見出し画像

温暖地「鹿児島」の住宅の断熱性能はどこまで上げるべきか

「結局のところ断熱性能をどこまで上げればいいのかわからない」
「どういうものかはよくわからないが○○っていう基準を目指そう!」
「いやいや断熱性能はそこそこにパッシブデザインを取り入れよう!」

 温暖な気候を持つ鹿児島ですが、近年は「住まいの断熱は大切なんだ」という意識が高まりつつあると感じています。
 しかし、「どこまで断熱性能を上げるべきか」という問いに明確な答えを持っている設計者・施工者はほとんどいないと思います。断熱や気密について学んでいる実務者の中では「HEAT20G2グレード」が高断熱住宅のひとつの目安になっていますが、基準となるUa値というものはあくまで外皮(屋根・外壁・窓・床等)の「平均」の断熱性能で、Ua値の良し悪しだけに注目しても「最適な結果」に辿り着く事はできません。

 「最適な結果」の定義は人それぞれだとは思いますが、私が思う「最適」のためのポイントを3つに絞ってみます。

 1:「最適なコスト」
 2:
「最適な温熱環境」
 3:「最適な維持管理」

 もう少し詳しくまとめると下記をクリアできているかどうかになります。

 1:断熱気密のコストアップを居住予定期間の光熱費削減分でペイできる
 2:
年間冷房負荷~50kWh/㎡・年 年間暖房負荷~40kWh/㎡・年
 3:点検・更新が容易なシステム

 人口減少と高齢化が進んでいる上に環境問題にも直面している中、さらに新型コロナウイルスの出現によって地方都市でもいよいよVUCAの時代である事を意識せざるを得ません。そんな今こそ、省エネルギーを省トータルコストで、そして健康で安全に暮らせる住まいが必要です。
 そんな時代には、上記3点がうまくバランスするような住まいづくりが最適ではないかと考えます。

1:ランニングコストパフォーマンス

 長期的な冷暖房費の削減を概算する事で「生活していく上でのランニングコストのパフォーマンス」をチェックする事ができます。実は、鹿児島ではこの点を確認する事が非常に重要なポイントになります。
 新建新聞社の発行する「だん」という高断熱住宅にフォーカスした雑誌では「高断熱化の費用は光熱費で回収できる」として「建設費にプラス90万円かかっても年間光熱費7.5万円削減できるので12年程で回収できる」という例が記載されています。同様の記載は書籍・雑誌等々の至るところで見かけられます。しかし、鹿児島ではこれがそのまま通用しません。そもそもの暖房需要が他の地域に比べて少ないので、ここまでのランニングコストパフォーマンスを発揮できないのです。
 「逆に冷房負荷が大きいのだからそちらを削減して回収できるんじゃないか」と考えてしまいそうですが思うようにはいきません。冷房で30℃ → 25℃(-5℃)にする場合と暖房で5℃ → 20℃(+15℃)にする場合で比較すると消費されるエネルギーは暖房の方が大きくなると想像できると思います。つまり、鹿児島は高断熱化による光熱費削減効果が効きにくい地域で、そこを理解しておかないと書籍や雑誌を鵜呑みにした「この断熱仕様なら年間○○万円の光熱費が削減できます」というクレームにも繋がるようなミスを起こしかねないのです。
 大切なのは、「光熱費+設備更新費」は住宅ローンと同様に払い続けていくランニングコストだという事を理解した上で温熱環境をトータルでデザインする事です。

 後半の「検証編」では以下の内容を公開しています。

・低断熱住宅と高断熱住宅の年間光熱費シミュレーション in 鹿児島
・長期光熱費シミュレーション in 鹿児島


2:年間冷暖房負荷

 年間冷暖房負荷は、熱損失量だけではなく夏冬の日射取得量(いわゆるパッシブデザイン)などを考慮したUa値やQ値以上に適切な「器としての性能の指標」です。実際に暮らしたときの涼しさ・温かさの感覚を把握する上で優れた指標になります。
 国内の事例としては、岩手県の紫波町の「オガールタウン」で「住宅の暖房負荷を48kWh/㎡・年にする」という基準が設けられています。鹿児島と岩手では同じ仕様で家を建てたとしても暖房需要は全く異なり、「暖房度時(D20)」の差で言えば約2.5倍です。暖房度時(D20)というのは、室温20℃設定のときの外気温との温度差(1時間当たり)の累積の数値です。大きければ大きいほど暖房需要がある事になります。ちなみに「冷房度時(D25)」の差は約6.7倍。鹿児島では暖房需要もさることながら、この冷房需要をどう解いていくかが年間を通しての暮らしの心地よさの鍵になります。
 断熱性能を上げていくと、建物の熱損失が少なくなる事で「内部発熱」や「日射取得熱」が家の中に留まります。その結果、せっかくコストをかけて断熱性能を上げたのに、夏場だけではなく中間期(春・秋)のエアコン稼働率がかえって向上してしまう可能性があります。これをクリアするためには、完璧な日射遮蔽がセットになります。
 鹿児島で高断熱高気密の住まいをつくる上で、このトラブルを避けるには日射取得・遮蔽も含めてシミュレーションできる冷房負荷の計算が欠かせません。
 「検証編」では以下の内容を公開しています。

・年間冷房負荷~50kWh/㎡・年と年間暖房負荷~40kWh/㎡・年の「性能」
・データで理解する 鹿児島と他の地域の違い


3:メンテナンスシステム

 断熱・気密に関連する換気設備・空調設備については、3つのポイントがあります。

1:クライアントが使いやすいか
2:クライアントがどこまで自分でメンテナンスできるか
3:不具合が出た場合でも容易に対応できるか

 断熱・気密について理解を深めていくと、換気設備や空調設備もより効率が良いものを求めたくなるのですが、クライアントが使いこなせないような設備機器は宝の持ち腐れになってしまいます。
 また、日頃のメンテナンスが簡易かどうかも大切で、管理が十分に出来ておらず機能を発揮できない設備はむしろマイナスに働いてしまいます。
 例えば、24時間換気設備で高効率な第一種換気システムを取り入れた家で、フィルターの清掃メンテナンスが十分に行われず換気が不十分となってしまうケースがあります。クライアントのパーソナリティ次第では第三種換気システムの方が良い事もあるのです。
 3の「不具合」については、クライアントだけでは解決できない技術的なトラブルが起きた場合の話ですが、換気設備・空調設備の不具合が発生したときに「すぐに復旧できるか・代替できる製品や部品があるか」などの維持管理のコストもランニングコストのひとつとして長い年月で考えると重要になってきます。機械設備は10年~20年の間に一度は壊れるもの、或いは陳腐化するものがほとんどなので、性能に注目するのはもちろんの事、維持管理・更新にも配慮して機器の選定をするべきだと考えます。



「検証編」

 ここまで、私なりの「最適な結果」の3つのポイントを簡単にまとめてみました。ここからは「検証編」としてモデルプランのシミュレーションをかけた結果等を公開していきます。


ここから先は

3,943字 / 9画像

¥ 1,500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?