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Deliciousuness おいしい知覚

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2016年に書いたものを定期的に少しづつアップしていきます。この論の目的は、これまで学んできたことを生態学の知見のもとに相対化し、設計に関わる環境の中に知覚される対象として再配置… もっと読む
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はじめに

2016年に書いた「Deliciousness おいしい知覚」を定期的に少しづつアップしていこうかと思います。 はじめに建築を学び始めてからこれまで、「なぜ、何を、どうつくるのか」をずっと考え続けてきた。 ホームページ上のブログはそれをいつでも振り返られるようにと書き続けたその記録である。しかし、それらは設計の場面で使うには断片的すぎて、網羅的・総合的に利用することはなかなか出来ていない。 これまで書いてきたことを、一つのまとまりとして一望できるような言葉に置き換えたい

Why なぜ/知覚

なぜつくるのか。これは一番根源的な問いだと思われる。生態学の視点はそれに対していくらかでも応えてくれそうに思えた。 おいしい知覚おいしい料理、もしくは料理がおいしいとはどういうことだろうか? 味が良いことや、彩り、誰と食べるか、どんな状況で食べるのか、その料理の背景にある物語や風習など要因はいろいろと考えられるし、楽しくわいわいと食べる時もあれば、静かに深く味わうこともあるだろう。 いろいろな「おいしい料理」が考えられるが、どの場合もそれによって直接的に、何らかの意味や価

Why なぜ/知覚 補足

■『生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る』 1979(翻訳1985)J.J. ギブソンギブソンは概念的・物理学的な世界ではなく、動物にとっての環境を記述することを徹底した。そこで描かれたのは、動物が知覚と行為によって能動的に環境と関わっていく豊かな世界観である。科学的な是非は判断すべくもないが、それまでの心と身体を分け機械のように動物を捉える凍った世界観よりも、人と環境がダイナミックに関わりあう生命力にあふれた世界観を支持したい。また、凍った世界を抜けだした視点は建築をより自

What 何を/環境

何をつくるのがよいのか。 それは、この流れで言えば「それによっておいしい知覚が可能となるもの」と言えるだろう。 では、「おいしい知覚」にはどのようなものがあるだろうか。思いつく限り挙げてみたい。 ただし、これらは互いに関連しあったり重なりあったりするもので便宜的に分けたものにすぎない。

おいしい素材 ~それがそれであること

人間は対象の配置(レイアウト)だけでなく、その面の持つ特質(肌理)からも生きていくために必要な情報を抽出する。 それは例えばそれがどのような物質で構成されているのか、硬いのか柔らかいのか、曲げられるのか、壊れるのか、伸ばせるのか、上に乗れるのか、食べられるのか、光の状態はどうか、などであり、その情報がさまざまな性質を特定し、それがただそれであることを知覚させる。 その、それがそれであること、いうなればモノの固有性は、生きていくための環境を特定するために欠かすことのできない

おいしい素材 補足

■『生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る』 1979(翻訳1985)J.J. ギブソン 『環境の物質は識別されることが必要であり、識別するための有力な手段は物質の面を見ることによってである』(ギブソン) ギブソンは環境を媒質、物質、面の3 つの要素で示し、知覚される要素として面のレイアウトと特質に注目した。そして、面の生態学的法則として配置、粘性、凝集性、構成要素・肌理、形状、照明、吸収、反射、色などが動物に何をアフォードするかを整理している。ここでも動物が生きていくための意

おいしい姿勢・音・手触り・味と匂い・見え ~5つの知覚システムより

ギブソンは「基礎定位付けシステム」「聴くシステム」「触るシステム」「味わい-嗅ぐシステム」「視るシステム」の5つの知覚システムを持つとした。それらに対応したおいしい知覚がそれぞれ考えられるだろう。 その中でも大地と身体の関係を知覚する「基礎定位付けシステム」すなわち姿勢の知覚は他の知覚を含めたあらゆる活動の基準・基礎であり、それは重力とおおきく関連する。建築における姿勢とは、一つはそこにいる人間自身の姿勢であり、それが維持されて初めて他の知覚が可能となる。 もう一つは、建

