「黒影紳士」season3-1幕〜夢に現れし〜 🎩第四章 酔者
――第四章 酔者――
「さあ、着いたよ」
涼子は広々とした大旅館の前で言った。和風の中に、洗練さも感じられる、景観も重視しているのが良く分かる美しい所だった。
「此れはなかなかに良い所を見付けましたね」
黒影が見渡し言った。
「そうだろう?最近出来た新館なんだけど、旧館だけの時から、サービスも料理も景観も大人気の旅館でやっと予約取れたんだから。然も此の時期にカニの食べ放題の我儘も、快く引き受けてくれたんだよ」
と、涼子は自慢気に言う。
「何処か近くに沢でもあるのかね?」
風柳が、静けさの中に少しだけサラサラ流れる水の音に気付き聞いた。
「流石、風柳の旦那は鋭いっ!此処には天然の沢が通っていてあの、ライトアップされた竹林を行くと綺麗な水が流れてる。其の水、実は良い水で飲めるんだよ。黒影の旦那も満足間違い無し!」
と、涼子は言うのだ。
「ああ、先輩……水にはデリケートでしたもんね」
サダノブは黒影を見てにっこりする。
……勘違いだぞ、サダノブ……。然も勘違いを広げやがって……。
黒影はそう思うのだが、黙っているしか無かった。
「さあさ、お部屋に行きましょうか……」
と、中に入ろうとすると、出迎えがあって荷物を運んでくれた。
「えっと……風柳さんは此方で、俺と穂さんは此方で、涼子さんが彼方で、後は先輩と白雪さんが此方」
サダノブはそう説明し乍ら鍵を渡して行く。
……ん?!黒影は其れを聞いてサダノブに鍵を渡され乍ら小声で言った。
「何で白雪と一緒なんだ!」
と。
「えっ?だってもう付き合ってるんだから良いじゃありませんか、子供じゃあるまいし」
何を気にしているのか分からないと言いたそうだ。
「……くーろーかぁーげぇー……」
地を這う声と、物凄い殺気を後ろから感じる。
「かっ、風柳さん!何にも無いですから。ねっ?落ち着きましょうよ」
黒影はわたわたし始める。
「何考えてるのよ。最低ね、男共って」
と、言うと白雪はさっさと黒影が手に持っていた鍵を取り上げ、先に部屋に入った。
風柳は白雪を追い掛けて、
「えっ、パパも最低に入ってた?パパはね、白雪ちゃんの事を大事に思ってるから黒影に言うだけでね……」
と、嫌われたくなくて必死だ。
「なぁーにが、パパよ。怪力だけの癖に。大体、黒影だけ虐めるパパが何処にいる訳?可哀想だと思わないの!良い加減、子離れしなさいっ!」
と、白雪に怒られている。
「退け、糞ジジイ」
黒影は風柳を蹴飛ばすと部屋に入って行く。
「ほらっ!黒影、未だ反抗期じゃないか。パパが心配するのは仕方無いよ」
風柳はしゅんとして、やっぱり何時もの刑事風柳に戻るしかなかったのだ。
「大丈夫ですよー!先輩、めちゃくちゃ奥手ですからぁー」
サダノブはそう笑い風柳に言った。
「そー言う問題じゃないんだよぉー、サダノブー!複雑なんだよ、そう……色々お父さんは複雑なんだ」
と、半べそを搔いて風柳はサダノブに泣き付く。
「別に良い年頃が如何くっ付いたって構いやしないじゃないか。あんまり若い恋路を邪魔したって嫌われるだけだよ。暇ならあたいと酒でも飲むかい?」
そう涼子は呆れつつも言ったが、風柳は想像するだけで恐ろしくて首を横に振り、
「だっ、大丈夫!若いもん同志好きにすれば良いんだ。そうだ、そうだ……」
と、言い乍ら心で泣いて自分の部屋へ行った。
「ありゃあ、完璧に自分に言い聞かせてるねぇ。全く……相変わらず過保護が過ぎるんだから」
