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「黒影紳士」season2-4幕〜花鳥風月〜花の段〜 🎩第一章 訪れの音



――第一章 訪れの音――

 到着の知らせを告げたのは少し何時もと違うバイクの音だった。
 黒影、白雪、風柳は聞きなれない音に顔を合わせた。中型か、大型ぐらいの排気量に思える。
 サダノブもバイクに乗って出入りしてくるので、あまり気にしなくなっていたが、音が増えた気がして黒影は思わず、
「こんな朝から風柳さんへの御礼参りにでも誰か来たんじゃないでしょうね」
 と、風柳を疑った目で言った。
「そんな覚えは無いが……」
 と、風柳は一応心配なのか、顔を確認しに外へ出る。
「おぃ、黒影、白雪、こりゃあ良い知らせだ、早く二人も出て来なさい!」
 と、玄関から呼ぶので二人は出た。

「連れて来ちゃいました……」
 と、サダノブが頭を掻いてぺこぺこする。
「ああ、お久しぶりです!良かった、本当に良かったですね!」
 と、来訪者の姿を見るなり黒影はにっこり笑ってそう言った。
「わぁ……カッコ良い!」
 と、白雪は、サダノブの運命の人(?)の静弥 穂のバイク姿を見て駆け寄る。
「其の節は、皆さん大変お世話をお掛けしました。」
 バイクから降りて、静弥 穂は風柳や皆んなに深々と一礼した。静弥 穂が刑を終え戻って来たのだ。
 黒影は出所近くになって、仕事の紹介をしていた。夢探偵社が贔屓にしている監視カメラや表向き護身用グッズが置いてある店「たすかーる」の元盗みで名を馳せた女店長がやっている生業でだ。其処の女店長も今はすっかり足を洗って頑張っていた。最近鍵開けの出張サービスも始めて、人手が足りないと嘆いていたのだ。
「たすかーる」と言う縁起が良い名前も贔屓にしている理由だが、バイク便で何処よりも早く品が届くので、現場仕事の多い黒影には無くてはならない店なのだ。
「バイクの免許、無事取れたんですね。今度は此方が助けて貰う方だから、宜しく」
 黒影がにっこり笑って手を差し出すと静弥 穂は、
「気軽に穂って呼んで下さい!仕事まで紹介して頂いて……此の御恩は仕事でお返ししますね」
 と、静弥 穂は黒影の手を取りお礼を言った。
「では、穂さんって呼ばせて頂きますね。」
 黒影は優しく微笑んだ。サダノブがちょっとだけ羨ましそうに二人を見ている。
「いーな、先輩の手……」
 思わず、サダノブがぼやく。すると穂は、
「サダノブさんったら……黒影さんの腕へのフェチ、本当にやばぃですよねー。面会の度に今日あった事とかを話してくれたんですけど、黒影先輩がねーって尊敬があまりに凄いので、私、少し嫉妬したぐらいです。」
 と、言って笑う。此れにはさすがの黒影も苦笑いするしか無かった。
「何はともあれ、こー言う挨拶周りなら大歓迎だよ。さぁさ、上がって行きなさい」
 と、にこにこしながら風柳は二人に上がるように勧めた。

 皆んなに囲まれ乍ら話すのは久しぶりだと、穂は終始笑顔だった。サダノブが書いていた小説……今となってはそうとも限らないが、毎日書いて寄越した物語はまるで絵本の様だった言う話や、休みの日はツーリングに二人で色んな所へ行っている話をし、新しい生活にも馴染んで来た様だった。

 ――――――
 その日の夜の事。黒影はある影絵の夢を見ていた。
 花弁に囲まれた水の中を流れる……水死体だろうか……。犯人は……えっ……?

