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「黒影紳士」season2-1幕〜再起の実〜 🎩第三章 朧月夜の実

――第3章 朧月夜の実――

 黒影は部屋に入りバサっとワイングラスをベッドの上に腕を伸ばしたまま、ベッドの端に突っ伏した。
「――何?!えっ!ちょっとお酒臭いー!」
 驚いた白雪が、黒影のワイングラスだけ奪い取って、黒影を突き飛ばす。
「痛いよー」
 どつかれた頭を掻きながらトロんとした目で白雪を見上げる。
「レディーの部屋にノックもしないで入ってくるなんてっ!早く寝る様に言ったのは黒影でしょう?」
 白雪は呆れ乍らも、黒影の帽子を頭に被せ直してやる。
 「何れだけ飲んだら部屋を間違える頭になるのかしらね!」
 思わず毒づかずにはいられない。
「……間違えてないよ……」
「……えっ……」
 黒影がボソッと言うものだから、思わず顔を赤らめて白雪は聞き返してしまった。
「……悪い夢を見ませんよーにって、御呪いを掛けに来た」
 と黒影は言うと、白雪の額に指を翳してくるくる回した後、頭を撫でて、
「おやすみ……僕の眠り姫」
 と、言って何故かニヒルに笑うと部屋を去って行った。

 ……えっ!ええ?何?!何だったの今の?
 一瞬で白雪の頭はパニックになったものの、数秒後には「……悪い夢を見ませんよーに」と言った真意に気付いてこう叫んだ。
「二度とくるな!真っ黒化け物っ!!」
 如何やら悲しくも、今日の夢は底意地の悪い夢になるだろう――。


「こんな所で風邪を引きますよ」
 手伝いの古塚 玲子は、黒影が白雪の部屋の扉の前にベッタリと張り付く様に、座ったまま眠っているのを見つけて、小さい声でそう言った。
 良く眠ってしまったものだと微笑みながら、古塚 玲子は扉に手を掛ける。
 然し扉は開かれる事は無かった。其れどころか、黒影が起きてしまったのだ!
 ……否、元より眠ってなどいなかったと言うのが正しい。
「本当だ。危うく風邪を引く所でしたよ。此れ以上……貴方を此のまま待っていたならね」
 帽子を被り直し、コートを翻したかと思うと、古塚 玲子の手にしていた物を巻き取った。
 ……ナイフを持っていた。
「何故!?」
 思わず古塚 玲子は口にした。
「んー、最大の謎は何故貴方が今、正にそう今!何故と言ったのかだ。
 企みを持つ者はそれが暴かれた時、揃いも揃って何故、何故と問う。
 ……では僕から問おう。
 貴方は何故!何故よりにもよって己の企みが暴かれないと過信した。企みをもった時点で、暴かれると言う必然的運命しか辿れないと分かった上で!
 貴方は気付いていた筈だ。僕は注意深い人物だと。僕は貴方の動きを始めから知っていた。
 だからこそ、何度も警告した筈だ。貴方は始めてこの屋敷で我々の前に料理を出した時、この野菜は原 翠の農園の物だと説明した。原 翠については全く補足説明もなく。
 ……そう、知っていたんだ。
 貴方はあの時、我々が既に原 翠に会っていた事を。否、元より初めて此の村に踏み込んだ時から尾行していた。
 夕食のあの説明で僕の注意力でも測ったつもりか?
 ならば改めて、何故!何故!己の敵にする者が自分より強者だと信じないのか!
 恐れを知らぬは愚者の所業、相手を見間違えたようだな」
 何時になく憤慨した黒影は、古塚 玲子の企みを暴いていたことを明らかにした。
 その言葉は己を過信していた古塚 玲子を、絶望に至らしめるには十分過ぎた。
 古塚 玲子は敵わぬ相手と知り、その場に崩れ落ちた。
「主人の命では無いな。そして誰の命でもない。原 翠は我々が訪れた中で、今の所一番サダノブに近い。我々と話した後、あの野菜を取りに行った。原 翠は今何処だ?」
 そう黒影が聞くと、古塚 玲子は諦めたのか素直に話し始めた。
「原さんなら……何も、何も出来やしませんでした。この村の事も過去もまだ知らないあの人を巻き込むなんて、出来ませんでした。あんなに素敵な笑顔で此の村が素敵だと言ってくれたんですから。
 ……私もそう思っていたんです。今も……思いたい。この扉の奥の貴方のお連れ様が、もし私より先にサダノブの居場所に気付いてしまったら……。
 そう思ったら気が気じゃなくて。
 ただ、脅すつもりだったんです。もし、サダノブの居場所が分かっても移動するまで何処かに捕らえておけばと思ったんです。
 だから!この様な話は身勝手過ぎるとは覚悟の上で、貴方の力を貸して頂きたいのです!サダノブを見付けても、彼を決して村の者にも私の主にも教えないで欲しいのです」
 と、思わぬ願い入れだった。
「然し、貴方は白雪を狙った人物だ。僕がそう簡単に信用すると思いますか?」
 黒影は怪しんだ。
「先程伺っていました。貴方方は先見が出来るのでしょう?ならば今は信用出来なくとも、何れ私の考えが分かる筈です。ですからどうか今は……サダノブを助けてやって下さい」
 そう言われては、黒影に断る理由もない。
 黒影はただ、命の恩人を助けに来ただけなのだから。
「……我々は事情も知らずにサダノブを助けに来ただけなんですよ。だからもし先見が出来ても、彼を運命から必ずしも救えるとは確約出来ない。分かりましたね」
 それを聞くと古塚 玲子は立ち上がり、何度も黒影に頭を下げて長い廊下を去って行った。
「眠らなくて良いと言うのも、また悪夢……か」
 と、黒影は呟くとどっと疲れに襲われ、また眠り姫の扉の前で眠りに就いてしまった。