と、涼子も自分の部屋へ行く。
「さぁ、サダノブさん、私達も部屋見てみましょう」
穂はルンルンでサダノブの腕を持ち、仲良く部屋に入った。
「わぁ……綺麗ですね……」
と、サダノブが窓の外の景色を見て言った。窓を開けると風が気持ち良い。笹の香りと音に癒される。サダノブは温泉饅頭を食べると、テーブルにポケットから落ちない様に忘却の香炉を置き、穂が淹れてくれたお茶を飲む。
「あれ?サダノブさん、其れ何ですか?」
穂は小さな香炉を見て聞いた。
「先輩がね、俺の為に態々大変な思いをしてプレゼントしてくれた宝物なんだ。……で、此の上に乗ってるのがね、「ポチ2世」って言うんだ。お守りみたいな物かな。持ち歩かないと意味が無いんだ」
サダノブはそんな風に、嬉しそうに説明した。
「ポチ2世さんですか、可愛いですね。ポチ2世さん、サダノブさんを守って上げて下さいね」
穂はそう言ってポチ2世に手を合わせてお願いする。
「ははっ……やっぱり面白いな、穂さんて」
と、サダノブは幸せそうに笑った。
――――――――――
「昔は何時も一緒だったのにね……。本当、風柳さんったら如何かしているわ」
と、白雪は言った。
「其れは白雪が綺麗になったから心配なんだよ。昔から可愛かったけどね」
と、黒影はのんびり座って寛ぐと言う。
「そうかしら……」
白雪はそう言って珈琲と紅茶をフロントに頼んだ。
「如何言う事?」
と、黒影は聞く。
「……涼子さんの方が、綺麗だし、大人っぽいし、趣味も似ているし、私よりお似合いだわ」
と、白雪は言うのだ。
「……本気で、そんな事を言ってるのか?」
黒影は少し悲しそうな顔で、白雪の顔を見た。
「だって、ああ見えて強がりだけど、本当は優しいもの。其れだって黒影も知ってるからビジネスパートナーとか言って、結局近くにいたいんだわっ!」
黒影は思わす黙り込む。少し考えて、
「似ているんだよ、きっと。でもあんまりに似ていたら欲しいと思わない。足りない物があるから、人は人を必要とする。僕は……少なくともそう思うよ」
と、話した。
「もし、もし貴方に何かあったら、其の時は涼子さんに夢探偵社を頼むって言っていたのも、自分に似てると思ったから?」
「そうだよ」
「じゃあ、もし涼子さんに何かあったら黒影は穂さんを預かるのね?」
「……そうだよ」
「でも、私は涼子さんと仲が良い訳じゃないわ。上手くやっていけないかも」
「涼子さんは白雪の事、大好きだって何時も言っているよ。其れに……僕の代わりに白雪を守れるとしたら、あの人しかいない」
「でも、どんなに似ていても、黒影じゃないじゃない!」
「そうだね。だから、長生きしないとね」
と、黒影は微笑んだ。
「気が済んだ?」
黒影は飲み物を預かると、白雪に紅茶を出して、珈琲を飲んだ。
「うん。……多分」
「黄色い薔薇も綺麗だ」
……黄色い薔薇?……昔、黒影はある事件の後、くれた薔薇。私は其の花言葉の”友情”で、恋心を踏み躙られたと思って頭にきていた。なのに、まだ他にも沢山意味があって、平和、献身、愛の告白、不貞、嫉妬、薄らぐ愛と、悪い意味もあった。あの時、本当の意味を教えてくれなかった。
「……ねぇ、昔にも貴方は黄色い薔薇の事を話したわ。あれからね、調べたら良い意味も、悪い意味もあって……私、貴方の気持ちが分からなくなっちゃたの。ねぇ……黒影には其の黄色い薔薇、何に見えるの?」
白雪は聞いた。
「……嫉妬」
黒影は理由も言わず、其れだけを答える。
