人を表現するのにもっと適した撮り方や映像の考え方が他にあるのではないか?ということで、大学のフィルムスクール時代に出会った小津安二郎の「秋刀魚の味」という映画を思い出しました。彼の編み出した技法と哲学は日本人を表現する一つの方法として海外で高く評価されています。「人生はアクシデントではない、退屈な日常の繰り返しが積み重なってできるドラマなのだ」という彼の哲学に深く感銘したことを思い出したのです。一方、小津映画の海外での知名度とは裏腹に、彼の作品は残念ながら興行的に成功したとは言い難い。その点ハリウッドのエンターテイメント的大衆映画は「生涯で最も感銘を受けた作品」に選ばれることは稀だが、興行収入の面では大成功を収めています。これら一見対照的な両者の理論だが、大学時代の分厚い教科書をもう一度引っ張り出して双方の特徴を細かく分析し、それら2つの要素を調和させるというアイデアを思いついたのです。こうして単焦点レンズと広角レンズを駆使することによるOUNCE独自のウェディング映像理論と哲学の基礎が出来上がっていきました。初めてデジタル一眼で結婚式を撮ってから1年後のことです。

*初期のOzu and Hollywood Theoryを代表する作品 (2012/10)
Cinematographer : Park Hiroshi Lee
GH2 / Nokton25mm / Panasonic 7-14mm


「Ozu and Hollywood Theory II」(2013)

2013年は早々に機材をGH2から新型のGH3に更新。メインで使うレンズを50mmから85mmの単焦点レンズに変更し、ステディカムも導入しました。内容的には、「小津ハリウッド理論」初期から中期にかけて散見される様式化されていない能動的なチャレンジをたくさん試しました。それは、結婚式の多様化という時代の流れとも相まって(前年に創業したCRAZY WEDDINGという新しい概念の登場)、それまでの大量生産型の画一的な式場勤務では決して味わえない経験をこの時期に集中して体験できたことは、タイミング的にも本当に運が良かったと思っています。多種多様な案件を撮影する中で、次第に「自分の撮るウエディングムービーはどうあるべきか」を自問自答する日々が続き、この仕事に対する造詣がより一層深まったと感じます。

*中期のOzu and Hollywood Theoryを代表する作品  "The Rustic Wedding" (2013/09) 
Cinematographer : Park Hiroshi Lee / Matilda Hitomi Bormann
GH3 / Nokton42.5mm / Panasonic 7-14mm 


「Ozu and Hollywood Theory III」(2014)

2014年はGH3からGH4に機材をアップデート。レンズは今までのノクトンシリーズからフォーカルレデューサーを使用しての韓国製なんちゃってシネマレンズ「ROKINON」へ変更。35mm(換算50mm) T1.5という明るさのこのレンズ。値段が格安なのに対して質感が素晴らしくマニアックで、そのコストパフォーマンスの良さから海外のクリエーターの間でも評判に。ということで、ここから数年このROKINONシリーズを愛用することになります。そしてこの年はチームとして転機となった海外での撮って出し案件を受注することに。シンガポールと香港の国際カップルのウェディングを撮影し、シンガポールのシャングリ・ラで撮って出し上映するという内容でした。日本人クリエイターがローカルのウェディング撮って出しをシャングリ・ラで実施したのは恐らく史上初ではないでしょうか。日本人を表現するために編み出した「小津ハリウッド理論」で海外のローカル結婚式を撮るという、当初描いていた構想(海外の猿真似ではなく、日本人の感性をもとに作られた理論のウェディング映像を海外に提示すること)をひとつ実現できたことはチームにとって非常に有意義な経験になりました。

*2014年のOzu and Hollywood Theoryを代表する作品
Cinematographer : Park Hiroshi Lee / Matilda Hitomi Bormann
GH4 / Rokinon EF 35mm / Nokton 42.5mm / Panaonic 7-14mm 


「Ozu and Hollywood Theory IV」(2015)