おいしい姿勢・音・手触り・味と匂い・見え 補足

■『アフォーダンス-新しい認知の理論』1994 佐々木正人 『ギブソンは、脊椎動物は五種類の知覚システムをもつとした。一つは大地と身体との関係を知覚するためのシステムで、他のシステムの基礎となる「基礎的定位付けシステム」である。それ以外に「聴くシステム」、「触るシステム」、「味わい-嗅ぐシステム」「視るシステム」がある。感覚器官をもとにした古典的な分類である「五感」では、多様な知覚体験を説明できない。だから私たちは「第六感」などという神秘的な「感覚」の存在を仮定せざるを得なか

おいしい自然 ~自然を再構成する

光や雨・風・熱・緑、その他自然にある要素はそれ自体が生きていくための情報に満ちている。まず単純に自然そのものをどのように知覚させるか、ということが考えられるだろう。それに加え、自然の中にある情報の特質(不変項)を抽出し、それを建築の中にものとして再構成する、ということも考えられるように思う。 それは比例であったり、リズムであったり、肌理の特質であったり、さまざまなものがあると思われる。これは、以前「自然のかけら」という言葉で集めようと思っていたものである。

おいしい自然 補足

■『アフォーダンス-新しい認知の理論』1994 佐々木正人 『デザイナーは「形」の専門家ではなく、人々の「知覚と行為」にどのような変化が起こるのかについてしっかりと観察するフィールド・ワーカーである必要がある。リアリティーを制作するためには、リアリティーに出会い、それを捕獲しなくてはならない。』(佐々木) リアリティーを不変更として捕獲し、「知覚と行為」に変化が起こるように再構成すること。自然の中には、そのようなリアリティーが豊富に含まれているだろう。 ■自然のかけらを鳴ら

おいしい移動 ~あらゆる場所に同時にいる

知覚は今見ている世界の単一の写像ではなく、見回す、歩きまわる、見つめるなどの情報抽出の過程による恒久的なものである。 また、探索的移動によって動物は環境に定位できるという。それは、地形の鳥瞰図を意識の中に獲得するというよりは、環境内の不変項の抽出を通じて「あらゆる場所に同時にいる」ような知覚を得ることである。(その中で、現時点で見えるものは自己を特定する。) つまり、移動は生きていくための情報を得るための重要な要素であり、これまで書いてきたことと同様に、そこに意味や価値が

おいしい移動 補足

■『生態学的視覚論―ヒトの知覚世界を探る』 1979(翻訳1985)J.J. ギブソン 『動物や人間はその生息環境に定位できる。』 『個体は環境に定位する。それは鳥瞰図を持つというよりも、むしろあらゆる場所に同時にいるということである。』 『自分の視点では隠れているが他人の視点では現れている面を知覚できる[…] もしそうならば、すべての者が同じ外界を知覚できる。』(ギブソン) これは知覚を瞬間瞬間の網膜像の連続と捉え、記憶の引き出しと合わせて処理するというイメージから抜け出さ

おいしい流れ ~探索モードのレイアウト

人が環境に定位でき「あらゆる場所に同時にいる」ような知覚を得られるとすると、その場所ごとの環境の質、もしくはそれぞれの探索モードを知覚することによって、全体の中に場の流れのようなものが知覚されるように思う。 探索モードとは例えば、見回す、歩きまわる、見つめる、立ち止まる、座る、触る、食べるなどと言ったあらゆる知覚に関わる探索的活動のモードであり、その場所の性質により特定されるものである。 建築を考える際に、この探索モードのレイアウトを考えることによって、場の流れが知覚され

おいしい流れ 補足

■『小さな矢印の群れ』2013 小嶋一浩 ここで書かれているように、建築の最小目標をモノ(物質)の方に置くのではなく、『<小さな矢印> が、自在に流れる場』の獲得、もしくはどのような「空気」の変化を生み出すか』に置いた場合、「探索モードの場」のようなものも「小さな矢印の群れ」の一種足りえるのではないだろうか。 私が学生の頃に著者の< 黒の空間> と< 白の空間> という考え方に出会った気がするが、この本の終盤では黒と白にはっきりと分けられない部分を< グレー> ではなく< 白