「――あん!もう!まだ居たの、黒影!」
 ガンガンと頭に打つかるドアノブに、黒影は叩き起こされた。白雪はとっくに起きていた様だ。
「朝か……」
 ゆっくりと寝不足の黒影は立ち上がり呟いた。
「ちょっとー!何で開かないのよ!黒影、この部屋密室になっちゃったわ、早く何とかして!」
 黒影が立ち上がっても僅かな隙間しか開かない扉に、白雪は苛立っている。
 黒影の足元には毛布が一枚、ふんわりと落ちていた。
 ……古塚 玲子か――。
 サダノブと過去の手掛かりがありそうだ。
 そう思いながらも、黒影は扉を手慣れた手付きで開けた。
「やっぱり、黒影の悪戯だったのね!早く朝ご飯に行くわよ、だらし無いっ」
 白雪は開けた礼も言わず、黒影を叱るだけ叱って先に食堂へ向かったようだ。
「よっ、イケメンは大変だなぁー。姫さんの寝ずの番とはご苦労なこった」
 と、風柳は一目で状況を理解するなり、そう言って笑い乍ら白雪の後を追って行く。
「――全く、刑事の仕事でしょうが……」
 と、思わず風柳の去り行く姿に呟く黒影であった。

 黒影は自室に戻りシャワーを浴びて髭を剃り、新しいシャツに袖を通し、一通り着替えると何時もの愛用のロングコートと帽子にブラシを当て、満足そうにそれを羽織り、被った。
「おっと……」
 最近この朝の日課に、時夢来の確認が加わった。
 寝ずの番のお陰で顔を洗っても、出てくる欠伸を堪えながら時夢来の頁に懐中時計を嵌め込む。
「おやまぁ……」
 時夢来が映し出したのは7月7日七夕。恐らくこの日付も場所が旧読み方の百首(ひゃっこうべ)である事から、過去の出来事に違いなかった。
 影絵は、二人の男女があの崖から心中したといったところだろうか。
 七夕に心中なんて……他に日があっただろうに……。
 それとも魂だけになっても、年に一度会えたならばと信じるしか無かったのだろうか。
 そう思えたなら哀愁的ロマンスかも知れないが、時夢来が映し出したのならば、ただの心中ではなさそうだ。事件に繋がる死なのだろう。

 黒影は本を閉じて、友人のくれた十字架にそっと手を乗せて、その後二人の影を頭に焼き付け黙祷した。
「さっ、朝飯だ」
 目を開くと同時に時夢来から懐中時計を取り外し、首から下げてシャツのポケットに潜めると、慌てて食堂に向かった。
「遅いから先に頂いてわよ」
 白雪が黒影に言った。
「ああ。構わないよ」
 と、答え主人には
「それよりご主人、昨日はすっかり飲み過ぎて面目ない」
 と言うと、帽子を取り胸に当てた。
「いや、私もつい楽しくて。気になさらないで……さぁ、お食べ下さいな」
 と、主人は相変わらず気さくな人だ。
「お早う御座います。今、日、は、原 翠さんの農園から今朝とれたばかりのお野菜をサラダに、黒影様はクロックムッシュがお好きだと窺いましたのでシェフに用意させました」

此れぞ、黒影が毎朝食す、元祖「黒影ムッシュ」である。

厚手の食パンにホワイトソース、ハムはリボン型に二枚。
間に半熟卵をのせ、三種のチーズでオーブントースターで焼く
お好みでスパイスやハーブ🌿

と、やたら「今日は」を強調されてしまったが、それ以外は古塚 玲子も気にはしていない様だ。
 わざわざ原 翠の野菜を朝から仕入れたのも、僕に彼女の無事を知らせる為だ。
「朝取ればやはり瑞々しい」
 まだ朝露の染みた生き生きとした彩の野菜が、寝不足の体にも染み渡る。
 黒影が余りに周りを気にせずゆっくり朝食を楽しむ癖があるので、風柳の提案で先に食事を終えた連中は応接室で朝の珈琲でもと移動した。
「古塚さん……ちょっと聞いて良いですか?」
 黒影は皆んなが居ないのを見計らって、古塚に声を掛けた。
「ええ、何でしょう?」
「……古塚さん、七夕と言えばなんでしょうね」
「あぁ」
 と、それだけで古塚 玲子には思い当たる節があるようだ。
「それは昔にあったこの地の最悪な伝統が再び始まったきっかけです。……先見というか、過去を見たのですね」
 黒影は顔を縦に振った。
「此の地の由来の話し、本当は百人一首とは無縁なのです。それだけ風柳様に伝えれば分かる筈です。あの七夕の日も一人で良かった筈なのです。なのに……二人だったから鬼が目覚めたんでしょうね。私からはそのぐらいしか……。」
「鬼……ですか……」
 思わず黒影は呟いた。
「はい、鬼で御座います」
 そう言い残すと、古塚 玲子はこの謎は解けるかとさも言いた気にクスクス笑い乍ら、空いた皿を下げて厨房へ向かった様だ。

