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魔法少女の系譜、その52~『紅い牙』、補足~


 前回に続いて、今回も、『紅い牙』を取り上げます。いくつか、言及しておかなければならないことがありますので。

 ここまで、『紅い牙』について読んできて下さった方は、「これが少女漫画? 少年漫画じゃないの?」と感じたのではないでしょうか。
 昭和五十年代(一九七〇年代後半~一九八〇年代前半)には、確かに、こういう作品が、少女漫画誌に載っていました。決して多数派ではありませんでしたが。

 当時も、圧倒的に、「恋愛」をテーマにした少女漫画が多かったです。
 じつは、『紅い牙』にも、恋愛要素がありました。

 物語の後半、ランには、恋人ができます。鳥飼修一、通称バードという青年が、相手です。彼は超能力者ではなく、普通の人間です。
 バードは、一度死んでから、サイボーグとして蘇ります。彼の場合は、自分の意志でサイボーグになったのではなく、心ならずも、タロンによってサイボーグ化されます。

 このバードをめぐって、ランとソネットとが三角関係になります。バードは、終始一貫してランの味方ですが、ソネットも憎からず思っています。ソネットのほうも、敵であるバードに惹かれます。
 三角関係というものは、普通でも、修羅場になりがちですね(^^; それに、タロンという悪の秘密結社がからんで、三人が、敵味方に引き裂かれているのですから……恋愛ものとしては、悲劇にしかなりません。

 最終的に、バードは、ランとソネットと、どちらを選んだのでしょうか?
 これについては、読者の間で、賛否が分かれる結末となりました。私は、「これはこれでありだ」と思いました。
 悲劇には、違いありません。けれども、この結末で救われたキャラクターもいました。

 ランとソネットとは、反タロンとタロンという意味で敵同士だったばかりではなく、恋愛でも、ライバルでした。このあたりが、少女漫画だと思います。

 『紅い牙』と同時期の超能力少女漫画『超少女明日香』にも、恋愛要素がありましたね。
 同時期に、同じ超能力少女がヒロインの漫画ということで、この二作品は、並べて語られることが多いです。

 『紅い牙』と『超少女明日香』とには、「超能力少女」以外にも、重要な共通点があります。
1)当時の少女漫画では珍しく、「戦闘する少女」が描かれたこと。
2)少女漫画界では、きわめて珍しく、男性作者の作品であること。
です。

 私は、作品論に、安易に性差の問題を持ち込みたくはありません。
 しかし、少女漫画界という、著しく性別の偏った世界―当時も今も、少女漫画は、描き手・読み手ともに、女性が圧倒的ですよね―で、希少な男性の描き手が、「戦闘する少女」を描いたことには、意味を見つけたくなります。

 『明日香』や『紅い牙』以前の作品を眺めてみても、「戦闘する少女(女性)」が登場するのは、ほぼすべて、男性作者の作品です。『キューティーハニー』(永井豪さん)しかり、『好き!すき!!魔女先生』(石ノ森章太郎さんの漫画が原作)しかり、『リボンの騎士』(手塚治虫さん)しかり。
 『リボンの騎士』は、魔法少女ものではありませんが、少女漫画として描かれました。作品中に魔法が登場します―ヒロインではない人物が、魔法を使います―し、魔法少女ものに近い作品といえます。

 魔法少女ものではない作品で、「戦闘する女性」が登場する娯楽作品といえば、『サイボーグ009』や、『科学忍者隊ガッチャマン』や、『秘密戦隊ゴレンジャー』に始まる戦隊ものが思い浮かびます。どの作品にも、女性の戦闘員がいますよね。
 この分野では、石ノ森章太郎(一九七〇年代には、石森章太郎)さんの功績が、甚大です。『サイボーグ009』も、『ゴレンジャー』に始まる戦隊ものも、石ノ森さんの原作ですね。そして、『魔女先生』も、石ノ森さんの原案でした。

 『魔女先生』が、後半になって、「変身して戦う女性」になったのは、直接的に、当時流行っていた『仮面ライダー』―これも、石ノ森さん!―などの影響を受けたためでした。
 『仮面ライダー』などの「ヒーローが変身して戦う」作品は、当時も今も、少年漫画の王道の一つですね。
 つまり、少女向け作品に、少年向け作品のテンプレートが取り込まれたのが、『魔女先生』でした。

 『明日香』や『紅い牙』で、ヒロインが「戦闘する少女」にされたのも、少女漫画に、少年漫画のテンプレートを取り込んだといえるでしょう。明日香もランも、「変身」して戦うあたり、少年向けヒーローものの匂いを強く感じます。
 それは、作者が男性だったからこそ、思いつきやすくて、実行しやすかった、と言えるかも知れません。

