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「黒影紳士」season2-4幕〜花鳥風月〜花の段〜 🎩第三章 鍵が開く音

――第三章 鍵が開く音――

「ただいまー」
 黒影は靴を脱ぎ乍ら言った。
 リビングではサダノブが一人ぽつんと、ノートPCで事務作業をしている。
「幸田さんは?」
 黒影が帰って来るなり聞いてので、
「ゲストルームにちゃんといますよ。少し疲れたから休むって言っていました。……其れはそうと、白雪さんまで自室に篭って……何かやっておく事があるとか言っていました」
 と、サダノブは答えた。
「ん?白雪が?」
 黒影は最近の白雪の動向について気になっていた。リビングに盗聴器を付けたのも、自室に篭りたい時もあるかと気にも止めなかった。朝の会議に何時も出なくてはならないと言う規則も、特に探偵社的には必要性は無い。以前、犯人側に捕まった後から特に変だ。あの時は確かGPSを自分に付けていた。何よりも自分が捕まり、足手纏いになるのが嫌だったから。……今回もまた何か考えているのではと脳裏を掠めた。
「……気にはなるが、今はそっとしておこう」
 黒影は漠然と白雪の事を考えたが、今は決断を急いても仕方無いと思い言う。
「サダノブ、二階にちょっと良いか」
 黒影はサダノブに二階の自室に来る様に声を掛ける。
「ええ、大丈夫ですけど……」
 サダノブは、黒影の後に付いて二階へ上がった。
「流石に本機じゃないと出来なくてねぇ」
 と、黒影は言った。サダノブは其れだけで何か容量を食う事をするだろうと思い黒影のパソコンを見る。
「此れは……穂さんが送ってくれた映像だ。僕等じゃ監視がバレ易いからと、昨日頼んでおいた」
 と、黒影は話す。
「へえ、穂さんが俺達の為に……何か嬉しいな」
 と、サダノブはヘラヘラしている。元から盗聴、盗撮をされていたとは全く気付かない、サダノブの平和ボケした顔を見て黒影は内心呆れていた。
「僕がいない間に、サダノブと白雪で依頼人を連れ必要な荷物を取りに行ったんだな?」
 三人でゲストルームを出て、数時間後に帰って来た映像に切り替わる。白雪とサダノブが出た後、依頼人がトランクを開けている。
「ノートPCか。ゲストルームの回線とは別にしておいて正解だったな。危うく情報を取られるところだった」
 そう言って幸田 凛華の操るパソコン画面を拡大表示する。
「ふーん、アカウントを作っているみたいだな。使われていないメールアドレスを買ってるのか。古典的だが確実だ」
 と、黒影は言った。
「それで、アカウントなんか作って何やってるんですか?」
 と、サダノブは聞いた。
「評判を悪くして依頼された企業や人を潰すタチの悪い仕事さ。ネット上の復讐屋か潰し屋とでも言っておこう」
 と、黒影が言うと、サダノブは苦虫を噛み潰したような顔で、
「ぅわあー、最低ですね。いるとは聞いていましたけど、俺ならそー言うの関わりたく無いです」
 と、言った。
「其れは皆んなそうだろうな。然し此れがビジネスになって、今まさに幸田 凛華がしているとなると、此れが命を狙われた理由にもなり得る。幸田 凛華が知らなくても、襲った犯人は少なくともその被害の関係者と考えるのが自然だ。其れと、もう一人……殺された曽我 紗奈絵との接点も此れで繋がった。二人は友達と言う名を借りたビジネスパートナーだった。此の一見素人の悪戯が少し過ぎたビジネスを本格的に教えたり、金の無い者からアカウントを貰う為に鼠講とも言えるやり口で随分荒稼ぎしているみたいだ。金の遣り取りは足の付き辛いネット上の銀行の様だな」
 黒影は口座を控える。
「明らかに黒じゃないですか?こんなの助けて良いんですか?」
 サダノブが言った。
「まあ、知らずに契約したのだから此方に落ち度は無いさ。後から知ったのだと警察には事実を報告する。……だが、タイミングが未だな様だ。……例え黒でも命を狙われているなら助けなきゃならない。問題は帽子の女だ。幸田 凛華のノートPCは此方でも閲覧出来る様にしておく。サダノブは行ったり来たりさせて悪いが、作業が終わる間に白雪に帽子の女の事について聞いて来て貰えないか。風柳さんが戻って来たら、入れ替えで軽くショッピングに白雪と行って来るよ。其れで多分、白雪も機嫌が良くなる筈だ」
 と、黒影は指示を出す間もカタカタとパソコンのキーボードを世話しなく叩く。ハッキングしてるんだろうなぁーと思ったのでサダノブはあえて口には出さず、
「了解ー」
 とだけ言って白雪の部屋へ向かった。
「あのぉ……白雪さん、帽子の女の事、聞きたいんですが……」
「私は忙しいの!」
 と、サダノブの呼び掛けに白雪はきつく答える。
 やはり理由は分からないが、黒影が言う通り機嫌が悪いみたいだ。
「……あの、風柳さんが帰って来たら、黒影先輩が後でショッピングに行こうって言ってましたよ」
 サダノブが黒影が言っていた切り札を出し伝えると、勢い良くドアが開き、
「其れを先に言ってよー!」
 と、白雪は言って飛び出して来た。サダノブは頭を、ドアの開く勢いでガンッと打つけ、余りの痛みに頭を両手で抱えて蹲み込む。
「あっ……御免サダノブ」
 白雪は苦笑した。
「何だ?今の音は?」
 二階に迄聞こえた其の音で、黒影は部屋から出て来るなり、一階に見える二人に声を掛けた。
「あっ、何でも無いの」
 白雪は黒影に誤魔化そうと、掌を横に振って笑って見せる。
「ほら、お客様にご迷惑だろう。二人共静かにっ!」
 と、黒影は注意し乍らも作業が完了したのか降りて来た。
「はーい……」
 二人はしょんぼりと肩を落している。
「分かれば宜しい。……ところで白雪は此れ、如何思う?」
 黒影は帽子の女の拡大写真を見せて聞いた。
「この帽子、ヒガ.ミキオだわ。ワンピースとコートはミス.ジョーカーのよ。靴はフィネッツェね」
 と、白雪は淡々と答える。
「流石、女子は詳しんですねー」
 と、サダノブが感心する。
「違うよ。白雪の好きなブランドとは全然違うから掲載雑誌も違う。調べていてくれたんだろう?」
 と、黒影は言った。
「そうよ。どうせ黒影とサダノブじゃ女性服なんて興味無いだろうと思って」
 と、白雪は口を尖らせて答えた。
「そうか?白雪が良く着ているブランドなら興味があるんだがなぁー」
 と、黒影はしれっと言う。
 ……先輩は他が見えていないんだったとサダノブは思い出した。
「其れで宜しい」
 と、白雪は機嫌を直した様だ。
 風柳が帰って来たので、黒影はコートと帽子を着る。
「帽子の女の衣類、結構なブランド品みたいです。歴が残っていないか見て来ます」
 と、風柳に言って出掛ける。
「何で白雪も行くんだ?」
 風柳はサダノブに聞いた。
「ご機嫌取りですよ。……其れに男一人で女性服の専門店に入るには勇気いりますからねー」
 と、サダノブは教えた。
「そんなものか」
 と、何時も聞き込みで何処にでも行く風柳は、あまり気にした事が無い様だった。
 ――――

