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「黒影紳士」season2-6幕〜花鳥風月〜風の段〜 「行方」🎩第一章 風切羽

古いと描き替えたくなってしまう様な、逆に懐かしい様な。
この前は風柳さん一枚絵でした。
その前は「花鳥風月」編の風合い等一の四枚でした。


――第一章 風切羽――

「あ、次で降りましょう」
 ウインカーを点灯させ、サダノブがフルヘルメットの内側に搭載された小型無線機で後方の穂(みのる)に声を掛けた。
「了解、サダノブさん」
 穂とサダノブはお互い、久々に休みが被ったのでツーリングを楽しんでいる。
目的地は葡萄狩り。少しずつ紅葉して来た木々も風も気持ち良い秋晴れだ。
 ――――――
「此処だ。」
 サダノブはそう言って目的地に着くとバイクを止めた。
「わぁ……沢山、種類あるー!」
 穂も少しテンションが上がる。
 受付けを済ますと、
「あっ、鍵かけるの忘れてた。ごめん、直ぐ行くから先に楽しんでて」
 サダノブは革パンや革ジャンのポケットを探し乍ら言った。
「う、うん、分かった。じゃあ、待ってるねー。」
 穂は小さく飛び跳ね乍ら笑顔で手を振った。
 ……天使降臨……
 サダノブは可愛さにそう感動したが、慌ててバイクに戻った。実は鍵を掛け忘れた訳では無い。もう少しで穂の誕生日で、バイクにプレゼントを乗せていた。
 散々プレゼントに悩んで、白雪に聞いて一緒に買うのも付き合って貰い、選びに選び抜いたネックレスだった。小さな誕生石とパールをあしらったシルバーピンクのチェーンのネックレス。
「良し!此れで大丈夫だっ!」
 サダノブは隠す様にジャンパーの内側に隠し持った。
「お待たせー!」
 慌てて、穂を見付けて走って行く。
「先、食べちゃった」
 と、照れ乍ら穂は笑う。サダノブより3つ歳上だが、愛嬌があり全くサダノブは気にした事は無い。精神年齢的には落ち着いていて、安心感はあるが、時折見せる可愛らしさを大層サダノブは気に入って、相変わらず運命の人だと思っている。
「サダノブさんも食べる?」
「うん、食べようかな」
 お口あーんをされて、デレデレなのはやっぱりサダノブの方なのだが、如何も格好良くしたくても甘やかされてしまうのがたまに気掛かりではあった。
「あ、あの……穂さんって、あんまり甘えたりとかしないけど、俺……頼り無いかな?」
 葡萄を選び乍ら、それとなくサダノブは聞く。
「いえ、そうではなくて……」
 サダノブが選んだ葡萄を取り乍ら、穂の顔を見ると頬が少し赤かった。
「……困らせちゃったかな。ごめんね」
 そう言って微笑んで、葡萄の房を渡した。……もっと素直に甘えてくれたらなぁー。サダノブは気にはしていないが、如何しても穂は歳上を気にしてしまうみたいだ。心を読む気は無いが、自然に読んでしまう体質のサダノブには時々穂が背伸びして頑張り過ぎているのが見えて心配な時がある。……もっと頼り甲斐のある奴に成りたいな……と、尊敬する先輩の黒影をぼんやり思い出す。
「サダノブさんは、其のまんまで可愛いです!」
 少し考え過ぎてしまったのか、穂が気に掛かけてそう言った。
 ……可愛い……ですか。
 ちょっと的外れな返答に悲しくもあるサダノブである。
「う、うん、有難う。」
 今日もやっぱり、本当に好きな人を前に格好の一つもつけられない自分に情けなくなるのだった。
「あー!ワインもありますよーっ!」
 穂はサダノブの腕を引っ張って、ワインの飲み比べに連れて行く。
「あっ、えーと……」
 吃るサダノブに、
「如何かしましたか?」
 と、穂が不安そうに聞いた。
「ううん、何でも無いよ」
 そう言って笑ったが、本当は自分がリードしたかったなぁーと思って凹んでいた。
 何となく楽しいやら、でもプレゼントを渡すタイミングが分からなくて緊張を紛らわす為にワインをぐいぐい飲んでしまった。
 ……こうなったら、やけくそだーっ!
