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「黒影紳士」season2-5幕〜花鳥風月〜鳥の段〜 🎩第三章 地図

――第三章 地図――

 サダノブは慌てて黒影のいた場所に戻った。
「先輩!……しっかりして下さいよ……影に呑まれるなんて貴方らしくないっ……白雪さん、待ってるんすよっ!」
月明かりの中に入れようと、必死で横になったままの黒影の体を引き摺る。真っ暗闇の影の中、未だ何が如何なっているかも分からず引き摺っても、嫌な予感しかしなかった。汗では無い何かが纏わりつく感触が手にあったから。やっとの事で月明かりの届く場所に連れ込み、サダノブは其の姿に絶句した。黒影は何度か咳込んでいたが意識はある様だ。かなり苦しそうだが呼吸もしている。背中を刺されたまま、其れでもあの紙とアルバムにズルズルと這って手を伸ばそうとする。
「……分かりました、ちゃんと回収しますからっ!だから、だから……!」
 サダノブは泣き乍ら紙とアルバムに走り、掴み取るとバイクに閉まい、急いで戻って来るなり、
「偶には、自分の心配して下さいよ!」
 と、叫んで黒影を担ぎ上げた。
直ぐに救急に連絡をしたが、此処からはかなり遠いらしい。
「バイクで今から行きます!」
 そう言って、緊急時を知らせるライトを付け、黒影をバイクに担いで只管猛スピードで走る。次第に力無く落ちそうになる黒影の体を何度も腕を掴んで引き上げながら。何時か自分を救ってくれた此の腕を、絶対に今度は自分が救うと心に決めて。
 暫くすると、救急から連絡が入ったのだろう。事態を把握した白バイが前方と後方に周り病院まで先導した。
 病院に着くと、直ぐに黒影は手術室に入った。サダノブは警察に事情を話すとぐったりと待合のベンチに座わる。

 暫くして、風柳が息を切らして廊下を走って来た。サダノブの姿を見て立ち止まると、黙って息を整えた。
「……有難う。馬鹿息子の為に」
 ただ、そう言ってサダノブの頭をグシャっと撫でて隣に座る。風柳を見上げたサダノブの顔には未だ乾いた涙の跡と汗があった。
「白雪さんは?」
 サダノブは力無く聞く。
「穂さんが看ていてくれているよ」
 そう言うなり、風柳は立ち上がり自動販売機の方へ行った。
「……ほら、此れを飲んでりゃなんとかなる!家訓だ」
 と、言って戻ってくるなりサダノブに缶珈琲を投げ渡す。
「……そうだ。……今日、此れが無かったのか」
 サダノブは一日を振り返り、ボソッと言った。朝の珈琲を飲んでいた黒影の姿が随分前のものの様に思える。何時もの何時も通りの事が、また訪れて欲しいと願った。

