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season7-4幕 黒影紳士〜「黒水晶の息吹」〜第三章 君を前に独り


第三章


第三章 君を前に独り

「……分かりました。風柳さんが其処迄言うのなら」
 黒影は少し不服そうにだが、その時は納得した様だ。
 不服な理由は風柳にも分かる。
 幾ら予知夢で先に知っているとは言え、時を人が操るなんて容易な訳がないのだ。
 分かった所で実際に止められなかった殺人事件は何件もある。黒影が見るのはあくまでもヒントに過ぎない。
 其れを十分に使い熟せるか否かは、初動捜査の迅速さに掛かっている。
 其処に黒影が不在となると、かなり難しくはなる。
 風柳が事件発生の予知夢があった事をスマホで伝えていると、黒影は珈琲カップをソーサーに置き外へ出て行った。
 行き先を言わないと言う事は、直ぐに帰って来ると言う事なので、誰も気にも止めない。
 やはり暫くすると帰って来た。
 怱々と何か黒い物を片手に抱え、事務所に向かう。
「……ええ、番号をですね……。古いので構わないのですが」
 何やらそんな会話の通話をしたかと思うと、メモをし其のメモを一枚切り取りポケットに仕舞うと、二階へ走る様に階段を駆け上がって行った。
「今の……」
 サダノブが何をしているのかと、食後の冷茶を飲み乍ら呟く。
「……黒電話?ですよね」
 穂も不確かながらに聞いた。
「でしょうね。……きっと倉庫に行って来たのよ。ほら、黒影はアンティークやレトロな物が大好きだから。」
 と、白雪は想定して話す。
「使えるんですかね?」
 サダノブが不思議がって聞いた。
「古い番号ってまさか……」
 穂が気付いた様だ。
「其れよ、きっと。……だからって何で二階に行ったか迄は分からないけれど、降りてくれば分かるわ。……昨日は徹夜だったみたいだし、そろそろ騒ぐ筈だからお風呂沸かして来るわ」
 と、白雪が言って席を立つと、潔癖症の妻は大変だなと、穂とサダノブは思わず顔を合わせて苦笑した。
「あー、もう!気持ち悪い……寝汗がシャツの襟に……。白雪……」
 と、階段を下り乍ら黒影は、Yシャツの襟元が気になるのか、首を痒そうに回し、また黒電話を持ってリビングに戻る。
「もうお風呂沸いてるわよ。着替えも置いておきました。其の電話も置いたら?」
 と、白雪は慣れた物ですっかり支度を整えてやると、優雅に自分の為に淹れたロイヤルミルクティーを寛いで飲んでいる。
「……あっ……そうか。有難う」
 一瞬黒影はキョトンとした目で止まったが、言われるがままに黒電話をテーブルに置き、バスルームへ向かった様だ。
「あの先輩が……」
 思わずサダノブは呆気に取られて言った。
「見事に掌の上ですね。私も白雪さんを見習わないと」
 と、穂がまんまと白雪に誘導された黒影を見て言うのだ。
「否否、見習わなくて良いですって!……其れより…やっぱり何処から如何見ても黒電話ですよねぇ?……何処を改造したんでしょう?」
 黒影が二階の自室に持って行ったのだから、何か改造をしたに違いないと、三人は興味深々で懐かしの黒電話を見るのだが、何の変哲も無い黒電話だ。
「此れは黒影がお風呂から上がって来ないと分からないわね」
 と、白雪は言った。
 風柳はとっくに、早々と事前に事件を防ぐ為、現場になる予定の(現世のオリジナル)正義崩壊域へと向かったのだ。