 其処で目が覚めた。柔らかな日差しが窓辺に差す時刻。
「……参った……」
 黒影はそう言うなり、リビングに向かう。
「如何した、朝からつれない顔して?」
 と、風柳が言う。
「ええ、夢見が微妙でして。朝食を取ったら話します」
 と、黒影が言った。
「じゃあ、出掛ける準備しないと……」
 と、白雪が言うと黒影は、
「ああ、焦らなくて良い。今日は待ち時間が長いかも知れない。……弁当でも作って行こう。僕も食べたら手伝うよ」
 と、言うのだ。
「おい、黒影?事件何だよな?」
 と、あんまりにのんびりした黒影の行動に、風柳は思わず聞いた。
「ええ、そうですが……」
 と、黒影は言って好物のクロックムッシュを頬張った。
 サラダもゆっくり食べてから、黒影は珈琲を片手に話し始める。
「まだ犯人は現場に訪れないんですよ。降りてくる前に、開園時間と川の上流も調べておきましたから」
 其れを聞くと風柳は、
「ん?まさかテーマパークとかじゃないだろうな」
 と、聞くので黒影は、
「この時期川があって人がわんさか集まる所ですよ」
 と、答えた。風柳は少し考え、
「そうかっ!花見かっ!……見たのは水死体……だな」
 と、言った。
「正解です。場所は分かるのですが、犯人は人混みの中堂々と犯行に及ぶと推測されます。僕の夢は影絵で犯人の特徴迄は人が多く重なって断定し兼ねます」
 と、黒影は参ったとぼやき乍らリビングに来た理由を明かす。そして、
「上流から流されたと言う可能性も考えたのですが、此の時期は人が多いので安全やゴミの流出対策に会場の川は上流と下流に大掛かりな網が張ってあります」
 と、自室で調べて来た内容を話す。
「えーっ、遺体を見乍らの花見なんて嫌よー」
 と、キッチンから聞いていた白雪が思わず黒影に聞こえる様に言った。
「だからそうならない様に行くんだ」
 そう、答えると黒影もキッチンへ向かう。弁当作りを手伝いに行った様だ。
「それもそうね……」
 と、白雪はにっこり笑うと、黒影にお握りのラップを手渡した。
「後は握っておくだけだろう?僕がやっておくから、サダノブを起こして来て貰えるかな?」
 と、黒影が言うので、
「あら、有難う。」
 と、にっこりすると白雪は起こしに行った様だ。
 ――――
「……なんか、此処が現場になるなんて思えない程平和ですねー」
 と、花見会場に着いた全員を見てサダノブが言った。
時夢来が別の角度から捉えるかも知れないからと到着早々、川辺の草の上に帽子を深く被り寝転がっている。
 白雪はあんまり広げたら動き出した時に大変だからとレジャーシートでは無く、大判のハンカチーフの上に弁当を置いて、風柳は買って来た珈琲やお茶を出していた。
「此のまま継続、平和にせねばならんな」
 と、言った。
 サダノブは一応不審物らしき持ち込みや不審者があったら、片っ端にデータに残すよう言われていて、入場の際に必ず通る受付の監視カメラ映像を、タブレットから見ていた。基本的には元から怪しいと感知したら、自動に顔と箇所を囲うセキュリティソフトが入っていて、不審な箇所は何かも表示し、鮮明に見たい時は拡大出来る。いざ、判断に迷ったら風柳に聞けば言いと黒影は言っていた。
 川は光を受けてキラキラ反射し、桜の揺らぎを映す。其処にヒラヒラと流れる花弁と水の音が眠りを誘う。
「……先輩良いなぁ……俺も寝たいっす」
 サダノブはあまりの眠り日和にそう言った。
「じゃあ、黒影達が起きたら少し仮眠を摂らせてもらいなさい。いざ動く時に頭が眠かったら使い物にならんからね」
 と、風柳が言って笑う。
 白雪はとっくに黒影にの腕枕で丸くなり寄り添って眠りの中だった。
「……寝顔は昔と変わらんな」
 と、風柳は黒影と白雪の寝顔を見て言う。
 サダノブは其れを聞いて、
