見出し画像

「黒影紳士kk」season4-6幕〜君に贈る花束💐〜 蒼と赤、炎の旋律編【真実の終幕】🎩第二章 君に贈る恐怖


――第二章 君に贈る恐怖――

「後は浮力と爆風か。爆風の君……随分下でやらかしてくれたみたいだな。何人巻き込んだ!」
 黒影はやっと怒りに満ちた表情に変わった。
「折角この僕が手を掛けてやった価値を0にしようとした。お前らの罪が?殺人が?そんな誰でも責めて散々これから浴びせられるであろう言葉をわざわざ言いに此処に来たのではない。
 僕がこの講義で一番言いたいのはなっ、やるならスマートにやれ!人様の手を、特に僕の手を煩わせるなっ!無駄ばっかり……仕事は醜い、散らかし放題……餓鬼の子虫の殺しと変わらないんだよっ!分かるか?あゝ……全部嫌いだ!お前の全部がっ!殺したいぐらい大っ嫌いだっ!」
 と、黒影が最高潮にヤキモキして、本気で殺し兼ねない程だ。
「お前、やっべーよっ!謝れっ!先輩、スマートじゃないのも、散らかし放題も、仕事が雑なのも我慢出来ないんだよ。ストレスだ!殺し云々の前にヤバ過ぎるぞっ!」
 と、サダノブは謝るように言うのだが、会話を禁じられ生きてきた爆風使いは、呆然としている。
「あーっ、もう!何で殺し屋助けるハメになるんだよぉぉー!!」
 サダノブは自分でもあり得ないと思いながら、このままでは夢探偵社の鉄則を社長自ら超えてしまいそうで、野犬に姿を変えると、爆風男を背に必死で走った。
「さぁー!だぁー!のぉー!ぶー!……だぁれの、味方してやがる!……クロセルっ!あの2人を取っ捕まえろ!」
と、周りも見えない程、ストレスで怒り狂った黒影が、事もあろうかクロセルに命令してしまった。
「主、おはよう御座います。楽しそうですね。しかし、サダノブに我は召喚されたので、斬る訳にはいきません。捕まえればいいのですね?」
 と、クロセルは命令を確認した。
「ああ、それでいい。本気の鬼ごっこで遊ぶがいい。水の使用は継続30秒まで。……殺さなきゃ何でもいい。……二人共なっ!」
 と、黒影はニヤッとサダノブに笑った。
「うっそでしょー!!八つ当たり、蒼目ん時、半端ねぇー!」
 と、サダノブは恐怖に怯えて走りまくる。
 クロセルの羽根のスピードが格段に早く、床に影を落とす。
「さぁーだぁーのぉーぶ……あーそぼ♪」
 クロセルの床に映る影から手が何本も生えて、足を掴もうとする。
「お前、降りろよっ!もう無理っ!爆弾使えって!」
 と、サダノブは爆弾男に言った。
「サダノブ……主、裏切る……赦さないっ!」
 クロセルがその言葉に、何にも溶けないと言う氷の剣を手にした。
「ちがっ!違うって!先輩を殺人鬼にしないようにしてるだけだって!締まって、危ない……それ。ねっ、唯の鬼ごっこだったよぉー。殺し、ダメでしょー。」
 と、サダノブは顔を引き攣らせながらクロセルを説得している。
「サダノブはどっちの味方な訳?」
 黒影の形をした影が仁王立ちしてサダノブの前に現れる。
「勿論、先輩っす。」
 と、にっこりフリーズした笑顔で答えた。
「ふぅーん……一瞬裏切った今日の事は、一生覚えておいてやる。」
 そう黒影が言った時に、爆風男が爆弾を黒影に両手いっぱいに持ち投げつけた。黒影は避けもせず、野球のボールの流れを見るように、冷静に飛んだ爆弾を凝視する。
「一番後方に戻る軌道はこれ!……そして、僕はお前を赦さないっ!」
 黒影は一瞬にして反動を使い、安全な後方へ爆風が飛ぶ爆弾の軌道を読み、その爆弾が戻る軌道に、他の爆弾を影の壁で飛ばし返した。
 やはり爆弾男は爆風で距離を測ろうと、軌道に乗りまんまと策に溺れて爆発に巻き込まれる。
「……嘘だろう?……おぃ、お前大丈夫かっ!?」
 サダノブが吹き飛んだ爆風男に駆け寄った。息はしているが、ぐったりして動けない様だ。
「何だよ、生きてるだろう。」
 黒影はそう冷たく言うと、振り返り残り一人……浮力使いの女の元へその靴音を響かせ歩いて行く。
「……先輩?」