 と思い、ちゃっかり黒影のところから拝借した何時でも格好良く見えるメガネ、通称キャピキャピメガネを掛けてみた。
「……如何したんですか?視力落ちたんですか?」
 と、悲しくも本気で穂に視力を心配されるだけの惨敗っぷりだった。
「……否、ほらイメチェン?」
 と、苦笑いする。
「確かに、可愛さアップですね!ポチ感が増してますっ」
 満面の笑顔で撃沈された。
「うーむ……何で先輩みたいに格好良く成れないんだろう……」
 思わず酔って来たのか頬杖を付いて、ぼやいてしまった。穂は其れを聞いて、少しキョトンとすると笑い乍ら、
「サダノブさん、そんな事を気にしていたんですか」
 と、言う。
「そんな事?」
 サダノブは、とろんとした目で穂を見た。
「そうです、そんな事ですよ。だってサダノブさんの大好きな黒影先輩みたいにサダノブさんも成ってしまったら、私は何方を好きになれば良いか分からなくなってしまいます。だから、違っていても素敵なんです。私は……サダノブさんが、可愛くて時々格好良くて……気取らなくて……ロマンチストなところが好きなんです」
 と、穂は言う。……また励まされてしまった……あれ?
「ほーら、今頃照れてる。そー言うところが良いんです」
 穂は照れたサダノブの頬をツンと指で押して笑うと、ワイングラスを傾けてクイッとワインを二口程飲んだ。
 そっか……なんか、笑ってくれたら其れで良いや。すっかり酔ってはいたが、ネックレスの事を思い出して、慌ててジャンパーから出した。
「危なかった……。酔って忘れちゃうところだった。此れ、あの……ちょっと早いけど、お誕生日おめでとう」
 サダノブは照れて頭を掻き乍ら渡した。
「……有難う。……開けて良い?」
「うん、良いよ。……気に入ってくれたら良いんだけど……」
 丁寧に箱を開けて、開くと穂は照れ乍ら微笑んだ。
「素敵……私には勿体無いくらい……」
 と、言う。
「……でも、白雪さんと買いに行きましたよね!私、見たんですから。黒影さんは勿論知ってるんですよね!?確認しなくてはっ!そうだ、襲撃しに行きましょう、今から。ね!ね?サダノブさん?」
 と、急変して箱をぶち壊す勢いで、握ると言った。
 ……やばいっ!何時もの発作が……っ!
「穂さん、落ち着いて。一度、深呼吸しよう。あのね、女の人の好みとか分からないから参考に教えて貰っただけだよ。今から電話するから。襲撃しなくても良いから。ほら、今酔ってるからバイク乗れないし」
 そう言って椅子に座らせると、慌てて夢探偵社に電話する。
「あっ、サダノブです。あの先輩、穂さんの発作が……。白雪さんとプレゼント選びに付き合って貰った事、知っていたって証明して下さい。変わります!」
 サダノブは要件だけ言って穂にスマホを渡す。
「本当ですかぁー。ちゃんとお宅の飼い猫、首輪付けてますよねー?紐、大丈夫かしらー?」
 地を這う声で穂が聞く。
「ああ、穂さんサダノブとデートなんて羨ましいなぁ。我が家の可愛い仔猫なら、此の間穂さんの誕生日プレゼント、サダノブと眉間に皺寄せ乍ら頑張って選んでいたみたいだよ。気にいるか心配だったみたいだけど、如何?ちゃんとネックレス着けて貰いなよ。じゃあ、お邪魔虫は此れで」
 と、黒影は言うだけ言って通話を切った。
「如何?分かってくれた?」
 サダノブは不安になって聞く。
「んーもぉー、本当に白雪さん、可愛いんだからぁー。其れならそうと早く言ってくれれば良いのにぃー。黒影さんもやっぱり紳士的な方ねぇー。サダノブさんの目に間違いは無いわ。なのに、私ったら心配になって……御免なさい」
 と、穂は恥ずかしそうに言う。
 サダノブはとりあえずホッと肩を撫で下ろした。