小津ハリウッド理論中期~後期に入ると、その具現化に対して更なるミニマム化が進みました。機材においては、ROKINON35mmが構造的に故障しやすい事が判明し、同じくROKINONで構造がシンプルかつ壊れにくい85mm(35mm換算110mmくらい ) をメインアームに変更。スタビライザーの広角は長年愛用してきたPanasonic 7-14mm/F4.0からオリンパスM.ZUIKO 7-14mm F2.8 PROに変更。メインアームの単焦点が初期の50mmや85mmから110mmに変わった事は非常に大きな変化であり、小津ハリウッド理論後期の最大の特徴となっています。そして前年のシンガポールに続き、この年はフランスでローカルカップルのウェディングを撮影するというチャンスに恵まれました。フランスからの直接オファーを受けて日本人クリエイターが施工するという「海外撮影」における最上位の醍醐味を今回も経験することができたのは幸運でした。前年の後半から導入したドローン(DJIファントム)も本格的に稼働し始め、ウェディングの新しい撮影技法として積極的に投入を始めたフェーズでもありました。

*David + Manon Wedding (2015/08)
Cinematographer : Park Hiroshi Lee
Panasonic GH4 / Rokinon EF 85mm / Rokkinon EF 50mm / Olympus 7-14mm
DJI Phantom3


「Ozu and Hollywood Theory V」(2016)

長年愛用してきたPanasonicのGHシリーズでしたが、2016年いっぱいで最後となります。一脚に単焦点レンズを載せ、ステディカムに広角レンズを載せるという組み合わせで完成度を高めてきた「小津ハリウッド理論」ではありますが、この時期にそれがある一定の段階(レベル)に到達したと感じたのです。このままこの方法論に固執していては進歩がないと考え、次の年からは新しいチャレンジをしようと心に決めました。「変化を恐れず、もっと自由に、より本質に近づきたい」をブランドメッセージに掲げている手前、常にパスファインダーとしてチームの先陣を切って走らなければならない。今までの成功体験に頼って新しいチャレンジをしなくなることが、クリエイターの賞味期限を短くするということを肌で感じていたと思います。

*2016年のOzu and Hollywood Theoryを代表する作品
Cinematographer : Park Hiroshi Lee / Megan Mahalo Miyamoto
Panasonic GH4 / Rokinon EF 85mm / Rokkinon EF 50mm / Olympus 7-14mm


「Photographer Style Video Shooting I」(2017)

2017年はPanasonicの「GH4」からOlympusの「OMD-EM1 Mk2」に機種を変更。強力な手振れ補正機能を搭載するこのカメラのおかげで、今まで当たり前だったビデオ一脚から完全解放されることになります。この機種変更を機に単焦点レンズから6年ぶりに高倍率のズームレンズを導入しサイドアームとして運用することに。メインアームは電動ジンバルと単焦点レンズに置き換え、撮影スタイルは今までと180度違う方向性になりました。ちなみに、一脚から解放されたことでフォトグラファーのようにファインダーを覗きながら撮影することが多くなり、「フォトグラファースタイルビデオシューティング」と勝手に命名。新しい機材で今までとは違う表現方法が可能になったことで、根底にある理論(小津ハリウッド=OUNCEの哲学)を踏襲しつつその上に出来上がる「作家性」(オリジナリティ)を探求する日々が続きます。夏にはFUJIFILMのX-T2を試験的に導入し、北海道での前撮りロケーション撮影に挑みました。この年に発売された新型ドローン(Mavic Pro) を投入し、よくある高高度空撮という概念を一旦捨てて「低高度で飛ばすドローンのジンバル的(高度30m以下)運用法」の確立に成功しました。


*2017年のPhotographer Style Video Shootingを代表する作品
Cinematographer: Park Hiroshi Lee (OUNCE)
FUJIFILM X-T2 / Fujinon 25mm F1.4 / DJI Mavic Pro


「Photographer Style Video Shooting II」(2018)