「風柳さん、僕らが此処に来た時に此の地名の由来を聞きましたよね?」
 珈琲を片手に風柳の部屋に入った黒影は、ばさりとコートの裾をはらって、座布団に座りソーサー&カップを、立派な一枚板の木製の座卓に置いて聞いた。
「ああ、聞いたよ。それより、折角和風の部屋で寛いでいるのに、お前が来ると急に大正浪漫だな」
 と、何処でもスタイルを変えない黒影に思わず風柳が言う。
「僕の事は良いのですよ。其れより由来に聞いていた、初めの怖ーい話の方、聞かせて下さいよ」
「ああ、そう言えば白雪と黒影は聞いていなかったな。なんだ、そういう話が好きなお年頃かぁ?……まぁ良い、如何せなら怖い話は多い方が盛り上がる。白雪も呼ぶか」
 黒影は風柳を止めようとしたが、よくよく考えて事件に関係があるならと、止める事は諦めた。
「……あぁ、白雪。今、黒影もいるんだがな……」
 風柳は何をするかも言わず、上手く白雪を呼び出してくれたようだ。
 数分後に白雪が部屋に入ってくる。紅茶を持ってちょこんと、ふんわりしたスカートを気にしながら座布団に落ち着かせた。

白雪はミルクたっぷりのロイヤルミルクティーが大好きなんだ。


 風柳が物言いたそうではあったが、
「まぁまぁ、さっさと聞かせてくださいよ」
 と、黒影は苦笑いし乍ら、先を進めるよう促がす。
 「此の村の本当の由来はな、実は昨日君達が聞いた話しじゃないのだよ」
 と、さも此れから怪談でも話す様に、風柳が話し始める。
 風柳は勿論、怪談話と思って話しているのだから当然と言えば当然だが、その怪談話が実話だと知った時はどんな顔をするだろうと思うと、黒影は心中笑いが止まらない。
「ええ、怪談話?詰まらないから私、部屋に帰る」
 白雪は黒影の思った通りの反応を示したが、
「いや、これは事件と深い関わりがある話しなのだよ」
 と、黒影は立ち上がろうとする白雪の腕を掴んで大真面目にそう言った。
 其れは其れで、今度は風柳が黒影も大嘘を吐くものだと笑いを堪えて、咳で誤魔化す。
「さぁ、続けて下さい」
 黒影は風柳に勧める。
「……この村には古い風習があってな、十年に一度鬼の怒りを沈める為に、百人の村人の中から一人を選んで贄にしてきたんだ。贄に選ばれた者はあの崖で首を狩られ、其の首は黄泉の世界へ繋がる井戸、黄泉井戸へ納められた。
 地主さんが今の当主に成ってから、村の読み方や井戸の名前が縁起が悪いからと漢字を変えた。
 だけどな、その風習と元の名前が廃れて行くうちに、忘れ去られた鬼は怒り狂い、大災害を起こし村人を百人以下にした。
 ……慌てた村人達は思った。また百人にして一人の生贄を捧げればいい。
 其の百人目は……お前だー!」
 風柳の額に冷や汗が落ちる……白雪を指差したままの手が震えている。
「ばっかみたい。私達が来るなんて一体誰が分かっていたと言うの?そもそも此処に来たのは黒影の恩人助けの気紛れじゃない。リアリティがイマイチなのよ、風柳さんは」
 風柳の震える指先がぽきっとへし折られた様に黒影には見えた。
「……ぁはは。流石に「お前だー!」落ちは無いですよ。でもねぇ、あながち全部が嘘って訳ではないようです」
 黒影が笑い乍ら二人の遣り取りを聞いて言ったが、後半を聞いて、
「嘘じゃないって、何がだ?此処のご主人は冗談だって……」
 と、言い乍ら顔がみるみる青褪めたのは風柳だ。
「一部って所が肝心なのよ、風柳さん」
 白雪は風柳が大の幽霊嫌いを知っていたので、黒影の話を良く聞いてみるように、凹んでいる風柳の頭を撫でて促す。
「優しいなぁ、白雪は。もう何時でも風柳さんじゃなくてパパって呼んでいいからね」
 と、風柳が言うと白雪は、
「誰が言うか、筋肉馬鹿!」
 黒影は、
「黙れ、糞ジジイ!」
 と痛烈な毎度のツッコミで、見事に二人に完敗したのは言うまでもない。
「……で、ジジイ、何処から話を盛りやがった」
「……こんなに大事に大事に育てたのに、如何したらこんなお口が悪くなるのだか」
 白雪は何時もの事でもう怒ってないが、黒影は反抗期か、白雪をあまりに守って、時々目で殺されると風柳が思う程だ。
 でもそれも風柳にとっては昔の自分と似て懐かしい。父親を超えたいと言う気持ち。好きな仔を独り占めしたい気持ち……。
「可愛いなぁー、二人共」
「風柳さん……それ、死亡フラグ」
 思わず溢れた言葉に、白雪がそう言って笑った。
「話し、聞いてます?大事な話しなんですよ?死んでる時間無いですから」
 黒影は何時もの黒影に戻っていた。
「分かったよ、正直に聞いただけを話すよ。鬼の大災害から全部作り話しですよー」
 と、風柳はちょと拗ねていたものの、二人には敵わないと白状した。
「風柳さん、落ち着いて聞いて下さい。
 お手伝いの古塚 玲子の証言ではこの地名の由来の正解は、百人一首の話しじゃない方だと言っていました。つまり鬼が暴れ100人の村人から1を贄にしていた、が正解です。
 然し、此の話は所詮は言い伝えなんです。
 つまり、鬼と言うに近しい害がこの村を襲った……。
 例えば鬼と一言に言っても、古来から女の嫉妬、怨みや嫉みの類いも鬼と呼ばれていました。我々が探すのは見えない方じゃあない。事実です。
 其れから村人全員から一人ではなく、百人と言う言葉が引っ掛かりますね。その百人を選別した村人は誰でしょう。それは十年の度に変えるのか、それとも不変的な百人だったのか……。
 こう言う言い伝えの類は大概、こんな事があったから気を付けろとか、此処は危ないから入るなと先人達が後世に残そうとしたものが多いのです。折角夏ですし、この先人からの謎解きから手を付けてみましょうか」
 黒影の振り切った現実主義の言葉に、風柳の冷や汗は治ったようだ。
「謎解きといってもなぁー。何から手を付ければ良いんだ?」
 と、風柳は浮かれ気分の黒影に聞いた。
「夏休みの宿題と言ったら調査でしょう。先ずはこの村の災害、虫害、疫病、ありと凡ゆる害を調べます。そして重要なのは十年単位のスパンで起こるものを見つければ良い。
 もう一つはこの村の人口。そもそも此の謎を解くには百人の村人がいる事が前提なんです。それ以下の場合前提が覆されてしまう。
 もし、この話しが本当であるならば、この村の人口が百人に達した時か、減った時期に何らかの事情が発生しそれが言い伝えのルーツとなっている筈です。
 良いですか……夏休みの課題は三つ!この村の被害調査、十年近くで起こるもの調査、人口の増減調査です」
 と、黒影は楽しそうに答えた。本当に夏休み気分らしい。
「じゃあ……やっぱり村役場か図書館に行くのね」
 白雪も夏休みを思い出して、そう言った。
「はいはい……じゃ、親は運転と宿題の助手で忙殺されるのみか」
 と、渋々風柳は車のキーとハンドバックを持ち、立ち上がる。事件捜査とは到底思えないが、此れでも三人は大真面目で、尚且つ此れで何度も事件を解決させてきたのだから不思議だ。