 私の感覚では、『紅い牙』は、少年漫画『バビル2世』の影響が強いと感じます。
 『バビル2世』は、昭和四十六年(一九七一年)から昭和四十八年(一九七三年)にかけて、『少年チャンピオン』に連載されました。昭和四十八年(一九七三年)には、アニメが放映されています。『紅い牙』の連載が始まる、二年前ですね。

 『バビル2世』では、主人公のバビル2世は、五千年前に地球に不時着した宇宙人、バビルの子孫です。なおかつ、バビルと同じ超能力を持つ少年です。初代のバビルが残した「バビルの塔」や「三つのしもべ」などの超科学力を受け継ぎ、悪の超能力者ヨミと戦います。
 これって、古代超人類の子孫であるランと、似ていますよね。しかも、ランの祖先である古代超人類とは、じつは、地球にたどり着いた異星人の種族なのです。ここまで似ていれば、何らかの影響があったのは、間違いないでしょう。

 二〇一六年現在では、少年漫画にも、「戦闘する女性」が登場するのが、普通になりました。それは、少女漫画に登場した「戦闘する女性」を、逆輸入したのではないでしょうか。

 この問題は、突っ込むと、奥が深いです。今回は、ここまでにしておきます。『魔法少女の系譜』シリーズで、いずれ、また触れるつもりです。
 とりあえず、『明日香』や『紅い牙』は、少女漫画に少年漫画の「戦闘」要素を入れた、早い時期の作品だと、指摘しておきます。

 『紅い牙』の「変身」要素については、やはり、言及すべきことがあります。
 ランが「紅い牙」を使うのは、追い詰められて、生命の危険があるような時です。その時、ランは、髪の色が赤くなり、髪が逆立って、「変身」します。
 「紅い牙」が発動すれば、ランは、ほぼ無敵です。ただし、「紅い牙」は、現生人類を怨んでいるため、たいへん危険な存在です。暴走して、敵ではない人々まで傷つけることが多いです。

 これ、二〇一六年現在では、どこかで見たような展開だと思いませんか?
 いわゆる「イヤボーン」の典型だと思いませんか?

 イヤボーンとは、もともと、漫画『サルでも描けるまんが教室』(略称、サルまん)に登場し、定義された言葉です。追い詰められた少女などが、「いやーっ」と叫んで、「ボーン」と秘められた超能力が発動する、という展開に名づけられました。

 ニコニコ大百科やピクシブ百科事典に、詳しい「イヤボーン」の解説があります。
 が、その中に、実例として、『紅い牙』が出てきません。早い時期の「イヤボーン」の例だと思うのですけれど。
 少なくとも、少女漫画では、『紅い牙』が、イヤボーンの最初期の作品だと思います。ニコニコ大百科のような「おたく系知識集」では、少女漫画の分野が弱いですね。

 『紅い牙』では、もう一人のヒロイン、ソネットも、「イヤボーン」で、超能力が発動します。
 ソネットは、幼い頃から、超能力の兆しを見せていました。しかし、本格的に超能力が発動するのは、母親に裏切られて殺されそうになった時です。まさしく、「いやーっ」と拒絶して、「ボーン」と発動しました。

 ソネットの場合は、一度、本格的に超能力に目覚めた後は、すぐに、その能力をコントロールできるようになりました。「イヤボーン」は、最初の一回だけです。
 とはいえ、ダブルヒロインの両方ともが「イヤボーン」を経験しているのですから、『紅い牙』は、「イヤボーンの典型を作った例」として、挙げられてしかるべきでしょう。

 イヤボーンの例でわかるとおり、『紅い牙』は、その後の漫画やアニメ作品に、テンプレートを提供した作品でした。一九七〇年代には、それらは、斬新な要素でした。

1)ヒロインが、変身して戦う。
2)イヤボーン。
3)複数のヒロインが登場する。
4)悪の秘密結社が登場する。
5)敵も味方もおおぜいいて、個人戦ではなく、集団戦。
6)ヒロインたちが、複合型の魔法少女。
7)ヒロインが、少女期から、成人した後まで活躍する。

といった要素です。
 1)~5)は、二〇一六年現在では、漫画やアニメで普通に見られるようになりましたね。6)や7)の要素は、二〇一六年現在でも、新奇性があります。
 偉大な作品には、このように、いろいろな要素が詰め込まれています。それらは、時が経っても色褪せない新奇性や、誰もが好む王道性を含んでいます。

 今回は、ここまでとします。
 『紅い牙』の考察はこれで終わって、次回からは、別の作品を取り上げる予定です。




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