「えっ?嫉妬していたの?」
白雪は昔を思い出して聞いた。
「うん」
と、黒影は答えた。
「じゃあ、今言ったのも、私が嫉妬しているって言いたい訳?」
黒影は珈琲を一口飲んで、
「違うの?……でも、嫌いじゃない。だから嫉妬していても綺麗だと言った」
黒影はそう答える。
「何よ、其れ。馬鹿にしているわ」
白雪がそう言ったので黒影は、
「馬鹿にした事なんかないよ。好きな人から嫉妬されたら少しは嬉しいよ。変かも知れないけれど」
……嫉妬に狂って人を殺す者もいるけれど、狂わない程度には幸せを感じる事もある。
本当は嫉妬は綺麗な物で、其れを濁らせてしまうのは不安なのだと思う。
だから君が嫉妬するなら、僕は安心しか上げない。
「ほら、そろそろ約束の時間だ。ロビーに集まろう」
黒影は懐中時計を見て言った。
「一体、何処に行くのかしらん?」
白雪は黒影に聞いた。
「大体の検討は付くけど、知らない方が楽しい事もあるよ。だから謎は謎のままにしよう」
と、黒影は楽しそうに白雪の手を取り微笑むとロビーまでの道を歩く。
「ねぇ……」
「……ん?」
黒影は白雪の顔を見た。
「御免なさい。我儘言って」
「良いよ、我儘はお互い様。今に始まった事じゃあない」
そう言って黒影は再び笑顔で歩き出す。
「我儘で良い。白雪の我儘は、僕は好きだよ」
――――――――――――――
「さっ、此処からは近いからタクシー2台で行くよー」
夕方になると、山はもう日が暮れて辺りは暗い。
月と星だけが、洋燈みたいに夜空を少しだけ明るく灯す。
タクシーを降りると、美しい神社がライトアップされ、妖艶な美しさに心を奪われた。小さな階段から幾つかの鳥居を潜る間も、灯籠と薄赤い行燈が並び幻想的で、別世界の入り口を歩いている様だった。
「何と此方!こんなに美しい縁結びの神様の神社なんですよー!」
サダノブが振り返り、ツアーアテンダントの真似をして言った。
其れを聞くと女子はわいわい盛り上がる。
「俺には用事が無い所だなぁー」
そう風柳は言ったが、
「何言ってるんですか、別に相手がいなくても新しいご縁に恵まれるかも知れない大チャンスなんですよ!其れにほら、こんな時間なのに若い女子がうじゃうじゃ。此れは悪いナンパから助けたら新しい出会い、来ちゃうかもですよー!」
サダノブは風柳の背中を押して逃げない様にした。
「流石に歳の差があり過ぎるよ。ただの警備役だな、今日は」
と、風柳は仕方無いと上がって行く。
「ほら、可愛い鈴だろう?此れを彼方に結ぶんだよ」
涼子は白雪にハートの鈴を渡した。
「白雪、こういう可愛いの、好きそうだな」
黒影はにっこり笑う。
「あ、有難う。涼子さん」
白雪が素直にお礼を言ったので、黒影と涼子は驚いて顔を見合わせたが、お互いに小さく笑った。
「可愛いお姫様だね」
と、涼子は白雪に微笑んだ。
白雪は少し照れて、てくてくと小走りで黒影を引っ張り、ハートの鈴を黒影と一緒に結んだ。
「お参りもしようか」
黒影はそう言って列に並ぶと、先頭で背の高い恰幅の良い男が一人、必死で拝んでいるのを見付ける。黒影は其れが風柳だと気付くと、可笑しくて笑いが止まらなかった。
「先輩、何大爆笑してるんですか?」
穂とサダノブが手を繋いで後ろに並ぶ。
「前、前……っ!」
黒影は腹を抱えて苦しそうに笑う。
サダノブも風柳に気付き、
「先輩!……そっ、そんなに……笑っちゃ……可哀想でしょ」
と、サダノブも笑いで苦しくて途切れ途切れに言った。