 黒影は上がって来るなり、電話線を引っ張り黒電話に繋げた。タップの形式が今と違ったが、黒電話と一緒に几帳面に保存していたであろうコードをコートのポケットに仕舞っていた様だ。
「勲さんの居候している寺の番号は、さっきナンバー照会で問い合わせたけど、長らく変わっていないそうだ。けれど、現在の寺に掛けたところで、勲さんは僕と並行世界の過去にしか生きていないのだから出る事は無い。だから、約20年前に絶滅寸前ではあったが、未だ電話として使われていた、此の黒電話を使う。此れで世界を移動する「景星鳳凰(けいせいほうおう)※鳳凰の秘技の一つ」で、世界を移動する道の狭間に持って行き、時夢来(とむらい※懐中時計と本で予知夢を投影するアイテム。制作課程で過去を見る能力者により過去にも反応する)で、約20年前の過去に戻る。空間と時空の歪みで通話を可能にするんだ。」
 黒影はそう説明する。
「成る程。先輩の友人さん(時夢来制作課程で過去を見る力を時夢来に封じ込めた、ビルという過去透視能力者)が、時空に閉じ込められた時の移動手段を、今度は電話だけ移動させて通話可能にするって事ですね」
 と、サダノブは納得して黒電話をマジマジと見詰めた。
「……サダノブ……今回は珍しく飲み込みが早いな。まぁ……成長とでも受け取ろう。其の通りなんだが……一つ問題があってな」
 と、黒影が言うのだ。
「問題?」
 白雪はカップを片手に身を乗り出す。
「ああ、問題だ。黒電話と言えばぁ〜話し乍ら、もじもじ……くるくる……の、アレだ」
 と、黒影は言って微笑んだ。
「……あっ!私分かったかも知れません」
 穂が変な箇所に気付いた様だ。
「……流石穂さん。察しが早い。受話器と本体が個機の様に別れていないんだよ。くるくる巻いたコード付きしか無い。其れでは電話だけ景星鳳凰内に置き、僕だけ外で通話するなんて出来ないんだ。詰まり、僕ごと過去へ飛ばされてしまう。其れでは時が歪まない様にした意味が無い。だから今さっき二階で軽く改造したのですよ。此方から一度連絡が取れれば、今後勲さんからも連絡し易いように、古い固定電話のナンバーを先程買い取った。其のナンバーを教えれば、今後は一々会わずとも、過去との事件の情報交換が固定電話一つで可能になる」
 と、黒影は話すと満足そうににっこりとする。
「あら……じゃあ珈琲淹れるわね」
 白雪は気付いてアイランドキッチンへ向かう。
 黒影は其の姿を見て、安心して目を閉じ口元だけで微笑みを浮かべた。
 鳳凰の秘技の中でも奥義とされる「景星鳳凰」を使うのだ。その体力の消耗は黒影の身に掛かって来る。
 鳳凰が唯一飲めると謂れる、甘水(霊峰等にある、澄んだ霊力を含むと崇められる水の事。富士山や各地神社等でも用いられる事もある)で、鳳凰の力を回復させる様、珈琲を作ってくれている事が分かり、感謝したい気持ちになったのだ。
 他の人が嗅いでも分からないが、黒影にだけ分かる……甘い香りが珈琲の薫りと共に安らぎをくれる。

「……さて、試して見ますか……。景星鳳凰…………「黒影紳士season1(勲さんがいる約20年前の黒影紳士)」……世界解放!」
 景星鳳凰で世界を解放すると、黒影の魂に呼ばれ力を与えた鳳凰の鳳(ほう※鳳凰の雄の総称)が、光を放ち現れると黒影の肩に止まる。
 久々に呼ばれたからか、頬擦りをして幸せそうに目を半分にした。
 黒影の背にも鳳凰の翼があるが、最終奥義の姿なので八枚の孔雀の尾が揺れ、火の粉は金色に輝いている。
 目の前には人が通れるだけの長方形の光の入り口が出来上がった。
 黒影は先程の黒電話を持っていく。