「あのぉー……前から聞きたかったんですけど、二人の事応援してるんですか?其れとも反対なんですか?」
 と、思い切って聞いてみる事にした。
 暫く考えた風柳は、
「うーむ……黒影の親父としては応援したい。……が、白雪のパパとしては応援したくないなー」
 と、答えた。
「……複雑なんですね」
 と、言ったサダノブに風柳は、
「どんな難事件より複雑さ。……でもなぁ、他にはいないとは思っているのは確かだな。」
 と、言って苦笑する。
「良いんですか?こんな所で寄り添っちゃってますけど」
 サダノブが風柳に揶揄い言った。
「何時もお邪魔虫しているから、偶には良いさ。……其れにあまり良い夢も見れそうに無いからせめてのご褒美だな」
 白雪は寝心地が悪かったのか、モゾモゾ動き出すと顔を腕の上に向けた。其れを気にして気配を感じたのか、寝たまま無意識で腕枕のしている方に黒影は顔を寄せて行く。
「此れは……良いんですかね?」
 ハラハラし乍らサダノブが風柳に聞いた。偶然キスしそうな感じになったからだ。
「お天道様が許しても、お父さんの前では許さん!」
 そう風柳が言ったと同時に、二人の顔の間に缶珈琲をさっと取り、転がした。二人共缶珈琲に軽くコツンと当たった。
 風柳は冷や汗を掻いたのかホッとしている。
「……何か……お父さんって、大変ですね」
 サダノブはそう言って思わず苦笑いをした。
 黒影が珈琲缶に唇が当たって冷たかったのか、ゆっくり目を開いてムクッと上半身を起こした。
「ん?何だこの缶?」
 黒影は白雪の顔の前に転がっている缶珈琲を拾い上げて聞いた。
「ああ、すまんなあ。今飲もうと思ったら其方に転がってしまた。もう一本此方にあるから、丁度良い……黒影は方を飲みなさい」
 と、風柳は言う。
「ああ、有難う御座います」
 と、黒影は何の疑いもなくゴクゴク飲んで、乾いた喉を潤している様だ。サダノブは笑いを堪えようとニヤニヤしている。
「何をそんなにニヤニヤしているんだ、気持ち悪い。ちゃんと入場者チェックしていただろうね?」
 と、タブレットを渡す様にと黒影は手を出した。
「やってましたよー。其れにしても此の作業、人間不信に成りそうですよ」
 と、サダノブは口を尖らせ答えた。
「……だろうな。でも其れは良い兆候だ。セキュリティをすると一時人間不信に成る人も屢々ある。熟年のプロに成れば人間不信も消えて、違和感だけで分かると聞いた事があるよ。そんな人種からしたらこのシステムはあくまでも補助にしかならん。んー、やはり花見で見分けるのは困難だな。そもそもペティナイフぐらい果物を切るのに皆んな持ち込み出来るし、爆弾でさえ大きな弁当を入れるのに紙袋を使う人も多い……」
 サダノブは其れを聞いて、
「違和感だけで分かる……まるで其れも能力みたいですね」
 と、言った。
「そう言っても過言ではないな。でも其れは元から誰でも持っている。毎日単調な一つの事をする事で、其れだけに秀でた人材育成が出来上がるのだよ。……そうだなあ、正に職人技と言った方が良い。相手の警戒心や動揺した行動は浮いた違和感に映るんだよ」
 と、黒影は言う。ある一つの事を繰り返した結果……少しだけサダノブにも分かる。小さな頃から人の表情、仕草を観察し心を読もうとしたのは、初めはただの一人遊びだったからだ。
「やはり思い当たる節がある様だな」
 黒影はそう言って笑った。
「此れに、こんなキーワードを足してみると、かなり限定される筈……。キーワードは大きな鍔の帽子、風柳っと」
 其れを聞くなり、
「おい、俺かっ?」
 と、風柳が思わず言った。
「転寝した甲斐がありましたよ。人だかりに今度は注視してみたら、見覚えのあるツンツン頭を見つけたんですよ。毎日見ているからほぼ間違い無い。其れから鍔広の帽子の女性も混ざっていました。此の条件二つが揃った時に僕等は警戒すれば良い。かなり鍔の広い帽子だったので目立つ筈です」
