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『金獅子亭 オランダ近世史―八十年戦争とナッサウ伯の軍制改革』 https://orange-white.blue/ のnote版です。 【本館】は、概説・コラム・戦闘一覧・人物一覧、【note版】は、史料・書評・映画評・旅行記・翻訳・RTS/AARを掲載しています。

マガジン

  • 書評「八十年戦争の世界を読む」

    Reading the world of the Eighty Years' War 八十年戦争を中心とした近世ヨーロッパ関連の概説・評論・通史・軍事史・経済史・文化史・社会史・伝記・回想録・小説等(洋書もあり)

  • 旅行記「八十年戦争の舞台を歩く」 ~オラニエ・ルート

    Walking the stage of the Eighty Years' War 八十年戦争期の舞台になったオランダ・ドイツ・フランス・ベルギーの街を旅した旅行記

  • 旅行記「八十年戦争の舞台を歩く」 ~共和国の「庭」

    Walking the stage of the Eighty Years' War 八十年戦争期の舞台になったオランダ・ドイツ・ベルギーの街を旅した旅行記

  • 博物館・城砦「八十年戦争の空気を吸う」

    Feeling the atmosphere of the Eighty Years' War オランダ国内の博物館・美術館および八十年戦争期を中心とした近世ヨーロッパ関連の日本国内展示会訪問記

  • 映画評「近世ヨーロッパの社会を観る」

    Watching the society of early modern Europe 八十年戦争期オランダを中心に近世ヨーロッパを舞台にした歴史映画レビュー

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『金獅子亭』本館/note版 総合目次

オランダ近世史―八十年戦争とナッサウ伯の軍制改革 the Eighty Years’ War, the Dutch States Army and the Counts of Nassau 『金獅子亭』は16世紀から17世紀のオランダの歴史を扱うウェブサイトです。 本館/note版の掲載内容はカテゴリ別になっています。 本館: 概説・コラム・戦闘一覧・人物一覧 note版: 各種レビュー・体験記、史料訳 本館カテゴリー 八十年戦争 概説 八十年戦争 軍制改革

    • 歴史小説(英語) "Prince and Heretic" / "William, by the Grace of God" ~歴史ロマンス?どちらかというと陰キャ女子による一方的且つ屈折した執着

      個人的にはあまりおすすめしない内容です。…が、せっかく読んだのと、サイトごと消してしまうと自分用メモもなくなると思ったので、ログとして残しておきます。 当初5冊セットで安くKindleで買ったので「マジョリー・ボーウェンのオランダ五部作」として記事にしていました。いまこの5冊組では売っていないようです。ただ、いずれの書籍もパブリックドメインなので無料で読むことが可能です。 オランイェ公ウィレム一世の小説が2作(サブタイトル A Novel on William the S

      • 歴史小説(英語) "The Sea Beggars" ~恐怖政治と異端審問に翻弄され没落したブルジョワ一家の物語

        個人的にはあまりおすすめしない内容です。…が、せっかく読んだのと、サイトごと消してしまうと自分用メモもなくなると思ったので、ログとして残しておきます。 著者: Cecelia Holland (著), Braldt Bralds (イラスト) 出版社: Amazon Services International, Inc. 発行年月: 1982/4/12 英語の少年少女小説に続き、大人向け歴史小説読んでみました。セシリア・ホーランドはアメリカの歴史小説家。エジプトからSF

        • 『金獅子亭』はメインサイトのほか、書評・旅行記・AARの3つのサブサイトにより運営していましたが、サブサイト及びメインサイトの一部のnoteへの移行、予定分がすべて完了しました。 note版の更新頻度は大幅に下がります。既存記事のメンテやXへの記事紹介を不定期に行います。

        • 固定された記事

        『金獅子亭』本館/note版 総合目次

        • 歴史小説(英語) "Prince and Heretic" / "William, by the Grace of God" ~歴史ロマンス?どちらかというと陰キャ女子による一方的且つ屈折した執着

        • 歴史小説(英語) "The Sea Beggars" ~恐怖政治と異端審問に翻弄され没落したブルジョワ一家の物語

        • 『金獅子亭』はメインサイトのほか、書評・旅行記・AARの3つのサブサイトにより運営していましたが、サブサイト及びメインサイトの一部のnoteへの移行、予定分がすべて完了しました。 note版の更新頻度は大幅に下がります。既存記事のメンテやXへの記事紹介を不定期に行います。

        マガジン

        • 書評「八十年戦争の世界を読む」
          35本
        • 旅行記「八十年戦争の舞台を歩く」 ~オラニエ・ルート
          16本
        • 旅行記「八十年戦争の舞台を歩く」 ~共和国の「庭」
          14本
        • 博物館・城砦「八十年戦争の空気を吸う」
          16本
        • 映画評「近世ヨーロッパの社会を観る」
          10本
        • 史料・翻訳「八十年戦争の記録に触れる」
          11本

