沖縄生活のはじまり
沖縄での新生活が始まった。これまでは観光客としてしか触れ合えなかった、沖縄。自分の経験としても、いろんな人の話を聞いていても、土地に“訪れる”と“住む”では大きな違いがあるらしい。僕と沖縄の間に存在する、どうしても詰められない距離が、“住む”ことを通して縮まればいいなあ、と思う。というわけで、近況報告がてらに最近のことを書いてみる。日記みたいなもんだ。
大学に入学した。入学式の前日はオリエンテーションがあったために、入学前から大学に行くことになった。同じ高校から同じ大学に入学した同級生と一緒に大学に向かったけど、僕がいきなり大学への間違った方向を主張して、チャランポランをかました。(ゴメンナサイ)
オリエンテーションでは大学の膨大な資料が渡されて、軽い大学生活の概要みたいなものの説明を聞いた。大人数いる講堂という場が久しぶりすぎて、「新入生って立場の人は、こういう時どういう体勢で話を聞くべきなんだろ」とか考えながら、そわそわしてた。気持ち的には、あらゆる体制の座り方を試した気でいる。(実際は微々たる変化しかないんだろうな)
入学式はやっぱり、息苦しかった。みんながだいたい同じように黒のスーツを着て、同じように立ち、同じように座り、同じような緊張感を身に纏っている。中高を過ごした学校は、入学式だとしても卒業式だとしても各々違った服装(私服、和服、スーツ、ドレス、ワンピース、チマチョゴリ、半裸などなど)をしていたし、教員や生徒からのスピーチもゆるさの極地って感じだった。改めて、全員が「入学式!」な雰囲気を出していて、しっかりとした式典に慣れていないとこんなに息がしづらいのかと思った。特に、「ご起立願います」「ご着席ください」と言われると、折り畳み式の椅子が一斉に開くか閉まるかする音がするのにゾワッとしてしまった。こんな式典に慣れない僕でも、この音を立てた一員だったのだと思うとどこか恐ろしくなってしまう。
入学式の後、親からLINEが届いていた。開いてみると、文面には「入学式のライブ配信見たよ!袖をずっとまくってる子がいて誰かと思ったら、君だった。」とか書かれていた。そういえば、式典途中、袖のまくり方を直していた時があった。あちゃーっ、あれ、配信されてたのか。冷や汗がダクダク垂れてきた。それも、司会が新入生の名前を呼ぶところで、僕の名前だけ突っかかられたのを思い出した。司会の方が、「ろ…ろぅ…るっる、る、るかさん」と無理に僕を呼ぶ声がまた、頭の中を駆け回る。入学式のヤロウ、ちくしょう…!
入学式後のオリエンテーションでは、約4時間にわたる、単位制度やパソコンシステムの説明を受けた。地味に熱くて湿度も多い中、動画を通して説明を受ける僕を襲ったのは、とんでもない威力の睡魔だった。合計7分くらいは、夢のまにまに陥り、残る3分程は、僕の首がミゴトな直角を保っていたに違いない。これで、キリのいい10分間の睡眠時間の誕生だ。そうして、僕は眠りかけている自分に気がついて、両手で目をこじ開けると、目の前に立ちはだかっているのは、授業のルールのについての紙に書かれた「居眠りは厳禁」の二文字だったりするのだ。もう情けなくて、涙が出てきそうだった。そんな情けなーい僕を直視しないようにするべく、後ろの女の子に「睡魔やばいねー」とか言って、必死に冷や汗をごまかす。その子も「ねーっ、やばいね!」と笑顔を返してくれる。ほんとに睡魔をやばいと感じてればいいんだが…。あー、思い出しただけでヒヤヒヤする。
そんなこんなだったが、こんな僕にも新しい友達ができた。友達の作り方を二十億光年先の星に置いてきてしまった僕は、自分がちゃらんぽらんなのとか、ゆるゆるなのを隠してもどうにもならないので、もうすっかり開きなおったまま人と話すことにした。ダメならダメでもいいさと考えていたら、案外すんなりいろんな人と知り合いになれた。