 サダノブが呼ぶと、黒影はゆっくり振り向く。
 その目に地獄の蒼い炎が揺らいで……何処までも深く呑み込む、海の底まで続いているんじゃないかと思えた程だ。
「先輩っ!やり過ぎですよっ!」
 サダノブが黒影に叫んだ。
「やり過ぎ?足りないな。一人10回死ぬ苦しみを味わうところを、一回も……そう、一回も殺してやらないなんて。せめて、死ぬ程の恐怖ぐらい、くれてやっても良いじゃないか。僕は正義でも神でもない。ならば、何だ?……せめての「恐怖」……「幻影の黒影」で構わない。
 忘れるな。……このフィールドに立っているのは僕らではない!被害者と被害者遺族の無念だっ!此処で闘う事も、理性を失い復讐する事も出来ず……だから、その代わりに僕は此処にいるだけだ!決して赦してはならない……同情してはならない。それもまた、平等だ。」
 ……それが……その瞳に地獄の炎を激らせた理由……。
 ……何だ?この真っ黒な……深い……漆黒の正義は。
 サダノブには理解出来なかった。あんなに同じ時間を共にいても、今……目の前にいる黒影は真逆なのに真っ直ぐで、違うと言いたくても、違くは無いのだから。
「殺されないお前はラッキーだな。ただのラッキーかアンラッキーの一瞬で、終わりが決まるなんて……勝手過ぎるよなあっ!」
 黒影は、漆黒のコートを広げ高く舞い上がる。
 頂点で片手を振り上げ、その腕に大きな影の幕を絡ませて、蜂鳥の様に浮力使いに挑み突っ込む。
 浮力使いがフワッと浮き、逃げようとした瞬間、
「遅いっ!!」
 黒影はそう怒鳴り、腕の幕状にした影を投げつけた。
 此れが唯の薄っぺらい紙の様な物ならば、間に合う筈はないのだ。しかし、「幻影の黒影」の影は違う。
 高速の鉛の様な速度で落下するのだ。
 それは浮力使いの上に落ちると、生き物の様に丸め込み転がって壁を割り止まる。
 一瞬過ぎて、黒影がまるでふんわりと落ちてきた様な錯覚さえ覚えた。
 浮力使いの女は肋に損傷を受けたのか、咳き込み鮮血を床に広げる。
「たった一瞬のアンラッキーだが、お前は生きている。」
 黒影はそう、その女に言うとサダノブに振り返り、にっこり笑い、
「授業は以上だ。後始末が面倒になった。風柳さんにお願いしよう。」
 と、無邪気に言うのだ。
 ……圧倒的に、鳳凰など要らない程強い影。なのに何故……黒影は影より鳳凰を選ぼうとしたのだろう……。
 そして、何故……今、再び影を必要とするのだろう。
 それは「必要悪」と同じ「必要」な何かの為なのだろうか。
 サダノブにも、誰にもまだ分からない。

 ……君が戦おうとしている……ソイツが誰か。
 ――――――――――――――――――――――

「あのぉ……。」
 サダノブが気不味そうに緑茶を飲みながら黒影に話し掛ける。
「ん?」
 ……何時もと変わらない黒影の優しい返事。
「事件と別人って言うか……何と言うか……。」
 と、サダノブは躊躇いがちに言った。
「……ああ、殺しそうでも殺さないから気にするな。……それとも……僕が怖くなったか?」
 と、黒影は珈琲を飲みながら目を薄めて聞いた。
「……八つ当たりは、マジで怖いけど……言ってる事も分かるし……。じゃあ、何時も瀕死寸前で良いかって言ったら、職権とコネ乱用な気もして……。」
 と、サダノブはぶつぶつ言う。
「嫌なんだろ……きっと。誰もがそう思う。だが、誰かがやらなきゃいけない。それに気付いてしまったから、僕はあれで良いと思っていたよ。」
 と、黒影は話す。
「……先輩、何で変わろうとしたんですか?」
 と、サダノブが聞く。
「……人並みの幸せになりたかっただけだよ。サダノブに会った時、何でか自分に似ている気がした。コイツをなんとかしてやろうと思った時、嗚呼なんとかしてやりたいのは放って置いた自分の事だと気付かされた。」
 と、黒影は微笑んだ。
 ……今は……笑える……って、そう言う事か。
「その蒼い目でも、今は笑えるんですね。」
「……ああ。」
 ……それなら、まだ分からなくても、きっと大丈夫に成るんですよね?
