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【思い出】KOBEの記憶に雪が降る②

もう20年以上前になる。


ぼくは地元の高校を卒業し、岩手の内陸にある大きなホテルに勤務した。冠婚葬祭がメインのホテルからシティホテル、リゾートホテルなど関連施設がいくつもあった企業だ。

はじめは結婚披露宴やパーティのお世話をする宴会場のスタッフとして働いていたが、メインの客層が違えば繁忙期も違うわけで、施設間の人事異動も多く、2年目の冬にはスキーやスノーボードを楽しむお客様で賑わうリゾートホテルに配属になった。

当時は5つのホテルにゴルフ場まで隣接していたエリアだ。

富裕層やファミリー層をターゲットにしたホテルもあったが、ぼくの配属先はカジュアルに利用できるようなホテルで、レストランのほか、フロントのロビーにあるティーラウンジの給仕を任されることになった。レストランは大勢のスタッフがいるのだが、ティーラウンジは夜になるとBARに様相を変える。


BARの営業はぼくとアルバイトの二人でまわすようにと伝えられた。

メニューにはカクテルにウイスキーに地酒の銘柄がワープロのフォントでA4にずらり。当時、酒なんてライムサワーとカルーアミルクしか味を知らなかったぼくにとっては難題中の難題。

ぼくの作ったカクテルでお客様はお金を払うのか。いやちょっとまて、カクテルってレシピなんてあるのか?これをあと1週間で全て覚えなきゃならないのか!


振り返ってみると、確かにあの頃は毎日がいっぱいいっぱいだった。


高校時代、先生から最後の夏休みの前に進路相談でホテルへの就職を勧められ、だったら岩手県でもトップクラスなホテルを!就職活動なんてどうせ年明けまで何社も受けるんでしょ?1社2社は落ちて当たり前!という考え方だったのだが、最初に入社試験を受けたそのホテルで9月中にはあっさり内定が決まってしまったのだ。

しかし入社できたのもつかの間、入社前に抱いていた”ホテルで働く”ということのイメージと現実のギャップが激しすぎて、それを受け入れることにとにかく苦しんだ。
ホテルの仕事というのものは、フロントで「いらっしゃいませ」を言っていればいいと大真面目に思っていたぼくの1年目は、先輩社員から”使えない奴”というレッテルを張られ、散々たるものだった。

婚礼件数が多いときは緊張しっぱなしだったし、サービスに入るのが怖くてお客様から「あなた、もう少し笑ったら?」と言われるほどに。

そんなぼくが二年目の冬に、カウンター10席と4人掛けのテーブル×4のBARの責任者になろうというのだ。

しかもアルバイトがひとり。

逃げ出そうにも逃げられないと諦め、先輩社員から付きっきりでBARのレクチャーを受け、夜は市街地の大通りでBARをハシゴし、バーテンダーを知ったような気になってオープンを迎える。

カクテルはひととおり覚えた。だが、スタンダードもまともに作れないのに、オリジナルに手を出す始末。ディタ、ブルーキュラソー、ミドリ、コアントロー、タンカレー、オールドパー、シーバスリーガル…。その試作をしている酒は経費だということに気が付きもしないのに。

ただ、あの日のジンライムはうまく作れたんだ。
うまく作れたのだが、どちらかというとチャラい性格のほうだった当時のぼくには、カウンターに一人でいらっしゃったお客様に寄り添えるほどの人生経験が圧倒的に不足していたのだ。



話を戻そう。



閉店間際にカウンターに腰かけた関西出身だと思われるお客様は、ビーフジャーキーをかじりながらジンライムをちびりちびり飲み、一言も話さない。



ぼくはボトルやグラスを磨きながら考える。


こういう時は話しかけた方がいいのだろうか。

向こうは一人だし、もしかしたらぼくに話しかけられることを待っているのかもしれないじゃないか。

いや、こんな時間にお一人でいらっしゃったということは、きっと一人の時間を楽しみたい方なのかも。

つーか関西の方ってよくしゃべる方ばっかりじゃないのか?

よし、次のオーダーが来たら、何気なく話しかけてみようか。

いい夜ですね。
いや…
どちらからいらしたのですか?
自然でいいじゃないか。
よし、これで行こう。
でも、303とかルームナンバーで切り返されたら絶対笑ってしまうな…


カラン。



その時、グラスが空いた音が響く。そして



「にいさん、もう1杯いける?」



あっ、はい!構いませんよ。いかがいたしましょう?



「ジンリッキーちょうだい」。



かしこまりました。








ん…?







ジ ン リ ッ キ ー ?




<続く>

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