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「黒影紳士」season2-4幕〜花鳥風月〜花の段〜 🎩第五章 光の音

――第五章 光の音――

「じゃあ、始めましょうか」
 鐘崎 光一は、ノックして軽く顔を出すと言った。
「ああ、予定の時間だね。何か動きがあったら知らせて下さい」
 黒影はにっこり笑い、その笑顔を見て安心したのか鐘崎 光一はスッと戻って隣の部屋の社員達に、
「よしっ!始めましょう!」
 そう言った。
 黒影は其々のモニターが見える位置に下がり動向を伺う。トップニュースに政治界の鹿波 蓮司の息子の死の真実が上がる。幸田 凛華の名前がちらほら上がる頃、微かな歪みに黒影は眉を潜めた。
 一人二人と幸田 凛華を擁護するコメントが上がる。あーだこうだ言うのは何時もの事だが、其の日会っていたとかアリバイにも取れる、顔は見えないが同一人物を疑わせる様な画像が上がってきた。
「今のフェイク、本人が消した様に自然に削除して貰えませんか」
 黒影は、鐘崎 光一に言った。
 恐らく幸田 凛華の一味が書いた記事を、意味が分からない文章にする程度で鐘崎 光一は消した。
 ……まただ……まだ、鼠の本体では無い……
 黒影はじっと流れる文字列を見て待っていた。
「……来た……」
 黒影が静かにそう言った直後だった。
 ディスプレイに映る文字列が怒りの如く、物凄い速度で流れて行く。

 隣の部屋では慌ただしく鐘崎 光一が指示を出していた。
「違う!此れは罠だっ!」
 黒影は其の言葉を聞いて、鐘崎 光一に繋ぐ。
「此方がバレています」
 鐘崎 光一は言った。
「分かっています。今流れているアカウント数もIPアドレスも此方で記録しています。此れからDOS攻撃に備えて下さい」
 と、黒影はゆっくり落ち着かせる為に言った。
「然し!此の会社の設備ではっ!」
 鐘崎 光一は言った。黒影は更にゆっくり、
「此処には全セキュリティを網羅する僕と、全ての人に正しい情報に光を当てようとする貴方がいる。……後、一人貴方に並ぶ人が来る。其の人をがっかりさせない様に、今は耐えて下さい。少しで良いのです」
 と、言うのだ。
 連絡を切り、暴走し始めたアクセス数を見て黒影はニヤリと笑った。
「サダノブ、大事にしていたタブレット端末はある未だかね?」
 と、黒影は聞く。
「先輩、今それどころじゃないんじゃ……」
 と、言ったが、
「其れどころなんだよ、急いで次の一手を打つ」
 と、言って手を伸ばしたのでサダノブは素直にタブレット端末を渡す。
 打った言葉は、「影あるところ」だった。
 暫くすると、黒影の真正面のディスプレイの流れる文字列の中に、「光あり」と文字が現れる。
「来た!」
 其の文字とサトラレと言う名前に黒影は思わず言った。
 黒影は居ても立っても居られず部屋を勢い良く出て、
「鐘崎さん!サトラレが来ましたよ!」
 と、知らせた。
「彼奴が?」
 鐘崎 光一は夢でも見たかの様な顔をする。黒影は深く頷いた。
 鐘崎 光一の目の前のディスプレイには、「また遊ぼうぜ」の一言と、膨大な情報を逃す為の道導があった。
「一旦切り離せ、サトラレに送るんだ!」
 此の場にもう一人のバックアップが帰って来た。

