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世界が真っ白になったこと

視界が世界が真っ白になったことがあった。私が21歳くらいの頃だ。

よく誰もが経験したことのあるようなショックで目の前が真っ白になったなんてことじゃなくて、現実世界の全てが真っ白になった。

その日、医者の言葉から自分の心はもう治ることはないと告げられたように感じ、その瞬間、私の視界には光が広がり、あっと言う間に世界が真っ白に変わってしまった。

街の景色も人間も、木だってビルだって信号機だって全部が真っ白。車も自動販売機も街の看板も見渡す限りの全てのものが真っ白。すれ違う人々も家族も自分の犬も真っ白。もちろん私の顔も真っ白だった。

白の中に濃淡があり陰影のようなコントラストだけはあった。そのおかげで物の形は理解出来ていたけれど、文字は理解出来ない。

電車の切符は買えないし、テレビも見れない、携帯電話の操作も不可能。私はこの非常事態を誰にも話さなかった。話したら家族が混乱を起こし、精神科に直行だ。もう社会に戻れないような気がした。この真っ白な世界だけでもかなりの恐怖なのに、戻れないのはダブルで恐怖だ。だから、私は1人でこの状態をなおすことにした。

一日眠れば明日は大丈夫だろうと期待して、早々に睡眠薬を飲み眠った。何も見えないので家族との会話も難しく、風呂も食事も難しい。早く眠るしかなかったのもある。

目が冷めたら、まだ真っ白の世界。世界は何も変わらなかった。
自分の顔が分からない。恐る恐る手で触れ、のっぺらぼうになっていないかを確かめた。顔はある、あるから大丈夫。これはかなり最悪な事態で、ここでパニックを起こすことが精神には1番悪いことだと考えた。ここまで最悪なことはきっとこの先にはない、だから大丈夫。ここまできたら上がるだけ、やっと苦しみから解放される、これはチャンスだ。私はそう思い込んだ、自分を思い込ませた。これはラッキーなチャンスだと思い込ませ、私は自分におめでとう!と笑った。素晴らしい!よくがんばった!もうこれで大丈夫!なんだかそんな言葉で自分を褒めまくって笑った。本当に声をだして笑った。1人で自分を褒めて1人で笑った。このやり方が合ってるか分からない、正解じゃないかもしれない。でも、不安になったら成功しない、という絶対に正解だと自分を信じきった。それしか戻す方法は残っていないと感じたし、賭けるしかなかった。笑っているうちに真っ白の世界が、霧が晴れるかのようにうっすらと色を戻してきた。笑え、笑えと鮮明な色を取り戻すまで私は笑った。


この経験が一体なんだったのか、いまだによく分からないけれど、私はこの日から肉体と精神との距離感を取り戻したように思う。完全ではないし、それはありえないことなのかもしれないけれど、私が私を取り戻した感覚を得たことが大切だ。結果的にこの体験は私に希望を持たせた。


この体験は私の書いた本[よわむし]にも書いている。
これがひとつの転機となっているし、私が描く人間はこのときの人間の形をしてしまう。
顔も顔らしい顔が浮かばないのは、顔が無かったからでもある。


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今、私が考えてるぐるぐるしてることだから。

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