「村役場と図書館ですか?」
 シェフの谷崎 亮太と出くわしたので、黒影は道を聞いた。
「皆さんで夏休み調査ですか。何だか懐かしくてワクワクしますねぇ」
 そう言い乍ら、谷崎 亮太は地図に赤ペンで道筋を書き込んでくれた。
「そう言えば、ご主人は?」
 地図からペンを離したのを確認して、風柳が聞いた。
「今日は村会合があって、昼過ぎまで帰れないそうですが……」
 と、谷崎 亮太は答える。
「そうですか……一泊の礼も言わないで去るのは申し訳ない」
風柳はしょんぼりとしてみせたが、
「それなら言付けを預かっていまして、皆さんが良ければ是非調査が終わるまで使って下さい、との事です」
「何!?本当に良いのかい?」
「ええ、旦那様も貴方方がいらしてから、其れはもう喜んでいらして……如何でしょう?」
 と、風柳の顔を伺う。
「否、勿体ないぐらいのお話だよ。正直、この近くにホテルも旅館も見つからなくて、困っていたんです。有難い……お言葉に甘えて暫くまたお世話になります」
 満面の笑みで風柳はそう言って、また暫く泊まらせて貰う事にした。

「確かに一番近い旅館は村から12キロ。通うにはガソリン代も掛かるし、あんなに立派な宿泊施設を他に借りようものなら領収書をきって貰えないでしょうけど……寝首掛かれる様な所に、よくまだ居ようと出来ますね」
 車の中で思わず寝不足の黒影が言った。
「寝首を掛かれる?」
 白雪は何の事かと聞く。
「白雪は気にしなくていーんだよ。パパとナイトがいるんだから」
 風柳がまた冗談を言う。
「はぁ?私だけ除け者扱いする気?」
 後部座席から白雪が手を伸ばし、風柳の頬をムギュっと抓る。
「運転中だから、危ないからっ!」
「はぁ!?フラグ立てたんならとっととおっ死ね糞ジジイ!」
 助手席の黒影が何時もに増して、黒く見えた風柳であった。
「刑事の前でおっ死ねとか言わないのー!ちょっと、黒影、白雪を止めなさいってー!」
 ……三人の夏休みは始まったばかりだ。

――ーーー

「さてと……本職に戻りますか」
 黒影は図書館で村新聞を眺めた。
「7月7日か……」
 流石にこの小さな村の図書館はまだ電子化していない様だ。
 パラパラと新聞を捲る音……窓から溢れる陽だまり……揺れるカーテン。
 白雪は黒影をじっと見ていた。黒影は新聞に夢中になって気付いてはいないが……。
昨日……怖い夢を見なかった。黒影が間違う事は無い筈なのに、不思議な気分だ。