 ――――――――――――――――

「あーもう嫌だっ!サダノブ、山田 太郎(悪魔)呼んで!急ぎっ!」
 痺れを切らして黒影が嘆く様に言った。
「えー、また掃除大変ですよぉー」
 サダノブは悪魔の登場を気にして嫌な顔をした。
「良いからっ!」
 黒影は日々募った苛立ちを抑えきれないらしい。
 サダノブは溜め息を吐いて、大図書館に連絡を入れる。
「直ぐ、来るそうですよー。」
 と、サダノブが言い終えた瞬間に、真っ赤な薔薇の花弁が夢探偵事務所いっぱいに舞い上がる。
「来たっ!」
 何時もは、この登場を嫌がる黒影もご機嫌で悪魔を迎えた。
「何だ、黒影。事務仕事か?」
 と、悪魔は黒影に聞いた。
「今日は間に合ってる。それより、これだよ!これっ!」
 と、黒影は畳んでいた羽根を広げて見せた。
「ああ……鳳凰だったな、黒影は。それがどうかしたのか?」
 と、悪魔は不思議そうに聞く。
「どうしたもなんの、これくっ付いてるんだよ、昔と違って!山田 太郎は翼、どうしているんだ?服に切り込み入れて縫い直したけど寒いし、風呂で背中は洗い辛いし、苛々して仕事にならないよっ!」
 と、黒影が言うと、悪魔はケトケト笑う。
「何で具現化したままなんだ、黒影。天使だって悪魔だって消せるのにっ。」
 と、馬鹿にするので黒影は少しムッとした顔をしている。
「鳳が体内に入っていても消せるのか?」
 と、このストレスが解消するならと、黒影は仕方無く聞いた。
「ああ、鳳が何処にいてもだ。鳳凰陣が出ている……よくそれで、気が付かないな。……疲れてるだろう?封陣すれば良い。」
 と、悪魔は何も無い黒影の足元を、細く白い長い爪の指で差して言うのだ。
「えっ?……何処に?……サダノブ、見えるか?」
 と、聞くとサダノブは顔を横に振り、
「ぜーんぜん。」
 と、答える。
 悪魔は何か考えて、指先をピアノでも撫でる様な仕草で、流麗に黒影の顔の横で動かすと、蒼く澄んだ瞳をジッと見た。
「……はあ、邪気で見えないだけだ。その目は、我々に似ている。赤い炎でなくては見えないのだよ、鳳凰陣は。」
 と、悪魔は少しがっかりして言う。
「……何だよ、その顔は。……僕には陰陽の両方が必要なんだ。今はバランスを取ろうと必死なのっ!」
 と、黒影は説明をした。
「……成る程なぁ……。邪に染まり過ぎるなよ、黒影。正義と悪と同じ、人は簡単に悪に転がり、正義はガラスの様に美しいのに脆い。……そうだ、十方位鳳連斬(じゅっぽういほうれんざん)の中で聖なる炎を宿す技を、前に私に食らわせたじゃないか。それで、邪気が消え、赤い炎に戻るやも知れん。私が指先一つ鳴らせば、その目を切り替えられるがいつでもいる訳じゃない。やってみると良い。」
 と、悪魔は助言した。
「あゝ、そうか……。光炎斬(こうえんざん)の事だな。ストレスは溜まっているが、疲れはそうでも無い。見えていないが、外円陣まで出していないだろう。鳳凰陣でやってみるか。……鳳凰陣光炎斬(ほうおうじんこうえんざん)、解陣!(かいじん)」
 と、見えない足元に手を伸ばし、黒影は略経を唱えた。
「……んっ!?……目が……見えない……。」
 黒影は、眩し過ぎる光に目を閉じ、腕で隠した。
「……それは地獄の炎がそう感じるだけだ。直ぐに慣れる。」
 と、悪魔は大丈夫だと教える。
「……先輩?……大丈夫ですか?」
 サダノブも少し心配して、固唾を飲んで見守る。黒影は瞼を何度か薄く開いたり閉じたりして、光に慣らしているようだ。
「――見えてきた――。鳳凰陣も見える……。」
