はじめての三国志の「輪郭」の正体とは?
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はじめての三国志の「輪郭」の正体とは?

おとぼけ(はじめての三国志代表:田畑雄貴)

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「はじめての三国志」が産声をあげてから、6年が経った。ここまで反響が大きくなるとは、小さな個人ブログを立ち上げたばかりの当時は予想もしていなかった。

これまでディレクターの視点として、はじ三の内側ということをあまり表に出していなかったけど、6年の節目ということで、「読者」と「はじめての三国志」の運営がつながる企画をするなら今しかないと考えた。


「はじめての三国志」略して「はじ三」は、三国志好きや歴史好きの読者によって育ててもらったメディアだと思う。

だからこそ、読者にはじ三の内側はどうなっているのかを今お伝えしたい。

「いつも楽しんで読んでるよ」「これからはじ三を支えるよ」「ずっと応援するよ」と思ってくれている読者と深くつながりたいと思い、書き綴る──。

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「つながる!はじめての三国志」、第一弾の企画は、

「はじめての三国志」の輪郭の正体とは?

「輪郭」という表現が伝わりづらいかもしれないが、

はじ三に遊びにくると、他のメディアとは違った独特の空気を感じないだろうか。三国志らしくないイラストであまりにもおちゃらけすぎているとか。

はじ三は気に食わないけど、なんだか気になるとか。

そんな不思議な空気感を醸し出している「はじめての三国志」の内側がどうなっているのかを伝えられたら良いと思う。

この記事は、暴露話や学術的で権威性を帯びたり、専門的なビジネス寄りにするつもりはない。と、カッコつけて書いてみたが、僕は非常に多くの失敗をしてきたので、そもそも専門的なビジネスの話なんて書けるわけもない。むしろ、恥を晒してる感じ。

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だから、肩の力を抜いて、興味のある人にだけ届けばいいかなと思う。「はじめての三国志」の内側に興味を持つ読者に、「はじめての三国志」の「輪郭」の正体を知ってもらい、また別の読者とつながる。そんな「企画」にしたい。

制作の指揮を取るへっぽこディレクター

僕ははじ三全体のスケジュール管理や、予算管理、リソースの手配、外部との折衝やマーケティング戦略の立案を担っている。役割上、クライアントや関係者と日々、打ち合わせや会議に出席する。

僕は内向的な性格なので、こういう場には正直ストレスを感じながら挑んでいるのだけど、1秒でも早く会議から抜け出したいという思いから、他社の企画書を誤って提出する最低な失敗もしたことがある。

理由をつけて欠席したいのが本音だけど、外部との打ち合わせは、「はじめての三国志」が世間ではどの立ち位置なのかを確認できる大切な場でもあるため、なるべく参加するようにしている。

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打ち合わせ時に、「メディアの空気感がシュールですね」「わかりやすくて読んでいて楽しい」「実はあのライターのファンです」と言われることもあり、僕ははじ三を運営してよかったと嬉しくなるし、メンバーと一緒に仕事ができていることを誇りに思う。

はじ三の空気感は、僕が作ったのではない。毎日6年間、最前線で三国志や歴史のコンテンツを作ってきた中の人たちが「試行錯誤して自然と生まれた独自の文化」であり、これまでにはじ三に携わってきた方々が築き上げた賜物である。

これが確固たる矜持となり、全員がお互いの良さを出し合う体制ができ、少しずつだけど成長していった。加えて、ありがたいことに読者も少しずつ増えてきた。

「はじめての三国志」は中の人と読者が一体となり、はじ三の独特の雰囲気を築き、今に至ったのだと思う。

まるでテンプレのような謙虚さをアピールしているけど、僕自身は謙虚さを忘れてしまい何度も失敗を繰り返してきたからこそ、身に染みているのだ。

というのは、僕は内向的なくせに野心家でもあり、中の人たちの才能を表現させる立場を超えて、自身のエゴを混合させてしまい、チームが崩壊したことも何度かあった。

ともに仕事をするメンバーから忠誠心を引き出そうとしたこともあり、容易に想像できるだろうけど、こっぴどく失敗した。

自身の野心の焦点を、ともに仕事をするメンバーに向け、創造的で自由な発想を引き出すよう環境を整えるようにし、僕は口を出しすぎず、謙虚に受け止めるようにしたことで、少しずつ好転した。

ともに仕事をするメンバーの才能やスキルを高く評価していること、将来的に必ずフィードバックがあると期待できたこと、

また、webメディアは変化がとても早く、結果がでなければ「はじ三」に終わりが来るかもしれないという厳しい競争の世界にいることを認識させてくれたこともあったのかもしれない。

武者修行に行くへっぽこディレクター

運営を続けていくと、いっちょ前に「良いコンテンツとは何か?」を考える日々が多くなっていた。コンテンツの品質とは、伝統的なメディア視点であれば、一次情報であったり、足を運んだ取材であったり、学術的に意義が高い情報であったり、そもそも誤字脱字も誤植も一切ないコンテンツなのかもしれないけど、定義するのは本記事では語りきれない。

ただ、コンテンツの品質だけでは情報過多になった現代社会では厳しく、もう少し広い視野が必要だと感じていた。僕は他メディアの運営について興味を持つようになった。

賑わっているメディアはどうやって読者を魅了しているのか。一見価値のなさそうな変哲もない取り組みや、普通だとスルーしてしまう小さな事象でさえ、どんな手段を使って集客をしているのか。