「ねぇ、風柳さん。」
 廊下の自動販売機で飲み物を買っている風柳に、声を掛けた。
「……ん?どうした白雪?」
何か話したさそうな白雪を見て、風柳はベンチに座わらせ、ミルクティーを手渡した。
「黒影の事なんだけど……」
「はっ!?あぁ」
 風柳はとうとう恋の悩みかと、慌てて白雪の横に座った。
「あのね……最近、言ってる事が当たらないの。先見が悪くなったんじゃ無いかって……」
「えっ、あーその事か」
「なんの事だと思ってたの?」
 風柳はそう言われて慌てて本題に戻し、誤魔化す。
「例えば何が当たらなかった?」
 そう聞かれた白雪は素直に、
「昨日、怖い夢を見ませんよーにって、よく分からない御呪い?をして行ったのよ。そう言う時は大体怖い夢を見るよって分かってて言う筈なの。それに護身用に気紛れにくれた綺麗なペーパーナイフだって、必要になる時が来るって言うから肌身離さず持っているのに、未だ何の役にも立たない。」
 と説明した。
「――ただ、待つのを辞めたんだよ。アイツは……」
「え?」
 風柳は一つ歳をとったかの様に、深い溜め息を吐いて話した。
「全部当たっているよ。昨日、怖い夢を見る筈だった。怖い現実と言った方が正しい。
 サダノブの行方を先に知られちゃあ困る輩が、白雪を狙って奇襲を掛けに来た。其奴が持っていたのが小型ナイフ。
 ……確かにペーパーナイフじゃあ、交わして逃げるだけで精一杯。それでも、それ以上の武器を渡せば白雪……お前は怖がったに違いない。」
 と。
「で、でも風柳さんと酔っ払っていたじゃない」
 白雪は動揺した。
 何も知らなかった自分にも、狙われていたと言う事実にも。
「朝まで黒影は起きてたよー。俺はしかと見たぞ。彼奴が必死で白雪を守ろうとして、コソコソ密室まで作っていた事も」
 と、巫山戯(ふざけ)乍ら答える。
「で、犯人は?」
「あ――とっくにお縄にしたに決まっているだろ!」
 風柳の嘘は分かりやすい。
 でもきっと大丈夫……この安心は守られている証拠だから。
 聞いた真実は怖かった……だけど今、微笑んでいられるならば其れは夢だと思えば良い。



「其れにしても黒影の奴、酔っ払ったまま白雪の部屋に行くなんて、まだ許さ……」
 缶コーヒーを持って風柳は白雪と戻り、黒影に注意しなければと思ったが、止める事にした。
 黒影はテーブルの新聞に突っ伏して眠ってしまった様だ。
 椅子に掛かったトレードマークの漆黒のロングコートが風でするりと床に落ちる。
「お疲れ様でした」
 白雪は静かにコートを拾い上げて、黒影の肩に掛ける。
 振り向くと……
 振り向くと……何故か風柳が目を潤ませていた……。
「何?!」
 ギョッとした目で白雪は恐る恐る風柳に聞く。
「お前達が夫婦になったら、こんな風なのかなぁーって。そうしたら俺は厄介ジジイで孤独なんだろうなぁーて」
 白雪は溜め息を吐いて、
「厄介は変わらないでしょうけど、孫の面倒は誰がみるのよ。其れに私、未だ黒影だけが男だなんて思ってないから」
「え?そうなの?其れは其れでパパ悲しいなぁー。白雪ちゃん、ずっと黒影追っ掛けて来たのに諦めちゃうのー?チンピラみたいなの連れて来ないでねーねー」
「ぅーざーい!」
 その一言で風柳は渋々涙を堪えて、パパから刑事に戻るのであった。

「七月七日?」
 風柳が白雪に確認した。
「そう、さっき黒影が血眼になって、七月七日の記事を手当たり次第探していたわ」
 白雪と風柳は黒影が探していた何かを探す為に、七月七日を探していた。(探すを何回書けば良いんだBy著者)
「これだなっ」
 風柳が一枚の記事を指差し言った。
 九年も前の記事だ。崖の上で男女二人が転落死、心中か。崖の封鎖決定す。
 この事故だか、心中が今回の事件と関係があると黒影は考えているに違いない。