挿し絵。景星鳳凰内で電話しちゃう黒影。
此の後、繋がったか確認しているので、本機だけ置いて出ます。翼…忘れてしまいました💦


 世界に出てしまう手前の間に黒電話を置き、時夢来の本の中の隠し穴に、日付けを20年前に巻き戻し、螺子を少し過去に巻いた懐中時計を嵌め込んだ。
 そして穏やかな優しい景星鳳凰の光の中、ダイヤルを回し本体は其の儘に、受話器だけを耳に当てて元の入り口をでた。
 リビングに戻っても、コール音は鳴っている。
 聞いた事のある、寺の住職の声がした。
「ああ、良かった。黒影です。以前はお世話になりました。勲さんと話がしたいのですが、御在宅でしょうか?」
 と、聞いてみると住職は、
「ええ、今調査から帰って来たところですよ」
 と、勲と変わってくれた。
「……此方側から会うのは容易いが、此方で如何やら其の事件の未来が動き出している様でね。あまり時を変に動かしたくない。古い電話を使っているんです。番号も古い物だ。先に切れたら面倒だから、此方の番号を言います。メモか何かに控えてもらえますか?」
 黒影は景星鳳凰を長く出して体力を消耗したくは無いので、先にそう提案する。
「連絡が取れて良かったですよ。如何ぞ、仰って下さい」
 勲がそう言うと、黒影から聞いた番号をメモしているようで、シャリシャリと鉛筆の音が聞こえた。
 書き上がると、番号を再確認し、勲のいる過去の「黒影紳士」並行世界で起きた、能力者案件らしき事件詳細を黒影に伝える。
「……時を、止めた。其の羽瀬 寄子(はせ よりこ)と言う女性其の者が、突如能力者になったが気付いていない可能性が一つ。最後にいたと言う、高梨 光輝(たかなし こうき)と言う警官が、其の能力を持っていたと言う可能性も高い。寄子さんを逃す為に能力を発動させたが、其の後の死亡か失踪により、能力が効いたままとも考えられなくも無いが……かなり光輝さんが失踪してから時が経っているんですよね?」
 黒影は時の経過を聞く。
「もう正義崩壊域が崩壊されてから、随分と立ちます。緑も徐々に自然に侵食する程に。他は爆発とは言え、ほぼ焼死体でしたが、中には刺し傷もあるご遺体が出て来たのですよ。崩壊直後の調書から発見時のご遺体の写真を隈なく観ました。何が起きたのか、あの施設にいた村人は誰一人と生存出来ず戻っては来ませんでした。唯一の生存者が、寄子さんなのですよ」
 と、勲は言う。

勲さん側。寺の中。


「たった一人……だと?テロか何かだったのか?僕は開発を止めようとする村人と、開発を進めようとするリゾート建築会社との衝突だと聞いたが?」
 黒影は聞いていた事実と違い、再確認する。
「建築会社側の被害は全く分からないのです。爆発を起こして再開発を進めるかと思いきや、何故か開発を頓挫させ、忽然と消えたのです。其の儘放置された残骸が「正義崩壊域」の今の姿です。黒影……君は此れを如何読みますか?」
 勲にも分からない事がある。崩壊から時の経過は少ないが、だから見えない事もある。
「……未来だからと言って何もかも分かる訳では無いが、開発上の問題が生じたのは確かだ。村人を根絶やしにし、村を貧しくし立ち退きを迫るつもりだったのだろうな。……然し、其処迄考えていた計画が頓挫するとは……かなり大きな問題な筈。其れに僕が見るに、あの「正義崩壊域」の倒壊の仕方は解体業者の爆発の其れでは無い。崩れ方が疎ら過ぎる。建築業者が解体業者も雇わなかったのは、やはり大量殺戮が狙いだったからだ。そんな下手な素人の爆発物……。……殺人犯がいるのではないか?然も複数犯……。建築業者は個人的に爆発物を作れる人間から買ったか……若しくは能力者を数人雇っていた可能性が高い。……其の高梨 光輝と言う警官のご遺体が無いのならば、今も生きている可能性が高い。能力者かも知れないと言う事を念頭に、此方でも調べておくよ」
 黒影は此の事件の事を、思っていたより安易に過ぎ去った物では無いと知る。

正義崩壊域図。上が「黒影紳士」世界内に現存するもの。
下が移動領域のコピーされた物。
地下には天空の真逆の「正義崩壊域」があり、謎の黒い物質による大気汚染で、生き残った翼を持つ人々は「黒影紳士」世界に逃げ、裏社会に潜り込んでいる。