とにかく良いと感じたものは、はじ三に取り入れたかった。

ある時ご縁があり、さまざまな業種のメディア媒体を兼任できるメディアディレクターとして参画する機会を得た。

最初は原稿の校正やファクトチェックなどの下積みから入り、やがて林業や自動車産業、リユース業などメディア運営に携わった時、「個人の色」を出すことを許されない、媒体や業界全体のトーンや世界観が最優先といったメディアを経験した。

主観を抑え、事実を淡々と書いたメディアの方針ははじ三とは真逆であり、必死にその媒体の文化に適応したが、正直とても苦戦していた。

言論系、食べ物の批評系といった「主観」が売りのメディアは、ライターの考え方が十人十色であり、原稿を読むのも楽しかった。個人的にはそういったメディアの方針の方が肌に合ったのかもしれない。

メディアによって方針や、何を指標にしているのか、編集長の価値観によっても大きく違う。多様な業種のメディアに携わることで、「主観」が滲みている記事は論調を問わずはじ三に掲載する、という僕の中での方向性がより固まっていった。

ひとつの価値観や決まった歴史観の方向性に読者を誘うことではなく、さまざまな三国志の考察や歴史観を持った書き手が、自由に語り、三国志の深さや違った視点を読者に気づかせてくれることこそが大切だと確信した。

ただしあまりにも偏っていたり、根拠に乏しい事実を自信満々に述べりすぎるのも問題になるため、しっかりと客観的情報にたどり着く技術も必要である。編集長を筆頭にライター陣は、歴史の細い線をたどることを得意としているので信頼している。しかし、正確な事実が羅列しただけでは、歴史エンタメを楽しむ層からすれば「無味乾燥なコンテンツ」に見えてしまうだろう。

また主観は本音とほぼ同じでもある。書き手の主観を前面に出しすぎると下品に見える場合もあり、批判をうけやすい。

批判が個人の価値観を否定し傷つくこともある。それでも、当たり前のことだけを述べる記事にしない「はじ三」のライター陣に、僕は尊敬の念を常に抱いている。

はじめての三国志のコンセプト

三国志の魅力をもっとたくさんの人に伝えたい。

「はじめての三国志」では大まかなコンセプトや世界観は保ち、一貫性より多様性を重んじながら、個性を共存させる。

そして、「はじめての三国志」のkawauso編集長は、はじ三の文化の模範や基準を作ろうとしている。

はじ三は多くの人が参画し、多くの人が去っていく。時には両者の関係にも刺激がなくなり、終わりが来ることもある。全てのことにはサイクルがあるのだ。大事なことは、そのサイクルの中で可能な限り、改善を何度も行い有意義なコンテンツを作り、読者と楽しむことだ。

時が経つほど価値が高まる「はじめての三国志」

「はじめての三国志」は時が経つほど、情報の価値が非常に洗練されるものである。というのも、「はじ三」には自らは情報発信を一切行わないが、僕たちよりも専門知識が深い読者も多数いる。

「はじめての三国志」に掲載されている情報よりも、深く正しい知識を持っているのだ。編集部では、校正やファクトチェック、AIを使い推敲や厳密なチェックを何回も繰り返し行なっているが、それでも不完全な場合もあるので、ご指摘をくださる読者には本当に助けられている。

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誤字脱字のような簡単なものからコンプライアンスチェック、検証行為などは編集部でもちろん行っているのだが、最終的には読者に委ねている部分が大きい。もし間違っていれば読者が誤字脱字の指摘用メールフォームから連絡をしてくれる。いつもありがとう。

「はじめての三国志」に掲載されている記事は時間が経過し、多くの人の目に触れれば触れるほど、内容が正しくなり考証や校閲がしっかりとされていくのである。これは読者と作り手の「媒介」が大きな付加価値になった証拠だ。

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『すべての人からより専門的な知識へと導くこと』を可能にしようと、誰でも無料で編集でき、人類の叡智を集結させた「ウィキペディア」という素晴らしいメディアも存在している。ウィキペディアにはウィキペディアの理念があり、情報の信頼性を担保するために、「独自研究は載せない」「中立的な観点が重点」といった制限もある。

「はじめての三国志」と「ウィキペディア」は、「事象」と「心象」の違いだけだ。事象寄りであれば、ルポルタージュといったジャーナリスト、研究者向け。心象寄りであれば小説家や詩人である。「はじめての三国志」のライターは、「事象と心象が交わった」記事を書いているから面白いのだ。今後は、読者と書き手の媒介でどう変貌していくのか、僕は期待してやまない。

令和時代とはじ三のこれから

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三国志をよりもっと面白く伝えるためには、積極的に「読者と作り手」が媒介すべきだと考えている。「読者と書き手の媒介」こそが重要な付加価値創出の源泉だと思っているからだ。

「はじめての三国志」の輪郭の正体は、ライターの主観に共感し、読者が媒介することによって上書きされ、多種多様な読者と作り手が主観でつながりできた輪郭ではないだろうか。

ウィキペディアや他メディアとはまた違った進化を遂げ、令和時代を生きる三国志好きが「はじ三」に媒介し、共に作り上げる過去に例をみない「新たな三国志」が生まれると思う。

1800年前の出来事が、明の時代にエンタメとして生まれ、さまざまな変貌を遂げて、情報化社会が到来した令和を生きる僕たちにまで継承された。

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「はじめての三国志」の輪郭も時代によって変化し、新たな歴史エンタメメディアの独自文化を築き上げてくれると、僕は信じている。

表現の自由に制限がない「はじめての三国志」は、新たな発想やアイディアを読者とつくる。

読者と「はじめての三国志」が調和して誕生する「三国志」は、過去、現代、未来の三国志好きに「つながる」はずだ。

ここまで読んでくれてありがとう。

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