「すまんな、何度も。……九年前の七月七日の事件だ。あぁ、その事故死の調書を閲覧したいんだが……分かった、宜しく頼む」
 風柳は県警の知り合いに、調書の閲覧をこっそり頼む連絡を入れていた。
 やはりこう言う時、刑事の風柳は手回しが早く頼り甲斐がある。
 黒影や白雪の能力だけではこう簡単に情報が入る訳ではない。
二人の能力や存在自体を知っているのは、一部の関係者に留まるからだ。
「白雪……調書は持ち出し不可能だ。図書館が閉まる迄には帰れる。黒影と待っていてくれ」
「分かった」
 風柳は二人に喉が渇いたらと千円札を渡して、颯爽と図書館を後にした。
 黒影が眠っている時は何時だって、風柳が走っている……そんな気がして、白雪は小さく笑った。
「……ん?……何がそんなに可笑しいんだい?」
 心地良さそうに眠っていた黒影が、むくっと起きた様だ。
「あら?起こしちゃった?」
「いや……良く眠れたよ。……あっ、帽子!」
 帽子を探して慌てる黒影に白雪は、
「これは何でしょう?」
 と、手でくるくる帽子を回して遊んで見せた。
 黒影は何も言わず、ひょいっと帽子を取って被ると、
「風柳さんは?」
 と、聞いた。白雪は何も答えず、缶コーヒーを手渡した。
「そうか……。分かった」
 缶コーヒーを置いて行く時は「出掛ける」の合図。風柳が二人がまだもっと若い頃から決めていた事だ。
 刑事は何時事件で駆り出されるか分からないし、これなら心配もしないで待てるだろうと、約束した事だ。
「見付けてくれたんだな……」
 九年前の七月七日の新聞が机の上に広げられていた。
「……で、人口は村役場だし、後出来る事は?」
 白雪が暇だと言わんばかりに、黒影に聞いた。
「十年に一度の害だ!」
 黒影はそう言うなり考え始めた。
 十年経てば人は歴史や過ちを繰り返す。
 約十年で流行も繰り返される。
 十年……真実だと思っていた物の逆説が生まれてもおかしくはない程、妙に長いスパンだ。
 自然界ならば有り得る。
 人間で言えば鮮明に覚えてる者が、ちらほらいる程度。
 つまり、忘れる前に伝えたかった事がある。
 忘れる寸前でも思い出せるのは何故だ?
 書物か……唄か……否、逆で考えるならば忘れる程の時を忘れない方法ならある。
 ……憎しみや悲しみと言う負の記憶だ。
「……白雪、風柳さんの刑事の勘は優れていると思うかね?」
 突然、黒影が白雪に聞いた。白雪は当然少し考えて、
「確率とかは分からないけれど、勘って言う割には当たるわね」
 と、答える。
「事件に当たった場数で分かるものがあるのかなぁ」
「……そうかも知れないわね。それにしても、急にどうしたの?そんな事聞いて……」
 白雪は不思議そうに聞いた。
「勘が推理に勝ったら面白いなって思って」
 黒影が何を考えているのか全く分からないが、
「そんな推理小説、成立しないわ」
 と、白雪は言った。
「……言い伝えを知っている人物は、きっと全員十年前に言い伝えを守った関係者だ。
 少なくとも百人いた筈だ。
 あれだけ悍ましい言い伝えだから忘れたくても覚えている筈なんだ。そんな悍ましい言い伝えがあったとして、実行するかは村の総意がなければ何処かで止まった筈。
 七夕に亡くなった二人から再び始まったならば、其れが村人の心を憎しみに変えた何かがあったか、言い伝えを復活させたい輩が其れを利用したか。
 サダノブは1/100の被害者だ。
 村人にとって同じ村人を贄にするより、サダノブの父なら単身出張の身で、二週間しか住み込んでいない住人……丁度良い贄は他に居なかった筈。
 サダノブがこの村に帰って為すべきは、次の贄に選ばれる事。だから態々存在を知らせて姿を消したんだ」
 黒影の頭で何が繋がろうとしているのが白雪にも解る。
「でも贄になれば死んでしまうんじゃ……」
「……否、違う。サダノブの父は生きている。だからサダノブは父親を取り返しに来たのさ。態々僕に当てたカード。
 何て酷いカードだ……ジョーカーが二枚か……」
 黒影はそう言うとケラケラ悪魔の様に笑った。
 其れは悲しいのか憎しみなのか、歓喜なのかさえも判らないものだった。

「おい、黒影!」
 丁度その時風柳が戻ってきて、黒影の姿を見ると軽く頬を叩いて、その笑いを止めた。
「全く、目を離すと直ぐコレだ。……如何やら事件が見えて来た様だな。
 良いか……ただでさえ今は時差で不安定なんだ。犯人を追い過ぎるな、犯人を追い詰めるのは俺の仕事だ」
 風柳が気が抜けたように呆然とする黒影に、言い聞かせた。
「あぁ……そうでしたね」
 あっという間に何時もの黒影に戻ったのを見て、白雪は風柳に、
「黒影、一体如何したの?」
 と、聞いた。
「さっき、県警にいたらFBIの方から直接連絡があってね。全く彼奴等、何で俺の居場所を逐一知っているんだか気持ち悪い……。
 まぁ、其れはそうと暫くの黒影は時差ボケで能力暴走の恐れがあるらしい。
 一ヶ月ぐらいで治るらしいがな。
 で、時夢来の過去透視だが、あの秒針が左回りは過去、右回りなら未来とちゃんと両方の機能が備わっているらしい。
 何度か時計を入れ替えれば両方見れるそうだ。
 今回の件を考慮して、次回は年号も表記出来る様に用意しておくってさ。現在進行形は、やっぱり夢見が一番近い未来を観れるだろうって。
 全く……日本の警察の宝を一ヶ月もパァにするなんて腹立たしい奴等だ」
 風柳の説明を聞いた白雪は、
「日本の警察の宝じゃなくて、黒影だからでしょう?」
 と、言った。
「まぁな」
 風柳は前を向いたまま運転をし乍ら、素っ気無くだが温かい口調で言った。
「其れにしても、良く寝るなぁ」
 バックミラーから見える黒影の気持ち良さそうな寝顔を見て、思わず一日中走り回っていた風柳は羨ましそうに口にした。