 ――――
 こんな時……何処へ行けば良いのかと、誰にでも良いから聞きたくなる。
 あれから二日……。白雪も黒影も目を覚まさない。穂がちょくちょく仕事の合間に見舞いに来ては、何かと食事を置いて行ってくれる。風柳はそんな時でもやはり刑事だからと仕事に出掛けた。サダノブが一人……何も出来ずにヤキモキし乍ら事務作業をするのだが、二人が何時目覚めるかと気になって身が入らない。
 其れでもある程度は事務作業を片付けて、サダノブはあの図書館で貰った紙とアルバムを見る事にした。
「先輩程じゃないけど……真似して考えるだけで良い」
 そう呟いて。最初は真似するだけで良い……以前、黒影がサダノブに言った言葉だ。
 ……最初は何時も夢から始まるんだ。此の件で言えば時夢来の写した過去。そうだ、ロングショートヘアの誰か。此れならアルバムで確認出来そうだ。犯人だって知られたくない筈だ。でも、其れなら何故アルバムを奪うより先輩を刺したんだ?まさか時夢来の事は知らない筈……調べるなと言う事か。単純に考えたら山中 櫻が怪しい。でもそうならアルバムを見せたり、あんなに何でも話はしない。何故調べていたのがバレたんだ?……ああ、見知らぬバイクで来た二人組が図書館に出入りすれば、目立ってしまったかもな……。
 危ない……また脱線して先輩に叱られる。アルバムだ、アルバム。五年前の集合写真か。あの髪型だったのは……
「二人?」
 思わず口から声が出ていた。
 高頭 弘も当時はロングショートヘアだった。其れに山中 櫻も。高頭 弘は自分が記憶がないから殺してしまったかもと気にかけ、山中 櫻は黒影とサダノブが自己紹介までしたので、探られたくないなら一番動き易いのも分かる。其れ以外の第三者と言う事も勿論考えられる。
 高頭 弘は眠らされた。ゆっくり意識が薄れたならきっと睡眠薬だ。其れを入れられたのは……恋人だった博迪 伸晃だけ。五時前に来て席を立ったりした隙に睡眠薬を飲み物に入れ、時計を止めた。……何故?「何故?」の文字を丸で囲む。理由が他にあるからだ。
 其れと白紙の本……。あそこは西日が強いとは言え、返却兼貸し出しの椅子からの角度だけ見えない程、暗くも明るくもない。
 ……見える範囲だけを真実と思い込みがちだ……
 サダノブは黒影に言われた気がしてハッとする。そうだ……見えない物、光で見えなくなるもの。そうだ、高頭 弘は自分でも気付いていなかったんだ。先輩があえて本のページが白紙になる事を、時計の謎解きをした時に付け足さなかったかは、時計に関係が無いからじゃない。もう、気付いていたんだ。……高頭 弘は若年性の白内障だ。
 サダノブは白内障と言うワードにも丸を付けた。

 ……静かな昼下がり、其処迄考えるとバタバタとあまり寝ていなかった事を思い出し、サダノブは一度背伸びをして仮眠を摂る事にした。
 ――――
 黒影は庭に来た小鳥の囀りでやっと目覚めた。
 白雪が気になって体を何時も通りに起こしたが、未だ背中の傷が少し痛んだ。
 背中を押さえ乍ら着替えて下のリビングに降りる。
 何となくだが、サダノブが必死で助けてくれたのは覚えていた。仮眠を気持ち良くとってる姿を見て少し微笑むと、珈琲を自分に、冷茶はサダノブの前に作って置く。
 黒影は自分のコートを掛けてやると、サダノブが推理したらしい雑念だらけの文章にもならないメモを取り上げ見ていた。
 「其れにしても酷いなぁ、こりゃあ。まるで入り組んだ繁華街の地図だ」
 と、思わず言って笑った。
 其の声にサダノブが飛び起きて辺りを見渡し、黒影を目で確かめると、
「夢じゃないっすよね!……せぇーんぱぁーい、おはよう御座います……!」
 と、言い乍ら腕に獅(しが)み付いて(※語源から採用す)引っ張る。
「お早うって時間じゃないし、背中が伸びて痛むから引っ張るなー!」
 と、黒影は腕を引っこ抜くと言う。
「あっ、すみません!……でも、良かった。俺未だ一人じゃ何したら良いかも分からなくて」
 と、サダノブは喜びと安心で目を潤ませている。
「其の馬鹿になった涙腺は兎も角として、一人で考えた割には良い方だ」
 黒影はサダノブが書いていた推理メモをひらりと見せ付ける。
「あっ!其れっ、何時の間に!?」
 サダノブはうつ伏せになった腕枕の下に挟んだ筈なのにと、キョロキョロ確認する。
「未だ未だだなぁー。書いたら証拠は綺麗さっぱり残さないに限る。其れに犯人が此れを見たなら、こんなに要所にマークを付けては痕跡も残すし、動きが先読みされる」
 と、指摘する。
「じゃあ、黒影先輩は如何しているんですか?」
 サダノブは聞いた。
「そりゃあ、頭に書くのさ。もし、情報量が多いなら、言葉にして脳に簡略化して覚えさせる。サダノブの書き方は文書と図形がバラバラだ。要らない物も分かり辛い。右脳が少し強い様だな。要るパズルだけ並べて要らないパズルは綺麗さっぱり捨てても問題無い。補足はパズルの隅に書く様にイメージすれば事足りる筈だ」
 と、黒影はメモの裏にイメージにするべき物だけを書いて見せた。
「随分、すっきりしましたね」
 と、まじまじとサダノブは黒影の書いたメモを見る。
「……其れと、何故を囲むな。何故は人の思考を止め易い。必要なのは、何故の前に出る質問だ。此の場合は「時を止めなくてはいけない理由」、其れだけを考える。そして、僕ならこんな補足を付ける。「時間を計った」とね。……まぁ、着眼点は悪く無い。それと、白内障は多分正解だろう。……助けてくれた礼に追試は無しだ。……感謝する」
 そう言うと、白雪の部屋へ向かった。
「あっ、はい……」
 と、サダノブは言い乍ら改めて黒影が書き直したメモを見ていた。