「其の帽子、お似合いですよ」
 白雪はあの帽子の女と色違いの帽子を被って鏡の前でルンルンしている。
「あの……最近、此の帽子と色違いの帽子を買った人でこんな人、見ませんでしたか?」
 店員に写真を見せてみると、
「ああ、鹿波 紫(かなみ ゆかり)お嬢さんですね。お顔はあまり見えませんが、この佇まいといい、何時も近くで拝見しておりますので分かります」
 と、答えるのだ。
「お嬢さん……?」
 白雪が聞いた。
「ええ、鹿波 紫お嬢さんのお父様はあの議員の鹿波 蓮司(かなみ れんじ)で、お兄さんの鹿波 亨(かなみ とおる)さんと良く此の店に立ち寄って下さいました」
 と、説明する。
「立ち寄って”いた”と言う事は今は?」
 黒影が過去形を気にして聞いた。
「其れが二年程前に、お兄さんの鹿波 亨さんが自殺されたって噂に聞きました。紫お嬢さんは詳しく話してはくれませんでしたが、きっとお辛いのだろうと、此方でも其の話は聞かない様に徹底しております」
 と、店員が物悲しそうに話したので、
「そんな事が……。つかぬ事をお窺いしますが、紫さんが最近何を買ったか覚えていませんか?」
「お連れ様が今試着されているお帽子を気に入っていただけて、茶色と薄いブルーの色違いで2つ、一週間程前に買われたと覚えていますが……。確か此方に控えがあった筈です……ああ、やっぱり一週間前ですね。其れにしても何故紫さんの事を?」
 と、店員は流石に何者かと聞きたい様だ。
「いえね、彼女が此の帽子を被った、その紫さんと言う方を見てあんまりに素敵だから真似をしたいと言って聞かないのですよ。その時に紫さんはお急ぎだった様で……慌てて写真を一枚撮らせて貰ったのが此れなのです。ホント……一度欲しいと言い出したら聞かない人で。やっと此の帽子に辿り着けました。有難う御座います」
 と、言って黒影は紫と同じ茶と薄いブルーのツバ広帽子を購入する。
「有難う御座いました」