白雪と穂はクスッと顔を見合わせて笑う。
「見なかった事にして上げて下さいね」
と、穂は黒影とサダノブに言った。黒影とサダノブは未だ笑い乍ら頭を縦に振るので精一杯の様だった。
「風柳さんの年齢じゃ、最後のチャンスなんだから、そんなに茶化しちゃ駄目よ」
白雪がそう言うのだが、其れを聞いた穂が、
「白雪さん、其の言葉が一番きついかと……」
と、おどおどするので、其れを聞いてた黒影とサダノブは更にツボに入ったのか、苦しそうにヒーヒー言いながら笑い出す。暫くしてやっと笑いが収まってくると黒影は穂さんに、
「そう言えば、涼子さんはお参りしないんですか?」
と聞いた。穂は、
「涼子さんは引く手数多だから、もう要らないって言ってました」
「ははっ、涼子さんらしいな」
と、黒影は言った。
「涼子さん、そんなにモテるの?我儘なのに?」
白雪は穂に思わず聞いた。
「其れは……えっと、なんて言うか控えめに言っても色気はあるし、料理は上手だし、尽くすタイプで、反面度胸はあるし、器量良しですからね。我儘なんか言って貰いたい人の方が多いかも知れませんね。あ、でも涼子さんは好いた人しか興味無いんですよ。だから、あんまり参考にはしない方が良いですね」
穂は白雪にこっそり言うと、苦笑いした。
「それって、ろくでなし?」
と、白雪が聞いた。
「ええ、多分。ああ見えて一途なんですよ」
と、穂は微笑んだ。
涼子は月を見上げて真っ赤な着物を風に揺らせ、今日も帰らぬ人を待っている様に佇んでいた。きっと、黒影の赤い瞳に似たろくでなしの事を想っているのだろう。
――――――――――
旅館に戻ると折角部屋まで料理を運んでもらったのに、酒を持っては彼方の部屋、此方の部屋へと大騒ぎになってしまった。
「せんぱーい!来ちゃいましたー!」
サダノブがヘロヘロで部屋に来た。
「おい、酒代はうちの夢探偵社持ちなんだから勘弁してくれよ」
と、黒影は頭を抱えた。
「涼子さんがぁー、もっと飲めーって、わんこ酒し出してぇ……」
呂律も既にまともじゃない。
「すみません!ほら、サダノブさんお部屋戻りましょ」
と、穂が頭を下げてサダノブを引き摺って行く。
「ありゃ、穂さんも大変だなぁー」
黒影は思わず言った。
「ちょいとぉー!黒影の旦那ー!」
ドアをガンガンノックし、涼子が廊下で呼んで叫んでいる。黒影は慌てて、
「ちょっと、他の部屋に迷惑ですから。何ですか?」
と、聞く。
「つれない事言うじゃないのー。一曲踊りたくなったから、遊ばないかい?……あっ!可愛いお姫様も何か飲むかい?折角だから何処か空いてないか聞いてくるよ。旦那ももう少し飲まないと、ほら……」
と、浮かれ気分で来た様だ。
「そうねぇ……私、シャンパンなら飲めるわ!」
白雪が涼子の言葉に反応してしまった。……おい……嘘だろう……ヤバい。色々ヤバい。
涼子は黒影にお猪口を持たせると並々注いだ。
「あーもう、飲みますよ!」
黒影は一気にグイッと飲むと、涼子はうっとりして、
「良い飲みっぷり」
と、黒影にキスしようとしたので、
「半径2メートル入ってる!」
と、白雪が割り込んで止めた。
「もうっ!幾ら酔ってるからって頭にきた!私だって飲めるんだから、勝負よ!」
と、白雪は言い出す。
……白雪は酔わせる訳には行かないっ!黒影は必死で止めとけと言うのだが、
「女にも女の勝負って言うのがあるのよ!すっこんでなさい!」
と、白雪が黒影に言った。「すっこんでなさい!」?白雪の方が案外、勝負師だったりするのか?