 ――――――
「白雪、ただいま。」
 黒影は白雪を見下ろし言ってから、良く聞こえる様に耳元まで体を曲げて、手を取りゆっくり話した。
「聞こえているな?」
 黒影が聞くと、指先が僅かに動いた。
 ……やっぱり聞こえている……。
「目線を時計より下にずらすんだ」
 そう言うと、微かに眉をピクピクさせて其の後、また指先を少し動かした。
「其方は、少しだけ動けるんだな?……其の儘、其の儘下を向いて犯人の視点へ飛べないか?」
 と、黒影は聞いてみる。
 此れには少し時間がいるみたいだ。幾ら何度も予知夢を見ても、夢を動かすと言うのは意識が飛んでしまう程難しい。其れが予知夢の中ならば尚更。黒影は両手で白雪の手を取り祈るしかない。
「出来る、絶対に。……起きたら美味しいミルクティーを淹れてやる。大好きな甘い物も、可愛い物も沢山買ってやる。だから……戻って来てくれ……」
 その時、白雪の指先が再び少し動いた。黒影は、
「良し!出来たんだなっ!」
 と、震え乍らも歓喜した。
 ……此れで大丈夫だ。今頃、犯人の視点は辛いだろう。……だけど、其の夢には終わりがある。犯人が殺しをすれば自ずと目が覚める筈。
 少しだけ痩せた白雪の頬を黒影は両手で擦すってやった。
「怖くない……此処にいるから」
 昔と変わらない言葉で夢見に魘される白雪を宥める。
 其れから数分経つと、白雪はゆっくり長い睫毛を広げ手を握って祈る黒影の姿を見付ける。
「……黒……影?」
 黒影は聞き慣れた其の声に顔を上げる。白雪の開いた瞳の中に黒影の姿がが映っていた。
「目覚めたんだなっ!……もう、大丈夫だ、大丈夫だ!」
 そう言った黒影に白雪は少し微笑み、未だ薄い声で言った。
「嫌ね、泣かないでよ。貴方の方が大丈夫じゃないみたいじゃない」
 と。黒影は黙って涙を拭うと、
「そうだな、似合わないな。少し……待ち草臥れただけだよ」
 と、言って微笑んだ。
「ミルクティー飲みたい……」
 天井を見上げて白雪はそう言った。
「はいはい、仰せのままに……」
 黒影はそう言ってにっこりすると、白雪の部屋を出た。
 何も言わずにキッチンに立ち、黒影は茶葉とミルクを火にかけじっくり煮ている。暫くすると、何時もの優しい香りがする事にサダノブも気付く。
「もしかして……白雪さんっ!」
 サダノブの喜び様に黒影は、
「ああ、今さっき目覚めた。未だ本調子じゃなさそうだ。面会はミルクティーを飲んだ後にしてやってくれ」
 と、言う。
「じゃあ、俺何か甘い物、買って来ますよ!」
 と、珍しく気が効くので、
「ああ、助かるよ」
 と、黒影は素直に頼んだ。
 黒影は白雪の部屋に、紅茶の入ったカップ&ソーサーをトレイに乗せて持って行く。
「如何だ?調子は?」
 白雪が上半身をベッドの背のクッションに付けていたので、伸ばした膝の上辺りにトレイ毎置き、黒影は端に座った。
「うん、大丈夫。……私、何れぐらい寝ていたのかしらん?」
 そう聞き乍らソーサーを取り、ミルクティーを飲む。
「四日ぐらいじゃないかな。……多分。穂さんが心配して良く看に来てくれていたんだよ。サダノブは喜んで甘い物を買いに行くって、本当に犬みたいに走って行ったよ。風柳さんは今日は仕事だ。後で知らせたらきっと泣いて喜ぶ。……其れから……」
 其処迄話すと白雪は、
「一番喜んでるのは黒影でしょう?其れより何よ、コレはっ!」
 と言うなり黒影のシャツの襟を引っ張る。背中から回して巻いた包帯が見えてしまっていたらしい。
「ちょっと寝てると直ぐこうよ!」
 と、言い乍ら黒影の胸に手を置いて下を向いた。
「……馬鹿ね、本当に。包帯一つちゃんと巻けて無いじゃない。私が長く寝ていたぐらいで焦らないでよ。……目覚めて貴方がいなかったらって……どんなに……どんなに思ったか!……如何して分かってくれないのよっ!」
 そう怒り顔を上げた白雪の目からは、堰を切った様に涙がポロポロ溢れては落ちていた。黒影は胸に当てられた白雪の手に自分の手を重ねて、
「……御免。似合わない事はもうしないよ」
 そう言って、暫く目を閉じた。
 ――――