地主の家に入る前、白雪は風柳に、
「さっき黒影が言っていたの。今も言い伝えを知る人物は、十年前の言い伝えを実行した関係者だって」
 と言うと、思わず風柳が足を止めた。
「此処の主人、百首 護。手伝いの古塚 玲子。今の所は此の二人は確定って事だな」
 風柳は再確認する。白雪は静かに頷いた。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずだ」
 風柳はそう言うと、
「すみません、遅くなってしまって……」
 と、インターホーンに向かって顔を見せ、申し訳なさそうに頭をぺこぺこ下げて言った。
「あら、良かった。ご主人様が心配されていたのですよ。さあさ、どうぞ」
 手伝いの古塚 玲子の声だ。
 風柳がすっかり寝込んでいる黒影の帽子を白雪に手渡すと、黒影をひょいと持ち上げ、肩に担ぎ中に入った。
「相変わらずの馬鹿力ねー」
 風柳に白雪は呆れ乍らも言った。
「こんなひょろいんじゃあ、トレーニングにもならんよ」
 態々主人が出迎えてくれたようだ。
「こりゃまた大変だ。何処か具合でも?」
 黒影を見て病人と見間違えたみたいである。
「いや、疲れて寝ているだけですよ。子供みたいに燥いでいましたから」
 と、風柳は答える。
「ではお腹が空いたでしょう。直ぐに何か作らせますから……。黒影さんには何時起きても良いように、お握りでも拵えさせましょう」
 と、主人が言うので風柳は思わず、
「そんなお気遣い無く……。泊めていただけるだけで有難いのに……」
 と、社交辞令を言い乍らも夕食に期待した。
「この辺の店は早仕舞いですから、もう何処もやっていませんよ。其れに村の外の話を聞けるだけで、どんな夕食よりも格別の価値がある。食堂でお待ちしておりますから、荷を降ろしたら何時でも起こし下さい」
 と、主人はやはり今日も清々しい程、優しい人にしか見えない。
「何から何まで本当に有難う御座います」
 風柳は礼を言って、黒影を部屋のベッドに寝かせた。
「風柳さん……」
 黒影の呼び掛けに、部屋を出ようとしていた風柳は足を止めて振り返る。
「何だ、起きたなら食堂に行くか?」
 と、聞いたが目は開いてるものの、起き上がる気配はない。
「安心して下さい。時が来る迄は、我々に害の無い人達です。僕は此のまま、お握りを持ってくる筈の古塚 玲子と話があります。終わったら風柳さんの部屋に行きますよ」
 と、黒影が狸寝入りしていたからには、何か事情があるらしい。
「全く……人使いが荒いな。白雪はどうする?」
 風柳が聞いた。
「白雪も出来れば風柳さんの部屋で待たせておいてくれると嬉しいんですが」
 と、黒影は答えた。
 風柳は了解と言う代わりに、部屋を出る際に手を数回振り向かずにヒラつかせた。
 風柳が部屋を出たのを確認すると、
「……じゃあ、此方は奥の手を出しますか。出来るだけ使いたくは無いけど、時代じゃあ仕方ない……」
 そう言い乍ら身体を起こし、黒影は帽子をコート掛けに被せ、鞄からノートパソコンを取り出した。
「えーと、この村の歴史からかな。うーん……この辺は一応ネットは繋がるが、やはりあまり記事は無いな。」
 意外と手慣れた手付きでキーボードを打つ。
 苦手では無いし、得意な方だが、黒影の個人的センスから見れば嫌いなのだ。
 ブルーライト防止の伊達眼鏡を付けているのを見られたく無いと思っている節もある。

 ――これだ!――

 一つの記事が目に止まった。
 四〇年前に作られた研究所だ。
 其の所為で此の村は人口が一時四〇〇人になった。
 然し、其れが更なる原因で、十年後には百五十人程の小さな村になっている。
 原因は研究所の経営する工場から漏れた、有害科学物質が周囲の先住村人が大切にしていた農作物を一夜にして枯らした事から起こる。
 先住村人達は一揆を起こし、その怒りは研究所と工場を人ごと焼き払った。
 その後も何度か工場に務めていた住人と、先住村人の間で衝突が起きている。
 完璧に農産物が復活するまで、研究所と工場は無くなっても、十年に一度ぐらいの頻度で残った関係者を探っては根絶やしにしていた悲しい過去がある。
 其れは土地が痩せ細ってしまったからだ。
現在は時が過ぎ、農産物も作れる程の土地になった。
……と、言う事は先住村人派が多数残ったと言う訳だ。
「じゃあ……その研究所と工場に務めていたのは……」
 ……見えてきたぞ!
 その時だった。ドアがノックされる音がした。
 古塚 玲子だろう。
「あぁ、今さっき起きて……。どうぞ」
 と、黒影はお握りを持ってきた古塚 玲子を招き入れた。
「少しだけ、お話したい事があるんです」
 古塚 玲子は少し驚いた様子だった。
「あぁ、普段はあまり使わないんですがね。余りに情報が転々としていたので……」
 と、眼鏡とパソコンについて言い訳をする。
「いえ、最近の人は当たり前ですよね。其れよりお話とは?」
「貴方は何処まであの言い伝えを知っていますか?」
「えっ?多分皆様と同じ程度だと思いますが……」
 と、古塚 玲子は答えた。
「では正直に話して下さい。高岡 晴美さんは今は父方の姓を名乗っていますが、貴方の娘さんで間違いないですね。
 そして恐らく此処のシェフの谷崎 亮太さんと、須藤 丈雄さんも何らかの家族か、近しい関係者にありますね」
 そう黒影が聴くと古塚 玲子は静かに頷き、肯定すると、
「何でも見えているんですね。確かに……晴美は私の娘です。そしてシェフの谷崎と須藤丈雄さんは孤児だったのを別々の両親に引き取られた、歳の離れた兄弟です」
 嘘を吐いても仕方がない相手だと分かったからか、素直に答えた。
「では最後の質問です。サダノブと良く遊んでいた晴美さんと丈雄さんを以前、原 翠さんが良く見掛けたと言っていましたが、この村で未だ二人に出逢っていないんですよ。二人は何処ですか?」
 その質問に古塚 玲子は少し怯えた様に見えた。
「やはり……そうでしたか。誘拐されていますね」
 と黒影が言った途端、娘を想ってだろう。
 古塚 玲子は涙を流して、其れでも静かに何度も頷いた。
「分かりました。貴方は貴方の成すべき事を疑うことなく遂行して下さい。僕には考えがある。安心して下さい」
 そう言って、黒影は出来るだけ優しく微笑んだ。今にも、はち切れんばかりの不安でいっぱいであろう、古塚 玲子を少しでも安心させたくて……。
「でも!其れでは貴方達はっ」
 古塚 玲子はそう言った。黒影には十分過ぎる程理解出来る。
「僕達なら構いません。必ず」
 と、だけ答えた。
「さぁ、余り長いといけない。有難う」
 そう黒影が言うと、
「礼を言いたいのは私の方です。失礼します」
 と、古塚 玲子はエプロンで涙を拭い、部屋を後にした。