「ほら、黒影の旦那、勝負師なら場所用意しとくれ。此の涼子、可愛いお姫様にだって女同志の勝負じゃあ、手加減はしないよ!」
「望むところよ!」
白雪は言った。
……ああ、もう駄目だ。シラフで居られる気がしない……。
黒影は頭を抱え乍らフロントに電話した。
「すみません、騒がしくて。何処か狭くても良いですから宴会場空いてませんか。ええ、酒は適当に自分達で注ぐんで。……はい、はい」
黒影は大きい溜め息を吐いた。
「残念ながら……空いてました。全員其処で良いですよね?」
と、がっくりして黒影は涼子に聞いた。
「やっぱり話が早い漢は良いねぇ……。惚れ惚れしちまうよ。じゃあ、あたいが皆を呼んで来るよ。何処に集めたら良いんだい?」
と、涼子は聞く。
「月の間が空いてます」
――――――――
「ああ、黒影やっと来たなー!こんな良い場所があるなら先に予約しておけば良かったのに」
と、浮かれ気分の風柳が言った。
「はぁ……何もこんな絶景の広い場所、空いてなくても良かったのに……」
と、黒影は月が綺麗に見える宴会場で、一人酒代の心配をしている。そもそも飲兵衛の集まりみたいなものに、白雪のシャンパンは痛過ぎる。然も、酒癖が良くない事もあまり知られたくはない。
「ほら、黒影の旦那が飲まないんじゃ、皆飲み辛いだろう。皆、ガンガン注いでやんな!」
と、涼子は此処ぞとばかりに潰しにきた。
そして、涼子は黒影の耳元で扇子を広げると、
「旦那が勝ったら飲み代「たすかーる」持ち。然も、大事なお姫様を潰さないでいて上げるけど、如何する?」
と、勝負を仕掛けて来た。白雪は多分涼子よりかは飲める。……が、酔っ払われては困る。
「うーむ……」
珍しく本気で悩む。
「白雪は弱いから、僕が変わりたいのは山々だけれど、女の勝負じゃ邪魔出来ないな。もし、そんな白雪が勝ったら如何するつもりさ」
と、黒影が聞いた。
「お姫様には流石に負けないよ。酒代と、欲しがっていた無線機プレゼントで如何だい?」
涼子がそう言った瞬間、
「よしっ!その勝負受けたっ!」
と、黒影は立ち上がる。
「あらあら可哀想なお姫様。とうとう王子様に見捨てられたのかね?」
と、涼子は笑った。
「笑っていられるのも今のうちよ!」
……嗚呼……色魔と淫乱の恐怖対決、如何したものか。
「ささ、先輩飲みましょうよー!」
サダノブは楽しくなってきたのか、此の調子でずっと黒影にもわんこ酒を勧めてくる。
「すみませんねー、すみませんねー」
と、連呼しつつも穂さんは満面の笑顔で、多分酔っている。
「ちょっと!レディに手酌させるなんて許さないわよ!」
そう白雪が彼是一時間飲むと言い出したので、黒影はわんこ酒からなんとか離脱し、白雪の横でシャンパンを注いでやる。
「あら、黒影の旦那、私は手酌で良いってのかい?」
黒影はわんこ酒の所為でボーっと乍らも、涼子にも注いでやった。
「あっ、狡いっ!黒影は夢探偵社応援係でしょ!」
と、白雪にズルズル首根っこを引っ張られて、元の白雪の横に戻る。
「ん……穂じゃ駄目だねぇ。そうだ、中間のサダノブ借りるよ」
「どーぞー」
と、黒影は怖過ぎて飲む気も失せる。
「あれー!先輩が一番お疲れなんですから、こんな日ぐらい羽目外して下さいよー。穂さぁーん!ちょっと」
と、サダノブは穂を呼んだ。
「御免ね、先輩直ぐ遠慮するから……どんどん注いで上げてくれるかな?俺なんか先輩に一度も飲みで勝った事無いから、遠慮しなくていーよ」
……サダノブ……余計なんだよ!……此れは遠慮じゃないんだ……と、黒影は叫びたくなる。……が、流石に穂さんが丁寧に注いでくれる酒は断れない。
風柳は、
「おっ!頑張れ、頑張れっ!」
と、浮かれ気分で応援している。最早何方の応援か分からない。
――――二時間経過。
何方もペースを落とさない。黒影も巻き添いを食らっている。
「なかなかやるね、お姫様!こんな秘蔵っ子持っていたなんて聞いてないよ」
と、涼子は言い乍らもぐびぐび飲んで行く。
「言っていませんでしたからねー」
ほろ酔いの黒影はまったり答えるだけだった。
「涼子さん……一曲踊ってよ」
と、黒影が不意に言った。
「そうやって、早く酒を回そうって魂胆だね、旦那」