 サダノブが甘い物を買って帰ると、
「きゃーーー!何、コレーー!」
 と、白雪の絶叫が響き渡る。
「ええっ!何!?」
 サダノブは慌てて走り、声のしたリビングへ向かった。
「ああ、サノブお帰り。」
 黒影が上半身半裸で椅子に座っている。
「あの、お邪魔でしたら……」
 サダノブは後退りしようとする。
「はぁ?何勘違いしてんのよ!何でサダノブが付いておきながら、こんな大怪我になる訳?!申し開きしてみなさいよ、ポチ!」
 良く見ると白雪は包帯を持っていた。
「ポチは別に悪くない」
 黒影は、一言だけ助け舟を出す。
「何が悪くない、よ!二人共注意を怠ったからこうなるのよ。二人とも馬鹿よ!」
 と白雪は怒るが、黒影はあまり気にせずほんわかした顔で座っている。
 ……俺も、ほんわかしてみようかなー。
「ちょっと二人で何、ほんわかしちゃってるのよ!本当にだらしないったら!」
 そう何時もの様に毒付くものの、ちゃんと黒影の包帯の取り替えをする白雪であった。
 ――――――

 珈琲を飲み乍ら黒影は今迄の情報を纏める。
「そもそも、依頼人の高頭 弘の解釈に間違いがあった様だ。現在図書館に勤務する山中 櫻の証言で、事件前に高頭 弘が柱時計を見て眠くなると言っていたと言う証言が出たが、当の本人は其れに関しては言及していない。何方が隠しているのか、何の目的で嘘を付く必要があるのか、若しくは信じ込むに至った経緯を紐解かねばならない。白雪が昏睡していたところを観る限り、山中 櫻の証言が正しい様に思えるが、白雪は如何思う?」
 と、聞いた。
「ええ、其れは其れはぐっすり寝てたわよ。起きたくても起き上がれない程……其の山中 櫻さんの聞いた通りに。何で隠すのか……もしかしたら、記憶から消したかったのかも知れない。でも、私が思うのはもっと違う理由なの。図書館の椅子に座り、彼が笑ってやって来る。其れを待ち望んで、真っ白に発光した眩しい本を読めやしないのに見て待つ日々。彼は高頭 弘が席を立って本棚を整理しているとこう言った。「俺も喉乾いちゃった。少し分けてくれよ」って。彼は一杯飲むと、「新しいの、淹れておいたから」と、彼女の分のお茶に睡眠薬を入れた。そして彼女はまた座って、時計を見上げた。時計の硝子は彼女にとっては鏡其の物だった。
 彼女には見えていたの……自分の後ろで彼が彼女を落ち着かない様子で見ている姿が。彼女はきっとこう思った……最近良く眠ってしまうのは、もしかしたら彼がお茶に睡眠薬を入れたからかも知れない。其れでも彼女は彼を信じたかった。だから、また眠ってしまうかも知れなくても、其のお茶を出されては飲み続けたの。何時か自分が殺されてしまうかも知れない……そう感じ乍らも、半分彼を殺してしまいたいと願った事は本当でしょうね。……だから、私は本当の依頼人の高頭 弘はこう言いたかったんじゃないかと思うの。自分では彼の真実を暴きたくない……だから誰かに暴いて欲しいと。其れが、高頭 弘の本当の依頼じゃないかしらん。知りたく無くても知らないと前に進めない……そう言う事だと思うわ」
と、白雪は夢で見た事をそう解釈したと告げる。
「そんな……あんまりな話だ」
 サダノブは、高頭 弘の気持ちを察して悲しそうに言った。
「サダノブは、きっと依頼人の心を読まない方が良い。ただでさえ、其の特異体質で人の気持ちには敏感なんだ。分かったね」
 黒影はサダノブにそう忠告した。
「彼と行くと決めて夢見て開いた、白内障の光で見えない時刻表に……高頭 弘は何を描いていたんだろう……」
 サダノブは黒影に言われたばかりなのに、やはり高頭 弘の気持ちを知りたくなってしまい、そう呟いた。
「……悲しみに呑まれるな。真実が見えなくなるぞ……」
 黒影は大事な言葉をサダノブに言った。きっと読むなと言っても読んでしまうだろう。……ならば其れを受け止めまた歩き出さねばならないのだから。
「白雪、悪いが犯人の情報もくれるか?」