 黒影が足元を見ると、そこには幻炎の鳳凰陣が光を浴びて、鳳凰の形に浮き上がって揺れている。
「あっ、本当にあった!」
 サダノブにもやっと見えたようだった。
「先輩っ!やったーっ!目が赤いっ!」
 と、サダノブは思わず喜んだ。
 黒影はサダノブをジローッと睨み、
「ほら見ろ、蒼目の僕が結局怖いんだ。僕の過去に謝れっ!」
 と、黒影はプイッと横を向いて拗ねるのだが、それも見慣れた安心感だとサダノブは思った。
「全鳳凰陣、封陣(ふうじん)!」
 と、黒影が唱えると陣は消えたが、黒影の目には赤い炎が揺らいでいる。
「この目が「真実」の目だったらなぁー。」
 と、黒影は溜め息交じりに言った。「真実の目」は「真実」に触れた時、最も赤く黒影にその存在を知らせるからだ。
「何だと、黒影!あの「真実の目」を失ったのかっ!?神から授かった高級品だぞ!あゝ、まだ相談所をしていたならば、失われる前に良い魂と幾らでも交換出来たものを!」
 と、悪魔は嘆いた。
「魂なんか一つで十分さ。それに、鳳みたいにどうせいつか戻るよ。……そうだ!それより、「フルフレックス」って知ってるぅ?」
 と、黒影は悪魔に笑いながら聞いた。
「「フルフレックス」……何だ?それは。」
 と、勿論悪魔は聞いた。
「いつでも好きな時間に自宅で仕事が出来る職業形態の事さっ!我が社も導入しよう!手始めに、山田 太郎に委託してる事務書類から。……大図書館に世界を創る者が来ても、後回しにしたり、暇なら先に仕上げて貰えば良い。……それにさぁ、前々から思っていたんだけど、そろそろ魔界にもwifi飛ばしません?今時手書きで世界作りなんて古いよ。」
 と、黒影は提案する。
「wifi……フルフレックス?」
 と、悪魔は想像がつかないようだ。
「ほら、探偵社にあるこの機器とパソコンがあれば良い。
無線LAN(Local Area Network)限られた範囲の通信機器を繋ぐんだけど、悪魔ならどーんと、繋げられるよね?」
 と、黒影はにっこにこで悪魔に聞いている。
 悪魔は機器に手を翳し、仕組みを覚えて記録しているようだ。
「……出来なくもないな。これはそんなに便利なものか?」
 と、悪魔が聞くので、
「ああ、今や事務には欠かせないよ。そのまま大図書館に作ってねー。はい、説明書。新しい事も覚えないと……案外、生きているだけで人生は忙しいだろう?」
 と、人生を退屈だと嘆いていた悪魔に言って笑った。
「時間だけはある。たまにはいいかもな。」
 そう言って悪魔はまたマントを翻し、バッと巻く瞬間にも薔薇の花弁をこれでもかとばら撒いて消えて行った。
「……あーあー、また花弁だらけ。……まっ、でもフルフレックスなら当分、掃除は無用になる。」
 と、黒影はご機嫌そうに、無造作紳士(ジェーン・バーキン)を鼻歌で歌い事務所を片付けていく。
 翼も消えて、背中も軽い……悩み相談の相手は相談所を辞めて、今は大図書館を管理する不思議な事務臨時アルバイト。
教え教われ選び悩むから……人生は時々面白い。
 ――――――――――――――――――――――――――
神より遠く……気高い者。「真実の墓」を当然の様に破壊出来、神も聖域を守る者達さえ黙らせる者。道化と悪魔のようで自我すら歪む者。
 ……何となく分かって来た。敵では無い。だが、必要とあらば、僕から全てを奪うだろう。
 いつだったか僕はバーで、チェスの色んな駒を例え話した。
 あの時、ビショップの話は無かったが、ちょこまか司令され動くアイツはサダノブに違いない。