「……黒影……」
「何だ?」
 勲が話が終わり掛かった所で黒影を呼んだ。
「……此方でも継続捜査はしますが、もし光輝さんが其方で生きているのならば、寄子さんを君の力で其方の世界に連れて行って上げられませんか?大して居候の身だから、雀の涙程しか無いが、謝礼もお支払いします。……会わせて上げたいんです。二人を……」
 勲がそんな事を言うので、黒影は正直驚いた。
 冷たい冷酷なだけだった己のもう一つの運命が、村に住む様になり、変わり始めているのに気付いたからだ。
「謝礼は要らない。……過去から頂いても紙幣が変わっているからね。レアな古い紙幣を集める趣味も持ち合わせていない。僕は「真実」を知りたい。其れだけだ。此の事件で協力するのは、現在起き掛けている事件の真相を知る為。其れ以下でも以上でも無い。……正直、此れだけの事件だと知れば、他が正式依頼を僕に出して来る筈なんだ。其方からがっぽり頂くよ。だから、気にするな」
 黒影はそう言って、軽く挨拶を勲と交わし、受話器を景星鳳凰の中に戻り置く。
 再び、黒電話と時夢来一式を持ち、リビングへと戻る。
 景星鳳凰を閉じ、翼を戻すと、鳳を膝に乗せて撫で乍ら珈琲をゆっくり飲んで考えていた。
「……サダノブ、警察のデータから高梨 光輝を探して……後は、FBIの能力者リストに恐らく無いとは思うが、再確認してくれないか」
 黒影は徐に言った。
「あっ……はい」
 サダノブは冷茶を置き、タブレットPCから検索する。
「……崩壊直後から行方不明になり、今は殉職扱いになってますね。かなり大掛かりな捜索があったようですけど、不発。爆発で木っ端微塵で跡形も無く……ですかね?……あれ?」
 サダノブの最後の疑問符に黒影が反応した。
「如何した?」
「偶然かなぁ〜?その捜索に関わった捜査員や関係者が、時差は多少あるけど、退職してます。……肺結核や肺炎を拗らせて亡くなってる。風邪だと思って咳を放っておいたら肺炎だった……何て事もありますからね。其れにしても多い……。気候の差とかですかねー?俺も遠出の調査は気を付けないと」
 と、サダノブは言うではないか。
「はぁ?また頓珍漢な事を。やっぱりサダノブと言うべきか……。良く見せろ!」
 黒影はサダノブのタブレットを早く見せる様にと、テーブルを人差し指の爪でコツコツとせっついた。
「何が「気を付けないと」〜だ!偶然が重なれば必然だと何時も言っているじゃないか。原因があったんだよ!ただの爆発では無かった。其れだけは明白だ。……片っ端から此の死亡者を当たるか……否……遠回りより近道の線一本あれば良い……。一先ず、勲さんが調べているんだ。何れ此方は解明する。僕が寄子さんを此の時代へ戻すのも、容易に出来るし急務では無い。……此れは……そうか!建築する土地問題云々の闘いでは無かった。明らかなウイルスか菌による大掛かりな実験テロだったんだ!元はただの村……交通も不便な此の片境地に開発等したところで利益等無い!僕だって想定できる。何らかの公共交通機関が増える予定も無かった。頓挫したと言う話も聞いていない。殺されたんだよ……殺した建築会社も使われて殺された。大掛かりな何かが裏で動いている。現在の鑑識や科学捜査で解明出来ると良いのだが……。其の関係者でもあり、中心人物に高梨 光輝は接触していたに違いない。もし、彼が時を止める能力者ではれば、総てが可能だ。能力者が二人いたと仮定すれば……一瞬で爆発と共に、現場にいた者達を壊滅可能だ。一人は時間を止め……一人は……相当攻撃的な能力と推定出来るな。こんな事件と現在の事件に繋がりがあるとは……。行くぞ、サダノブ!風柳さんに加勢する!」
 黒影は何時もの様に、考えを口にして並べたかと思うと、ハッとして椅子から勢い良く立ち上がる。
 何か頭の中で繋がったらしい。
「サーダーイーツにご注文だ。今日は甘水を多めにデリバリー頼むよ」
 と、言い残し黒影は2階へ駆け上がり、恐らく調査鞄を取りに行ったのだろう。
 白雪は無言でコート掛けからロングコートと帽子を取る。
 サダノブは、
「本当に行形なんだからっ!……穂さん、行って来ますね」
 と、穂に微笑むと見知った風柳邸の特別な甘水用のウォーターサーバーから、ペットボトルに水を移し替えた。
「たーくさん頑張って稼いで来て下さいね♪」
 と、穂はにっこりして答える。
「……あっ、えっ、はい。頑張ります!」
 サダノブはスニーカーを慌てて履き乍ら言う。
 黒影は帽子を被ると、コート掛けにコートが無い事に気付き、軽く後ろに両腕を開いた。
「……いってらっしゃい。二人共元気で戻ってくるのよ」
 白雪は、サダノブにも聞こえる様に、何時も言っていた言葉を掛ける。
「勿論だよ。……行って来ます」
 黒影は車のキーを取り、キーホルダーのリングをくるくると片手の指で回し微笑んだ。

