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移住と同時に就農にチャレンジ。貝殻を使った循環型農業に取り組む

湯布院にほど近い、庄内町に広がる小松台農園。昔から梨栽培が盛んな山あいの地において、竹林さんはおいしい野菜を食卓に届けたいと有機JAS基準に基づいた生産に励みます。新たにチャレンジしている、真珠貝の貝殻を使った循環型農業についてもお聞きしました。

【プロフィール】
竹林諭一たけばやし つぐかずさん|小松台農園
関東のスーパーに勤務後、2010年に大分へ帰郷。2014年から大分県由布市庄内町で奥様の千尋さんとともに有機栽培の農業を営む。作っている作物はフェンネル、キャベツ、サツマイモなど10品目。2017年に有機JAS(注)取得。大分県津久見市出身。

作り手になって食べたいものを届けると決意

自ら作ったとれたての野菜を自宅の食卓で食べるとき、竹林さんはいつもこう思うそうです。「おいしいなあ、みんなも食べればいいのに」。竹林さんは作り手でありながら、食べる人の存在を身近に感じ、よく考えている方です。そもそも就農のきっかけもスーパーマーケットの勤務時代に気づいた、消費者の姿が原点にあります。表面的なイメージに捉われていて正しい情報を知らなかったり、口でいうほど食品に関心がない人もいるのではと感じていたそう。ちょうど毒入り餃子問題がニュースで話題になったころでもありました。
 もともと食べることが好きな竹林さんは、次第に自分が心から食べたいと感じる品質のものを売りたくなります。そしてサラリーマンを卒業。両親も祖父も商売をしていたためか、自営業を始めるにもハードルはありませんでした。確かな品質なら原料にもこだわりたいと、ついに自分で野菜を作ろうと思い立ったのです。
 当時は書店に『新規就農で1000万円!』といった本が並ぶ就農ブームでしたが、当然、道のりはやさしくはありませんでした。奥さんを連れ立って帰郷し、農業を学びたいと研修先を探すも、都会から帰ってきた元会社員に門戸を開いてくれる農家はほぼいなかったのです。唯一の受け入れ先が宇佐市で20年以上、有機農業を営む農家でした。1年間の研修で虫がなるべくつかない適期に栽培する方法などを学び、いよいよ独立となったとき壁がたちはだかります。農地がなかなか見つからなかったのです。

有機栽培のための農地探しにひと苦労

 「農地はありました。でも有機農業をやる土地はなかなか見つからなかったんです」。そんなとき偶然、訪れた不動産屋で声をかけられ、ある耕作放棄地を借りることができました。その畑があったのが庄内町で、小松台農園の始まりです。その畑は2年後、地主が変わって手放しましたが、別の平地の畑を買って今にいたります。「土地探しは偶然に頼るしかなかったですね」と竹林さんは当時の苦労を振り返ります。
 販路が定まるまでも若干の紆余曲折がありました。最初は野菜セットの個人宅配からスタート。徐々に規模を大きくし、店舗への販売もしました。のちに有機野菜専門の業者や青果物問屋へ卸す方針へと転換し、有機JAS認定を取得しました。個人宅配では50品目ほどの野菜を育てていましたが今は品目を絞っています。さまざまな方法を試した結果、夫婦2人の生産に見合った最適な方法でした。

細かく砕かれて、畑の土と混じりあった真珠貝の貝殻

 現在、力を入れているのは循環型農業です。臼杵市の真珠養殖業で出る真珠貝の殻が海を汚染していると知り、粉砕して土の肥料にするプロジェクトに参加しています。奥様の千尋さんが年に一度漁師の元へ出かけ、借り受けている粉砕機械を使って、細かく砕きます。畑の土に混ぜ込むことで、付着したミネラルやカルシウムが土に入って肥料となるのです。国連が掲げるSDGsにも通じます。回収や粉砕には時間と手間がかかりるのが課題で、資金や人手など多方面からの支援が待たれます。スタートして3年、貝殻のお陰でますますおいしい野菜ができあがっているそうです。
「本来、有機農業というのは循環型を指すものだったはず」と竹林さん。海と畑が手をつなぐこの取り組みは『豊の環(ルビ=わ)』として商標登録申請中です。循環型肥料を使った野菜として改めてデビューする日が待ち遠しいです。

ロゴマークが貼ってなくても、いいんです

「目指すのは食卓を彩るおいしい野菜をお届けすること。僕らの野菜は、お金持ちの家の食卓ではなくて、普通に手に入る野菜であって欲しいのです。僕が働いていたスーパーと同じように」。前述の個人宅配から撤退したのも実はそこに理由がありました。
 付加価値が期待できるさまざまな取り組みを手がけつつも、竹林さんは自社ブランドを認知させることにはそれほどこだわっていません。
 「出荷する野菜の半分はシールが貼られないまま、卸売業者などを通じて市場に出回っています。それでも全然構わないんです。おいしい野菜が多くの方の手に渡るのであれば」。
 竹林さんは農業や農村を身近に感じてもらいたいとPodcastで『オーガニックデモクラシー』という放送を定期的に続けています。「農業を知ってもらいスーパー勤務の時代に感じていた食べる人と食べ物、人と農業との溝を埋めたいんです。1日に1回、おいしい食事をすれば幸福度はきっと上がります。僕らはその一端を担うかたちで野菜を育てて、貢献していきたいです」。

大学時代にラフティング大会の実行委員をして知り合ったおふたり

(注)有機JAS…有機農産物および有機加工食品の日本農林規格のこと。禁止農薬や化学肥料、遺伝子組換え技術などを使用せず、種まきまたは植え付け前2年(多年草は3年)以上といった統一的な基準があり、適合した生産者や事業者に有機JASマークの使用が認められる

【編集後記】
新規就農は、「想像の300倍大変だったが、自分たちで作った野菜を食べる時が一番幸せだ」と語る竹林さん。私たちが普段いただいている作物は、竹林さんのような農家さんが丹精込めて作られたものだと知って食べるのと、知らないで食べるのでは、美味しさがまた変わってくるのではないでしょうか。食前の挨拶の「いただきます」と食後の「ごちそうさまでした」という言葉には、命を頂くという感謝の意もありますが、作物を育ててくださった農家さんへの感謝の気持ちを忘れずにいたいですね。

■小松台農園 HP

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