「流石お嬢様ブランドだなぁ、とんだ出費だ。経費で落ちるかなぁ」
 と、店を出て暫くすると黒影はぼやく。
「女子はお洒落、命!」
 白雪は黒影を引っ張る。
「えっ!まさかっ……」
 白雪は嬉しそうに笑って、
「今度は私の好きなお店、でしょう?私をダシに使ったの聞いていたんだから」
「……参ったなあ……」
 黒影は手を引っ張られ乍らも、此れで機嫌が良くなればと腹を括る。
「大丈夫!春の新作、もう割引SALEになってるから」
 ……女の気と服の新作期間は短い……と、思う黒影だった。大量のショッピングバックを持ってフラフラの黒影とご機嫌な白雪が帰って来た。
「凄いな、如何したんだ其の量は……」
 風柳が帰って来た黒影を見て驚いて聞いた。
「ストレス発散してきたの♪」
 と、白雪はご機嫌になって答える。
「随分とストレス溜め込んでたんですねー」
 と、ヨレヨレになった黒影を見てサダノブは苦笑いし手を貸した。
「否……型崩れし易い物が多くて、殆ど箱やら梱包材だよ。過包装にも程がある」
 と、黒影は言う。其れを聞いた白雪は、
「其れが宝物や特別感を出すのよ」
 と、ツンとして言った。
「特別感ねぇ……」
 黒影はぼんやりとそう言い乍ら、リビングのテーブルの真ん中に鹿波 紫が買った物のと同じ鍔広の帽子を、色違いで二点置いた。
「……此れは……鍔広帽子の犯人の女の……」
 風柳は其れをまじまじと見て驚く。
「買って来たんです。此れ……見付けて来たのだから、其方の経費で落ちませんかね?此の帽子、高級ブランドの品でした。店員に聞いたらやっぱり分かりましたよ。最近此れを買ったのは鹿波 紫。写真を見せて度々来るから顔が良く写って無くても、ほぼ間違い無いそうです。……此の犯人、風柳さんは未だ手を出さないで下さい。此の鹿波 紫は大物議員の鹿波 蓮司の娘です。逃げない様に見張っておくだけで今は良いでしょう。此方から接触を試みるつもりです」
 黒影の調査報告を聞いた風柳は悔しそうに、
「大物議員の娘とあれば、此方は慎重に動かざるを得ないな。悔しいが、確かにこう言う時は探偵の方が自由が効くな」
 と、黒影の提案を飲んだ。
「二年前に兄の亨が自殺している。其の理由が紫を復讐の鬼にしてしまったのかも知れない。サダノブと僕は此れから其方を調べます」
 と、黒影が言い終えた瞬間だ。
「きゃあああー!!」
 偶然其の時ゲストルームから出た幸田 凛華が、化け物でも見たかの様な恐怖に満ちた叫び声を上げる。
「あの帽子っ!」
 テーブルに置いてあった帽子に驚いて、あの帽子の女……鹿波 縁がいると勘違いしたのだ。
「此れは調査用に買って来た物です。あの女の物ではありません。ご安心下さい」
 そう言って黒影は尻もちをついてガタガタ震える幸田 凛華に、そっと手を貸そうとした。
「先輩、此処は俺が……」
 黒影を押して、代わりにサダノブが手を差し伸べる。