        記事

          ハーグ/デン=ハーフ The Hague/Den Haag オランダ/南ホラント ~共和国期からオランダの政治を司る歴史の中枢

          ※ 八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 ロイヤルシティのハーグ。正式には、デン=ハーフ(スフラーフェンハーヘ) Den Haag/ 's-Grafenhage。 ビネンホフビネンホフを、ホフフェイファー(「宮殿池」とも訳しましょうか…ビネンホフ横にある池のことです)の手前から写した写真です。 1593年から連邦議会が常設されており、現在も国会議事堂にあたる建物です。ナッサウ伯マウリッツとその従兄弟たち、オルデンバルネフェ

          ハーグ/デン=ハーフ The Hague/Den Haag オランダ/南ホラント ~共和国期からオランダの政治を司る歴史の中枢

          デルフト Delft オランダ/南ホラント ~王家の旧邸宅と墓所を擁するオランイェ=ナッサウ家の聖地

          ※ 八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 デルフトは、ハーグと並んでオランイェ=ナッサウ家の聖地のようなもの。観光でも、デルフト焼やフェルメールと並んで、ロイヤルシティを目玉にしています。 現代はほぼフェルメール一色な気がしますが、実はデルフト市内にはフェルメール(寡作で有名)の作品は一点も無いのだとか。 新教会・旧教会※最終の訪問は2017年10月です。その他新教会は、2014年、2009年、2005年、1996年にも訪

          デルフト Delft オランダ/南ホラント ~王家の旧邸宅と墓所を擁するオランイェ=ナッサウ家の聖地

          ズトフェン Zutphen オランダ/ヘルデルラント ~教会とワイナリー、2つの塔が特徴的なコンパクトシティ

          ※ 訪問記は2009年4月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 エイセル川沿いの街。1572年にスペインの占領下に入り、1586年、イングランドからの援軍による奪還作戦は失敗します。デフェンテル同様に1587年、イングランド人将校ローランド・ヨークの内通によってスペインに売り渡された街です。1591年にナッサウ伯マウリッツが再占領。1591年以降の一連の攻勢の、第一番めの都市となりました。 ズトフェン攻囲戦

          ズトフェン Zutphen オランダ/ヘルデルラント ~教会とワイナリー、2つの塔が特徴的なコンパクトシティ

          デフェンテル Deventer オランダ/オーフェルエイセル ~エイセル川と稜堡、現在も残る天然と人工の要害

          ※ 訪問記は2009年4月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 エイセル川に面した街。東部国境の要衝です。1578年に反乱軍が手にしたものの、ズトフェン同様に1587年、イングランド人将校ウィリアム・スタンレーの内通によってスペインに売り渡された街です。4年後の1591年にナッサウ伯マウリッツによって共和国に奪還されています。スペインの占領地を次々再奪還していった「マウリッツの『十年』」の、皮切りとなった街の

          デフェンテル Deventer オランダ/オーフェルエイセル ~エイセル川と稜堡、現在も残る天然と人工の要害

          アムステルダム Amsterdam オランダ/北ホラント ~世界遺産でもある扇状の運河に囲まれた人工都市

          ※ 八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 オランダの首都。行政上の首都はハーグなので、アムステルダムは商業地に特化しています。これは17世紀当時から同じです。街自体がつくられたのは1200年代なので、ヨーロッパの中でも新しい部類の街に入ります。 I amsterdam City Cardというお得な観光パスがあります。詳細は下記のnote記事へ。 ビネンスタットと呼ばれる旧市街地には、オランダ東インド会社本部のほか、過去

          アムステルダム Amsterdam オランダ/北ホラント ~世界遺産でもある扇状の運河に囲まれた人工都市

          ミデルブルフ Middelburg オランダ/ゼーラント ~侵略者に備えた円形の修道院を中心とした海洋都市

          ※ 訪問記は1996年8月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 訪問記の中で最も古い記録がこの記事です。1996年に訪問したほかの都市はそれ以降も訪れているので、この時期一度しか行っていないのはミデルブルフだけになります。デジタルデータのない時代なので、その後スキャンされた写真数枚しか残されていませんでした。 ゼーラントの州都。オランイェ=ナッサウ家では、ミデルブルフと隣り合っているフェーレとフリシンゲンの