 黒影は申し訳無さそうに言った。幾ら昏睡した白雪を目覚めさせるとは言え、嫌な夢を見させてしまった事に変わりは無いのだ。
「今更気になんかしてないわよ。お陰で起きてこうやって話せるわ。……其れに、こんな事は言ってはいけないのかも知れないけれど、犯人に少し同情すらしてしまった。犯人は……高頭 弘さんを守る為に、高頭 弘さんの彼である博迪 伸晃を殺害した。犯人は高頭 弘が白内障である事に薄々気付いていた。そして博迪 伸晃が高頭 弘を殺そうと計画している事、高頭 弘は其れを知っても何もしようとはしない事に気付いてしまった。そして、毎日博迪 伸晃が睡眠薬の効果を調べる為に、時間を遅らせて調整していた事を知った。あの図書館の外から、人の気配が遅く迄する事に気付き、博迪 伸晃の妙な動きを観察するようになって分かったのよ。博迪 伸晃が次第に睡眠薬の効き目と時間を把握してきた頃、此の儘では高頭 弘さんが殺されてしまうと感じ、事件当日……高頭 弘さんが眠らされた後、念の為に見られても高頭 弘さんからは見えない様に顔に鏡の面を付けた。白内障なら光が反射して目眩しになるから。……そして、高頭 弘さんを自殺に見せ掛けようと、梯子に乗ってロープを梁に結ぼうとしていた博迪 伸晃の背後に周り、梯子を引っ張り転落させた。勿論、梯子も落下したけれど、高頭 弘は目覚めず、梯子を立て直しロープだけ回収した。だから梯子が倒れずに転落するという偶然にしては違和感の感じる現場になったのよ。ただ、犯人は帰ろうとした時、一瞬時計に映った姿を見られてしまったの。犯人は仮面があったから、慌てて去って行った」
 と、夢見の犯人視点から見た全てを話した。
「……犯人は高頭 弘を知っていたり、好意を持っていた人物で間違いない様だね。サダノブ、此の間図書館で山中 櫻さんに書いて貰った紙をくれないか」
 黒影はサダノブにお願いする。
「……良いですけど……」
 と、気まずい雰囲気でファイルからゆっくり取り出し見せた。
「ちゃんと回収はしたんですよ。でも俺慌てていたから……すみません」
 と、黒影が其れを今回の事件で大事な資料にしていたのを知っているからこそ、黒影を引き摺った後其の儘血の付いた手で回収してしまった事を謝った。
「構わないよ。ちゃんと読めるし、あんな中で回収してくれたんだ。此の手形はサダノブの勲章って事にしておくよ」
 と、黒影は全く怒るどころか、あの状況下でちゃんと判断して此の紙を取り、今此処で読める事に感謝してそう言って微笑む。
「此れだ。人の姿が見えたと言う「不気味」の正体は、高頭 弘が見た、逃げようとしていた犯人の姿だったんだ。顔だけが光って良く見えない人の形をした何かに見えていた事だろう」
 と、図書館の推理ごっこの紙の中から人の姿が見える、の青いレ点の箇所を指差した。
「如何して犯人は素直に時計の知らせの音を教えなかったんでしょう?」
 サダノブは聞いた。
「犯人は博迪 伸晃のトリックを丸ごと利用し事故とする事で、出来るだけ高頭 弘の悲しみを最小限にしたかったのかも知れない。一件優しい人物に見えるが其れでも人を殺めた事には変わりは無い。博迪 伸晃の企みを明らかにすれば、殺す必要も無かった筈だ。其の点においては同情し兼ねない。高頭 弘にしては命の恩人にしても、博迪 伸晃の遺族からすれば許せないものだ。だから此の過去は歪んでいる。正しに行こう……高頭 弘が前を向いて歩ける様に」
と、黒影は言う。
「……あの図書館へまた行くんですか?」
 サダノブが聞くと黒影は、
「勿論だ」
 と、答えた。
 サダノブはあまり乗る気がしない。
「如何した?何か問題でもあるか?」
 と、黒影が聞いた。
「……嫌、何か嫌なんですよ。また先輩が刺されたらって思うと……」
 と、暗い顔で言う。
「脅しの為に二回も刺しに態々犯人が顔を出しに来ると思うか?」