 僕が玉座に置いた者……それがもし答えならば、僕は君を憎まず、心から愛そう。時に優しい愛と、時に憎愛で。
 筆に迷いが生じたのは僕の所為だ。アイツを必要悪にしてしまったのが僕ならば、アイツを元に戻す者は、僕以外存在しない。
 ……「黒影紳士」の真実は……僕が見付けなくてはならない。

「サダノブ、目が赤いとホッとするのか?」
 黒影はボソッと聞いた。
「まあ、馬鹿呼ばわりは増えますけど、基本優しいですからね。」
 と、サダノブは緑茶を飲み、事務休憩中だ。
「そうか。目の色が違うだけだとは思って貰えないよな。」
 黒影は庭を眺めながら、珈琲を片手にサダノブに背中を向ける。
「やっぱり、目の色が違うだけ……そう思うべきだ。まだ強過ぎて、分からない事が多いからそう思えないだけで、先輩を守護して行くには気にしてられない。」
 と、サダノブは答えた。
「何だよ、珍しく真面目な答えだ。クロセルでも目覚め始めたか?」
 と、黒影は笑顔で振り向きサダノブを見たが、大真面目に答えただけだった。それは深刻そうな目で。……黒影は何も考えていなかったが、守護する立場からしたら大問題だったかも知れない。
「……天の邪鬼なんだよ。」
 黒影は座り珈琲を口にする。
「天の邪鬼?」
 サダノブが聞いた。
「あゝ、そうさ。本当はお前を信じているし、誰よりも自分の醜さも知っていた。だから、クロセルにお前を追っ掛けさせたんだよ。「目に見えるモノしか信じない」それは今も昔も変わらない。何があっても、例え一瞬でもお前が裏切った事……忘れないんじゃない。忘れられないと分かって言ったんだ。……どんな状況であろうと裏切らないものが欲しかったんだろうな。
 だから、あの時のお前は失格だ。
 信じるに値しないその他大勢になってしまった。
 一度、一瞬で崩れてしまったその信頼を、取り戻すか恐怖に逃げるかは、お前次第だ。……僕はそれでも、犯人を殺した事は無い。それを赦せるか赦せないかはサダノブ次第だ。
 僕は……自分の事だからか、昔の自分がいても不思議と気にならない。
 さっき、お前は今の僕を基本的に優しいと言ったが、それは表面上の話だ。未だに犯人が憎い……本当は殺したい程。
 時々蒼い目がやる残酷なやり口が羨ましい。今の僕は「最善の終わり方」を考えて、逃げている。……お前も、僕も逃げている。……だから、「真実」が微笑まない。
 僕には変わらないのだから、出会った時と同じでいて欲しい。ただ、何も理由さえ聞かず信じて欲しい。
 もっと早く出会いたかったと思った。……だから、そうして欲しい。」
 黒影がそんな事を言う。何処となく悲しそうだったのは、裏切られた一瞬を忘れられないからだ。
「難しく考えてたのかなぁー。馬鹿が真面目に考えたところでロクな結論を出さない。……そう、いつだったか先輩に言われたのに。どっちも先輩なら……どっちも信じて護れば良い。単純明快でした。」
 と、サダノブは笑った。
「そうだろう?」
 と、黒影は微笑む。
「それにしても、青影の先輩、つっえーなぁー!何か今の赤影の先輩と、上手く力配分出来たらさいこーなのに。鳳凰陣に青影の先輩乗って増えたら、俺間違いなく一時逃げますね。」
 と、サダノブが馬鹿みたいな事を言う。
「蒼影、赤影って鬼じゃないんだぞ。……それに、ばっかだなぁー。分身の術じゃないんだ。二人なんて出来る訳…………?!……サダノブ……あったよ。」
 黒影は自分の影だけを使い極めた道の未来に、自分そっくりの立体的な影が転がっていたのを思い出した。
 あれは影だ。だから……十方位鳳連斬の陣に連続して何人も並べる事が出来る!