涼子は黒影に言った。
「違うよ。月があんまりに綺麗だから、涼子さんの踊りと酒があれば心地良いんだろうなぁーって」
そう甘えた笑顔で言ったかと思うと、黒影は儚そうに頬杖をし溜め息を一つ吐き、月を見上げて宵待草の唄を口ずさんだ。
「黒影の旦那には参ったねぇ。仕方無い、一曲だけだよ」
ほろ酔いの黒影の為に、涼子は舞台で舞踊を一曲披露する事になった。
黒影は小声で白雪に、
「今だ、飲めっ!」
と、白雪のグラスにひっきりなしにシャンパンを入れる。
「後は面倒みるから、安心しろ」
と、付け加えて。
「……なんて美しい舞なんだ。……まるで天女か蝶だ」
そう言った声に、黒影は振り向いてギョっとした。
「かっ、風柳さん!しっかりして下さい。あれは「昼顔」の涼子ですよ?元大泥棒に現役刑事が惚れるには壁が厚過ぎますって!」
黒影は風柳の頬を軽く叩いて正気に戻そうとする。
「壁が厚い程、恋は盛り上がる。壊して手に入れたくなる」
と、風柳は恋愛成就を願い過ぎてとんでもない方向に行ってしまいそうだ。
「ほら……綺麗だろう。あの真っ赤な一匹狼……守りたくなる」
「……そりゃあ、確かに綺麗ですけど」
と、黒影はゆっくりその舞を酒と味わう事にした。
「風柳さん!」
風柳は曲が終わると爆睡していた。
「ああ…もう、動くのもやっとだよ」
黒影はまた白雪の元へズルズル戻ると、シャンパンを入れてやる。
「如何?大丈夫?」
黒影は白雪の調子を聞く。
「黒影の方が酔っているじゃない。駄目よ……私より先に酔っちゃ」
白雪は黒影の顔を優しく撫でるとキスをした。
黒影は白雪がキス魔になってきたのに気付き、涼子が早く負けないか見ている。
「先輩ー!何してるんですか?はい、カンパーイ!」
サダノブがふらふらやって来て、一気飲みをする羽目になる。白雪と涼子に挟まれて酔い潰されたらと考えただけでも恐ろしい。
「サダノブ、此の二人から僕を守れ!良いなっ、先輩命令だっ!」
サダノブの肩を揺らし、必死で訴えてみる。
「先輩?何がそんなに怖いんですか?」
サダノブは辺りを警戒する。
「違う!敵じゃないっ!耳をかせ!」
「……良いか、トップシークレットだと思って聞け!白雪はその……酒は強いが、キス魔になって淫乱になる。それと、色魔の涼子に挟まれているんだ。僕を絶対酔わせるな。良いなっ!」
と、黒影は必死でサダノブに言った。
サダノブはニヤリと笑うとこう言った。
「先輩、……やっと奥手から抜けるチャンス到来ですね」
と、黒影は、
「お前なんか、今直ぐクビだ!クビにしてやるっ!」
と、騒ぐと、穂が心配して、
「またサダノブさんが何かやらかしましたか?」
と、聞く。
黒影は、大人気なかったと真っ赤になってウィスキーをぐびぐび飲んでしまう。
「すみません。良くやってくれていますよ。ちょっと上手くいかない事があって……きっと酒の所為で気がおかしくなったんですよ。気にしないで下さい。こんな優秀な仲間、他にはいません。少し甘え過ぎました」
と、朗らかに笑い乍ら、サダノブめ!と思っている。
――――――三時間後
「はぁ……旦那、此のお姫様、未だ飲んでるよ」
と、涼子は黒影の片腕に寄り掛かっている。
「私の勝ちよ、諦めなさい!」
白雪はそう言って黒影の反対の腕に獅み付く。
「あのぉ、此れではお酒が飲めないのですが……」
と、黒影は興醒めして此の際だから、飲んでしまえと思っていた。
「あら、飲めるわよ」
白雪はシャンパンを口に入れると、黒影に口付けして、其の儘飲ませた。流石に黒影は真っ赤になって俯くと、
「そうじゃなくて、自分で飲める……」
と、ボソッと言った。
「おや、見せ付けてくれるじゃないか。でも旦那を此れ以上虐めたら可哀想だから、今日はあたいの負けで良いよ」
……一番の負けは僕な気がするんだが……。せめて忘れる程飲めたら良いのに。
「サダノブ、香炉をよこせ!もう無理だ、耐えられん!」
と、黒影は叫ぶのだが、
「何、ハーレム状態でそんなに不満なんですか?羨ましいですけど……。香炉は俺にとっても宝物なんです。後……先輩も」
そう言ったかと思うとサダノブは黒影を二人から引き離し、背中に背負いゆっくり歩き出す。
「サダノブ?」