1年間お世話になったOlympusの「OMD-EM1 Mk2」から新型のFUJIFILM「X-H1」に機種変更。そして長年愛用していたマイクロフォーサーズからAPSC機に完全移行。前年のX-T2テスト撮影でFujifilmの動画性能に対して良好な感触を得たことと、EM1 Mk2と同等の優秀なボディー内手振れ補正の搭載が変更の決定打となりました。今更ビデオ一脚などにはもう戻れないということで、手振れ補正機能の性能はプライオリティとなります。状況に応じてズームレンズもしくは単焦点レンズを選択し、電動ジンバルには広角レンズもしくは35mm単焦点レンズを搭載した今では当たり前の「二刀流」がこの頃に確立されました。電動ジンバルと小型ドローンの普及で、この年あたりからウェディング映像業界全体のクオリティーがジワジワと底上げされてきたことを実感ていました。大手から独立してフリーランスになる人も増え始め、SNSを駆使して個人で映像ブランドを比較的簡単に立ち上げることが出来るようになったのです。いよいよウェディング映像のコモディティ化時代が幕を開けようとしていました。

*2018年のPhotographer Style Video Shootingを代表する作品
Cinematographer: Park Hiroshi Lee / Megan Mahalo Miyamoto
FUJIFILM X-H1 / Fujinon 25mm F1.4 / Panasonic GH5


「Photographer Style Video Shooting III」(2019)

この数年、僕の仕事がクリエイター(プレイヤー)から徐々にマネージメントサイドに移行してきたこともあり、撮影の理論や技術的な面で大きな変更や転換は起きませんでした。というより、チームに所属するクリエイター達がそれぞれの感性に基づいて作家性を探求し表現していくというフェーズにやっと到達してきたと言えます。オンスイズムという共通の哲学を基本にしながら、多様性を認めつつそれぞれの作家性を追求し、それらをOUNCE(1つのチーム)としてどう調和して共存を図るのかという課題を抱える時期でもありました。新しい業務提携や新メンバー加入などで、チームとしても順調に売り上げを伸ばして成長できた年だったと思います。

*2019年のPhotographer Style Video Shootingを代表する作品
Cinematographer: Park Hiroshi Lee
FUJIFILM X-H1 / Fujinon 25mm F1.4 / XF50-140mmF2.8


「Mobile Cinematographer」(2020)

ジンバルとドローンの更なる普及により、誰もがクオリティの高い映像を作れる時代に突入しました。ウェディング映像の分野でも従来通りのやり方を続けていては生き残っていくことすら難しいと感じることが多くなりました。さらに、世界規模で猛威を振るうコロナウイルスが、世の中の価値観を根底からひっくり返してしまう。このような大転換期に、平時では見えないものが顕著化し、僕らの仕事の意義について根本から考え直さなければならなくなりました。そしてこの絶妙なタイミングで、2012年に誕生して以来ウェディング業界に絶大なる影響を及ぼし続けたCRAZY WEDDINGから創業者の山川咲さんが脱退するということに。これはウェディング業界にとって一つの時代に区切りがついたことを意味すると思います。

強制的に色んなことをグレートリセットされたといっていいそんな2020年、僕は自分で使う機材により軽くてよりシンプルなものを求めるようになりました。どんな場所でもストレスなく持ち運びできる機動性とポスプロの労力を極限まで削る「究極の撮って出し」的なワークフローに魅了されました。海外ではすでに「モバイルフォトグラファー」や「モバイルシネマトグラファー」としてジャンルが確立されつつあるこの分野。ますます高性能化して重装備化していく映像クリエイターの機材に対するアンチテーゼであり、誰でも映像クリエイターになれるという映像制作のコモディティ化への共感があったからだと思います。

そしてこれからは、当面の目標を納品レベルのウェディング映像をスマートフォンを使って作れるようにすること。数年以内には案外できちゃうんじゃないかと思っていたりします。

*2020年のMobile Cinematographerを代表する作品
Cinematographer: Park Hiroshi Lee
Sony Xperia 1 / Sony RX0 II(DSC-RX0M2) / ZHIYUN Smooth 4


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