「さて、此れだけ役者が揃って鼠なんぞにしてやられたままでいる訳にはいかない。サトラレは此の会社の事を気に掛けていた様だ。妙に熱い部屋だったよ。奥の部屋からは水槽の音では隠し切れないファンの音もね。きっとスーパーコンピュータでも隠し持っていたかの様に。鐘崎さんと守りたい物が在ったのだろうね」
 黒影は鐘崎 光一に言った。そしてまた黒影は当てがれた部屋に戻ると時計を見上げ、
「穂さん、そろそろですか?」
 と、聞いた。穂も時計を見て、
「ええ、そろそろです」
 と、答える。丁度部屋のノックする音が聞こえた。
 振り向くと、スーパーコンピュータとサーバーを、荷台で汗を掻いて運んできた警備員数人と、「たすかーる」の嵯峨野 涼子がいた。
「あら、穂も此処にいたのかい?」
 と、穂を見て言った。
「すみません、早上がりさせてもらったのに」
 と、穂は申し訳なさそうに言ったが、嵯峨野 涼子はサダノブを見て、
「まあ、デートなら仕方が無いねぇ……」
 そう言い乍ら黒影の前に並ぶパソコンを隅から隅迄、ジローっと舐める様に見た。
「如何ですか?」
 黒影は一言、聞いた。
「随分と楽しい遊びをしてるみたいだねぇ、旦那。相手は2倍じゃないよ。3倍。随分と羽振りが良いみたいで機材もねぇ」
 と、教えた。
「助かりますか、此のパソコン」
 黒影が聞く。
「うちに頼んで助からなかった客なんていませんよ」
 そう答えて、真っ赤な口紅を塗った唇の切っ先をにんまりと上げた。
「さて、序でに営業させて貰えますよ」
 そう言うなり着物の袖から一枚のソフトを出した。
「何ですか、此れは?」
 黒影はソフトを見て聞く。
「新作、「AIアカウント突破ー!」です。従来のAIは歪んだアルファベットや数字でアカウントを突破出来なかったんですよ。でもそんな不自由じゃあ可哀想と思いましてねぇ。長さや歪みを教えて、繋いだ点線と空いたスペースで判別出来る様にしたんです。色彩判定にも優れてる。軽くて賢い子達でしょう?」
 と、嬉しそうに説明する。
「うーむ……今、敵側にあると思ったらゾッとしますが」
 と、黒影は思わず苦笑いする。
「……相手は子供だよ黒影の旦那。ゲームに広告を載せてアイテムと交換させる。広告に偏ったニュースを見せ、感想を書くだけで豪華特典が貰えるって寸法さ」
 と、嵯峨野 涼子は言った。
「成る程……確かに良く見ると幼稚なコメントもあるし、何時も政治やニュースに齧り付く人種の書き方じゃ無い。気付けばホント、子供騙しだな」
 黒影は流れる文字列を見て笑った。

「何グズグズしてんだいっ!ゲームの広告主の中に幸田 凛華が隠れてるんだよっ。早く炙り出してやんなっ!」
 社員のいる部屋に行くと、鐘崎 光一に聞こえる様に嵯峨野 涼子は言った。
「黒影の旦那と私はDOSに迎え打つ。セキュリティは此方に任せなっ!」
 と、続けるとカツカツと黒影のいる部屋へ戻った。
「……向こうの動きがゆっくりになった」
 黒影は腕を組んでディスプレイを凝視している。
 ……様子を伺っている……サトラレに警戒したか。
「涼子さん……此方はどのくらい仕掛けられる?」
 涼子は宙で算盤を弾いて計算し、
「10万と5千」
 と答えた。
「何ですか、その中途半端な五千は?」
 黒影が気になって聞くと、
「うちのお客さんがくれた空きアカウント数さね。うちの商品10%割引券と引き換えさ。時間が合えば重いのドスンと打ってくれるって、気前の良いのもいるよ」
 と、嵯峨野 涼子は扇子を広げ自慢気に言った。
「有難う。何時も本当に助かるよ」
 朗らかな笑顔で言うと嵯峨野 涼子は、
「旦那の其の笑顔には弱いんでね。何時も贔屓にして頂いてるお礼ですよ」
 と、微笑み答える。
「用意に要る時間は?」
 黒影の其の問いには、
「15分」
 と、嵯峨野 涼子は答える。
「良し、買いだ」
 と、黒影は笑顔で言った。
「ほら……急ぎのご注文だ。特別お給金出すから穂も手伝っておくれ。彼、彼女ちょいと借りるよ」
 嵯峨野 涼子は穂を手招きして一台のパソコンの前に座らせた。如何やら新作ソフトの使い方を伝授し乍ら作業するらしい。
「ほら、サダノブさんも見た方が良いわよ」
 と、穂はサダノブを呼ぶ。ソフトをインストールしただけでまるでパチンコ玉が落ちる様な速さでアカウントが出来上がった。そしてキーワードを入れる欄が二箇所あり、一つには可、もう一つに否と横に記されている。
「黒影先輩ー!此れ留めておきたい事実と消したい言葉を選べばAIが適当に周りに合わせて文章を引っ張り出してくれるみたいです。何、入れます?」
 と、黒影にサダノブは聞いた。
「鹿波 亨 嵌められた 首謀者 幸田 凛華 ゲーム広告悪用。消すのは 一緒にいた 画像 嘘、取り敢えず其れで」
 と、黒影は答えた。
 ……良い流れだ……。
 黒影は其のゲームの広告に関心を寄せて一般が離れて来たのを見て言った。
 残りが、幸田 凛華の率いる潰し屋だからだ。
 黒影のいる部屋に鐘崎 光一から連絡が入る。
「突き止めました!幸田 凛華……鼠の本体!」
 其の直後だった。数台のパソコンがアクセスエラーを表示した。
「来たっ!涼子さん、DOSだっ!」
 黒影は嵯峨野 涼子に言った。
「DOSなんて甘っちょろいのでうちのセキュリティ破ろうとは良い度胸してんじゃねぇか!此方と、ハジキ持ってんだよぉー!」
 嵯峨野 涼子は腕捲りをすると、鐘崎 光一が炙り出した鼠の本体目掛けて、数倍ものDOSを打ち込んだ。
「もう一息……開けずに使いな……」
 黒影の目の前のディスプレイに文字が浮かんだ。
 ……サトラレ……
 黒影は、直ぐに其れが日向 諭の物だと気付いた。
「鐘崎さん!急いで此方へ!」
 黒影は直ぐに鐘崎 光一を呼んだ。
「此れは、貴方なら分かる筈だ」
 そう言って。
「ああ、今だ。正に今此れが欲しいと思っていた。開けずに送るんだ。ファイル名と表示を変えて。此のウイルスのバックドアが仕掛けてあるデータ毎、DOSを送ろうと慌てている相手に触れさせるんだ。解き放たれた瞬間に相手の手の内の同じ回線と、同期させている全てのパソコンを完全にフリーズさせる。彼奴らしいやり方だ」
 鐘崎 光一の目は子供の様に輝いていた。きっと、二人で闘った昔の事を思い出しているのだろう。
「証拠も無くなれば、奴等の物を押収出来なくなるぞ」
 風柳は何が起きているのか分からず黙って見守っていたが、流石に其れを聞いて言った。
「大丈夫ですよ、風柳さん。サトラレは必ず此処に戻る。そして彼の作ったウイルスならば彼がワクチンを持っている」
 黒影はそう言った。
 ――――――
 暫くしてサンズコア社内は静けさを取り戻した。
 事件の記事はまた何時もの様にあーだこうだと言われも、乍らも真実は其のまま平和に流れている。
「……正しい流れとは気持ちの良い物だな」
 相変わらずの景色を見乍ら黒影は言った。
 鐘崎 光一は嵯峨野 涼子からソフトを買わされている。
「お疲れさーん」
 ペットボトルのお茶を二つ持った日向 諭が顔を出して、鐘崎 光一にお茶を一本譲る。
「未だ未だだなあー」
 日向 諭は言った。
「ああ、未だ未だ此の会社はお前が必要みたいだ」
 と、悔しそうだが笑って鐘崎 光一は言う。