「やり方はまだ分からないが、戦闘時なら蒼目の方が咄嗟の起点が効く。次は戦う前に鳳凰陣を出して切り替えてみよう。」
 と、黒影は少しだけ明るい顔になる。

「くーろーかぁーげっ♪たっだいまー!」
 と、鸞(らん)がにこにこして帰って来た。冬休みに入った鸞は、今朝は毒の調合に使えそうな素材を買ってくると言っていた。洗剤に薬品……その他諸々だ。
「あゝ、お帰り鸞。外、寒かった……ぁあっ!」
 と、黒影は慌てて席を立ち鱗粉を払った。
「何の蝶だ、鸞っ!」
 振り向いた時に蝶の鱗粉を浴びてしまった黒影は、本気で怒っている。
「教えてあーげないっ!」
 その言葉を聞いて黒影はぼんやり眠くなる。
 ……催眠蝶……か?……
 と、脳裏の片隅に思ったが、目まで霞んでよく見えない。
「鸞ちゃん、お帰りなさーい。あら?ダメよ家族に蝶使っちゃ。」
 と、黒影がふらふらしている肩に蝶が乗っているのを見て、白雪は鸞に注意した。
 「大丈夫だよ、軽い自白剤。蒼い目の時の事、少し聞きたかったけど、黒影絶対教えてくれない時あるから。」
 と、鸞は答えた。
「でも、それは黒影のプライバシーでしょう?」
 と、白雪は乗る気は無かったが、
「じゃあ、母さんも聞きたい事、聞けば良いじゃない。」
 と、鸞が言うので、少しならと思ってしまう。
「じゃあ、私も聞いてるわっ。鸞が行き過ぎた質問しないよーに。」
 と、言って黒影の隣の席に座る。
「絶対、興味あるんじゃないんですかー?親ならここは止めるところっ!」
 と、サダノブは白雪に言うのだが、白雪は、
「だってぇ……気になるじゃなぁーい。」
 と、言って鸞に寝返ってしまった。
「……そろそろ効いてきたかなぁー。母さん、何か聞いてみてよ。」
 ふわりふわりとする黒影を見て鸞が言った。
「……ふふっ、私の事、今も好き?」
 と、聞くと、
「うん、大好き。」
 と、皆んないるのに平気で言っている。白雪は満足そうに微笑み、ふらつく黒影が頭を撃たない様に、頭を持って自分に凭れさせた。
「良し、掛かった!……黒影……目が蒼い時、犯人にどんな感情持ってるの?」
 鸞が、サダノブがおっかないと言っていて、更に最近探偵社を手伝わせてくれない理由が、そこにあるんじゃないかと考えていた。
「怒り……憎しみ……悲しみ……虚しい……殺したい……。」
 と、黒影はゆっくり答える。
「殺したいだなんて、ここ数年言わなかったじゃないか。まぁ、殺さないなら良いや。何がそんなに悲しくて虚しいの?」
 と、鸞が聞くと、白雪も少し心配そうに黒影の顔を見る。
「誰もいないから。……気付いたら一人で戦って……静けさしかない。悪党じゃなくても……皆んな怖がり逃げたがってる。避けて見ないフリ……してる。」
 鸞は少し考えた。
「……今は手加減してるの?」
 と、聞くと、
「……うん。」
 と、答えたので、サダノブはあれで手加減だと聞いて、ギョッとする。
「嘘でしょう?クロセル使って追いかけ回して、あれが手加減?!」
 と、思わず口に出すと、黒影は質問と間違えて、
「あれは……ちょっと遊びたかっただけ。仲良くなれるかなって……。」
 と、答えるのだ。
「友達いなかったからって……歪み過ぎ……。」
 サダノブは呆れて頭を掻いた。
「僕が探偵社でまた勉強するには、何がいると思う?」
 鸞は壁時計を気にして、気になっていた事を聞く。
「……修羅……。……僕より強くなった修羅がいる……。」
 と、黒影は迷わず修羅だと言い切る。鸞は少し納得して、
「分かった。……じゃあさ、そんな強さを欲して何と戦おうとしてる?」
 と、鸞は緊張して聞いた。それがきっと蒼い目を再び戻した本当の理由に違いないのだ。
「……多分……「真実」そのもの。」
 その答えにそこにいた皆んなが寒気を感じた筈だ。
 ずっと追いかけて、いつの間にかそれは魅力的な輝く何かと勘違いしていたからだ。いつだって黒影だけは、「真実」には闇も光もあると言い続けていたのに。