          ミデルブルフ Middelburg オランダ/ゼーラント ~侵略者に備えた円形の修道院を中心とした海洋都市

          ドルトレヒト Dordrecht オランダ/南ホラント ~八十年戦争の趨勢を決する二度の重要な決定が行われた港町

          ※ 訪問記は2009年4月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 ホラント州最古の都市。ランドマークの教会も12世紀からあります。15世紀の洪水で島になりました。現在もドルトレヒト島全体が市域です。 ドルトレヒト出身の画家アルベルト・カイプが地元の風景画を量産しています。八十年戦争が終わった直後くらいの1650年前後のものが多いです。(1658年の結婚後はあまり絵を描かなくなってしまったとか。)他の都市よりも

          ドルトレヒト Dordrecht オランダ/南ホラント ~八十年戦争の趨勢を決する二度の重要な決定が行われた港町

          クレンボルフ Culemborg オランダ/ヘルデルラント ~癒し系伯爵親子のお膝元は、街の形もなんとなくのんびりとしたデザイン

          ※ 訪問記は2014年6月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 ヘルデルラントのクレンボルフ伯領の街。ヘルデルラントには飛び地のような小さな貴族領地がたくさんありますが、ここもその一つでした。 「クレンボルフ伯」としての単独での称号は、ウィレム一世期のフロリス一世、そしてマウリッツとフレデリク=ヘンドリク期のフロリス二世親子二代だけのものです。その後ヴァルデック伯家に統合されています。現在クレンボルフ伯の称号

          クレンボルフ Culemborg オランダ/ヘルデルラント ~癒し系伯爵親子のお膝元は、街の形もなんとなくのんびりとしたデザイン

          【番外編】ハウステンボス/長崎(2009年9月) ~経営再建直前、古き良きオランダの完コピ時代の記録

          ユトレヒトの旅行記を書いていて、そういえばと思い出しました。2009年は春にオランダ、秋にハウステンボスに行ってたんですね。 表題のとおり、2010年4月のHIS社による子会社化半年前の2009年9月の訪問記です。それ以前に訪れたのは2002年10月。経営破綻(2003年2月)のやはり半年前です。経営陣には大変申し訳ないのですが、2009年は人が本当に少なくて、写真にほぼ人が入らない状態で撮れてありがたかったです。 ハウステンボスの建物はすべてオランダ本国にオリジナルがあ

          【番外編】ハウステンボス/長崎(2009年9月) ~経営再建直前、古き良きオランダの完コピ時代の記録

          ユトレヒト Utrecht オランダ/ユトレヒト ~ハウステンボス(長崎)のランドマークのオリジナルたちに出会える街

          ※ 訪問記は2009年4月時点の情報です。その他何度か行きましたが、ほぼ素通りに近いです。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 オランダのほぼ中央に位置する交通の中心地で一大商業地。が、街並は古く、新旧共存している感じです。八十年戦争でも、1579年に「ユトレヒト同盟」が締結された重要な場所。 鉄道の中心地でもあり、オランダのあちこちに電車で行こうとするとこの駅での乗り換えが非常に多くなります。そのため時間つぶしで駅ビルで

          ユトレヒト Utrecht オランダ/ユトレヒト ~ハウステンボス(長崎)のランドマークのオリジナルたちに出会える街

          レーワルデン Leeuwarden オランダ/フリースラント ~17世紀を通じて独自の州総督を戴き続けた誇り高き州の州都

          ※ 訪問記は2009年4月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 オランダ北西部、フリースラント州の州都。独自の文化を持つフリース人の多い土地ですが、八十年戦争では、当初から「反乱」側で重要な役割を担い続けてきました。旧市街地は部分的に中世の色を濃く残した、州都としては小ぶりな印象の街です。 かわいいとウワサのフリースラントの州旗。赤いのでハートと思いきや、「ポンペブレデン」と呼ばれるセイヨウコウホネ(スイレ

          レーワルデン Leeuwarden オランダ/フリースラント ~17世紀を通じて独自の州総督を戴き続けた誇り高き州の州都

          フロニンゲン Groningen オランダ/フロニンゲン ~近代的な駅前に対して、政治の中心部は17世紀の立地と趣そのまま

          ※ 訪問記は2009年4月時点の情報です。八十年戦争に関わる場所を訪れています。一般的な旅行記ではありませんのでご注意ください。 北東部フロニンゲン州の州都。北の大都市で、強固な要塞都市。現在も大きな街のひとつで、日本でいうと札幌のような立ち位置だと思います。 フロニンゲン州は1579年の「ユトレヒト同盟」のうちの1州でしたが、早くもその翌年の1580年に「レンネンベルフの背信」と呼ばれる出来事により、スペインに帰順します。1590年代、何度か攻囲が試みられて断念が続いた

          フロニンゲン Groningen オランダ/フロニンゲン ~近代的な駅前に対して、政治の中心部は17世紀の立地と趣そのまま