 嫉妬すると人が変わった様になってしまうところが偶に傷だが、ちょっと歪んではいても、其れが甘えない代わりの愛情の裏返しなのだろうとサダノブは思う事にしている。
「あっ、それで……えーと、コレ、着けて貰っても良い?」
 そう言って穂は何時もの優しく愛らしい笑顔で聞いた。
「あっ、うん」
 ちょっと緊張して汗で滑って難しかったけれど、何とか留め具がはまってくれた。こっそり、練習しておいて良かったと思ったサダノブだった。
「似合う?」
「うん……とても。」
 ――――
 酔い覚ましにバイクを少し押して、坂下の少し早めの紅葉を見に行く事にした。近くでゆっくり見ると其々の葉が彩りの光を帯びて、走って見た時とまた違う景色に思えた。歩道の脇に小さな水路があり、流れゆく葉も風情がある。
 そんなのんびりとした時間を大きなガタガタ言う音と悲鳴が切り裂いた。
「穂さん、避けて!」
 サダノブは叫んだ。穂は何だか分からないが、こう言われた時は確認する時間で死亡する事もあると分かっていたので、振り返らずバイクを離し、サダノブの方へ走った。
 そしてサダノブも巻き込み歩道先の水路に飛び込む。本職が堅気と言えど、保身グッズとは名ばかりの結構グレーゾーンの商品を取り扱うバイク便屋なので、こういう危険な時はやはり行動が素早い。
 突っ込んで来たトラックがカーブの先でクラッシュした。
「穂さん……びしょ濡れになっちゃったね」
 サダノブは思わず、苦笑いするしか無かった。
「あっ、御免なさい。つい、避け過ぎました」
 と、穂はしょんぼりする。サダノブは少し考えて……
「こう言うのは怒られてしまうかも知れないけど、穂さん……くのいちみたいで、格好良いっす。其れに……紅葉、とても似合います」
 と、穂の頭についた紅葉の葉を取り見せると、クスッと笑った。
 穂も其れを見てホッとして微笑んだ。

 ――――――
「あー、死んでますねー。えっとお……あれ?此の人「たすかーる」のお客様ですよ」
 穂は運転席の男の生存確認と、運転免許証を見た。
「とりあえず、救急車と警察かな?」
 サダノブが、穂に確認した。
「うーん……それはそうなんですけど、ちょっとだけ待っていて下さい」
 そう言うなり、穂はトラックの下に軽々スッと滑り込んで行った。
「あっ、……やっぱり……」
 穂が潜ったままそう言う。
「如何したの?」
 サダノブが聞くと、
「此れ、事故じゃなくて事件です。下のブレーキ細工されてます。うちの上客だからもしやと思ったんですが、殺されたみたいです」
 と、穂が言うのだ。
「参ったなぁー」
「ええ、参りましたね」
 そう同時に言うなり二人はスマホを取り出し、お互いに違う場所へ一斉に連絡する。
 穂は「たすかーる」の女店長へ。
「店長、お疲れ様です。お客様の織田 久史様がトラック運転中にブレーキに細工され亡くなられました。……はい、はい了解」
 サダノブは夢探偵社へ。
「先輩!今、トラックが突っ込んで来て運転手の織田 久史って人が死んで……えっと、穂さんが言うには、其のトラックのブレーキに細工されてていて、如何やら「たすかーる」の常連さんだったらしいんですよ」
 と、免許証を穂と共有して見乍ら説明する。
「相変わらず、説明下手だな。まぁ、でも分かった。今、風柳さんは他の事件でいないから、直ぐに向かうから待っていなさい。警察には連絡して。此方が行くまで現場保護して貰える様に伝えてくれるかな。黒影と言えば通してくれる。「たすかーる」の店長と向かうから。穂さんと、待機宜しく」
と、黒影は言う。
「えっ?先輩、「たすかーる」の店長の車で来るんですか?」
 と、思わずサダノブは聞いた。
「ん?そんな訳無いだろ」
 そう言って笑うと黒影は通話を切った。