 と、黒影が言うと、
「花見なら黒影の格好が一番悪目立ちしているがな」
 と、風柳が真っ黒尽くしな格好を指摘する。
「えっ?似合いませんか?」
 黒影はコートの裾をヒラヒラさせて自分の格好を考える。……あっ、此の黒影と言う人は、似合わないと言うワードをやたら気にするんだったと、咄嗟にサダノブは、
「……いいえ、先輩お似合いですよ。他の人が春らしい色を来ていると言いたいんですよ、ね?風柳さん。黒地に桜の花弁も夜の花見みたいで幻想的です」
 と、服装に拘られたら何時間あっても時間が足りないし、何よりも最優先してしまいそうなので、サダノブは慌てて風柳に撤回を求めるように苦笑いを見せ答えた。
 流石に風柳も此れには気付いて、
「あっ、そう……そう言う意味だ。他の色も見てみたいとぼやいただけで、似合ってはいるよ」
 と、補足訂正する。事件等何処吹く風で着替えると帰られたら、たまったものでは無い。
「何だ、そうならそうと言えば良いのに。まぁ、僕だって分かり易くこの格好に決めているので、変える気は無いですけど。其れに色々持ち運びに便利なんです。此の、帽子とコートは」
 と、言って帽子の底をトントン指で弾いてみせた。
「……先輩の隠し道具、何れだけ入っているんですか」
 明らかにまた物が入っている音に、サダノブは思わず笑い乍ら言った。
「……それは企業秘密だ」
 そう言って黒影も笑った。
 白雪は未だ丸くなって夢の中……。黒影は春の陽気にコートを翻すと掛けてやる。
「……本当に白雪姫みたいに良く寝てるな」
 風柳が言った。
「起きたら毒をも喰らう茨姫ですよ」
 と、黒影は言って笑った。サダノブと風柳も流石に其れには笑った。
「……そろそろ、連絡を入れておかねばな……」
 そう言うと風柳はスマホを取り出し、夢探偵社の存在を知る一部の警察関係者の中から所轄に発信する。
「此方風柳。現在花見会場にて前機動捜査中。……ああ、そうだ。花見会場に付き犯人特定、確保に時間を要する。未だ発生していないが、出来るだけ警備の人員が欲しい……そうか。……ああ、構わない。宜しく頼む。」
 そう言って連絡を終話した。
「黒影最悪だ。今日は他にもイベントが重なって、此処の酔っ払い対策もしていて人員は雀の涙程しか回せないらしい。」
 と、残念そうに言う。
「仕方無いですよ。未だ事件が起きてもいないんですから。雀の涙で出来る限りの最善を尽くすのが、我々の成すべき事です」
 そう言って気にしていないと言う様に、微笑んだ。
「風柳さん?何処行くんですか?」
 黒影が立ち上がった風柳に聞いた。
「ああ、警備の到着を待つつもりだが?」
 と、答える。
「僕の夢にはサダノブも僕も居ない。手薄な今は動かないで下さい。警備の到着があったら風柳さんに連絡がある筈。其れ迄は動かざること山の如しです。このタブレットに警察無線の周波数無線が入っています。此方を使って下さい」
 その黒影の言葉に、風柳は驚いた。
「おいおい、警察無線まで盗聴の挙句に、干渉も出来るなんて聞いて無いぞ。こんなの何時搭載したんだ」
 と。黒影は、
「まあまあ、こうやって使えるじゃないですか。「たすかーる」の女主人に頼んだんですよ。勿論悪用しません。会場に着いた時点で周波数を全員切り替えます。此処は電波は周波数が混線して安定的ではありません。事件が最悪発生した時点で直ぐにキー一つで警察無線に戻ります。此方は探偵ですからね。使える道具は使わせて貰いますよ」
 と、悪戯っ子が玩具で遊ぶ様な顔をする。
「全く……探偵ってやつは」
 と、思わず風柳が言うと黒影は、
「可愛いもんでしょう?……其れに他とは違いますから。何せ「たすかーる」の言担ぎ付きで優秀だ」
 と、冗談交じりに言って笑った。
 ――――