 と、黒影は笑って言ったのだが、サダノブの顔が優れないのには他の理由があった。
「あの時、もし……もしもの例え話しなんですけど、黒影先輩が回復しなかったら、その後の時夢来は永遠に先輩が刺されたあの瞬間を写し出すんですよね?」
 あえて今まで触れて来な無かった。全員怖くて触れなかった。知っていた気がする……でも、知らないフリをしていた。ずっと言葉にする必要は無い。そう、サダノブだって思っていた。でも、先日黒影が刺された事で、不安で仕方無かった。
「多分……そうだろうな。ずっと死にっ面を晒すと思うと腹が立つな。だから、其の時はサダノブ……お前が其の事件を終わらせてくれ。時夢来を正しい時間に戻してくれれば良い……頼んだぞ」
 と、黒影は言った。悲しい訳でも恐る訳でも無く、真っ直ぐに今回の資料を見たまま言った。
 ……死んでも此の黒影と言う男は真実に食らい付き続けるだろう……。其れが彼の望みで、彼が動き生きる理由だ。
「……そうは簡単にさせませんけどね、誰も。余計な心配でした。もし、そんな日が来ても、俺はずっと事件を態と解決させないで、先輩の死にっ面写真コレクションしときますよ。レアなんで。……事件を放ったらかしにすれば、先輩なら何処かの影から現れそうですからね。」
 そう言って苦笑した。本当は分かってる。そんな時はきっと……自分が此の人を弔わねばいけないと。
「えっ!何其れ、私には言わないの?其の時は私も焼き増しした写真欲しいー。まぁ、サダノブと違って、私がいれば指一本だって犯人に黒影を触れさせたりはしないわ。サダノブと違ってね!」
 と、白雪がサダノブにマウントを取る。
「ほらほら二人共……」
 苦笑いして、黒影が仲裁に入る。
「頼りにしてるよ、二人共……本当に」
 そう言って微笑んだ。警察に協力するだけの日々が普通だと思っていた。風柳さんに何時もくっ付いて守られて歩くのが当たり前になっていた。
 でも、それじゃあ駄目なんだって気付いてから、探偵社を作って我武者羅になって、皆んなに心配掛けたり……ふと、気付いたらそんな歩みの中、思ったんだ。
 もし、此の歩みを止めて振り返ってしまったら……誰も其処には居ないかも知れないって。そう思う時もあったから、ずっと歩みを止めなかった。疲れても、嫌になっても、逃げ出したい時があっても……目の前には真実があって、後ろには振り返らなくとも影が付いてくる。誰に頼らなくても、其れで良かった。
 ただ、今は少し気楽に歩ける様になったと思う。支えとは、あっても無くても頼らなければ関係無いものだが、守られているという温かさを背中に感じるだけで、もっと遠くまで歩ける気になるものだ。其れが例え気の所為であっても構わない。裏切られても構わない。そう、思って勘違いでも信じていた方が軽快に歩けるものだ。
 風柳さんは此の仕事を始めてから探偵社の仕事を優先させてくれている。まぁ、何時迄も脛を齧れたら堪らないからと笑うが、本当は予知夢があれば捜査も大分楽になるだろうが、そうは言わない。未だ新しい事件で予知夢が必要か発端であれば一緒に行動するが、其れは此の探偵社にもある程度の協力金が入るので、他の探偵社と違って安定していて正直助かっている。
 此の協力関係以上にならない様に、風柳も随分と根回ししてくれた様だ。お陰で新たな事件が起きた時も、前よりスムーズに警察とも連携が取れるようになった。
 今回の一件で口を出さないのも、きっと此れが探偵社の事件だと分かっているから。本当は心配で仕方無いだろうに……頑張って警察の仕事に勢を出し、考えない様にしているのは黒影にだって分かる。
「お疲れ様です。……ええ、ご心配をお掛けしました。先程目が覚めて順調ですよ。後、白雪も目覚めました。……はあ……はい、以後気を付けます。……では」
 風柳に連絡を取り、黒影は経過を、白雪の目覚めの知らせと一緒に伝えた。
 何時もの現場で聞く、殺気だった声も後半には穏やかになっていた。