「穂さん……何か、厄介な事になりそうですね」
 と、少し元気無くサダノブは言った。
「そうですか?私はサダノブさんといられるなら、待機の時間も嬉しいですけど?」
 そう言って穂はにっこりとした。
「有難う。そう言って貰えると、何だか救われるよ……」
 と、サダノブは苦笑いした。所轄の警察を呼んで事情を話すと、路肩に二人座って肩を寄せて待っていた。
「先輩、未だかなぁー……。明日にならなきゃ良いんだけど」
 サダノブが紅葉を見上げて行った。穂はクスッと笑って、
「思ってるより早く来ると思います。「たすかーる」が保証します」
 と、言った。
「そりやあ、心強い」

 ――――――――
「白雪ー!「たすかーる」関連の事件らしい。多分、普通の事件で収まらないから、此方に依頼が来る筈だ。今から現場へ行く準備をしてくれ」
 黒影は白雪に言った。
「えーっ!安全運転だよーっ!」
 白雪は膨れっ面をする。
「はいはい、分かりました」
 白雪は引き出しから可愛いリボンのついた鍵を取って渡した。黒影は夕方になるかもとサングラスを用意し、調査用の鞄を持って外に出た。風柳邸から少し歩いた所にあるガレージを開ける。その時だ。後ろからクラクションの音がした。
「黒影の旦那、お久しぶりだね。今日は一緒にドライブに行こうじゃないか」
 と、「たすかーる」の女店長の涼子が真っ赤な何時もの着物で、真っ赤なスポーツカーで声を掛けた。
 黒影は黙って帽子を取ると、ガレージに駐車していた黒いスポーツカーに乗り込み、助手席の白雪に帽子を渡す。
 白雪は座ったスカートの上に帽子をポンと置く。
「シートベルトは?」
「オッケー!」
 白雪は確認して言った。
「本日はうちのお姫様からのリクエストで、安全運転厳守!ルールは高速に入ったら法定速度内厳守、シートベルト着用の上、煽り行為禁止、死なない、轢かない、ぶつけない、以上!」
 黒影は涼子に聞こえる様に言った。
「おやおや、今日はやけに手厳しいねぇー、坊や」
と、涼子は言った。黒影がキーを回してエンジンを掛けてふかした。
「言ってろ。ドライビングテクが落ちたからって、弱気になったのかな涼子」
黒影はニヤリと笑う。
「やっぱり良い男だねぇー、黒影の旦那。坊やは撤回。また良い漢っぷり見せてくんなまし」
 涼子は、うっとりし乍ら言った。
「もう……っ!だから嫌なのよっ!早く出して!」
 白雪は黒影が車を運転すると人が変わるので、鍵をいつも握っていたのだが、今回は仕方無いと諦めてそう言った。黒影はサングラスを掛けて、
「黙らないと舌嚙むぜ、BABY!」
 アクセルを踏んで走り出す。
「べっ、べっ……」
 白雪は色んな意味で気が遠くなりそうだ。
「黒影の旦那ー!今日こそはあたいが捕まえるからね!」
 涼子も興奮気味で後を追う。
 高速に入ると、赤と黒のスポーツカーが一列に並び、ド派手此の上ない様だ。
 白雪はギアをガンガン切り替える手を見て、毎度ながら器用だなあと見ている。薄く黒いサングラスの間から夕日が綺麗に見える。全然助手席なんて忘れているんだろうけれど、真っ直ぐ正面を見つめる黒影の横顔を見るのは好きだ。
「……何、見てるんだ?」
 ふいに黒影が気配に気付いたのか、そう聞いてきた。
「別に……」
 白雪がぷいっと横を向く。
「良い男過ぎて惚れ直したか?」
 と、黒影が巫山戯て言ったが、何時もの優しい笑顔で微笑んでいた。
「……何よ、ばっかじゃないの」
 白雪は小さく言った。
「おや、涼子の奴なかなかやるな……」
 サイドミラーをチラッと見ると追い上げて来た様だ。黒影はまたギアを切り替えて、突き放した。
「何でそんなに必死なのよ?」
 思わず黒影に白雪は聞いた。