 ……気に入らねぇんだよ
 ……その薄汚れた手で先輩に触るな……

 サダノブが一瞬殺気立ったので黒影は苦笑いし、
「じゃ、じゃあサダノブに任せるよ」
 と、大人しくリビングの椅子に座る。
 妙に警戒心の解けない此の空気は何なのだろうと考えて……。
「其れはそうと風柳さん、例のパソコンは?」
「其れなら黒影の部屋に置いて来たよ」
 と、風柳は答える。
「有難う御座います。じゃあ、急いで見ておきます」
 と、言って忙しなく黒影は二階へ上がって言った。
 ――――

 黒影は「たすかーる」に電話する。
「黒影です。……ああ、何時も如何も。貴方の腕を見込んで……あるパソコンのパスワードの解除キーを探して欲しいんだ。二人組で一人の解除キーはE738f-2。此れが多分もう1つのヒントになると思うんだけど……。うん、ああ……構わない。パソコンの持ち主の家に入れる様に此方からも伝えておきます。はい、宜しくお願いします」
 と、パソコンの解除キーを調べる様に依頼した。
「ほんと「たすかーる」んだよなぁー」
 と、ぼやいて笑う。
 依頼を済ませると世話しなく一階へ降りる。
「幸田さんなら落ち着いて、またゲストルームで横になって貰っています」
 サダノブから其れを聞いて、黒影はホッとして話し出す。
「今から曽我宅にある人物が行きます。解除キーを解ける人物です。其れが見つかり次第、幸田 凛華の身柄は其方にお渡しします」
 風柳は其れを聞いて、
「解除キーを解ける人物?」
 と、詳しく知りたがり聞いた。
「勿論、合法的にですよ。今はね。昼に堂々と保険屋のフリで盗みを働く、誰とも連まない女。其の件数は400超え。取られた相手も気付かない神業とさえ盗人からは尊敬される伝説の存在……」
 其処迄聞くと風柳は誰か気付いた。
「……「昼顔」……だな」
 と。黒影が、
「御名答!昼専門の盗人女だから「昼顔」。今、実は彼女「たすかーる」の店主なんですよ」
 と、言った途端に風柳は顔を引き攣らせる。
「あの女、何時の間に……。昨日の敵は今日の友か。全く足洗って何処に行ったかと思えば、こんな近くにいたのか。其れがパソコンの鍵開けまで出来るのか?」
 と、風柳は呆れて聞いた。
「ええ、最近腕が鈍るからと鍵開けサービスを始めたらしくて、サイトを見たらパスワード解除もあったので、試しに依頼してみました。勿論、忘れた人用のサービスですが、穂さんを紹介した嘉でやってくれるそうです」
 黒影はそう言ってご機嫌そうに微笑む。風柳は現役バリバリ窃盗犯だった「昼顔」の事をハッと思い出し、慌てて曽我 紗奈絵宅搜索に当たっている班長に連絡を取った。
「今からパスワード解除キーを調べに「昼顔」が其方に向かっている!全員急いでベルトを死守せよ!」
 と、其れだけを伝える為に。
 ――――――