 ――――――――

「白雪ちゃあーん!パパ心配したよぉー!」
 風柳が帰って来るなり、白雪の姿を見て半泣きで飛びつこうとしたので、
「触るな、怪力馬鹿がっ!」
 と、白雪の前に黒影が仁王立ちして鬼の形相で風柳に言った。
「ただいまー。そんなに怒らなくてもぉー」
 と、気持ち悪い白雪の真似をして言うと、にこにこご機嫌でリビングの何時もの席に座り、
「いやー、良かった。何にしろ良かった」
 と、肩が凝ったのか回し乍ら言った。
 黒影は溜め息を一吐くと、
「はいはい、お疲れ様でした」
 と、風柳の肩を揉んでやる。黒影なりの心配を掛けた時の何時ものお詫びだ。
 白雪は風柳に何時ものお茶を出して座った。
「今日は大捕物があってな……」
 と、間抜けなコソ泥集団の話をする。
「……へぇ、警察の宿舎に入るなんて、本当にあるんですね」
 と、黒影は笑い乍ら聞いていた。
「……本当は未だ痛むんだろう?」
 風柳が突然お茶を飲んで聞いた。
「何でそう思うんです?」
 と、聞く。
「何年、こうやって肩を揉んで貰った事か。力の入り加減にばらつきがある。……傷が肩の筋、引っ張ってるな……」
 と、言った。
「…………」
 黒影は当たっているので、何も言い返せず無言になった。
「……ほらな、当たってる。犯人の検討はついたのか?」
 風柳が聞いた。
「ええ、大体」
 ……風柳は肩を揉まれ乍ら、またお茶を口にして少し考える様に上を見上げた。
「それじゃあ、まだ無理そうだな。バイクでも振動が傷に響く。折角塞がったのにまた開いちまうと厄介だからな。時効は成立してないんだろう?」
 と、黒影に聞いた。
「ええ、殺人だから伸びますね」
 と、答える。
「じゃあ、此方の仕事だな。探偵に此方の尻拭いされちゃあ、面目が立たない」
 と、風柳は言った。
「良いんですかー?過去の事件を穿り出してるとバレたら𠮟られますよ」
 と、黒影は言う。
「丁度明日非番なんだよ。休みに何するかぐらいは自由だからな。……よし、明日車を出してやろう。少し早い全快見舞いだ。偶には素直に受け取りなさい」
 と、風柳が言ってくれた。
「そりゃ、助かます。どうも」
 そう言って黒影は肩揉みを終えた合図に、軽く風柳の両肩に手をポンっと置く。

 ――――――

🔸次の↓season2-5 第四章へ↓

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読書感想文

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。