「ん……。……負けたら一晩付き合う約束をした。何されるかたまったもんじゃない。此の儘逃げ切るぞ!」
「えっ?!えーーーっ!!ちょっと何よ、其れ!何で私の許可無くそんな事決めてるのよっ!」
 黒影が気まずそうに白状した言葉に、白雪は当たり前だが激怒する。
「売り言葉に、買い言葉で賭けたんだよ!」
 黒影は本気になっている様だ。
「もうっ!信じられないっ!負けたら口利かないんだからっ、絶対勝ちなさいよっ!」
 白雪も白熱して応援せざるを得なくなってしまった。
――――――――
「何?!何あれ?!」
 サダノブは思わず立ち上がった。
 遠くから轟音を立てる赤と黒のスポーツカーが並走してやって来る。
「あっ、やっと来たー!」
 穂は其のスポーツカーを見てぴょんぴょん飛び跳ねて手を振った。
「旦那ー!今夜こそは逃がさないよーっ!」
 涼子が大声で禄でもない事を言っている。
「させるかっ!……新型の盗聴器寄越せよっ!」
 黒影もまた禄(ろく※当て字)でもない事を窓全開で言っている。
 黒影の黒いスポーツカーが少し先に現場前に来たかと思うと、そのスピードにタイヤから煙を上げキュルキュルと路面に跡を付け乍らドリフトしてサダノブの目の前で止まった。其の後ろにぴったり赤い涼子のスポーツカーも止まる。
「勝ったな……」
 黒影はサングラスを外し、外に出ると言った。
「もう、いけずな旦那だねぇ……」
 涼子はがっかりし乍ら黒影の肩に手を当て擦り寄る。
「ちょっとお!負けたんだから、諦め悪いわよっ!」
 白雪は其れを見て、涼子を黒影から引き離して帽子を被せた。
「……先輩……?何か、俺今、見ちゃいけない夢を見ている気がするんですが……」
 呆然とサダノブが轢かれる寸前だったので、放心状態で言った。
「ん?何がだ?安全運転だったろう?」
 黒影はすっかり何時もの黒影に戻っている。
「いや……やっぱり夢って事にしておきます」
 サダノブがそう言うと、
「良い心掛けだわ」
 と、白雪がポンとサダノブの肩に手を置き同情する。
「ほらね、思ったより速かったでしょう?」
 穂は悔しがる涼子を宥めながら、サダノブにそう言って微笑んだ。
 ――――――
「何だあの派手なのは?」
「あんなんで現場入りかぁ?」
 鑑識が二台のスポーツカーの轟音を聞いて、思わず作業を止めて立ち上がる。
「――?!」
「ありゃあ、昼顔の涼子じゃねぇか!」
 現場が騒わつき緊迫する。
 全員慌ててズボンを上げる。
「……なんだい、なんだい……今、勝負に負けたばっかりでストレス発散したかったのに。どいつもこいつもつれないねぇ」
 と、扇子を広げてのんびり現場入りした。
「あのなぁ、毎回ズボンのベルト緩められちゃ、此方だって仕事にならないんだよ。全く手癖が悪いのだけは直らねぇなぁー」
 鑑識の一人が呆れて言った。
「おや、此れでもちゃあんと改心したつもりだけど?」
 と、涼子は答えた。
「で、改心したのに今日は何の様だ?」
 と、鑑識は聞いた。
「あたいのとこの客なんだよ、其の仏さん。こないだ沢山買い付けてツケて行ったまんま、あの世いっちまってさぁー。全くこの涼子から金ふんだくって逃げ様なんて、都合良く死んでもらっちゃあ困るんだよ」
 と、遺体を見て顔を扇子で仰ぎ乍ら答えた。
「おいおい、ご遺体にあんまり近付くんじゃない!」
 鑑識が注意する。
「相変わらずケチな輩だねぇ。黒影の旦那、ちょいと顔貸してくんなまし」
 黒影が現場入りすると、また違う意味で現場が騒ついた。
「おい、待て!機材が壊れる!一時撤収!休憩だ」
 鑑識は慌てて機材を一時ケースに戻して、車に入った。
「おや、僕そんなに嫌われてますかね?」
 黒影は一時撤収を見届けると、現場を観察する。