「良し!では各自持ち場についてくれ。尚、移動する際、帽子の女性を発見次第発報する事。以上!」
 風柳は警備に来た私服警察官、数人に無線の周波数を変えさせ、状況説明をした後、そう言った。
「……あー、喉が乾いた。何か買ってくるか……」
 風柳が提案し、立ち上がる。
「じゃあ、サダノブは白雪を頼んだよ。僕は風柳さんと少し距離を置いて帽子の女を見つける」
「……了解」
 黒影が言って立ち上がると、サダノブにも妙な緊張感が走る。風柳と帽子の女が重なった地点の付近で事件は起こる筈だからだ。
 風柳は普通に歩き始める。
 黒影は帽子を深めに被り、目だけで辺りを見渡す。
 自動販売機が見えて来た手前で、酔っ払いが昼から出来上がっている。
 ……すると奥から鍔広の帽子を被った女が、酔っ払いの中の一人の女性に声を掛けた。
 ……此れか!
 黒影は夢で見た情景に近付くのを感じ、風柳が進む川辺の小道では無く、川寄りの道無き草の上を回り込んだ。
 鍔広帽子の女の顔は、其の帽子とスポーツ用のマスクでほぼ見え無い。帽子の女は勢い良く抱き付く様に、ナイフを腹部目掛けて助走をつけ持ち、ほろ酔いの女へ突っ込んで行く。黒影は走り出した。ほろ酔いの女を、
「失礼」
 そう言うなり、後方に獅(しが)み付き一緒に川へ飛び込んだ。
「おい、心中か?」
 周りが騒めき、スマホでカメラを撮ったりしている。
「風柳さん!帽子の女だっ!」
 川から、ほろ酔いの女と落下した黒影は、立ち泳ぎをし乍ら風柳に大声で言った。
「事件発生、自動販売機前だっ!」
 風柳は発報しつつ辺りを見渡す。
「探せ!まだ近くにいる!」
 風柳は他から集まってきた警備に言った。
 然し、心中騒ぎがあったと聞いた野次馬がどんどん押し寄せて来る。其の間に帽子の女は堂々と帽子とマスクを取り、その場を離れてしまったのであった。
「ほら、警察だっ!見せモンじゃないぞ、下がりなさい」
 風柳が、黒影とほろ酔い女の飛び込んだ直ぐ近くの陸地で、警察手帳を出し野次馬を下がらせた。
「現場の動線確保されたし」
 無線で警察に知らせる。
「大丈夫ですか?」
 黒影は少しずつ、ほろ酔い女を引き寄せては泳ぐを繰り返し、何とか岸川迄辿り着く。
「少し掠り傷が……でも助かりました。有難う御座います」
 ほろ酔い女の腕に切られた後がある。
「風柳さん、引っ張り上げて下さいよ。腕を刺されましたが命に別状は無い様です。ただ、ちょっと飲んでいるのに飛び込んだので、救急車をお願いします」
 黒影はパニックになる現場の中、大きい声で言った。
「ああ、分かった。被害者から上げるぞ!」
 黒影は、ほろ酔い女を風柳の前に上げた。風柳はひょいっと持ち上げ、
「サダノブ聞いているな。他も通常周波数に全員切り替えたし。切り替え次第点呼」
 見事な連携で切り替えはスムーズに行われた。
「救急搬送一名。命に今のところ別状なし。腕に怪我あり」
 と、救急車要請を無線でだす。
「ほら、おつかれ様だな、色男」
 そう言って風柳は、びしょ濡れで立ち泳ぎして残されていた黒影に手を差し伸べる。黒影は重くなっているだろうと、コートを腕に巻き付け手を伸ばした。
「またクリーニングに出さないと……」
 黒影はコートを絞り乍ら言った。
「其れにしても……犯人に逃げられてしまった」
 風柳は悔しがる。救急車が来て、他の警備に当たっていた私服警官が搬送を手伝っている。黒影は出発前に救急隊員に名刺を渡し、
「病院で落ち着いたら、此処へ連絡するよう伝えて下さい。お話を窺いたいので」
 と、手渡した。救急車を見送ると風柳が肩を落としていたので、
「きっと事情聴取するうちに分かる事もあります。今は一つの命が助かった事を良かったと思いましょう」
 と、黒影は声を掛ける。
「分かってらぁ、そんな事」
 そう言って慰めるなと言いたいのか、横を向いた。
「機嫌直して下さいよ。其れより今、風柳さんしか解決出来ない最大の事件が起きているんですから」
 と、黒影はニヤニヤして言う。
「何だ?最大の事件ってのは?」
 風柳は聞いてしまった。
「さっきので僕はすっかり体力を奪われてしまったのですが、ほら……下流の川に設置されたネットに、僕の大切な帽子が流れてしまいました」
 と、下流のネットに引っ掛かりぷかぷか浮いている帽子を黒影が指差した。
「何だー?俺も結局びしょ濡れか」
 風柳は呆れてそう言ったが、結局被害者を黒影が助けたのだから仕方無いと取りに行ってくれた。
 黒影は帽子が手に戻ると中の水を抜き、岸辺でトントンと軽く水を切って、気にせずまた被った。

