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いちがつ ついたち 日の出まで

数年前の大晦日。私は生まれて初めて家族以外と年を越した。

24時間営業のファミレス。目の前には友人がふたり。

私たちは夜に集まって、ぼんやりと話しながら年越しを待った。
就職が目の前の時期で、現実を見ているんだか、見ていないんだか。もう今となっては何を話したんだか覚えていないけれど、とにかく時計の長針と短針がてっぺんで重なったころ、ドリンクバーのジュースで乾杯した。

他のテーブルからも同じような乾杯の声が聞こえた。一人客もちらほらいた。

客もまばらな深夜のファミレス。
いつも家の中で迎える年越しの行事が、非日常に染まってわくわくした。

この後はどうするんだろう。
せっかくだし、初日の出でも見に行くのかな。初詣でも行くのかな。

私たちはあまりちゃんとした計画を立てないタイプで、浮かれたことが好きでは無いタイプだった。
柄にも無くちょっと浮かれている自分が小っ恥ずかしくて、これからのことを言うに言えずに、ひとまず電車が動き出すまで、深夜3時の強烈な眠気と格闘しながら夜を過ごした。


解散は呆気なく、5時頃となった。
電車が動き出したことで、住む場所が近くない私たちは、そのままあっさりお開きの空気。若者らしくもない。私たちは、無茶をしないタイプだ。

あっという間に非日常が終わってしまった。

私が言えたらよかったのだ。「この後どっか行かない?」「まだ帰りたくない」とか。たったそれだけのことを。

勿体無いな、せっかくの機会だったのに。
海にでも行けたらよかった。

まだ夜と同じ顔をする電車で家路に向かいながら、なんだかひとり、虚しくて寂しくなった。勿体無い。私はまだ、この特別な夜を終わらせたくなかった。


海は遠い。ここからではとても、日の出まで間に合わない。
世界が明るくなって魔法が解けたあとの海で、ひとりきりの自分を想像する。
寂しすぎる。真冬の海にひとりきりでは、身も心も凍えてしまう。

さっき解散した友人たちのSNSを開いたら、家が近いふたりはまだ一緒にいるようだった。なんだ、私だけひとりなのか。



ひとまず最寄り駅に到着する。
さあ、どうしよう。日の出を見たい。もう地元でもいいから、日の出を拝んで帰るんだ。絶対に。私はちょっと意地になっていた。

日の出の時間は6時50分。あと1時間しかない。
この辺りでいちばん見晴らしがいい場所。太陽が昇る方向。

スマホを眺めている時間も惜しい。
ざっと確認して、人も車もない街に歩を進めた。なんならほとんど走っていた。

時間がないし、何より寒い。人の気配が全然なくてちょっと怖いし。

小学生のとき毎日歩いた通学路。坂と家ばっかりの、見慣れた地元の風景。
魔法がかかったみたいに、いつもと全然違う場所に見えた。

誰も居ないのに、赤信号で立ち止まる。意味がないと気付いて、横断歩道の真ん中から、道路の写真を撮ってみる。人の目なんかひとつも気にならない。
特別な日だから、家の中で起きている人もたくさん居るのかも。だけど私から見れば、みんな眠っていてとっても静かだった。

なんて快適。世界に私しか居ないみたい!
浮かれた気分で街を走り回って写真を撮っていると、だんだん空が白んできた。

まずい。日の出が近い。驚くくらいのスピードで魔法が解けていく。街が目覚め始めている。太陽が全部照らして、見知った風景に戻っていく。

慌てて見晴らしの良い場所に走る。
ああ、全然初日の出なんか見えやしない。

ここは海じゃなければ富士山のてっぺんでもないし、地平線が程遠い私の世界では、空がじわじわとオレンジに染まる景色が見えるだけだった。


あーあ、おわっちゃった。

なんだか急に寒さと空腹を思い出して、近くのコンビニに入る。
ほかほかの肉まんをひとつだけ買って、すっかり日常に戻った家路についた。



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