「涼子さんは、何を売ったんですか?」
 黒影は涼子に聞いた。
「それは企業秘密ですよ」
 と、涼子は扇子で口を隠す。
「……では、この事件、うちが引き受けましょう。その代わり、必要機材は其方で貸していただければ特別サービスしますけど?如何せ、他には頼み辛い話だ。悪くは無いでしょう?」
 と、黒影は交渉に直ぐ入る。
「流石、黒影の旦那。話が早くて助かるよ。其の条件で買いだね」
 と、依頼は簡単に成立した。元々、持ちつ持たれつの仕事関係だから成せる契約だ。
「毎度ありー」
 黒影はひょいと、遺体の横に行き顔を確認した。
 手袋をしてブレーキの様子、ハンドルを見る。
「ハンドル線も何本かやられてますね。……操作も効かない、ブレーキも効かない。此の近くから乗ったのには間違いない。若しくは坂の上に犯人に乗せられた可能性もある。毒物反応と薬物反応を後で鑑識さんに確認する必要がありますね。……僕は坂の上迄散歩してきます。涼子さん、鑑識から今の情報だけでも聞いて貰えますか」
 と、黒影は言った。
「旦那の頼みなら仕方ないねぇ」
 そう言って涼子は鑑識の車を訪ねた。車の窓ガラスを軽く覗き込む。
「ほら、黒影の旦那はお散歩だってさ。……其れと、あの仏さんは毒とか薬物出たのかい?」
と、涼子は聞いた。
「今のところは出ていないよ。後は解剖してみないと詳しくは分からんね」
 そう言うなり、鑑識は出て来てまた作業に戻るらしかった。
 ――――――
「先輩、どうですか?」
 サダノブが地面を小型の懐中電灯で照らしていた黒影に聞いた。
「ちょっと暗いな……タブレットで照らしてくれないか」
 サダノブは黒影にタブレットを手渡す。
 カメラのフラッシュ機能を使ったまま、地面を追っている。
「此れが僕のタイヤ痕で、此れが涼子さんのタイヤ痕……此れが、被害者の乗っていたトラックのタイヤ痕、此れが鑑識のタイヤ痕、……で、これだーれのだっと」
 誰のか分からないタイヤ痕を見付けると、黒影はそのまま写真を撮る。
「此のタイヤ痕、一度此処に止まって引き返している。荷物は此のタイヤ痕のトラックが持ち逃げした様だね」
 と、黒影は言った。
「持ち逃げ?」
 サダノブは聞いた。
「ああ、そうだよ。先ず犯人と被害者は同じトラックに乗っていたんだ。そして此の坂の上にはあの制御不能の一台のトラックが用意してあった。犯人はこう言ったんだ。荷物をあのトラックに積み替えるからもう少し前に出してくれって。被害者は其れが制御不能なトラックとは知らずに発進させてしまった。だから遺体には縛られた跡も、きっと毒物反応も薬物も出て来ないだろうね。被害者は自分から乗ったのだから。まさか、犯人に荷物を持ち逃げされるとも知らずにね」
 と、説明した。
「鑑識さぁーん!こっちのタイヤ痕が犯人のものだ。一応調べてくれないだろうか」
 黒影は手を上げて鑑識を呼んだ。
「分かった、今行く」
 そう言ったのを聞くと黒影は自分のスポーツカーに乗った。
「お帰りなさい」
 白雪が少し眠たそうに助手席で待っていた。
「お待たせ」
 黒影は微笑んだ。……あれ?車に乗ったのにさっきと違う?サダノブは、
「車に乗っても性格変わってないですね?」
 と、不思議そうに聞いた。
「ああ、エンジンを掛けなきゃ何ともないさ。そんなに変わらないと自分では思っているんだけれどねぇ」
 と、黒影は言う。
「先輩、良いですか?車に乗って豹変する人は、大概変わってないと言い張るものなんですよ」
 と、サダノブは教える。
「……成る程、そう言うものか」
「ええ、そう言うものです」
 黒影は何となく理解すると、後部座席のサダノブが持っているタブレットをコンコンと軽く指で鳴らし、
「今日の宿を探してくれないか」