 ……この時は未だ本当の最大の事件が起きている事を誰も知らなかった……。

「黒影先輩!風柳さん!至急戻って下さい」
 そう、サダノブから風柳の無線が受信した。
「今、向かう」
 風柳は黒影の顔を見たが、黒影もさっぱり分からない様だ。取り敢えず、サダノブと白雪の元に戻る。白雪が目覚めていた。
「風柳さん、黒影!今、夢を見たの!現場は此処!時間差で犯罪が起きてしまったみたい。犯人視点の夢だったわ。犯人は人混みに紛れてた。視界に大きな薄い青の鍔の付いた帽子を被っていたわ。服は白、返り血を見て、パステルカラーの薄い黄色のトレンチコートを羽織って隠し、此の会場から逃げた。犯人はビニール袋に茶色の似た帽子を入れ、ゴミ箱に捨てた。場所は多分向こうの上流のネット先の橋の下。被害者と待ち合わせしていたのよ。被害者は刺されてブランケットを掛けられ亡くなっているわ」
 と、言うではないか。
「何だって?そんな直ぐに二人目を……然も殺しただと?」
 流石の黒影も此れには参って、兎に角走り出した。会場を一回出てネットの先に周り混む。
「いた……何てこった……」
 息を切らし乍ら黒影は言う。体力が限界に近い様だ。風柳は拝んでから手袋をし、ブランケットをそっと捲る。腹部に包丁が刺さっている。多分、血がブランケットに直ぐ染みてしまえば発見が早くなる……其れを避ける為に、包丁の周りに乱雑にラップが巻かれていた。
「折角の花見が台無しだ……」
 風柳はボソッとそう言うと、また所轄に連絡を入れている様だった。
「其れにしても手際が良いな……」
 黒影は二人を少しの時間差で狙った犯人の事を考え言った。
「黒影先輩の夢見には無かったんですか?」
 黒影にサダノブは聞いた。
「ああ、予知夢と言っても万能な訳じゃ無い。人間が一人で出来る範囲と等しく、1つの事件しか追えない。一つの事件が発生するとまた違う事件を追い始める。だから時間差のある連続事件を追う事は出来ても、こんなに近い時系列の事件は追え無い。全く違う事件なのに干渉しては真実が見え難くく成るからだと僕は思っている」
 と、黒影は答えた。
「真実を見間違えない様に……ですか」
 サダノブは遺体を見乍ら言った。黒影先輩の能力は真実追求型……か。まるで、一度噛み付いたら離さないドーベルマンか野犬の様だと、サダノブは思った。
 後から警察と鑑識がやって来たのを見て、黒影等はまた影に隠れる様に消えて行った。