 黒影は昔聞いた事がある。もう一つの世界で名を馳せた二つの光の話し。未だハッキングが黒い世界の物でしか無かった頃、其奴等は現れ、目に余る物だけを其の光で照らし消し去ったと言う。彼らは時々こんな呼ばれ方をした。「サンズ」と。

 ――――
「……では行きましょうか」
 鹿波 紫に黒影は言った。
「お前も行ってしまうのだな」
 鹿波 蓮司は娘との暫しの別れを惜しむ。
「蓮司さん、紫さんは必ず戻って来ます」
 黒影は鹿波 蓮司に優しく言った。
「そうだな。帰って来てくれる。……其れだけで良かった。……もう私は政治家ではいられんだろう。其れでも紫、父として紫を待つ事は出来る。亨と二人で待ってるからな」
 と、鹿波 蓮司は言った。

 風柳が運転席から出て、後部座席を開く。
 風柳の敬礼を見ると、鹿波 蓮司は深々と頭を下げた。
 後部座席の警護に乗った黒影はこんな事を言った。
「此の国では騒がれた事件程、同じ罪でも重くなるんです。不思議でしょう?同じ事をしたのに。其れは万人が如何思うかが付加されるからです。詰まり、此の万人が歪んでしまえば、采配も歪むと言う事なんです。貴方が受けた同情票はきっと貴方の罪を軽くしてくれるでしょう。其れでも人一人を殺め、もう一人に殺意を持って怪我を負わせた事実は変わりません」
 と。
「勿論、分かっています。でも如何して今そんな話を?」
 鹿波 紫は聞いた。
 黒影は己の帽子の影で遊び乍ら答えた。
「僕には少し、貴方が強かな人に見えたからかも知れませんね」
 と。

 ……本当の真実は影の作った闇の中……
 心臓の動きは聞こえど 何を思うかは自由


 ――season2-4幕一時、完――
season2-5幕から、果てない四季折々の風情巡り、
さらにさらに遠き未来へ歩み出すのです。

さぁ、また月が巡ります頃に、お会い致しましょう🌙✨

🔸次の↓season2-5 第一章へ

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。