静寂と夜風と半月とふたり
その日の夜、本当は会う気なんてなかった。
だけど自身の気持ちが底のない沼のように沈んでいることを、私は見逃していなかった。
ひとりじゃどうしようもなくて。
会おうって言ったら、お昼も会ってたのに、また、会ってくれた。
22時半すぎ。
月明かりのもと、ただ2人きりで海辺を歩いた。深い悲しみと若干の疲れと共に。
話すことなんてないんだ。
波音が沈黙に響いていた。
歩くこと。
それが私の心を何故だか鎮めてくれるのを、感じた。
河口の行き止まりで、頭を彼の胸に寄せた。
包容力のある身体で優しく抱きしめてくれた。
涙が出てきていた。
受け入れ難い事実と、今までの人生で最も悲しい出来事に身体ごとぶつかりにいった疲れと、残された現実と。
それでもずっと、そばにいてくれる彼と。
ホタルイカを取りにくる人が集まる
富山の5月の海辺は、まだまだ寒かった。
2人の間にだけは、冷たい夜風が通ってしまわぬように。
私は頭から寄りかかって、彼はそれを受け止めて、互いが人間の温もりを感じようとしていた。
月曜日の夜、ただ2人きりで。
どれだけ事実を共有しても、
どれだけ近寄っても、
遺された現実なんて変えられないのだ。
海辺の夜風は、5月中旬にしては冷たすぎた。
どうしようもない現実に翻弄されながら、くっつききれない私たちの肌に、夜の気配を含んだ潮風が容赦なく触れてくる。
寒さに耐えられそうになかったから、きた道を、また歩いて帰ることにした。
相変わらず、波音が沈黙を遮っている。
繋がれた手と手の間で
悲しみや事実を共有しながら、
真隣に並んで歩く男女。
1ヶ月前までは、こんなことになるとは、想像もつかなかった。本当に。
喜ばしいことではない事実を
ただ同じレベルで知っている。
2人の関係は新鮮だけど、
向き合うべき事実は虚しくて、絶望的で。
半月はおぼろげながら、そんな2人を照らしてくれていた。
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