 ……謎の美人と紳士が心中……

 そんな噂がネットで広がったが、翌日には総て削除されるか謎の美女溺れたところを救助されると変わり写真は消された。
 其れは黒影の存在を広めては良く無いとする、FBIが関与していると思われた。
「何が謎の美女と心中よ……」
 其れに一番憤慨していたのは黒影では無く白雪だった。
「まあ、綺麗さっぱり消えたんだから良いじゃないか。」
 黒影は白雪が何時も飲んでいるロイヤルミルクティーを入れ、ご機嫌取りに必死な様である。
「だったら何で連れて帰って来るのよ」
 と、白雪はロイヤルミルクティーを受け取り乍らも言った。
「其れは、ほら……また狙われたら危ないし、事情も聞かないと」
 と、黒影は答える。
 病院で検査してもらい怪我の処置が終わると、助けた女は暫く探偵社に護衛して欲しいと依頼して来た。
 勿論、こんな時の為のゲストルームがあるので、黒影は快諾したのだが、白雪は其れは其れで、如何も気に入らないらしい。
「黒影が快諾しても嫌なものは嫌なの!」
 白雪はミルクティーを持って自室に行こうとする。
「何がそんなに嫌なんだ?」
 去っていく白雪の後ろ姿に黒影は聞いた。
「兎に角嫌なのよ、女の勘が言ってるの!」
 と、言い終えるとバタンッと、態と大きな音を立て白雪は自室のドアを締めて鍵を掛けてしまった。
「何がそんなに気に入らないのだろう?……」
 黒影が呆然と言うと風柳は、
「女の勘……だろ?」
 と、言った。サダノブは、
「されど女の勘、侮る可からずですよ」
 と、付け足す。
 有名な推理小説に出てくる美女は大抵棘があるとは思うものの、黒影からすれば美女のラインに入っていなかったので、気にも留めていなかったに過ぎない。
「まあ、其れはそうと一度話を聞いてみないと、依頼内容も漠然としていますからねぇ」
 と、黒影は椅子に座り珈琲を飲んだ。サダノブは、
「それもそうですね。話を聞けるかどうか……ちょっと聞いて来ますよ」
 と言うので、黒影はサダノブに頼んだ。
 サダノブはゲストルームのノックをして、
「……すみません。気分、如何ですか?良かったらお話を詳しくお伺いしたいのですが」
 と、探偵社の事務らしく、チャラい言葉は封印して尋ねた。すると中から出て来た女はにっこり笑って、
「分かりました。態々呼びに来て頂いて有難う御座います」
 と言う。サダノブも此の時、此の美女に違和感を感じた。
 自分の命が危ないと言うのに、自然なで作り物じゃない笑顔をしたからだ。此の女……サダノブは、此れから話す事にも注視すべきだと思った。白雪の勘は、間違っていないのではないかと思えてきた。
「先程は助けていただいて、本当に有難う御座います。申し遅れました。私、幸田 凛華(さきた りんか)と言います」
 そう言って幸田 凛華は深々と一礼する。
「不幸中の幸いと言うか、命に別状が無くて良かったですよ。腕の方は如何ですか、未だ痛みますか?」
 黒影が、ノートパソコンを開き乍ら聞いた。依頼書を書くのだろう。
「いいえ、傷が浅かったので今はもう痛まないです。お気遣い有難う御座います」
 と、答える。
「行形ですが今日幸田さんを襲撃した犯人に心辺りはありませんか?……会社、趣味、お付き合いも色んな可能性を含めて」
 幸田 凛華は少し考えて頭を傾げたが、浮かんで来ない様でパッとしない顔で、
「すみません。全く覚えが無いのです」
 と、答える。
「では何故、今日の出来事が偶然に思えないのでしょう?またあると思う何かがあるのですか?」
 と、黒影は淡々と聞いた。