 白雪と穂は二人を見送った後、またリビングに戻りのんびりと話す。
 穂はストレートの紅茶を飲んで言った。
「……私は未だ怖いです。……だから素直に、「元気で」なんて言えません。言葉にしてしまえば、元気じゃなかった時を想像してしまいます」
 と、そんな事を気に掛けていたらしい。
 白雪はロイヤルミルクティーを置くと、
「……それは、瀕死で帰ってくるかも〜?って思うからかしらん?私は……瀕死でも生きて帰ってくれれば其れで良いわ。私の目の届かない所で死に掛けているなんて、許せないもの。黒影だって、そんな事分かってるわ。大丈夫よ…黒影独りなら難しい事も、サダノブが可能にしてくれてる……。感謝しているのよ。本当は居るだけで良いの、サダノブは。黒影にとって必要だったのは、孤独に闘い……感情を忘れていくのが怖かった。其れを止めてくれる存在よ。……ずっと探していたんだと思う。自分を守ってくれる安心を。……一緒に現場入りしていたから分かるわ。……其れとも、もしかして……」
 白雪は穂の顔を覗き込み様子を窺う。
「えっ!?……ちっ、違いますよ!もっ、もしもの話しで……」
 と、穂は子供の事を白雪は気にしたのだと、顔を真っ赤にする。
「……ふふっ……。何方にしても安心よ。だって、黒影には鸞がいるもの。だから、未だ死ねないと匍匐前進してでも帰って来るわよ。サダノブと穂さんにもし子供が出来たら、尚更よ」
 と、白雪は言って微笑む。穂はふと、黒影の一人息子の鸞を気にした。
「……そう言えば……鸞さんって、大学を卒業したら如何するんです?」
 と。白雪は二人しかいないのに、穂に小声で内緒話をする様に、耳に手を当てこう言ったのだ。
「……黒影には未だ内緒よ。実は……」
 白雪がある職業を言った。
「えっ!?本当ですか!……てっきり探偵に成るとばっかり……」
 と、穂は驚きを隠せない。
 だって全ての事件が辿り着く場所なのだから。
 実はフランスでフランス語を専攻していたと思いきや、確かにフランス語も黒影にバレない為に猛勉強したが、実は法律を専攻していたのだ。
 国際資格を取り帰って来た。ある一つの目標を持って、鸞は裁判官になる為、研修中である。
 白雪には言っていたが、黒影にきちんと成れたその日迄……如何しても隠しておきたかったのだ。
 其の目標とは……サダノブの父親……佐田 明仁(さだ あきひと)の減刑である。
 だから……其の日迄は、黒影には内緒なのである。
「将来が楽しみですね……」
 と、穂は白雪に言った。
「裁判官って研修長いのよ。本当に成れるかしらん?黒影にも言えないし、穂さんに話して少しホッとしたわ。」
 白雪は安堵の笑みを溢し、カップに口を付ける。
「不安がっても……勝手に時は、動いて行ってしまうんですね……」
「そうねぇ……」

 今日の此の長閑な時に、二人は微笑み合う。
 愛する人の心配は口には出来ない。
 けれど、口にしなくても分かる。
 そして此の何気ない平和な日常を、悲しみや苦しみに変えない為に、黒影は今日も走る。
 其の姿を必死で追い掛けるだろうサダノブの姿が、二人の脳裏に浮かんだ。
 ――――――――――――
 雪柳