黒影は酔い過ぎて薄れる意識の中、部屋まで送って背負ってくれたのは覚えている。
「先輩泣きそうでしょう?訳わからなくてやけ酒しようとするし。変かも知れないですけど、白雪さんと先輩には純愛でいて欲しいから運ぶだけですよ。後で文句無しですからね」
と、サダノブは言った。
「穂さんとは純愛してるのか?」
黒影は何となく聞いた。
「多分……遊びじゃなくて本気をそう呼ぶなら、そうかも知れませんね」
「そうか……有難うな」
……ほら、やっぱり助けてくれる……。
「白雪……大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。穂さんなら安心でしょう?後で穂さんに運んで貰いますよ」
――――――――――――
翌朝、サダノブが黒影を起こしに行った。
「せんぱーい!おっはよー御座……御座っ!……きゃー!何これ、何これ!黒影殺人事件じゃないのぉー?!」
と、ぶりっ子気味に巫山戯てサダノブが言った。
「……サダノブ。巫山戯ていないで、珈琲……」
床に突っ伏して倒れたままの黒影が言った。
「きゃー!此のゾンビ、話した!」
と、サダノブが未だ巫山戯ていると、
「……珈琲飲みたい……」
と、意気消沈して言う。
「分かりましたよー、ほら起きて。今、フロントに電話しますから」
黒影はむくっと起き上がると放心状態で、肌けたシャツを見て溜め息を吐いた。
「ヒィー!何ですか、其れ」
キスマークだらけの顔や首、胸元に草臥れたシャツが、昨日の壮絶な一日を物語っている。
「だからキス魔なんだって!其れに涼子さんまでまた酒を持って来て一睡もしてないよ……。だから、嫌なんだ」
と、黒影はボロボロのまま、よろよろとシャワーを浴びに行った様だ。
「其れで何も無い方が不思議ですけどねー」
「五月蝿いなっ!」
と、シャワー室から黒影は怒っているのが分かる。
「サダノブ、鞄から着替えのシャツ取ってー」
黒影が手だけ出してヒラヒラさせる。
「あのね、そーいうのは嫁さんに言うんですよ」
サダノブは文句を言い乍らも、シャツを出し渡した。
「嫁は酔って爆睡中だ。手ぇ、出すなよサダノブ!」
と、黒影は言う。
「あんなに酔っ払っても、寝顔は白雪姫みたい……」
黒影は着替えて出ると、
「寝顔だけはな……」
と、白雪を見てクスッと笑った。
「何で結婚しないんですか?」
珈琲を飲んでいた黒影に急にサダノブが聞いたので、思わず黒影は咽せる。
「馬鹿っ!ただでさえ、僕は年がら年中狙われて、白雪だって忘れているかも知れないが能力者なんだ。白雪は……僕にとって生命線みたいなものだから、狙われ易い。本人は足手纏いにならない様に必死みたいだけれど……それでも構わないのにな……」
と、黒影は白雪を見乍ら言った。
「どうせ、一緒にいて一緒に戦うんなら結婚しても変わらないんじゃないですか?」
サダノブが聞くと、
「……出来れば、戦って欲しくない。僕の勝手なエゴだ」
と、答える。
「そんな事言ってたら、先輩より先に穂さんと結婚しちゃいますよ」
と、サダノブが言ったので黒影は驚いて、
「はあ?まさか授かり婚か?」
と、聞いた。
「例えばですよー。でも、子供が出来たら危ないですよね、やっぱ」
サダノブはただ将来の事を考えていたらしいので、黒影はホッと胸を撫で下ろす。
「涼子さんか風柳さんに頼めば良いんじゃないか。其れに二人の子供だったら僕も白雪も必死で守ってやるよ。……涼子さん、あれで昔は子供がいたんだ。捕まった時に遠い親戚に預けてしまったけれど」
と、黒影は言った。
「えっ?嘘でしょ」
サダノブは驚いて聞き返す。
「本当さ。親が犯罪者じゃ可哀想だからって、二度と会う気は無いらしい。僕も引き渡す時に立ち会ったからね」
黒影は其の時を思い出して少し無言になる。
「しんどい、仕事でしたね」
と、サダノブはボソッと言った。
黒影はやっとお疲れ様と言われた様で、少し微笑んだ。
「有難うな」
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この記事が参加している募集
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。