「其れが無くも無いから困っているのです。全く身に覚えは無くとも、あの帽子の女性を何度か出先で見掛けたのです。はっきりあの女性だったか分かりませんが、何時も鍔広の帽子を被っていたので、襲われた後良く考えてみたらそうだったかも知れないと不安になったのです。其処に救急隊員の方から此方の名刺を頂く時に、今日私を助けて下さった方だと聞いて、此処なら安心出来ると思い相談したのです」
 と、幸田 凛華は依頼する迄の経緯を話した。
「其れでは、身の安全も確かに必要ですが、根本的に帽子の女の素性を明らかにし、何で幸田さんを付け狙うのかを白状でもさせない限り、問題解決にはなりません」
 と、黒影は幸田 凛華が自由に成るのに、必要最低限の提案をする。
「何だか、あの帽子の女性……夜も見掛けていたので、最近は幽霊じゃないかとさえ思っていたのです。真実を知るのが少し怖い気もします」
 と、幸田 凛華は心の内の不安を話した。
「付け狙われていたのですから無理も無いです。ですが、真実無くして幸田さんが今後、不安無く外を歩くのは更に難しくなると思います。きちんと依頼して頂ければ、此方は幸田さんの身の安全が確保されるまで保護する事も出来ます。警察の捜査を待つか、依頼されるかは幸田さんがお決めになって下さい」
 と、黒影は少し同情し乍らも淡々と話す。
「警察なんて待っていられません!私を保護さえしてくれないんですから!分かりました。此方でお願いします。如何か、また安心出来る日々にして下さい!」
 其の幸田 凛華の言葉に、風柳は耳が少々痛かったのか、顔を引き攣らせながら黙って茶を啜った。
「分かりました。必要なものがありましたら此方の経費で用意しますので、何でも言って下さい。もし、自宅に取りに行かなくてならない物があればスタッフを付けます。此方の書類内容で宜しければ記入欄を埋めてサインをお願いします」
 と、黒影は報酬や経費の細かい話まで終えると、プリントアウトした書類にサインして貰った。
「あの……今、手持ちが無くて。カードでも?」
 と、幸田 凛華は言う。時々急ぎで駆け込む客もいるので珍しくはない。
「大丈夫ですよ」
 と、言うとホッとしているみたいだ。黒影は出来上がった書類の職業欄を見た。そこそこ中小企業のOLがBLACKカードか……。
「サイドビジネスか何かしているんですか?」
 と、興味本意で聞いた。
「いいえ、特には」
 と、幸田 凛華は言ったので、
「いえ、ブラックカードなんて久しぶりに見たものですら、つい。お気になさらず」
 と、黒影が言うと、幸田 凛華は照れ乍ら其れは同居している恋人が頑張ってくれているからだと言った。
「そうでしたか」
 黒影も取り敢えずその場は笑ってみせた。恋人の怨恨の可能性も片隅に入れておこうと思ったのと、何故その恋人が幸田 凛華を守るか引っ越しをさせないかを考えていた。
「今日は本当にお疲れ様でした。後は自分の家の様にゆっくりして下さい。後は此方が引き受けましたので、ご安心下さい」
 と、黒影がそう言うと幸田 凛華は、
「ではお言葉に甘えて……」
 と、軽く会釈をするとゲストルームに戻って行った。

「……幽霊の様な帽子の女か……そいう怪談話、何処かに在りそうだね」
 と、幸田 凛華が居なくなったのを確認してサダノブに、黒影は小声で言い乍ら笑った。
「止めて下さいよぉー、そー言うの。先輩何か楽しんでるでしょ?」
 と、サダノブは寒がって見せる。
「……あっ、読まれたか。ちよっと変わった客人だと思ってねぇ」
 と、言ってにんまり笑う。

花鳥風月編を纏めようとして、こんな表紙を作った事がある。
何で止めたかって?
最初、鳥を間違えて🦋で描いてしまったからさ。
無理矢理、鳥にしているだろう?f^_^;


🔸↓次のseason2-4幕 第ニ章へ↓ 

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。