 黒影はお握りを頬張ると、風柳の部屋へ急いだ。
「あら、格好良いじゃない」
「えっ?」
 白雪の言葉に、黒影は困惑する。
「眼鏡だよ、眼鏡。何だ、イメチェンか?」
 風柳が、外し忘れていた黒影の眼鏡姿を見て言った。
「しまった、置いてくるのを忘れた」
 黒影は慌てて眼鏡を外し、懐中時計のチェーンに吊るした。
「えー、インテリっぽくって良かったのになぁー」
 白雪が残念そうに言った。
「僕が嫌いだから必要な時しか使わないんだ。……それより大事な話がある」
 黒影は二人に四〇年前の工場の話をする。
「……つまり、工場が破壊されたのに工員が何度も衝突出来る程いたとは思えない。
 百人と言うのは先住村人から選出され、一人を選ぶと言うのは怪しい残党を始末すると言うのが受け継がれてきたものだろう。
 其れから数年が経ち、残党騒ぎは制圧され消えた。 
 然し、十年前にサダノブの父親が贄になった。
 此の村では研究者が敵だったからさ。
 サダノブの父親の職業は、大手科学薬品会社の研究者だった。
 だから言い伝えられた儀式をする事で、人々は同じ過ちにはならないと安堵した。
 共通の秘密を持つ事で、罪の意識から逃れようとした。
 然し、サダノブの父が失踪した日に、サダノブも居たんだ。
 其れを知った時夢来が映し出した、翌年七夕に自害した二人は、罪の大きさから逃れられなかった。何故なら贄の両腕を掴んでいた二人が、其の二人だったから。
 ……それから悪夢のような輪廻が動き始めた。
 次、もしもサダノブが贄になった時に、予定されていた死刑執行人を手伝う筈の二人が死んだ今、誰かが其れをやらなきゃならない。
 此処からが大事な事だ。
 姓は違うが古塚 玲子の娘、高岡 晴美とシェフの谷崎 亮太の歳の離れた兄弟の須藤 丈雄が、誘拐されている。
 恐らくは無事だ。
 次の執行人になる予定だったから」
「予定だった?」
 急に説明が過去形になったので風柳が聞いた。
「ええ、だったで良いんです。そもそも此処の村人の大半はサダノブの父親が死んで、一年後に悲観した手伝い役の二人が死んだと思い込んでいますが、それが間違いなのです。
 サダノブの父を執行人役であった、此処の主人が寸前で助けていたんですよ。
 然し、其れを知らない手伝い役だけが死に、ある種の呪いの連鎖が起きてしまった。
 多分サダノブの父は、執行人を影に、元から手配した村人の遺体等と擦り替わり、僕が落下した様に村とは反対側に落下したのです。
 僕が落ちたあの日、サダノブと此処の主人がこっそりテストをしていたんですよ。
 風柳さん、怪談話しの嘘の所、あながち一部合っていましたよ。
 僕達余所者の中から、古塚 玲子と谷崎 亮太は自分の家族を手伝い役から如何にか外したい想いで代役を提案し、村人は其れを受け入れるでしょう。
 僕等はただでさえ、村の瘡蓋を掘り返しに来たのですから。
 其れに此の手伝い役には如何やら年齢制限があるようです。
 時夢来の過去の影絵の手伝い役も、七夕に自害した二人も、歳は20〜30代の間だけです。
 つまり白雪と僕と言う事になります。
 そうする為にサダノブは僕等を此の地に呼んだんです。1/100についつい気を取られていましたよ。
 正解は2/100、最初からジョーカーは2枚あったんです」


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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。