誰にも媚びず
気取らない君は
何時も自由に咲いていた

ふわりとそよぐ優しさ
嫋やかな仕草は
物憂げで
愛おしい

染井吉野が咲く頃
見上げる面々にも
嫉妬せず

仄かに景色に色を添えるだけ

そんな君だから
僕はそんな君が好きなんだ

一番じゃなくて良い
自分は大切
気紛れな憂鬱
揺れる鼓動
 ――――――――――――

「またド派手な登場だな」
 風柳は黒影の真っ黒なスポーツカーが、タイヤから砂埃を巻き上げ半回転寸前で勢い良く止まったのを見て、額に手を置きそう言うと、ぽっかーんと空いた口も塞がらないまま車へ向かう。
 犯人も逃げそうな豪快なエンジン音が止まり、帽子を被り……整え乍ら黒影が出て来た。
「如何ですか、風柳さん。重機らしい物は見付かりましたか?此処から一時撤収しなくてはなりません」
 降りてくるなり黒影が言うのだ。
「何でだ?事件を前に尻尾巻いて逃げろと言うのか?」
 勿論、風柳はそう聞く。
「何らかの科学物質をばら撒く可能性が高いんです。先程、正式にFBIからも依頼されました。此の件に関しては、僕が指揮させてもらいます。……被害者を最小限にしたい。風柳さん…能力者犯罪対策課のみ……詰まり、僕等の能力を既に知っている者だけで、対応しなくてはなりません」
 と、黒影が言うではないか。
 風柳は突然の変更に目を丸くした。
「そんな事を急に言っても、本部からは何も……」
 風柳は如何したものかと困惑する。
「既にFBIから撤収要請が出ています!無線で確認してもらっても構いませんが、身の安全が先です!一時此の場から離れましょう!」
 と、黒影は風柳を急くのだ。
「分かった、分かったよ。何時もFBIは予定を狂わしてくれる!話は後で聞く」
 風柳は悔しそうな顔をしたが、致し方あるまいと撤収の段取りに入った。