 其の頃現場では紗奈絵の部屋から、曽我 紗奈絵のパソコンのパスワードになりそうな物を片っ端から搜索していた。
 するとボボボボ……と凄い音のする排気量の真っ赤なスポーツカーが曽我宅の前で止まった。一人の捜査員が慌てて外に出る。
 中から真っ赤な布地に桜模様が入った着物を着た女が出て来た。
 車から出るなり其の女は、
「日が眩しいねぇ。随分久しい……」
 と、言って桜の綺麗な透き通る番傘を広げた。
「おやおや、お出迎えご苦労様。此処で仕事を依頼されて来てみれば……ほら、依頼書」
 と、捜査員に依頼書をひらりと見せた。
「確かに……然も夢探偵社の依頼ですか……」
 と、捜査員も其の名は知っていたので中へ通す。
 中には捜査員が彼方此方をパスワードのヒントや幸田 凛華との接点を探している。
「あら、可愛い坊や達だねぇ。お久しぶり」
 そう言って奥のパソコンデスクの近くへスーッと近寄る。
「嗚呼ーーっ!誰だ、「昼顔」勝手に入れたのはっ!」
 其れを聞いただけで、捜査員が血相を掻いて騒ぎ出す。
 ズボンのベルトが次の瞬間に開かれ、見事に捜査員達のズボンがズレ落ちていたからだ。
「「昼顔」また、やりやがったな……っ!」
 と、そう嘆く捜査員に風柳から連絡があった。
「……もう、来てますよ。既に全員やられました」
 と、言うと風柳は電話の向こうで大笑いしている。
「全く……もっと早く言って下さいよー」
 ズボンを直し乍ら、其の捜査員は渋々と連絡を切った。
 通称「昼顔」、本名 嵯峨野 涼子(さがの りょうこ)は言った。
「……で、何を頓珍漢なところを探して居るんだい」
 と。すると、
「主婦と言えば家電周りのバーコードの上の商品識別ナンバーを使うと思って控えています」
 と、捜査員の一人が答える。
「だから何時迄も坊や何だよ。そんな小さな数字、擦れてしまったら使えないじゃないか。それと、もう片方のキーはE738f-2。黒影の旦那が調べてくれたよ。良いかい、教えてやるから良く聞きなっ!」
 後半は凄味の効いた声で捜査員全員に聞こえる様に言った。
「此のパスワードはアルファベットの大文字と小文字、数字が無いと作れないタイプ。メモが出来ない大切な物なら、私なら見える所に当然置く。そう、堂々とね。元からアルファベットの大文字、小文字、数字で構成されたものはなぁに?大ヒントは此のハイフンにもあるし、此処に来なきゃ分からない物。家電ひっくり返したって出てきやしないよ。答えは今、私の目の前にあるんだから」
 そう言うと、嵯峨野 涼子はプリンターからインクカートリッジだけを取り出した。
「ほら、此の型番だよ。黒影の旦那に連絡は?」
 と、嵯峨野 涼子は誰か連絡出来る者はいないか聞いた。
「風柳さんなら連絡つくぞ」
 と、一人が行った。
「黒影の旦那の方が好みだけど、まぁ良い。連絡しておくれ」
 捜査員は連絡を繋いでやった。
「……ああ、「昼顔」また暴れたんだってな。……まあ良い、黒影に代わる」
 黒影が出た。嵯峨野 涼子はころっと態度を変え、
「あら、何時もご贔屓に。パスワード分かりました。C980k-1。プリンターのインクカートリッジの型番ですよ。何かの助けになります様に……。またのご利用お待ちしておりますわ」
 それを聞いた黒影は、
「やっぱり貴方に頼んで正解でした。何時も早くて助かってます。今後もまた何かお願いする事もあると思うので、宜しくお願いします。ではっ」
 と、通話を切った。
「ほらっ、黒影の旦那はもう動いてるよ!坊や達も先越されない様に、精々頑張りなっ。じゃあ、私は用が済んだから帰らせてもらうよ」
 と、言うなりまた少しの距離でも番傘を広げ、スポーツカーに乗り込み去っていった。

 ――――――

 「よし!開いたっ!」
 黒影は幸田 凛華と曽我 紗奈絵の遣り取りした記録を保存した。口座の流れもだ。
 ……さて、加害者鹿波 紫の無くなった兄の亨の一件に関わっているか、だな……。
 鹿波 亨は次の議員候補として声が掛かっていたが、街のレジャー施設の緑化に努めた団体の代表をしており、議員に成るつもりは無かった。然し、其の緑化企画自体が危ぶまれる噂が上がる。其の緑化に集めた資金を実は次期議員選挙の為に天引きしているという噂が広がる。現地のコメント欄に如何にも信憑性が高そうな、枯れたレジャー施設の草木の画像があり、名だけの実際は荒地……等、多数の書き込みが見られる。「もう手遅れ」「こんなレジャー施設あるだけ税金の無駄使い」「鹿波 亨と葬るべし」
 と、散々なコメント内容だ。此れがもし、写真すら幸田 凛華と曽我 紗奈絵の仕業ならば、悪戯の範囲を越えて悪質と言える。こう言ったヤジは無視するか、声明文や謝罪文で対応するのが普通だが、鹿波 亨は其れすらしなかったみたいだ。
 ……犯人は必ずまた幸田 凛華を殺しに来る。
 明日、風柳さんにでも引き渡すか……。