 と、言った。サダノブは少し考える。
「何部屋とります?」
 黒影も少し考えて、
「「たすかーる」の連中は如何するんだ?ちょっと聞いて来て貰っても良いかな。」
 と、サダノブにお願いした。
「俺、穂さんと相部屋がいーなぁー。兎に角、聞いて来ます!」
 サダノブはるんるんで聞きに行った。
「単純だなぁー、あいつは」
 思わず黒影は呆れて言った。暫くしてサダノブがハイテンションで帰って来た。
「聞いて下さいよー!彼方も宿探していたところだそうです!じゃあ、3部屋で良いですかね?」
 と、サダノブが言うので、黒影は眉を顰めた。
「僕と白雪は別室だが」
 と、黒影は言う。
「えっ?何で?」
 サダノブは聞いた。
「え?何で?も無いだろう。普段から別だろうが。其れに遊びに来た訳じゃ無いんだ。僕等は夢を見るのも仕事の一つ。安眠は大切なんだよ」
 と、説明する。
「えー、先輩厳し過ぎですよ。ねぇ、白雪さん?」
 白雪は少し考えて……
「黒影がそうなら、其れで良いんじゃない?」
 と、言う。
 ……今の間、ちょっと拗ねてるじゃないですかー!先輩ー?!
「ほらな」
 黒影はそう言ったが、サダノブは黒影の鈍感さに少し呆れていた。
 ――――――
「やっぱり温泉は疲れが取れる……」
 黒影はそう言い乍ら部屋に戻った。サダノブが心配して、黒影の部屋を訪れる。
「先輩、ちょっと」
「何だ、コソコソと」
 と、黒影はウイスキーをグラスに入れ乍ら言った。
「こう言う時ぐらい、白雪さんと二人で泊まればいーのに」
 と、言った。
「何でだ?」
 と、黒影はウイスキーをソファーに座って飲み始める。
「何でって。家でもなかなか二人きりになれないんだから、大チャンスじゃないですか?」
 と、サダノブは言う。
「何が大チャンスだ、馬鹿らしい。お前は若いからそう何でも急いで生きようとする。毎日いれば何時でも二人の時はある。其れに此れは仕事だ。」
 と、黒影はきっぱり言う。
「だって……白雪さん、ちょっとがっかりしてましたよ」
 黒影は少し考えたが、
「じゃあ、尚更別で良かった」
 と、答える。
「えっ?何でですか?」
 と、サダノブは聞く。
「これから打合せがあるからな」
 と、黒影は言った。
「えっ!?あの涼子さんと!?しかも夜ですよ、まずいですって其れは」
 と、サダノブは慌てて引き止め様とする。
「……だーかーら、仕事だ。明日の打合せをいつするんだ。幾ら涼子さんが普段巫山戯ていたって、仕事の話は別だ。ビジネスパートナーは大事だからな。白雪に勘違いされては困るんだよ。分かったね」
 と、黒影はサダノブに念を押す。
「……なんか、白雪さん可哀想……」
 サダノブは口を尖らせて白雪の代わりに言う。
「其れとも、お前が打合せに行くか?僕は其れでも構わんが。サダノブじゃあ、涼子さんを上手くかわせるようにはとても思えんが……。穂さんが知ったらさぞかし恐ろしいだろうね」
 そう言うと、クスクス笑った。
「心配しなくても白雪ならもう寝たよ。僕だって裏切りはしない。其れだけ分かれば十分だろう?」
 と、黒影は言うと、
「まぁ……其れもそうですよね。余計な心配だったみたいだ。すみません」
 と、サダノブは頭を掻いてぺこぺこする。
「白雪の心配してくれたんだろう?……有難うな」
 黒影はそう言うと、残りのウイスキーを飲み干して、鞄を出して打合せの準備を始めている様だ。
「じゃあ、俺は戻ります。お疲れ様でした」
 サダノブは安心して部屋を出る。
「はい、お疲れさん」
 黒影は、少し微笑み乍ら打合せの準備を続けた。

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