「……で、化学物質をばら撒くって、如何言う事だ?未だ重機も見当たらない。何も見えていないのに、こんな僅かな人数では助かるもんも、助からないぞ?」
 と、風柳は忠告するのだ。
「此の正義崩壊域を昔に崩壊に導いたのは、唯の爆発なんかでは無いんです。ウイルスか細菌に近しい物質をばら撒いた……所謂実験テロですよ。当時、調査していた警察関係者が肺炎や肺結核で亡くなっています。詰まり……崩壊当初、あの爆発により化学反応を意図的に起こし、呼吸器系統に害を与える何かを産み出したと想定出来ます。……其れでですよ……此処からが問題です。正義崩壊域の崩壊時、一人だけ遺体が見付かりませんでした。当時の捜査でも十分爆発で木っ端微塵になっても残留物を見付けられた筈なのに、忽然と消えた。幽霊でもなければ消えはしない。……答えはただ一つ。其の高梨 光輝が首謀者の一人だったからに他ならない。更に……此の呼吸器を破壊する何らかの物質……僕は此の地で気付きました。黒い砂鉄の様な細かい粒子の結晶……。小さな移動世界「領域」の方の正義崩壊域の更に地下都市に降った死の灰と、同一の物ではないか。此の実際に廃墟となった「正義崩壊域」をモデルにして、「移動領域の正義崩壊域世界」が創世された。……失敗したんです。神が……。「黒影紳士世界」に此の地に起きた文明を進めるものと、相反する文明を止めようとするもの……詰まり、建築業者のリゾート化と村の対立により崩壊を辿った教訓として残す筈が……違ったのです。元々神の見解が。だから知らずに……あの黒い灰までコピーしてしまった。創世神が知らなかった事実が紛れ込んだ此の「正義崩壊域」が暴走するのは必然だったんですよ!恐らく被害者として殺されるのは、高梨 光輝……。殺そうとしているのは、高梨 光輝が時を止めた間に残った村人を爆発の時間内で殺めた人物。……きっと、過去と同じ惨劇を起こそうとしているんです。「真実の絵」が僕を拒んだのは……此の場所を示せば、僕も巻き込まれて死ぬからです!」
 黒影はそう言って気の影から、殺害現場になるであろう正義崩壊域オリジナルの中心部の交差点を見詰めた。
 忘れられた地には小鳥の囀りだけ。
 足元を見れば、雪柳の花が揺れている。
 残酷な時を忘れ……また新たに息吹出した此の地に……再び悪夢が蘇ろうとしているのか?
 地下都市で起きた……あの死の灰の元凶は、現代もあったのだ。
 まるで、本当の教訓は此方だと牙を向く様に……。
 黒影の瞳が赤くなる。……神すら見誤った真実の本当が知りたい。
 知ったと同時に死ぬかも知れない。
 けれど……知らずに死ぬよりは、知って死んだ方が幾分かマシだ。
「其れじゃあ……全員撤退するべきだ!黒影、お前もだ。「真実の絵」が拒む程だ、危険過ぎる!幾ら此の現場の指揮が黒影でも、俺は納得しない!……勲!」
 風柳は黒影を本名で呼ぶ程取り乱し、説得している。
「……嫌だ。……幾ら風柳さんが言っても、僕は「真実」を探します。……もう、あの頃の僕じゃない!……探偵なんです。真実を前に掴もうとしない探偵等いない!僕は独りでも此処にいます!」
 黒影は兄の風柳の話しですら聞く耳を持たない。
「……黒影が其処迄言うのなら、勝機があるんだな?……今は黒影も立派な一人の父親だ。自分の命の大切さぐらい分かっていると信じている。……ただな……一つだけ言わせてくれ。あの「真実の絵」は、勲の父さんと母さんが残した物なんだぞ?……父さんと母さんは、お前に超えられるものでは無いと言ったんだ。……ただの過保護で済ませるか、誤った反抗期で命を無駄にするか……もう、自分で決めなさい」
 と、諭す様に風柳は黒影に薄い声で言った。
「……それならば……僕は何時迄も反抗期でいますよ」
 黒影はそんな事を言う。
「……勲……」
 風柳は死に急いでいる様な黒影の答えに、悲しそうに名を呼んだ。
「……勲じゃありません。現場では「黒影」です。勝機も無く言っている訳じゃあ無いです。……風柳さんが、僕にはいる。「真実の絵」の僕の母は知らない。腹違いの時次兄さんと、こうして同じ事件と向き合っている事を。だから迷いません……僕は。……風柳さん、麒麟の浄化は得体も知れぬ小さな生物にも効きますかね?」
 と、黒影が言うでは無いか。
「浄化がか?」
 風柳はまさか自分を頼りに黒影が作戦を練っていたとは知らず、軽く驚いて聞いた。
「ええ……恐らく。村へ以前行った時、共通する不自然な物を見ました。あえて触れなかったのは、其れが此の村にとって、常識的にある習慣か、宗教の類いだと思ったからです。……黒いあの死の灰を思い出した時、村人達が腕にする数珠の様なブレスレットを思い出したのですよ。……あれは、やや透明度もあった。恐らく、黒水晶です。この辺りで取れたのでは無いでしょうか?爆発により、大量の黒水晶と何かが融合して新しい物質を生み出してしまったのではないかと思うのです。もし、犯人が昔の惨劇を繰り返そうとしても、黒水晶とだけ融合を阻止すれば、問題ない。但し、黒田一族とサダノブの力は能力者犯罪対策課の者しか知らない。だから、此の少人数でやるしかないんです!」
 と、黒影は風柳に考えを伝えた。
「勲君が言うなら……ねぇ」
「……そうね。間違い無いわよ」
 と、其れを聞いていた能力者犯罪対策課の年配の女性達が納得する。
 基本的に能力者犯罪対策課の女性は若い頃から黒影を知っているので息子の様に甘やかす癖がある。
「……もし、黒影の推測が間違っていたら、皆んな巻き込んで死ぬかも知れないんだぞ?」
 風柳は女達に呆れて言った。
「このまま刑事で独身なぐらいなら、勲君(黒影だが、昔しか親しいので本名で呼ばれる)と心中した方が……素敵〜♪」
 と、二人は黒影の両肘に獅み付く始末だ。
「相変わらず……もう良い、さっさと配置に着くぞ!」
 風柳は何を言っても勝てそうもないと諦め、そう言い放つ。
黒影は足元の雪柳を再び見詰めた。

 ……違うんだ。本当は。
 反抗期なんかじゃ無い。
 守ろうとしてくれて感謝してるよ、父さん、母さん。
 ……だから、そんなに心配しなくて良いです。
 帰ったら二人に伝えたい言葉がある。

 ……今は、沢山の人に守られている……
 だから、大丈夫ですよ……

 二人だけじゃない……幸せ者だから
 全員無事で……この殺人を阻止してみせる!

 黒影の目の前に異変が現れた。
 時は……予知夢の流れを刻み始めたのだ。



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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。