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推し活翻訳11冊目。The Secret of Nightingale Wood、勝手に邦題「ナイチンゲールの森の秘密」

原題:The Secret of Nightingale Wood
原作者:Lucy Strange
勝手に邦題:ナイチンゲールの森の秘密
 
概要と感想:
 
物語は、1919年の夏、12歳の少女ヘンリーと両親、1歳の妹(愛称はピグレット)と子守りのジェーンが、ロンドンから海辺の小さな町に越してきた場面から始まります。父が再起を誓うのとは裏腹に、家族のあいだに漂うのは重苦しい雰囲気。1年前に亡くなった長男ロバートの死の悲しみが、いまだ一家を押し包んでいるのです。
 
物語が進むにつれ、ロバートの死の真相が明らかになります。隣家から燃え広がった火事にヘンリーが巻き込まれたと思い、屋根裏部屋に助けに向かって命を落としたのです。自らも火傷を負い、最愛の息子を失った父の失意。そして、ロバートの葬儀の日にピグレットを産み落とした母は心をむしばまれ、ヘンリーは、兄が自分の身代わりになったという罪悪感にさいなまれています。
 
引っ越しの翌日、父が仕事で慌ただしく海外に発ったあと、母の主治医は、安静療法のために鎮静剤を処方して母を鍵のかかった部屋に閉じ込めてしまいます。大好きな本やおとぎ話だけを心のよりどころにして母の回復を待つヘンリーは、家の裏に広がる〈ナイチンゲールの森〉でちらつく炎の明かりに引き寄せられ、そこで魔女に出会います。
 
お母さんを助けたい——魔女に助けを求めたヘンリーは、その正体が、若いころ看護婦をしていた女性だと知り、モスと呼ぶように。そして、モスから教わったとおり、母の部屋の合鍵をさがしだして部屋にこっそり忍びこみ、薬の力で眠らされている母におとぎ話を読んで聞かせます。
 
ある日、ヘンリーは、主治医が別の医者に宛てた手紙の下書きを発見します。そこには、母をヘルドン——戦争神経症の患者を収容する精神科病院に入所させる計画が記されていました。そこでは、ある医者が、最先端といわれる恐ろしい治療を女性の神経症患者に試す機会を待っているのです。
 
海外にいる父に手紙を書き、子守のジェーンを説得しようとするヘンリーの必死の抵抗もむなしく、母はヘルドンに移送されます。ピグレットも主治医の妻に取り上げられ…。
 
              ☆  ★  ☆
 
本書は家族再生の物語。父の不在に象徴される孤独な状況で、12歳の少女が物語やおとぎ話から勇気を得て、大人の世界と対峙し、自らも兄の死を乗り越え、ばらばらになった家族をひとつに取り戻す。そして、ヘンリーがつなぎ直した絆は自分の家族だけにとどまらず、世捨て人のように森で暮らすモスの心をも突き動かします。
 
家に謎の屋根裏部屋があったり、妹を取りあげられたり、目の前にいるモスが3年前に亡くなったことを示す死亡診断書が出てきたり、あやしげな杖の男が徘徊したり…ミステリーやサスペンスの香りも漂って、なかなかの読みごたえ。
 
ヘンリーの言葉を借りて引用されるおとぎ話や古典児童文学、マザーグースの歌や詩は数十を数え、絵本の挿絵の、ときに美しく愉快な、そして恐ろしく幻想的な描写と相まって、現実と空想の世界が混然一体となった子どもの心の内へと読者をいざなってくれます。
 
1919年は第一次世界大戦最大の戦闘〈ソンムの戦い〉の翌年にあたり、物語のそこかしこに戦争の傷跡が垣間見えます。作中のヘルドンのような施設も実在し、戦争で心に傷を負った兵士に、今では考えられないような治療が行われていたそうです。
 
作中、純粋無垢な生命力に満ち溢れたピグレットの存在は、常に希望の象徴で、わたしのいちばんのお気に入りキャラクターでもあります。不思議な友情で結ばれたモス、亡き兄の幻、そして、たくさんのおとぎ話から勇気を得て大人の世界に立ち向かう少女の、家族への思いが胸を打つ作品です。
 
受賞歴:the Montegrappa First Fiction Prize(本書の元になった作品で)

巻頭にはキーツの詩。表紙見返しのイラストも雰囲気があります。

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