特に、三人の同専攻の新入生と仲良くなった。一人は、めちゃくちゃ音楽に詳しいAくん。アイヌや沖縄の民謡から、青葉市子を経て、ビリー・アイリッシュ他までカバーしていて、めちゃくちゃ音楽の嗜好に幅がある。特に“THE BOOM”が好きらしい。すごい。二人目は、3歳から琉球舞踊をやっていたB さん。それも、一人でバンドが組めそうなくらい、いろんな楽器が弾けるらしい。ライブが好きらしく、僕も連れてって欲しい。すごい。三人目は、生まれてこのかた那覇市民のCくん。ゆるい感じで、話していて落ち着く。雨の日はバスがすごく遅れるとか、バスの現在位置がブラウザで見れるとか、ためになることを教えてもらった。キャッチボール相手を募集しているらしい。すごい。
僕とAくんとCくんの三人で首里城を散歩しながら、入学式後のオリエンテーションまでの昼休みの時間を潰した。曇っている空の下、石道をぶらぶら歩く。僕は、気になってることをCくんに尋ねてみた。
「沖縄タイムって存在するのー?」
「ああ、本土の人がブチギレる程度にはあるよお」
え、ブチギレる程度って、どの程度?
「だいたいね、待ち合わせに二時間遅れるとかあるよね。待ち合わせ時間に起きるとか、フツー、フツー。」
僕は内心、「このご時世に、変な県民性とか押し付けられるの、嫌だろうなあ」と、これからのためを思って聞いたのだが、本当にウチナーンチュあるあるというか、県民性って割に存在するのかもしれないと感じた。そして、これから沖縄で人と待ち合わせる時は、数冊の本と、スマホの充電バッテリーだけはカバンに入れておこうと、心に固く決めたのであった。とか言って、まだ沖縄の人と遊んだことがないんだから、僕はクズであるナア。ハッハッハ…。
入学式の帰りがてら、モノレールに乗って、シンエヴァを観に行く。いやあ、よがったよがったあ、渚カヲルしか勝たん、と余韻に浸りながら、雨の降ったコンクリートに車のヘッドライトが反射する“おもろまち”を歩く。マナーモードにしていたスマホを開くと、大家さんから電話が。慌てて電話を折り返すと、大家さんは開口一番にこう尋ねてきた。
「君、今日は帰らないの?」
ひとり暮らしを始めて五日目に、こんなこと言われたら心臓が凍りつく。少なくとも、僕は心臓どころか、全器官が凍りついた。僕はなお一層慌てて応える。
「え、あの、今、おもろまちで映画見てて、今日はもちろん帰りますけど、何かあったんですか?」
「いやあ、確認したかっただけよ。帰るなら、いいんだけど…。」
いや、なになになになに。いいんだけど、ってなんなんだ!絶対何かあったヤツだ、コレはあ…。泣きそうになりながら、僕は質問を続けた。
「何かトラブルでもあったんですか?火事とか、泥棒とか…」
「いや、あのね…」
「あ、僕の部屋、電気つけっぱですか?それとも、鍵閉め忘れたりとか…」
「今日、入学式だったでしょ?ごまプリン作ったから、入学祝いにあげるわ。」
「え?」
僕は人生でこれほどまでにないほど、「弛緩」という言葉のニュアンスを理解した。
「入学おめでとう。ドアノブにごまプリンの袋、提げとくわね〜」
電話なのにお辞儀しちゃうほど、僕は大家さんに感謝を伝えたあと電話を切り、胸を撫で下ろした。家に帰ると、ドアノブには本当に重みのある袋がかかっていた。プラスチック容器に入ったごまプリンが五つと、大家さん直筆の置き書きが入っていた。
僕は今日、朝ごはんのデザートに、ごまプリンを食べた。すごく美味しかった。そして、“住む”ってこういうことなんだなあと、寝ぼけ眼のまま、思ったのだった。
僕の新しい生活が、始まった。
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