ゼンショーホールディングス(7550):DBJ/みずほを割当先とする優先株式発行
本シリーズでは、上場企業によるエクイティ性資金の調達に関する適時開示を取り上げ、資金調達の背景や商品設計、発行体(企業)・引受先(企業やファンドなど)に対する経済性を理解し、ファイナンスの狙いを紐解く。特に、ファンドを引受先とするファイナンスにおける、ファンド目線でのリスク・リターン設計の狙いや投資戦略の解釈に比重を置く。
本シリーズの分析対象は、主に下記の商品区分・調達方式に該当するエクイティ・ファイナンスの適時開示のうち、実施の経緯や調達規模、商品設計の工夫や話題性など、何らかの観点で特徴的と思われる事例である。
商品区分:普通株式、優先株式、転換社債、新株予約権、劣後債など
調達方式:公募、第三者割当
ゼンショーホールディングス(7550):資金調達の背景
2023年7月18日引け後、ゼンショーホールディングス(7550)は300億円の優先株式の発行を公表。第三者割当の方法により日本政策投資銀行(DBJ)及びみずほ銀行に割り当てる。また当社は同日、三井住友銀行、みずほ銀行、及びDBJを借入先とする900億円のブリッジローンによる資金調達、その後9月19日には同借入先から600億円のシンジケートローンによる資金調達も公表。
当社は2023年5月29日に、ドイツで寿司のテイクアウト店及び回転ずしを運営するSushi Circle Gastronomie GmbHの全株式を取得。続く6月13日には北米及び英国を中心に寿司のテイクアウト店や寿司の製造卸売業などの日本食事業を手掛けるSnowFox Topco Limitedの全株式取得を公表している。株式の取得金額は、前者:非公表、後者:約874億5,000万円となる模様。
優先株式発行による300億円はSnowFoxの買収資金に、ブリッジローンの900億円はSnowFox及びSushi Circle Gastronomie GmbHの買収資金に充当され、シンジケートローン600億円はブリッジローンの返済に充てられる。
当社は24/3期末に国内外食で初となる海外店舗数1万店舗を達成する見通し。23/3期末の海外店舗数:5,759店舗に既存ブランドの出店:599店舗にSnowFoxの3,000店舗が加わる。国内店舗数は23/3期末時点で4,524店舗、24/3期の新規出店は127店舗と、海外店舗数は国内の2倍の水準へ。これまで内需型産業と目されてきた外食業界だが、当社やトリドール(3397)などを始め、業界各社の成長ドライバーが海外市場にシフトしていると言えよう。
以降では、DBJ/みずほ銀行に割り当てられた優先株式の商品設計を概観し、リターンプロファイルからDBJ/みずほ銀行の投資戦略を紐解きたい。
投資商品の主要ターム
今回発行した優先株式の主要タームは以下の通り。各種表現は可読性を重視したため厳密ではない(正確な内容は下記ファイルを参照)。
A種種類株式
払込金額:300億円
資本性評価:払込金額の50%を資本性認定
配当率:5年後まで額面の5.4%、それ以降は同6.4%へステップアップ
※投資実行日から5年後の応当日を「ステップアップ基準日」とする議決権:なし
譲渡制限:あり(当社取締役会による事前承認)
普通株式を対価とする取得請求権(転換権):なし
金銭を対価とする取得請求権(償還権)
償還可能期間:25年後以降(コベナンツ抵触時はいつでも取得可能)
基本償還価額:
①償還日が投資後5年未満:払込金額$${×1.054^{n/365}}$$
※$${n}$$は払込期日から償還日までの日数
②償還日が投資後5年以上:払込金額$${×1.054^{5}×1.064^{m/365}}$$
※$${m}$$はステップアップ基準日から償還日までの日数控除価額:償還日までの受取優先配当金に関し、それぞれ複利計算で求めた以下の額を基本償還価額から控除する
①償還日が投資後5年未満:受取配当金$${×1.054^{n/365}}$$
※$${n}$$は配当金の支払日から償還日までの日数
②償還日が投資後5年以上:受取配当金$${×1.054^{l/365}×1.064^{m/365}}$$
※$${l}$$は配当金の支払日からステップアップ基準日までの日数
※$${m}$$はステップアップ基準日から償還日までの日数
金銭を対価とする取得条項(強制償還)
行使可能期間:5年後以降いつでも取得可能
リプレイスメント条項:取得条項を発動時、同等以上の資本性商品により償還額の資本性相当分(50%)以上の資金調達を行う必要がある。但し下記の両方を満たす場合、この借換えは実施不要
償還時の調整後連結株主資本額が23/3期末時点から増加している
償還直後の調整後連結D/Eレシオが1.63を下回る
基本強制償還価額:上記償還権の「基本償還価額」と同様
控除価額:上記償還権の「控除価額」と同様
商品設計に関する考察
※以下では簡単のため、期首に契約締結されたものとして試算しており、実際の契約上の計算とは必ずしも一致しない点にはご留意されたい。
上記設計の通り、本優先株式には普通株式への転換請求権が付与されていないため希薄化が起きず、償還日が確定した場合のリターンが試算可能なため、前回の日本ケミコン/JISの事例におけるA種優先株式よりも更に負債性の大きいリターン設計となっている(資本性認定の上でも50%は負債である)。
投資家であるDBJ/みずほ銀行は払込金額に対して実質的に投資実行後5年間は年率5.4%、それ以降は同6.4%の複利でリターンを得る。但し償還までに受け取った配当金は逆に複利を付けてゼンショー側へ返金する形となっており、投資期間が延びる程、受取配当金の総額と複利効果の増大により年率投資収益率が低下する設計になるものと思われる。
具体的にはゼンショー側の権利である金銭を対価とする取得条項が発動可能となる5年後の年率投資収益率は4.83%だが、DBJ/みずほ銀行側の権利である金銭を対価とする取得請求権が発動可能となる25年後では3.73%と試算された。投資実行年数と年率投資収益率は以下の図のような関係と考えられる。
ゼンショー側の方針では「300億円全額について、当社の利益の積上げの達成、事業環境、財務基盤等を勘案したうえで金銭をもって償還する方針」としているため、仮に当社側で償還日をコントロール可能な5-25年のいずれかのタイミングで強制償還を発動すると仮定した場合、DBJ/みずほ銀行側の年率投資収益率は4%台で推移するものと想定される。
一口に優先株と言っても、上記のような設計はかなり負債的特色の強いリターンプロファイルであり、エクイティ性資金の特性には幅がある。また本件はシンジケートローンとセットであるので、負債と合わせた大型M&Aに絡むエクイティ性資金の調達事例として興味深い。
今後も本シリーズにおいて、DBJの他案件や他ファンドによるエクイティファイナンス事例を取り上げ、スキームや狙いに関する理解を深めたい。
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