 そう思い、黒影は取り敢えず一眠りする事にした。
 ――――
「さっきは大丈夫でしたか?」
 白雪がゲストルームに入って聞いた。
「ええ、少しびっくりしちゃって。恥ずかしいところを見られちゃいましたね」
 と、幸田 凛華は答える。
「あの帽子の女の事……解ってきたのでしょうか?」
 と、心配そうに幸田 凛華は聞く。
「其れなら心配無いですよ。少しずつ分かって来ています。黒影はもう少しだって張り切っていますから。此れ……リラックス効果があるハーブティーです。良かったら飲んで下さいね」
 と、白雪はハーブティーの乗ったトレイをベッド横の小さなサイドテーブルに置く。
「まあ、花弁が綺麗。こんなに気を遣っていただいて有難う御座います」
 と、幸田 凛華は言うので、
「そんな、礼には及びません。私だって毎日付け狙われると思うと、怖くなる気持ちは分かります。でも、少しでも……此処にいる間だけは安心して良いですからね」
 と、白雪は優しく笑った。
「そうですね。有難う御座います。後で美味しく頂かせてもらいます」
 と、幸田 凛華はホッとして少し笑った。
 ――――――

 黒影はパソコンの電源を切ったまま、机に伏せて寝ていた。
 お気に入りのアンティーク調の窓のステンドグラスから、柔らかなオレンジ色が差し込んで揺れる。
 白雪は黒影の背にそっとコートを掛けて、其処にいた。
 サダノブは夕飯の買い出しに出掛けて、風柳は一階で夕方のニュースを観ている音が聞こえる。
 黒影の部屋のドアがノックされるまでも無く、ゆっくり開いた。
「あら、如何かしまして?」
 白雪が、ドアを開けた張本人に声を掛ける。……幸田 凛華だ。
「いえ、御免なさい。あの帽子の女の事が少し分かったて聞いて、如何しても落ち着かなくて……」
 と、幸田 凛華は心なしか慌てて白雪に説明した。
「あらそう。其れは気になっても仕方が無いわね。でも、貴方にはゆっくりしていてもらわないと困るのよ。私もとても気になる事があるの。例えば貴方が後ろ手に何を隠しているかとか」
 と、白雪が言い終えると幸田 凛華は後ろ手に持っていたナイフを白雪に向けた。
「此れ以上、調べられる訳にはいかないのよっ!黙って匿うだけで良かったのにっ!」
 と、幸田 凛華は白雪目掛けて飛び掛かって来た。
 黒影は何事かと目を覚ますと、今にも白雪が幸田凛華に刺される寸前ではないか。
 ……間に合わないっ!……
 そう思って思わず目を閉じ、恐る恐る開けると……白雪の手にはスタンガンがあった。
「白雪!大丈夫かっ!」
 黒影は慌てて白雪を幸田 凛華から遠ざける。
「……依頼人は依頼人らしく、大人しく寝てなさい」
 足元に倒れた幸田 凛華に白雪は冷たく言い放つ。
「何があったんだ?」
 黒影は白雪を振り向かせて聞く。
「大丈夫、腕からナイフを落としただけよ。黒影ったら自分が狙われている時には本当、無頓着なんだから。丁度睡眠薬入りのハーブティーが効いてきたみたい」
 と、白雪はにっこりして笑って見せる。
「夢で見たんだな。だったら言ってくれれば良かったのに」
 と、黒影が言うと、
「それじゃ、気になって捜索が遅れてしまうでしょう?」
 と、白雪は答えるのだ。
「何も無くて良かった。何かあったら……其れこそ僕は推理すら出来なくなるよ」
 そう言って黒影は白雪の無事を確かめる様に強く抱き締めた。
「……もう、ホント、私がいないと駄目なんだから……」
 白雪は照れ乍ら俯き言った。

 ――――
「風柳さん、もう此処に依頼人を置くのは危険です」
 白雪とリビングに行った黒影はそう言って、幸田 凛華の持っていたナイフをテーブルに置いた。
「此れは……まさか……」
 風柳はハッとした顔をする。
「ええ、此れ以上捜査妨害されては此方は動けません。逆に僕らは良い線迄暴いて来た証拠です。今なら、此方じゃなくても傷害未遂で多少引っ張れますよね?」
 と、黒影は深刻な眼差しで如何かと聞く。
「……未遂だから引っ張ってもあまり時間は無いぞ」
 と、風柳は黒影に忠告する。
「分かっています。後もう少し……もう少しだけ時間が欲しい。お願いします」
 黒影は言った。
「分かった。出来るだけ引き伸ばしてやる」
 と、風柳はスマホから所轄に連絡を取り、幸田 凛華は静かに身柄を警察に移した。
 買い出しから帰ってきたサダノブが其れを聞いて、
「依頼料、先払いで良かったですね」
 と、顔を引きつらせ苦笑する。
「怪しきは先払いが食いっぱぐれの無いコツだよ。」
 と、黒影は笑った。


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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。