 黒影にとっての「必要悪」……それは、他の紛れもないたった一つで大事な「真実」だなんて。
 ……だから、闇が必要だったんだ。「真実」の光を見るために。
「黒影、私ね……お昼は貴方の作るパスタが食べたいの。作ってくれるかしらん?」
 と、白雪は笑顔で話し掛ける。
 何で今?って思ったが、今だからそう聞いたのかも知れない。皆んなが不安にならない様に。
「君が言うなら、勿論だよ。」
 と、黒影は微笑んだ。なんて幸せそうに微笑むのだろう。こんな大きな事実を一人隠して背負っていた黒影は。
「ねぇーえ、私の事好き。」
「うん。大好き。」
「ねぇーえ、私のお洋服の中でどれが一番似合ってる?」
「白い雪の結晶のジャンパードレス。」
「ねぇーえ、好き?」
「うん、好き。」
 と、白雪はずーっと花びら占いで遊ぶ少女のように、黒影に好きと沢山言わせたくて、微笑みながら聞いている。
「後は、私との時間が良いわよねーっ。」
「うん。ずっと、でも良い。」
 と、白雪は黒影を独り占めして、幸せそうだ。
「あーあー、親のラブラブ見たくて作ったんじゃないんだけどぉー。まぁ、聞きたい事聞いたし、後は母さんにお返しします。」
 と、鸞は馬鹿馬鹿しいと呆れて二階に行ってしまう。
「俺、少し聞きたいかも……。」
 と、サダノブが言う。
「少しならいーわよ。」
 と、すっかり、白雪からレンタル制の黒影になっている。
「先輩、本当は俺の事、馬鹿だと思ってないでしょう?」
「馬鹿だと思ってるよ。」
「否……心の深ーい底では思ってませんよね?」
「心の深ーい底から馬鹿だと思っている。」
 と、はっきり馬鹿馬鹿言われてサダノブはがっくりする。
「傷つくなら聞かなきゃいーのに。……ねぇ、黒影……皆んなの事、好き?」
「うん。皆んな笑顔にしてくれるから、好き。」
と、優しく微笑んで答えた。
「ほらねー、サダノブ。こうやって聞くのよ「真実」は。」
 と、白雪は笑った。
 ……そうか、真実は一つだけど、角度を変えて見ると形を変えるんだ。
「蒼い目の先輩、この間のは裏切ったんじゃなくて先輩の力加減が分からなかっただけですよ。俺、裏切らないから……また信じてくれますかね?」
「…………サダノブ次第……かな。」
 そう言って一瞬だけ蒼い瞳を薄く見せ、微かに笑った。
「……仲直り出来た?」
 と、白雪はサダノブに聞いた。
「……多分。上々な方です。」
 と、サダノブはにっこり笑う。
「ああ、危ない……。」
 薬の効果が切れたのか、テーブルにだらんと突っ伏せて頭を打ちそうだったので、白雪が慌ててその間に掌を置いた。
「あーあー、もうちょっと聞きたかったなぁ……。」
 と、白雪は頬杖をして黒影に言うと珈琲を淹れに言った。
 目覚める時には何も無かったように、いつもの幸せな香りと愛に包まれる事だろう。
 ――――――――――――――――――――――――

「……修羅……か。怒りと憎しみを優しさに帰す力が欲しいんだ。きっと……「真実」は真っ直ぐで気高く……強いから。
 他に、黒影がもし怒りと憎しみに我を忘れた時、止められる者はいない。だからはっきり自覚して、直ぐに答えたんだ。……僕に一体……何が出来るだろう。追いつく事も出来ないのに……。黒影以上なんて、気が遠い……。」
 鸞は窓を開けて、いつも黒影がのんびりしている白いベンチを見下ろす。僕が強けりゃ、はっきり言ってくれたんだよな。
 心に世界とやらを持てたなら、少しは強くなるのだろうか?怒りや憎しみが解けるんだ。……優しさはそう、儚い蝶が舞う度に輝かす鱗粉と春の暖かさが運ぶ花弁の風が良い。
 ――そんな夢物語……ある訳ないよな。……


🔸次の↓「黒影紳士kk」season4-6幕 第三章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

この記事が参加している募集

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。